美神の眷属が女神そっちのけで酒場に入り浸っているのは間違っているだろうか   作:ぴえんふー

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幕間
ありえない幕間劇「ヘルプキッチン」


 外は昼時の喧騒が都市を包み、店は冒険者に限らず老若男女が絶え間なく出入りを繰り返す。

 

 そこは立ち並ぶメニューが他の酒場より比較的高価ながら、その料理と酒の味でオラリオに名が知られている『豊穣の女主人』。

 

 冒険者のみならず、都市に根を張る民間人も客層として想定されているこの酒場は夜には酒場として、昼はある種の食堂としての側面も担うことで全体的に纏まった売上を生み出すことに成功している。

 

 それはひとえに、料理や酒の評判があってのもの。

 書き入れ時である夜でないにも関わらず、店内は外の街の様相に負けずとも劣らない忙しさに彩られていた。

 

「よし」

 

 そして今は、俺もその情景の一部。

 

 ぱちりと、火にかけた厚みのある鶏もも肉の良質な脂が弾け、香草の豊かな香りが厨房からホールにかけて充満する。

 

 程よく狐色に炙られた鶏皮に仕上げとして塩、胡椒の各種調味料で味を調節し、揚げ芋と野菜が添えられた木皿に焼き上がった料理を乗せた。

 

「ルノアさん。地鶏の香草焼き、揚げ芋添え。出来ました」

「おー……! いーじゃん、その調子で頼むねー」

「……、……せ、先輩としてミャーは白髪頭の料理の味見をするべきだと思うのニャ」

「先輩風吹かせたいならもう色々手遅れだし、死にたくないならツマミ食いは止めとくニャ」

「そそそそそんなことないニャ!?」

 

 わいのわいのと、仕上がりに湧きたつ十人十色の従業員たちの声。

 ヒューマンのルノアさんの大変励みになる素直な声掛けは、清涼剤のように俺の耳に沁みる。

 だが、涎を垂らして女性としても店員としても色々アレな表情をしている猫人のアーニャさん。

 そして、そんな様子に呆れを隠さないこれまた猫人のクロエさん。

 

 このやり取りを見ていると、今は居ないこの店を取りしきる女将の抱える日々の苦労もよくわかるというもの。

 

 とはいえ、この三人は一人として欠けてはならないこの店の主戦力には違いなかった。

 

「……っと、そうだリューさん、そろそろ在庫が尽きそうです。追加で食材を買い足してきて欲しいのですが」

「…………」

「……あの、リューさん? 先に休憩に行きますか? 最悪、シルさんにでも頼んで――」

「……っ! い、いいえ、お任せを。内容は?」

「……こちらのメモを」

 

 何やら傍らでぼうっとしていたリューさんへ声をかける。

 これだけの忙しさだから、無理もないと言えなくもない。

 前回の18階層における傷が響いているというわけでもなし。

 

 普段から毅然とした態度で人と接する彼女のような人でも、そういうことになる日があるということだろう。

 

 

 だが、どことなく熱に浮かされたような顔で俺を見るとはいかがなものか。

 

 

「――――エプロン姿、ちょっとイイなって思ったでしょ。リュー」

「…………っ!? シシシシシル!? 何を(のたま)っているのです!? 私は、レンリさんに対してそんな破廉恥なことなど!」

「アルノさんのことなんて私言ってないけどなー」

「……ぅぅぅ! し、失礼します!」

 

 そしてすたこらさっさとメモをひったくるように駆け出し、Lv4としてのスペックを遺憾なく発揮して店外へ飛び出していくリューさん。

 

 それに呆気に取られるのは俺と、何やら嬉しそーに笑顔を浮かべてる灰髪の街娘が一人。

 

 今のシルさんの内容を反芻して、自分の姿を見てみる。

 支給された白のワイシャツに、黒いエプロン。調理の関係で腕を巻くったそれは俺の特徴の一つと言えなくもない褐色の肌が覗いている。

 

 若緑を思わせる他のメンバーと良く言えば差別化されていて、悪く言えば仲間外れにも見えなくもない今の姿に対し、やはりリューさんの反応の意味がよくわからなかった。

 

