日本国召喚 国際協力機構 異世界を往く 作:アニキ イン ザ スペース
男はやや疲れた足取りでふかふかな白い絨毯を踏みしめながら書類が積まれた机を横切ると、窓際に置かれた重厚な革張りの椅子に身を預ける様に座り込み、深い溜息を付きながら天井を見上げた……。
(ふぅ……政争の果てに座る事が出来たこの椅子の有る部屋が唯一、落ち着ける場所になろうとは……。)
男は照明が付いた天井を眺めながら、その様に呟く……。
日本国の異世界転移と言う前代未聞の事態以来、男には休まる事の無い日々が続き、遂には自衛隊の海外派兵と言う国是とは相居られぬ決断を行なった事は、今も男の肩に重く伸し掛かっている。
……男は深く深呼吸をした後、机に置いて有ったレジュメを手に取り読み始める……そこには昨日の報告会で発表された異世界についての報告が要訳されており、彼は目を細めながら報告書を読み上げる……。
報告書にはこれまで判明したこの異世界についての事が書かれており、取り分けこの惑星の大きさが地球の2.6倍近く有るにも拘わらず重力や大気圧は地球と全く変わらない等、専門家で無い彼ですら首を傾げる事が書かれているが、これらの解明には全てに共通して有る物が必要だと記載されていた。
(……以後、詳細の解明については気象及び観測衛星による調査が必須となる……。)
男は頭を掻きながら、「未決」と書かれた書類入れから一冊のレジュメを取り出し、表紙を見るだけで中身は吟味せず、手にした印鑑を「内閣総理大臣」と書かれた空欄の箇所に捺印し「既決」と書かれた書類入れに放り込んだ……。
……男はゆっくりと立ち上がり背伸びをした後、カーテンの隙間から見える高層ビル街を眺めながら今後の事について思案し始める……そんな彼が内容を確認せずに捺印したレジュメの表紙にはこの様な題名が書かれていた。
『人工衛星打ち上げ強化に伴う「種子島大型ロケット発射場」と「内之浦観測ロケット打ち上げ場」の拡張計画と今後のロケット量産体制について』
中央歴1639年(西暦2015年) 5月2日 夕刻 クワ・トイネ公国 マイハーク海岸 臨時埠頭建設地
夕刻が迫るマイハーク海岸沖では、停泊している巨大な鋼鉄製の船の間を木製の小さな帆掛け船が港へと向かう姿が見える中、建設中の臨時埠頭の浅瀬からウェットスーツを着た1人の男が埋め立てられた土地へと上がって来た……。
「おーい! どうだった!?」
男は測量用の棒を手にしたまま、埋め立て地から測量を行っていた若い男に声を掛ける。
「測量した場所は全て許容範囲内です!」
男達はこれまで水中ブルドーザーを使用し平坦化作業を進めていた浅瀬が指示書通りの水深になっているかの調査を行っており、測量士で有る若い男の話を聞いたウェットスーツの男は安堵の表情を浮かべる。
「よしっ、これで報告を上げてくれ! 何とか今夜の大潮に間に合った。」
ウェットスーツの男はそう指示を出した後、マイハーク湾の沖へと視線を向ける……そこには巨大な鉄の構造物が海に浮かんでいた。
「アレを見るのは福島の事故以来か……しかし、またアレの為にこんな所で仕事をするとは思わなかった……。」
男が言うアレとは、福島第一原発の海岸から外洋タグボートに牽引され、3000km近く航行の末にマイハークへとやって来た、巨大海洋構造物メガフロートの姿で有った。
建造以来、様々な運命に翻弄され「福島第一原発事故」と言う日本最大の危機の中、臨時の貯水槽として影ながら貢献して来たメガフロートは、2度目の危機とも言える異世界転移に対処すべく、臨時埠頭の土台として最後の役目を果す為に海を渡りマイハークへとやって来たのだ。
