日本国召喚 国際協力機構 異世界を往く 作:アニキ イン ザ スペース
殆どの『魔獣』は『パランド号遭難事件』のクラーケンに見られる様に人間に害を為す非常に危険な生物ですが、一部の……例えばワイバーンと呼ばれる翼竜に似た『魔獣』は永きに渡る品種改良により、人を乗せて空を飛ぶ事が出来るようになった事で、この異世界では有益な『魔獣』として存在しています。
私達JICAの職員が異世界国家クワ・トイネへ到着した時に驚いた事の一つとして、地球に置ける中世期の西洋国家と同じ技術しか持たない国なのに、下水や排泄物と言った生活排水の処理が独自の方法ながら現代国家に近いレベルで公衆衛生が維持されている事でした。
その様な異世界国家の公衆衛生に貢献しているのはこの『スライム』と呼ばれるアメーバーの様な異世界独自の『魔獣』で、異世界の人々は光を嫌いながらもあらゆる有機物を餌とするこの『魔獣』を下水道やトイレのタンクに放つ事で汚水や排泄物の処理をさせています。
この生物は独自の青臭さを持つ以外は、病原菌の温床になる事も無く、非常に効率良く汚水等の処理が行えます。
ただし、餌で有る汚水等を与えるだけ肥大化し下水管やタンクを詰まらせる原因となる為、定期的に『スライム』をくみ取る必要が有ります。
それらの手間を踏まえてもこの生物の特徴は非常に有益で有り、国内に置いても汚水処理の改善に大きく貢献するものと思われます……。
JICA技術協力専門家(畜産学) 大屋 香澄 のビデオレポート 「異世界の生物」 より抜粋 ―
中央歴1639年(西暦2015年) 5月1日 20時13分 ロウリア軍占領下のギムの街 西区の地下水路跡
ギムの街に残された生存者達に会うべく、使われ無くなった西区の地下水路跡へと辿り着いた山内達は、取り外した鉄格子を元の場所に仮置きすると暗闇が続く水路の奥へと目を向ける……。
地下水路は幅、高さ共に3m程の広さでレンガによりアーチ状に組まれ、かなり頑丈に造られている。
月明かりが届かない位置まで歩くと、ヘラが鞄から魔導ランタンを取り出し呪文を唱える……するとランタンの明かりが灯り出し周囲を明るく照らし出した。
「おいっ、そんな物を
山内は魔法のアイテムを使っているヘラに向かってその様に問うと、彼女は魔導ランタンを手に取ってこう答える。
「此処の水路に使われているレンガの土は『魔素』を多く含んでいるから『魔力監視哨』でも探知は出来ないよ! それよりも……。」
ヘラは前置きをすると気になる事を皆に話し始める……。
「まずは
「成る程……この先には危険が有るかも知れないって事か!?」
「うん、そう考えるのが普通だね……!」
ヘラは山内に向かってそう言うと、今度はチチーナに向かって話し始める。
「ほらチチーナ! 次はアンタの番だよ!」
「うん……わかったにゃ!」
チチーナはそう返事をすると、腰のポシェットの中に手を入れ、中から平べったい尻尾を持つモルモットの様な生き物を取り出した。
「おや? これは随分とかわいい奴じゃないか!?」
田崎はチチーナが手に持つ生き物を興味深く眺めると、そのモルモットに似た生き物は鼻をヒクヒクさせながら「プイッ!プイッ!」と愛らしい声で鳴き始める。
「オビラモットのポポイだにゃん、この先に危険が無いか、この子に見て来てもらうにゃ!」
そう言いながらチチーナはポポイに顔を寄せ、呪文を唱え始める……彼女はポポイを従魔化する事で感覚を共有し自在に操れる様にするとポポイはチチーナの手から離れ、地下水路の奥へと駆け抜けて行った……。
「ほぅ……便利だな、俺達の国にも似た様なモノが在るが、使い勝手が悪くてな!」
山内は陸上自衛隊で試験運用されている偵察ドローンと比較して手軽に使える従魔を見てそう呟くと、従魔と同期したチチーナはポポイを暗闇の中へと進めさせ、地下水路の奥へと探索を行なう……。
「しばらく進んだ所で道が分岐してるにゃ……まずは左側へ……こっちは水が流れていないけど、少し進んだ所でレンガで完全に
それまで魔獣と同期して棒立ちだったチチーナが突如身体をビクッ!と震わせ膝を付いて倒れ込む。
「にゃゃゃ〜っっ!! ポポイ逃げてっ!!!」
チチーナはそう叫ぶと隣にいた田崎に激しくしがみつく、何事かと思い彼女を見ると、その顔は青ざめ酷く怯えた表情をしていた。
「??……チチーナさん、どうかしたんですか!?」
「これは!? タザキ、チチーナの従魔に何か有ったんだ!!」
チチーナに抱きつかれ慌てる田崎に対し、ヘラがその様に答える。
同期している魔獣が極度の恐怖や痛みを感じると、それが魔獣使いにもそのまま伝わる事が有り、チチーナもそれを強く感じた為にパニックを起こしてしまったらしい……。
ヘラがそう話していると水路の奥からポポイが悲鳴を上げながら戻って来た……良く見ると尻尾に
「ああっ……ポポイ、ごめんなさい! 怖かったでしょ……。」
落ち着きを取り戻したチチーナは涙をポロポロ流しながら戻って来たポポイを抱きしめ、傷を治療しようとポシェットに手を伸ばそうとするが、水路の奥からただならぬ気配を感じその手を止めてしまう……。
「おいっ……何だよアレは!?」
ヘラが手にしている魔導ランタンに照らされた先には、水路を覆い尽す巨大な緑色の物体がゆっくりとした速度で山内達へと迫って来る!