「……俺の何が良かったんですか、リューさんは」

「もー野暮ですよ、アルノさん。いつもと違うって言うのはそれだけでスパイスになるんです。リューみたいな人にとっては特に」

「はぁ」

 

 そんなこと言われたところで俺にどうしろというのか。

 

 なんだそれは、という感想しか出てこない。

 

「それよりも休憩を上がった私はどうすればいーですかー、一日店長さん?」

「……アーニャさんと交代を。あのままだと客の料理を摘まみかねないので」

 

 そして当のシルさんと言えば、今の俺の肩書を凄く嬉しそうに口にしている。

 

 素性が素性なだけに文句の一つも言えやしない。

 楽しんでるならそれでよし、と自分を納得させるしかない己を恥じれば良いのか()()()()はっちゃける可能性が存在してることに戦々恐々としていれば良いのかもわかりやしない。

 

 普段からそのような感じを表に出せば他の幹部からももっととっつきやすくなるだろうに、と文句なのか忠言なのか我ながらよくわからない感情をない交ぜにしつつ、作業の手を止めない。

 

 オーダーが途切れたことによって出来た僅かな(いとま)

 

 手元ではほかほかのご飯の上で踊る鰹節、カツオのたたき、カツオのマリネなど数種が出来上がっていた。

 

「うぅ~お腹空いたニャー……」

「あぁ、アーニャさん。休憩に行くようでしたらこちらを」

「……! これは、どこもかしこもかつお尽くし!?」

「まかないです。古い鰹節があったので、とある武神より習った『猫まんま』なるものを……俺好みに少しアレンジしてますが、口に合えば」

「……ッ! 白髪頭! おミャーも此処で働くニャ! 母ちゃんはミャーが説得する!」

「勘弁してください」

 

 というかそうなると他に説得すべき相手がいるだろう。

 女神とか、団長とか、黒妖精な師匠とか、白妖精な魔導士とか諸々。

 

 何よりまかないの実態は軒並みアレンジという名の消費期限ぎりぎりな食材の有効活用である。

 

 『耐異常(アビリティ)』は、とある埒外を除いて食材に対しても有効なのだ。

 

「アルノー、オーダー入ったニャー。ホットサンド二つ」

「了解しました」

 

 口頭でオーダーを受け取り、再度厨房の奥へと足を運ぶ。

 

 パンに具材の肉類、野菜類、チーズを揃え調理に入り――ふと、レタスを一枚千切ったところで、唐突に我に返った。

 

「……なぜこんなことに……?」

 

 厨房の外の喧騒を他所に頭の奥から湧いてくる頭痛の種に顔を(しか)める。

 

 別に職業に対する貴賤(きせん)がどうのという話ではない。

 

 女神の眷属としての誇りも……まぁ自認してやらないでもないが、そういった類でもない。 

 それは本当に単純な、現役冒険者の俺が調理を行い提供される側ではなく提供する側にいるという、そんな当たり前の疑問。

 

 Lv6が酒場の店長を担っている外れ値の権化が存在する以上、些末事ではあることは確かなのだが、それも我が事であれば唸らずにはいられない。

 

 

 忙しさの果てに埋もれていた疑問の氷塊は、数時間前の出来事を遡ることでようやく開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――この度はお店に多大なご迷惑をお掛けしてしまい、誠に申し訳ございません」

 

 街が目を覚まして間もない明朝。

 眼前に仁王立ちする女将――ミアさんに向けてヴァリス金貨の入った袋を差し出し、深く、深く頭を下げる。

 そこは件の酒場、『豊穣の女主人』の離れ。

 より具体的に言えば、穴だらけにしてトンズラこくという来訪者というか襲撃者と称した方が良いような所業をしでかしたかの現場に駆け付けていた。

 

 理由はいわずもがな――賠償である。

 

「にゃー……なんか、あれニャ」

「離れ、昨日まで壊れていた筈なんだけど……なんか前より綺麗になってない?」

「昨日の昼からなにやら業者が出入りしてるニャーとは思っていたけれど……え、夜やったってこと? 音はどーしたのニャ」

「レンリさん……すまない……後始末までこのような」

 