やがて夜となり、マイハークの海岸が大潮を迎え海が満ちていく……事前に平坦化された浅瀬の上にタグボートで牽引されたメガフロートが覆い被さるかの様に移動すると、フロートへの注水が始まり巨大な構造物は浅瀬へと沈座した。
その後、フロート内の海水はコンクリートへと置き換えられ、メガフロートは新マイハーク港の埠頭の一部としてその生涯を終える事になった……。
中央歴1639年(西暦2015年) 5月5日 クワ・トイネ公国 マイハーク海岸 臨時埠頭
朝早くにマイハーク湾へと入港し、完成したばかりの臨時埠頭に船体を黒く塗った巨大な船が汽笛を上げながら接岸を行う。
「いやはや……近くで見ると、とんでもない大きさだな……。」
クワ・トイネ公国の代表としてマイハークの街に常駐している評議委員のノーグ卿は、目の前で停泊しているフェリー船「はくおう」を見上げながらその感想を口にする……この様な巨大船が国の所有物では無く民間からの借り物で有る事にも驚くが、それ以上に船の後部に有る巨大な扉から鉄の荷車……ニホン人達がトラックと呼んでいるモノが次々と出てくる光景に驚きの声を上げる。
「この船には一体何台の鉄の荷車……車が積んで有るのですか!?」
ノーグの言葉に隣で案内に行っている、第四施設群副隊長の
「はい、この『はくおう』には82台の車両が搭載されています。 これらを全て陸揚げした後、今日中に8隻のフェリー船の接岸を予定していますので、民間の車両も含め1000台以上の車両が陸揚げされる予定です!」
「この巨大な鉄の荷車が、せ…1000台も!?」
「現在、陸揚げされている部隊は『中央即応連隊』と『教導団』と呼ばれている足の早い装輪車両で構成された部隊で、今日中に我々第四施設群と共にエジェイへと向かいます。」
卜部 三佐が説明する中、73式大型トラックに続いて『中央即応連隊』の96式装輪装甲車と『教導団』の87式偵察警戒車、そして対ワイバーン戦の切り札として配属された93式近距離地対空誘導弾が『はくおう』の船体から姿を現す。
(うむ……それ程の部隊をエジェイに向かわせるとは! 味方とは言え、我々はとんでもない国と手を組んでしまったのでは……。)
ノーグはその様に思いながら、次々と横切って行く車両の列に目を見張る……巨大な幌張りのトラックと共に、装甲車と呼ばれている全面が鉄に覆われている車両が同じ速度で走っている姿に驚きながらも、通り過ぎて行く車列の中に他とは雰囲気が違う車両が有る事に気が付く。
「ウラベ殿……アレが話に聞く『戦車』と言うモノでしょうか?」
ノーグが指差した車両を見た卜部 三佐は「あっ!?」と言う声を上げた後、やや戸惑った表情をしながら答える……。
「確かに、戦車に似ていますが少し違います……アレは機動戦闘車と呼ばれている、我が国の新兵器です!」
卜部 三佐がそう説明する中、車体に「装実」と書かれた2両の車両が2人の前を通り過ぎて行く……8輪のタイヤに全面が装甲化された車体、そして長砲身の戦車砲を搭載した楔型の砲塔に他の車両とは違う異質な力強さをノーグは感じ取る……。
試製機動戦闘車……後に「16式機動戦闘車」と言う名で陸上自衛隊に採用されるこの車両は実戦テストを兼ねてクワ・トイネへと送られてきたのだ。
「おおっ、新兵器まで持って来てくれるとは実に頼もしい! ニホンの援軍には感謝するばかりです!! そう言えば、今日はモロボシ殿の姿が見当たりませんが、どうかされたのでしょうか……!?」