「アレはスライム?……まさか、あんなデカい奴がいるなんて!?」
ヘラはそう言うと右手をスライムに向け、指で奇妙なハンドサインを描きながら呪文を唱え始める。
「 ცეცხლის სული,მომეცი შენი ძალა,აალებადი ისრები. 」
呪文を唱え終えるとヘラの右手に炎が現れ、火矢の如くスライムに向かって飛んで行く! 魔法の火矢はスライムに命中すると「パァン!」と音を立てて破裂した!!
「すげぇ! やっぱりこの手の魔法が存在したのか!!」
全身に焦げ目が付き動きが止まったスライムを見て、田崎は初めて見た攻撃魔法に驚きと興奮で湧き上がるが、表面の焦げ目がスライムの緑色の体内に吸収され再び動き出す姿を見ると、彼は目を丸くしながら
「げぇっ! また動き出したぞ!!」
「くっ……駄目だ、大き過ぎて魔法の火矢が効かない!」
驚く田崎の横で魔力を消費したヘラが肩で息をしながらそう叫ぶ、スライムは獲物を逃さない様にと水路いっぱいに広がりながら再び山内達に迫って来る。
「おいっ! スライムってトイレの中に居た奴だよな!? 行き先を完全に塞がれたぞっ!!」
「気を付けろ、アイツに捕まると服ごと身体を溶かされるぞ!!」
「くそっ! やっぱりそうなるのか!!」
スライムが危険で有る事を理解した山内は腰のベルトから無線機を取り出し、外で待機している一ノ瀬 一尉との通話を試みる。
「バッドアスよりフリッキーへ! 問題が発生した、これより水路入口まで後退する!!」
水路内にも係わらず送信先の一ノ瀬達が待機している位置と山内達が居る水路が直線上だった為、無線機の通信感度は良好だったが、その返信内容は山内達を
「フリッキーよりバッドアスへ……水路入口前にロウリア兵の巡回が向かっているのを確認! 今、外に出たら敵に見つかります!!」
外へ出ようと出口に向かい始めた山内達だが、一ノ瀬の報告に足を止めてしまう……その合間にもスライムはじりじりと彼らに迫ってくる。
「くそっ……コイツはマズいぞっ! ヘラ、あの化け物に弱点は無いのか!!」
「アイツは太陽や光が苦手なんだが、ああもデカいと魔導ランタンの明かり程度じゃ足止めにもならないよっ!」
「光……!? おいっ、田崎!!」
それを聞いた山内と田崎は顔を合わせ互いに頷くと、背中からM4カービンを取り出しスライムに向けて構える。
次の瞬間、地下水路内が
「うわっ、何だこの光は!?」
「すごくまぶしいにゃ!!」
山内と田崎が手にしたM4カービンのアタッチメントとして取り付けられたフラッシュライトの光がスライムに向けて照射される! 3000ルーメンを超える強烈な光を浴びたスライムは慌てるようにズルズルと後退りを始めた……。
その様子を見ていたヘラはスライムの中に大きな丸いモノが有る事に気が付くと、山内に向かって叫んだ!
「ヤマウチ! スライムの中に見える丸いモノ、あれがスライムの核、奴の弱点だ!!」
「あれか!!」
山内と田崎はスライムの核に向けて狙いを定めると、M4カービンの引き金を引き5.56mm弾を撃ち放つ! 弾丸はスライムの中をまるで弾道ゼラチンの様に突き抜けると、その内の一発がバスケットボール大の核に突き刺さった!!