 そして、なんぞなんぞと集まったこの店の従業員たちの気配。

 離れの入り口の陰より此方を聞き覚えのある声を複数認識して苦い顔になりそうなのを、どうにか堪える。

 

「もー、気にしなくていーんだよリュー。アルノさんだったらこのくらい。もう一種の病気みたいなものだから」

「病人扱い……」

「シルはどの立場で言ってるわけ……?」

 

 そこは戦闘跡のように荒れ果てて――いるわけではなく、至る所まで整備が行き届いている。

 破壊された納屋は見事に元通りに。

 陥没し崩落してた廊下部分は室内含めて木片一つない。

 広場として使われる中庭の地面も雑草ひとつなく、びっしりと整備されている。

 

 ギルドお抱えの業者の一部に協力を仰いだわけだが、その出来栄えは主導して進めた身としては文句なしの成果だ。

 

 それはそれとして、ルノアさんはもっと言ってやってください。

 

「フー……」

 

 だが肝心のミアさんの様子はやれやれだとか、どこか疲れたような、呆れた様子を隠さない。

 

 これは雲行きが怪しいか。

 

「……開店前に呼び出された身として、いくつか聞きたいと言いたいことがあるんだがねぇ」

「なんなりと」

「まずこの金だが……明らかに修繕費より高く積まれてないかい、これ」

「いえ、この離れの修繕費は別途で全額俺の貯蓄から。それは迷惑料込みで、酒蔵の弁償代です。こればっかりは流石に元通りというわけにもいかないので」

「……」

 

 俺がやたら(かしこ)まるのはそれなりの理由がある。

 いや、離れの部屋や廊下をいくつか駄目にしただけでも十分に賠償を支払う理由に足り得るのだが、壊したものの中に『酒蔵』が入っていたのが本当に良くなかったのだ。

 

 考えてみて欲しい。酒場で酒樽を、ましてや熟成中の酒を台無しにしたのである。

 

 しかもミアさんは酒に種族単位で拘り抜くドワーフで、加えて壊したのは彼女の秘蔵と聞く。

 年中使うものもあれば、季節に向けて用意したものもあろう。

 

 ミアさんなりに組んだローテーションもあったことだろう。昨年の消費に合わせて量を調整したり、味を変えてみたり。

 

 食事と酒の味で評判の店でそれを破壊したとなれば、提供者側としては怒らずにはいられない。

 

 とかく、食べ物の恨みとは恐ろしいのだ。

 

「とはいえ、今回の騒動にリューさんの同意があったとはいえ、危険な目に遭わせた俺に出来ることなど高が知れてるでしょうが」

「……」

「……一応デメテル様に伝手がありますので、酒造に向いた食材の調達ルートも提供も可能です。なんなら他の食材でも……」

「…………」

「…………もし調理器具やテーブル、椅子なども交換希望でしたらなんなりと……流石に少し時間はいただきますが」

 

 ……どうしたものか。

 こちらとしては情けないことに、切れる手札が残り少なくなってきているのだが。

 何やら俺が口を開けば開くほど、ミアさんは自身の眉間に集まった皺を揉みほぐしている。

 

 これではどっちが途方に暮れているかわからない。

 

「アンタ、いつもそんな感じなのかい?」

「……何かしらの不備が?」

「……まったく、あの団長と幹部(バカども)は戦闘以外はてんで駄目みたいだね、これは……」

 

 はぁ、とこれ見よがしな溜息。

 首を傾げる間もなくぽん、とその丸太じみた腕が肩に置かれる。

 そこに威圧感とか、怒気といった感情は乗せられていない。

 あるのは本当に本当に呆れたと言わんばかりの笑みと、『母親』を思わせる温かな視線だった。

 

「まさか何かトラブルが? 一応、修繕の日付が被らないよう事前に『豊穣の女主人』周りの業者の予定などは押さえていたのですが……」

「いや、直してくれたことには感謝してるさ。お前の爪の垢を団長と幹部(バカども)に呑ませてやりたいくらいにはね」

 