感謝の言葉と共に諸星 一佐の事を聞かれた卜部 三佐は「あっ、忘れてた!」と呟きながらバツの悪そうな表情をする。
「すみません、入港した船の案内で伝えるのを忘れていました……諸星 一佐は駐屯地建設の為、エジェイへと向かわれまして……あっ! アレに諸星 一佐が乗っています!!」
卜部 三佐が指差す方向には、沖合いに停泊していた護衛艦『いずも』から発艦した4機のCH―47JA輸送ヘリコプターが飛び立つ姿が有り、ローター音を響かせながら2人の頭上を通過して行った……。
「何とっ!? アレでエジェイまで向かうと言うのか!! しかし、何とも奇妙な形の飛行機械だ……あの様なモノが空を飛ぶとは……。」
ノーグがその様に感心する中、諸星 一佐を乗せたCH―47JAは青い麦畑が広がる平野を越え、南西へと向かって行った……。
同日 正午前 クワ・トイネ公国 タイダル平野
城塞都市エジェイの東に広がるタイダル平野に、緩やかな風が吹き抜け若草色の草木がさざ波の様に揺れ続ける……。
クワ・トイネ公国の南西部に位置するこの土地は、西に険峻な山の麓に築かれたエジェイの城壁を見渡す以外に何も無い平坦な土地で在る。
戦争とは無縁とも思われるこの平穏な地に何処からか聞き慣れない音が聞こえ始める……そして草原には音が鳴り響く空を見つめる4人の男達の姿が有った。
「ほう……アレがヘリコプターなるモノか!? 何とも奇妙な形をしているモノが空を飛ぼうとは……。」
「アレが魔法では無く自然の摂理で飛んでいるとは……全く信じられませぬ!」
銀山羊騎士団の副団長で在るフミスキと騎士団付きの魔術師が北東の空から飛来してくる4機の機体を不思議そうに眺めている。
「うむぅ、あの空飛ぶ船……以前、公都で見たモノとは大きく違いますな……ヤマウチ殿、アレで宜しいのかな?」
「はい、あの4機は我々の機体となります……恐れ入りますが着陸の支障となりますので、直掩のワイバーンをもう少し遠ざけて貰えますでしょうか!?」
飛来するCH―47JA輸送ヘリコプターを山内とオコシ団長達が見つめる中、エジェイから飛び立ったワイバーンの飛行隊が4機のCH―47JAに接近を試みるが、規律の取れた編隊飛行を行なう巨大な機体に圧倒されたワイバーンの部隊は近づく事が出来ず、やや遠ざかった位置でCH―47JAの編隊を囲う様に飛行していた。
やがて4機のCH―47JAは平野で待機していた田崎の誘導の元、草木を激しく揺らしながら地面へと着陸する。
そして後部のカーゴランプを開放すると搭乗していた隊員達が降りて来て、搭載していた車両や荷物の搬出を始めた。
(なんと……船が空を飛んで来るだけでも驚きなのに、動く荷車だけでは無く、あれ程の多くの荷物を積んでいるとは……!? ニホンの軍隊は我々が毎回苦労している兵站を空を飛ぶ事でああも容易く運んで来るのか!!)
副団長のフミスキは手際良く荷物を運んで行く自衛官の姿を見て驚きながらその様に感心していると、濃緑色の制服を着込んだ1人の男性が彼等の元へと歩いて来る姿が有り、山内が彼に向かって駆け寄っていく……。
「第四施設群の諸星 一佐ですね、自分は在クワ・トイネ日本大使館付き防衛駐在官の山内 哲也 三佐で在ります!」
山内は陸上自衛隊の91式制服を着込んだ諸星 一佐に対し挙手の敬礼を行う。
(ほぉ……最初に異世界国家に赴任しただけ有って、舐められ無い様にそれなりに着飾って来たか!?)