核を撃ち抜かれたスライムの身体はその巨体を維持する事が出来ずに「べしゃっ!」と言う音と共に緑色の液体となって崩れ落ちた……。
「うわっ、げほっ!げほっ!!」
「ぐはっ……何だコリャ! 倒したのか!?」
「あぁ、その様だが! くせぇ……何て臭いだ!!」
崩壊したスライムの液体から発する臭いに4人は思わず
「バッドアスよりフリッキーへ……こっちの問題は解決した! そちらの様子はどうだ!?」
「フリッキーよりバッドアスへ、巡回の兵士達がそちらに気付いた様子は無し……どうぞ!」
「バッドアス了解! これより潜入を再開する、以上!!」
(やれやれ……チョイと危なかったが、何とかなったな!)
山内は無線機をベルトに戻し、床に転がった大きなスライムの核を見ながらそう呟いた……。
「おいっ、何やっているんだ!?」
山内はヘラがスライムの核に短剣を突き立てているのを見て彼女に尋ねると、ヘラはニヤリと笑いながらこう答える。
「お宝を取り出しているのさ……こんなにでっかいスライムの核を見たのは始めてだからねっ!!」
ヘラはそう言いながら短剣でスライムの核に切れ目を入れると、スイカサイズの赤いマスクメロンを思わせるスライムの核の表面が「バリッ!」と言う音と共に
「うひょー! ヤマウチ、これがお宝『スライムジェム』だよ!!」
「にゃっ!? こんな大きなスライムジェムを見るのは初めてだにゃん!!」
尻尾の治療を終えたポポイを抱きしめながら、チチーナは取り出されたスライムジェムの大きさに驚きの声を上げる!
「アタシだってこんな大きいのは初めて見たよ! ほらっ……ヤマウチ、これはアンタの物だっ!」
ヘラは笑いながら山内に向かってスライムジェムを放り投げると山内は慌てながらもジェムを受け取る。
「えっ!? おっとっと……急に渡すな!! ほぅ……コレは
山内は手にしたスライムジェムの色合いと輝きに目を見張りつつ彼女達に尋ねる。
「あのスライムを倒したのはヤマウチ達だからね……当然の権利さ!」
「そうだにゃ、これでヤマウチも大金持ちだにゃん!」
山内の言葉にヘラとチチーナは笑いながらこう答える。
何でもスライムは巨大化すると分裂する
さらにこのスライムジェムはこの異世界では非常に価値が有る魔石らしく、過去にヘラが手に入れたスライムジェムはこれの半分以下の大きさしか無かったが、それでも金貨100枚分の価値が有ったらしい……この大きさだと金貨500枚は下らないだろうと彼女達は言っていた。
(さて……どうしたものか、カミさんの土産に悪くは無いかもな……。)
山内はそう思いながらもスライムジェムを裏ポケットに入れ、3人と共に暗闇が続く地下水路の奥へと進み始めた……。
巨大スライムを撃退した山内達はしばらく道なりに地下水路の奥へと歩いて行くと、天井が高い広間へと辿り着いた。
「どうやら、ここは
周囲の壁を覆ったレンガの違いから田崎がそう推測していると、ヘラが何かを発見したらしく山内に来る様に呼び掛けた!
「ヤマウチ、こっちに来てくれないか…………これ、全部人間の骨だよ!?」
「これは…………恐らく殺されたギムの街の人々だな、死体の処理に困ったロウリア兵が、上の穴から落としたんだろう!」
山内はそう言いながら、天井に空いた穴から漏れる月明かりに照らされる骨の山を見つめる……骨の殆どは一部が溶けていて何処の部位だか判別出来ないが、特徴の有る
「あのスライム……何処から来たのか分からないけど、死体をいっぱい食べてあんなに大きくなったんだにゃ!」
「うぇっ……そうなのか!?」
チチーナの言葉を聞いた山内は、スライムジェムをカミさんのプレゼントにするのは止めておく事にした……それよりもこの場所に来てから誰かに見られている様な気配を感じ気にしていると、今度は田崎が何かを見つけ山内に報告してきた。
「山内 三佐、階段の上に扉が有ります!」
田崎が広間の奥に上へと昇る階段とその扉を見つけるが、それを見たヘラが山内達を呼び止める!