 ……いや、あの人達も別に礼儀作法とか義理人情がないわけじゃないのだが。

 

 ただ、致命的なまでにあらゆる配慮と気遣いを主たる女神に全て捧げているだけで。

 

「ただ、周りの馬鹿どもが言わないから私から言わせて貰うがねぇ……そんな自分を切り売りするような恩の返し方は、感心しないね。自分を顧みないって意味じゃ、そこはアイツらと同じさ」

「……やれることを全力でやるのは間違っていると?」

「それは施したぶん自分を(いた)われるやつがやることだね。だって言うのにお前さん、リューから聞くに大怪我しても働き続けたって言うじゃないか」

「……」

 

 ミアさんより視線を切って、入り口付近に目線を送る。

 ぎょっとするアーニャさん。

 呆れ顔のルノアさん。

 改装済みの離れしか見えてないクロエさん。

 何やらニッコニコのシルさん。

 

 そして、ペコリと気まずげに頭を下げるリューさん。

 

 ……劣勢の原因は判明した。

 まぁ、それは、この際、別に良い。

 どうやら、一緒に過ごしたこの数日はあの妖精にとって俺の弱点をさらけ出すには十分過ぎる期間だったらしい。

 

「休むべき時に休むべきだと。そう言いたいんですね、ミアさんは」

「あの色ボケ共よりは物分かりが良いみたいだね」

「色ボケて」

 

 先の話を聞く限り、団長やアレンさんら幹部勢のことだろう。

 

 あの化物じみた強さをしてる彼らをそんな『おつむの足りない悪ガキ』程度に扱えるのは、かつての最強達を除けば後にも先にもこの人くらいなのではなかろうか。

 

 だが、それはそれ。

 

 俺にだって言い分はある。

 

 

「しかしですねミアさん――休みって、他の予定で手を付けられなかったことに手をつける為の期間のことでしょう?」

 

 

「……あん?」

「……え?」

 

 ……俺なりの自論を述べてみたわけなのだが、返ってきたのは訝しさを隠そうともしないミアさんの(しか)めっ面である。

 

 それに戸惑うのは俺だ。

 もう少し長々と語るつもりが、彼女の反応の所為でどうにも出鼻を挫かれた感が否めない。

 

 すわ、会話の選択肢を間違えたのかと身構えるが、そんな様子もない。

 救難信号の代わりにこの光景を見守っている背後へと視線と意識を向けてみるが……生憎と、そちらの反応も(かんば)しいとは言えなかった。

 

「リュー、白髪頭は何言ってるニャ……?」

「な、なんか、行くところまで行った労働者の悍ましい結論が聞こえたような」

「レンリさん……前々からまさかまさかと思っていましたが、やはり……」

「リューはアイツと同行して一体何を見たの……!?」

「……」

 

 やいのやいのと言いたい放題。

 あれで陰から見守ってるつもりなのか、と嘆けば良いのかツッコめばいいのだろうか。

 

 俺を置いてけぼりに密度を増して行く混沌に、内心戦々恐々としている。

 

 特に無言のシルさん。

 

 中身が中身であるあの人が、いつもどことなく楽し気にしてる筈のあの人が渾身の『真顔』を晒してることに、俺は恐怖を禁じ得ない。

 

「「「「「「……」」」」」」

「……」

 

 痛すぎる沈黙が離れの中庭に満ちる。

 一挙手一投足、この場に集まったあらゆる視線が俺の開口をいまかいまかと待ち受けている。

 

 こちとら現状自身が置かれてる状況すら意味不明だというのに。

 

「あー……色々とやるべきことがあって」

「「「「「「……」」」」」」

 

 ごにょごにょと、誤魔化そうと足掻くが視線は止まらず。

 

「えー……ランクアップのお陰で色々と出来るようになって」

「「「「「「…………」」」」」」

 

 特に体力とか頑強さとか、その辺り。

 ごちゃごちゃと、これで勘弁してくれませんかと言葉のない懇願をするが、これも届かず。

 

 結果、俺の表情筋やらその他諸々が死んだ。

 

 