山内は鍔に装飾を施した佐官帽を被り、胸に金色のモールと色取り取りの略章を取り付けた諸星 一佐の制服を見て感心しながら笑みを浮かべる。
「山内 三佐、出迎えご苦労です……それより防衛駐在官と言う事は、貴官があのギムの街の撮影を行ったのか!?」
「いえ、自分はただ部下に恵まれているだけです……それより紹介致します、此方がクワ・トイネ公国軍、銀山羊騎士団団長のカラクワ・デ・オコシ卿です!」
山内は諸星 一佐の質問に対し謙虚に答えると、隣に居るオコシ団長の紹介を行なう……オコシ団長は右手を胸に当てながら恭しく礼を行なうと、諸星 一佐はそれに応えるべく挙手の敬礼を行なう。
「お初にお目に掛かります、自分は日本国陸上自衛隊、第四施設群隊長、諸星 淳一 一等陸佐で在ります!」
「モロボシ殿、ようこそエジェイへ……軍務局より貴公らを全面的に協力する様に指示を受けておる、何か有りましたら我らに遠慮無く伝え願いたい……。」
諸星 一佐はオコシ団長の歓迎の言葉を受けるが、気になる事が有った為、山内に対し小声で尋ねてみる。
「山内 三佐……確かエジェイの指揮官はノウ将軍と言う方だと聞いていたが、此処には来ていないのか!?」
「あぁ……その件ですが……。」
山内の言葉が急に歯切れが悪くなった事に諸星 一佐が首を傾げると、オコシ団長がワザとらしく大きな咳をして2人の気を引き付ける……。
「オッホン!……これは失礼、この件については私からお話し致そう……申し訳無いがノウ将軍は此処には来られていない、彼は城塞都市エジェイの指揮官として城壁の守りに過剰と言わんばかりの自信を持っている為、折角やって来られた貴公らを邪魔者扱いしているのだ……。」
オコシ団長の言葉に山内はノウ将軍の執務室を訪問した際に邪険に扱われた時の事を思い出し、思わず苦い表情を浮かべる……それを見た諸星 一佐は思わず溜息をついてしまう……。
「はぁ……成る程、これは一筋縄には行かない様ですね! しかし会わない訳には行かないですし、どうしたら良いモノか……。」
諸星一佐は帽子を脱ぎながらそう呟くと、それを見ていたオコシ団長は笑いながら彼に答える。
「モロボシ殿、貴国は我が国の評議会からこの土地を自由に使って良いと許諾を得ているのだ! ノウ将軍が何を言おうと気にされる必要なぞ有りますまい……。」
「そうですね……あっ、そうそう! これから建設します『エジェイ駐屯地』の図面と想像図を描いた紙をお持ちしました。」
そう言いながら諸星 一佐は持っていた鞄から数枚の紙を取り出す……そこにはCADから出力したエジェイ駐屯地の図面と想像図が描かれており、オコシ団長達は興味深い表情でその図面に目を通す……。
「これは……砦の城壁が魔方陣を
「いえ、確かに魔方陣の様にも見えるかもしれませんが……これは魔法では無く三角形の陣地をあの様に構築する事で、敵の侵入をし辛くするのと同時に射線を交差させて敵を殲滅できる様にしているんです!」
星型陣形が描かれた図面を見るなり、顧問の魔術師は興奮の赴きで諸星一佐に魔方陣の仕組みを問うが、彼はそれを否定して戦術的な意味でこの様に造られていると答えると今度はフミスキ副団長が深く頷く。
「成る程……建造には手間が掛かりそうですが、これなら従来の城壁よりも敵の侵攻を
3人がそう話していると荷物を降ろし終えたCH―47JAが再びローターを回転させ離陸を開始した……そして北東の空から新たな輸送ヘリコプターの編隊がタイダル平野へと向かって来る姿が見えてくる。
「ほう……また同じモノが飛んで来ましたか、しかしあの空飛ぶ船の音、まるで戦陣を奏でる太鼓の音の様ですな。」
オコシ団長は新たに飛んで来たヘリコプターのローター音を聞きながらその様に呟く……そして三日後、大量の資材を運んで来た第四施設群の本隊が中央即応連隊と共にタイダル平野へと到着し、エジェイ駐屯地の建設が本格的に開始されるので有った。
続く
ようやく第四施設群によるエジェイ駐屯地建設にこぎ着ける事が出来ました。
物語は終盤に向け、突き進んでいきますが、次回は何やら決闘が行われる様です!