「待ってヤマウチ! あの扉、魔力を感じる……魔法で封印されているんだ!!」
ヘラは階段前で皆を待たせ、一人階段を上がって扉の前に立つと手をかざし精神を集中する……。
(扉の裏側に魔獣避けと
ヘラは両手を手話の様に動かしながら、解呪の呪文を唱え始める……すると扉の裏側に描かれていた魔方陣が表側に浮かび上がり、
「ヤマウチ、コレで扉が開く様になったよ……でも、ここからは!」
「あぁ……やはりヘラも感じていたか! 扉の奥にいる奴が敵かも知れないと……。」
山内はそう言いながら、階段を上がり扉の前に立つ……そしてM4カービンを手に取ると扉を開け、ヘラと共に扉の中へと入り込んだ。
続く
ギムの地下水路の潜入に成功した山内は思いもよらない難敵とギムの街で起きた悲劇の一環を目の当たりにしながらも、奥へと進んで行きます。
地下水路の幅が3m(10フィート)だったのは、D&D規格に縛られた駄目なオッサンの悪習で有り、それにしてもヤード・ポンド法は滅ぶべきで有ります!
次回『生き残った人々』扉の向こうで山内達を待っていたものとは……!?。
用語
オビラモット
体長25〜30cm程のモルモットの様な体躯とビーバーの様な平べったい尻尾を持ち合わせており、体内に魔石を宿している事から魔獣に分類されている異世界生物。
主にロデニウス大陸北部の森林地帯に生息している。
平べったい尻尾を使っての泳ぎが得意で、約1時間程は潜り続ける事が出来る為、遺跡や洞窟の探索に使われている。
比較的、簡単に捕まえて従魔に出来る事から、ペットとして飼われている事が多い。
ギムの街の地下水路
今回、山内達が潜入した地下水路は、ギムの街が発展するに伴い中心地が南側に移った事で行なわれた、街の再開発で閉鎖された西区(ギムの街では旧市街地となる)の地下水路跡が舞台となっている。
物語の30年以上前に、買い取った建物が地下水路跡に通じているのを見つけたトビアスの父親で有る商人のミカールが、発見した地下水路跡を倉庫を兼ねた緊急時の避難先として使用する事を考案するも、建設時の図面や資料が過去の火災で焼失した事を知り、『赤毛のヘラ』が所属した冒険者パーティに地下水路跡の探索を依頼した。
その後、2代に渡って地下水路跡の改装と維持を行っていたが、頑丈に作られていても古い施設なので水漏れやスライムの侵入等、維持が十分出来ていなかったらしい。
スライム
不定形の異世界生物で地球に生息する粘菌やアメーバーに似た特徴を持っているが、体内に『魔素』を溜め込み、成長して大きくなると『魔素』が結晶化する特徴を持つ。
太陽光下では細胞組織を維持出来ず崩壊を起こして死んでしまう為、松明の明かりすら避ける程に光を嫌う習性が有る事から、通常は光が当たらない洞窟や遺跡等に生息している。
普段は暗闇の中を餌を求めてゆっくりと移動しながら、苔や生物の死骸等の有機物を自らの身に取り込んで、消化・吸収を行い成長する。
スライムは成長するに従い体の中に今まで見えなかった『核』が可視化される様になるが、それと同時に巨体を維持する為に動きが活発化して、執拗に餌となる獲物を追い回したり待ち伏せを行うなど巧妙な行動を取る様になる。
その様なスライムを倒す場合は身体の中枢に有る『核』を破壊するのが一般的な方法だが、大型になるとスライムの分厚い細胞壁に守られている為、倒すのが困難であるが『核』部分は『スライムジェム』と呼ばれる魔石として高価で取引されている為、冒険者の間では人気の有る討伐対象となっている。
有機物なら何でも食する特性を活かし、この異世界では汚水や排泄物の処理に使われる等、身近な魔獣で有る反面、従魔化が困難な事で知られており、光が苦手な事も相まって従魔として使われているのは稀で有る。
パランド号遭難事件
異世界転移後、転移に巻き込まれた竹島を実行支配する大韓民国の『独島警備隊』に援助物資を輸送すべく、鳥取県の境港を出港後、隠岐の島沖の海域で異世界の怪魔『クラーケン』に襲撃され、乗員7名全員が行方不明となった韓国籍の庸船(実際は漁船に偽装した密輸船)『パランド号』遭難事故の名称。
この事件で『クラーケン』が海上自衛隊の潜水艦『けんりゅう』に退治されるまで旧日本海側では船舶の航行自粛が実施されていた。
(この出来事は、本作品の前日譚となる『日本国召喚 異世界の異邦人』のエピソードとなります。)