「………………十ヶ月ぶりくらい、でしょうか」

 

 

 ぶふぅっ、と誰かが吹き出した。

 

 

「十……!? 十ッ!? ミャーならとっくに発狂してるニャ!?」

「眼に光がねぇ……こ、これが本物の社畜……!? シンプルにそこまで働ける理由がわからなくて怖いっ!?」

「ちょ、ちょっとリュー……!? アレって自分がどうとかそういうの一切ないわけ!? もうそういうマニアックな呪詛(カース)だったとしても違和感ないレベルじゃん!?」

「あれで序の口なのです、レンリさんは……あれで」

「あー……うーん……そろそろ休暇制度とか整えた方がいいのかな……」

 

 何やら言いたい放題の裏方。

 

 もう隠す気も隠れる気も無いソレがキッカケになったのか、ぎゃいぎゃいともはや罵倒に等しい思い思いの感想が一種の歓声になって虚しく俺の胸を打っている、

 

 ちなみにランクアップの『ならし』に一ヶ月ちょっと費やす為に一時の暇を頂戴していることを明記しておく。

 

 そして先程にも増して圧を増してるのは、ミアさんだった。

 

「成程――こりゃ、相当な荒療治になりそうだ」

 

 あらん限りの真剣さを込めて。

 そんな不穏な宣告を口にする様は、さながら罪人へ咎を告げる裁判官の如く抗いがたい力を放っていた。

 

「シル」

「は~い、というわけでアルノさんにはこれ」

「……何ですかこれ、エプロン?」

 

 ひょこ、と満を辞して顔を出したシルさんより、差し出されたもの。

 

 それを見て、急速に嫌な予感がしてきた。

 

「どこぞの馬鹿が酒蔵を壊したからねぇ。今日中に必要な材料と樽を買い直さなきゃいけないんだよ。ほら、ちょうど賠償金も手に入ったことだからね? ましてや、間に合わせの酒は夜にまで提供しなきゃならない」

「……」

 

 先程とは違った意味で雲行きが怪しい。

 つらつらと並べられる理論武装は俺に向けられている筈なのだが、どういうわけか俺が一切出てきていない。

 

 シルさんに至ってはニッコニコである。楽しそうで何よりだ。切実に向こうに行ってて欲しい。

 

「とある聖女様は言いました――毒を以て毒を制す。労働者には抑えた労働こそが真に効く特効薬になると」

「何を言ってるのですかシルさん……」

「話を逸らすんじゃないよ……たしかお前さん、確かアタシの古巣の厨房を手伝ったことがあるって言ってただろう?」

「まぁ……それなりには」

 

 本職の方々の名誉と仕事への姿勢の為にも、あくまで触り程度だと答える。

 

「なら――」

 

 そして快活で、ドワーフという種族らしく豪快に口角を上げて――。

 

「料理、出来るだろう?」

 

 そう、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな一幕から数時間が経過した、客足が落ち着き午後も半ばとなった遅めの昼。

 これ以降は夜の番の支度に入り、一日にもう一枠設けられた書き入れ時に向けて準備を始めることになる。

 

 そして昼の営業において最後の客として迎えたのは、今日で何度目かを迎える顔見知りだった。

 

「…………なにしてんだお前」

「珍しいですね、ボールスさん。地上(こっち)まで出てくるなんて。エールで良いですか」

「そりゃこっちの台詞だわ……武器の新調で久しぶりに地上(うえ)に来て飯でも食おうと美味そうな匂いがすると思って立ち寄ってみりゃあ……いつも働いてんのな、お前」

「……察してくれると助かりますよ、ホントに」

 

 エールを注ぐ器と手が何と重いことか。

 人の口に戸は建てられないとでも言うのか、この仮の職場にそれはまぁー顔見知りという顔見知りが集まってきた。

 

 それはどこぞの糸目の悪神が味の審査じゃいと(のたま)いながら飯をかっ喰らったり、絶賛デスマーチ中の万能者を暖かに迎えたり、『仕事中毒』の診断書をしたために来た聖女だったり、冷やかしと言う名の哀愁による気遣いを見せに来たどこかの自称凡夫(ぼんぷ)だったり。

 

 ことあるごとにボールスさんと同じような反応をされていれば、俺の素っ気なくつっけんどんな態度にも納得が行くだろう。

 

「あ……そうだ、ボールスさん。ちょうど地上に来たのなら丁度良い」

「ああん?」

 

 どかっ、とカウンター席に腰掛けエールを口にしていたボールスさんが、相変わらず造りが無法者じみている片目を此方に向けてくる。

 

 注文を受けた料理の仕上げを片手間に、懐より目的のブツを取り出す。

 

「こりゃ……鍵か?」

「俺の貸金庫(かしきんこ)の鍵です。主に俺だと持て余し気味の武器や防具の類を管理していますね。ギルドの管轄だと色々ややこしいので、此処から西の『ヘファイストス』の管理区画にあります――武器、欲しんでしょう?」

 

 一種の税金対策というか、まぁ貯蓄である。

 探索依頼やら納品やらでダンジョンに潜った際に余った素材や偶然入手したドロップアイテム、報酬に受け取った武器やら防具を管理している金庫を、オラリオにいくつも設けている。

 

 市場価値やら隠し資産だの、回り回ってややこしいことに成りかねないのでやることはないだろうが、貯蓄量で言えば大半をヴァリスに変換すればまず金に困ることはない程度の蓄えがある。

 

 そして目の前には、先の18階層の戦闘で武器を破損した人物が居るではないか。

 

「…………マジで?」

「俺は借りにも賞味期限があると思っているので」

 

 であれば、返すのは早ければ早いほど良い。

 俺の言葉を聞いて、目敏いボールスさんなら色々察したのだろう。

 声には真偽を疑うような、それでいて隠しようのない期待が滲んでいる。

 俺自身も持ち出しに数を指定しないのは、まぁ一種の信頼だ。

 

 そしてそんな意識の隙間を縫うように、エールのお代わりをジョッキに注いで注文を受けたステーキを置いておく。

 

 直後、がばっと出来立てのステーキを一口に頬張り、一息にエールで流し込んだ。

 

「恩に切るぜ、アルノぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「ほどほどにお願いしますよ。返品はギルドへ」

 

 ひゃっほーう、と叫びながら街へ消えていくボールスさんを尻目に、取り残されたように色々放置した皿なりジョッキなりの回収を始める。

 

 もっと味わって食べれば良いのに、とその豪快な喰いっぷりにマナーを指摘すれば良いのやら、それもまた良しと納得すれば良いのか、そんな諸々の感情をない交ぜにしつつ厨房の奥へ戻る。

 

 もっとも、しっかり勘定を置いていっているあたり彼もまた律儀な良客には違いない。

 

「にしてもやはりというか忙しかったですね……うちの『本拠地』の鉄火場に勝るとも劣らない。流石は『豊穣の女主人』といったところでしょうか」

「「「いやいやいやいや……!」」」

「えぇ……?」

 

 即座に返って来た否定の意が込められた言葉に、逆にこっちが呆気に取られる。

 

 ホールより皿を回収し、昼の営業時間の終了を示す立て札を立てて戻ってきた厨房には、この店のお馴染み三人組が死屍累々と言わんばかりの光景が広げていた。

 

「こいつの顔の広さをナメてた……! まさか客寄せにもなるとか、コレ下手したらシルといい勝負だったんじゃ……!?」

「ひ、昼なのにいつも以上に忙しかったニャ~……つーかこれから夜もあるニャんて……夜なんてそれこそシルの時間だニャー!」

「み、ミャーはもう限界ニャ……必ず、どんな手を使ってでも『そしょー』してやるニャ……」

 

 ……アーニャさんは意味わかって使っているのだろうか。

 ルノアさんもクロエさんも何やら好き放題言っている。

 しかし生憎と、その手の文句は発案者であり発端であるシルさんに言うべきであって俺に言うのはお門違いである。

 

「確かに、これまでの昼の部と比べても稀に見る売上だったもんねー。お陰で私も疲れちゃった」

「シルぅー! 程よくサボっていたおミャーにそれを言う資格があるとでも!?」

「……いや、俺からすれば第二級でも上澄みの人達が働いてても疲労困憊に陥る職場環境にも問題があると思ってるのですが」

「言葉ニャァ気を付けるニャ『女神の白鷹(ヴァナ・フレース)』……! おミャーはシルのサボりテクを知らないからそんな悠長なことが言えるニャ……!」

「普通にアルノで良いですよ仰々しい……レモン水作っておきましたけど、いります?」

「ぬるい!」

「はいはい」

 

 【フレスベルク】で作っておいた氷をひと塊をコップに放り込んでクロエさんに渡す。

 

 がば、ぐいと聞こえてきそうな豪快な飲みっぷりは、こう言ってはアレだが中年オヤジの仕事の泣き言に見えなくもなかった。

 

「シル……レンリさんの為とのことで私はあなたの作戦に乗りましたが……これはいささか逆効果なのでは?」

「なに言ってるのリュー。逆にアルノさんが自分から休暇を取るような、ましてや休んだところで何をしたらいいか思いつくと思う?」

「……成程。シルはやはり慧眼ですね。確かに、私では想像がつかない」

「へへ」

「好き放題言ってますねあなたたち」

 

 特にリューさん。

 多少シルさんに乗せられた感が否めないとはいえ、するするとその言葉が出てくる辺り頭の片隅にはあったのだろう。

 

 ますますこの場に俺の味方が居ない事実の証明に、思わず眉間を揉みほぐした。

 

「っていうか、私としてはキミが料理出来ることに驚きなんだけど?」

 

 何気なくルノアさんがそのようなことを聞いてくる。

 

 まぁ、冒険者は最低限度の栄養補給を行う手段があればそれで良いから、彼女の疑問は当然と言えば当然の追及だった。

 

 味を追求するなんてのは、ダンジョン探索においてはどう足掻いても『嗜好品』の領域を出ないものなのには違いない。

 

 だから、大した理由なんてない。

 

 だけど相槌を打とうと開いた口はどうしてか――出ようとした言葉を濁すように、喉元を出かけては頭の中に消えていった。 

 

「……」

「……もしかして、なんか変なこと聞いちゃった?」

「いえ……そんなことは」

 

 そんなことはない、のだが。

 なんだか気分が重いのは本当に気のせいなのだろうか。

 

 ……どうにも言葉を選んでいるうちに妙な空気を放っていたようだ。

 

 先程までがやがやとどことなく賑やかな様相で満ちていた厨房、もとい従業員のたまり場的な作業場所で、俺へ静かに視点を集中させていた。

 

 

「まぁ、アレですよ――ちょっとした子ども心です」

 

 

 ――――もう戻らない笑顔と笑い声が克明に、記憶の中から蘇ってくる。

 

 

 最初から料理なんてものが出来たわけじゃなかった。

 食事に拘る性質(たち)でもなかったし、そもそも拘っていられるような環境でも無かった。

 

 けど、それでも。

 まともなモノを口にすることの方が少なく、泥水を啜りながら生きて来た自分には不相応な、温かなものを教えてくれた人が居た。

 

 そんな俺でも、そんな人を笑わせることが出来たものがあった。

 

 

 焦げ付いた野菜の炒め物でしかないものを、『美味しい』って。

 

 

 言ってくれた人が、確かに居たのだ。

 

 

「――――手っ取り早く義母(かぞく)を喜ばせることが出来たので。下手の横好きってやつです」

 

 

 『洗礼』の果てに捨てろと言われてもなお捨てたくないと、忠義と敬愛に生きれないのなら死ねと吐き捨てられようとも捨てなかったもの。

 

 そんな懐古の光景が、脳裏を過った。

 

「なんだい、湿っぽい雰囲気だしちまってさ」

「……あ、母ちゃん」

 

 用事とやらが重くなった空気を打ち破る声が強い気配と共に現れる。

 

 アーニャさんがそう呼ぶ人物に向けて会釈をすれば、相変わらず呆れを隠さない豪快な笑みを超えに出さず彼女は浮かべていた。

 

「お疲れ様です。ミアさん」

「堅苦しいねぇ。エルフでもあるまいに、その言葉遣いはどうにかならないのかい」

「性分なもので。直そうとしてもこればっかりは直らないかったです」

「あの色ボケ女神にも色々言われたろう?」

「肩が凝るとか言ってたので肩揉んでやりました」

 

 そのあと殺されるのか俺、と思うくらい罵倒を向けられたわけだが。

 

「……まぁお前さんが楽だってならそれでいいさ。それよりも――楽しかったかい?」

 

 ぽん、と俺を優に上回る体格を持つミアさんの豪快な手の平がわしゃわしゃと俺の白い髪を撫で回す。

 

 何が、とは言うまい。

 女神の気まぐれ。街娘のささやかな気遣い。

 どちらも『俺』を見てくれているとわかる、暖かなものだった。

 

 子ども扱いするな、とは言わない。

 この人から見れば俺はどうであれ二十にも届いていないガキであることには変わりないのだ。

 

 何より、この豪快さと包容力を前にすると……どうにもそういった抵抗はするだけ無駄だと言葉ではなく本能で判断出来てしまう。

 

「……まぁ……楽しかったですよ。ここなら罵詈雑言も殺気も飛んでこないので」

「馬鹿どもはおろか他の連中も相変わらずみたいだね」

「みんな真面目なんですよ。『弱い』ってことがどういうことなのか理解してる人ばかりだから、だからこそ自分が、って頑張るんです」

「物は言いようってわけかい」

 

 無論、あの人の傍に居たい想いが強い方ばかりだということも否定できない。

 

 隣でなくても良い、寂しくない程度でちょっと後ろで良い。

 

 あのファミリアに居てそんな酔狂で意気地のないことをしようとしている人間はきっと一人もいない。

 

 

 だけど少なくとも、俺はそれで良いと思ってる。

 

 

「で、物は相談なんだがなアルノ」

「はい?」

「お前さんの料理の腕は証明できた――つまりは誰かに料理を教えられるくらいのウデはあるってわけだ」

「…………はい?」

 

 ミアさんの言い分を噛み砕くのに少し時間を要してしまった。

 

 だが結局のところ何が言いたいのか俺にはどうにもピンとこない。

 

 気がかりと言えば、何やらイイ笑顔を浮かべてるミアさんと。

 

 

 何かに気づいたように蒼褪めてる『豊穣の女主人』のホールスタッフ一同(一部除く)だった。

 

 

「ミア母さん、まさか……でもいつから!」

「あぁ、終わった……本当に終わった」

「か、考え直すニャ母ちゃん! 台所はみんなで使うところニャ! せめて、せめてミャーくらいは立ち会わなくても良い筈ニャ!」

「さらっとおミャーだけ助かろうとしてるんじゃねーニャ」

「みんなー? 何をコソコソ言い合ってるのかなー?」

 

 

 光を宿さない瞳で包丁を持ち上げながら彼女らに問いかける様はまさしく地獄の審判。

 

 全然コソコソしてないのに聞こえないフリをしてるのはせめての慈悲なのだろうか。

 

 

「ミアさん」

「なんだい」

「つまりは、そういうことですか」

「そういうことだ」

 

 

 最後通告。

 

 

 そんな言葉が脳裏を過った。

 

 

「――俺に、シルさんの更生を」

「――お前さんのように勘の良いガキは嫌いじゃないよ」

 

 

 肩に置かれる大きなミアさんの手。

 

 ミシィ、と骨から出てはいけない音が聞こえた気がする。

 

 くっ、と口角があがり――。

 

 

 

「クソお世話になりました!!!!」

 

 

「逃がすと思ってんのかい、アルノォ!!!!」

 

 

 

 




 ちなみに、白髪の味付けはミアの料理より繊細かつ素材本来の味を引き出す味付けで、この日はエルフの集客率が良かったとかなんとか。

 そして、いつもの蒼コートと帯刀してないから明確な顔見知り以外に『女神の白鷹』とは気づかれていない。

 よって、以後は定期的に『豊穣の女主人』に出没する謎の料理人として知られることになる。
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