日本国召喚 国際協力機構 異世界を往く クワ・トイネ編   作:アニキ イン ザ スペース

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第六話 嵐を見つめる者

中央歴1639年(西暦2015年) 3月29日 クワ・トイネ公国 ナエノデンエン村から約20kmの西の郊外

 

仲春(ちゅうしゅん)の晴れ渡る空の下、草原が続く街道を2頭の毛むくじゃらな獣に牽引(けんいん)された巨大な荷車が西へと進んでいく……。 

その大きさから街道から今にもはみ出しそうになりながらもガタガタと音を立てながら移動する巨大な荷車には御者を含め、12人の人々が乗り込んでいる。

彼らは全員が獣人と呼ばれている種族で、遠くクイラ王国に有る山岳地帯の集落からナエノデンエン村へ出稼ぎに向かう人々であった。

高地に在る貧しい村から大陸の背骨(せぼね)と呼ばれているロデニウス山脈を越え、リーンノウの森を迂回しながら西へと続く街道を、村で(わず)かに採掘出来る岩塩を行く先々の集落に宿賃代わりに渡しながら道中、三週間近くの日数をかけてナエノデンエンへとやって来たのだ。

 

「なぁ! ザンタスよぅ、ナエノデンエンはまだかいなぁ……こんなにガタガタ揺れてたら、ケツが2つに割れちまうぞ!!」

 

「お前のケツは最初から2つに割れとるだろう! さっき石標(せきひょう)を通過したから、今日の正午過ぎには到着するぞ!」

 

ザンタスと呼ばれた御者である獣人族の老人は笑いながらそう答える……彼は手にした手綱を緩め、荷車を引くヤイクンと呼ばれている2頭の獣達に声を掛ける。

 

「がんばれ! この丘を越えれば、もうすぐナエノデンエンだ!!」

 

2頭のヤイクン達は力強くもゆっくりとした足取りで坂道を登り抜け、荷車は周囲を見渡せる丘の頂上へと到着する……この丘を越えれば後はなだらかな下り道だけだとザンタスは安堵(あんど)しながら眼下の景色を見下ろすと、そこに広がる光景を見て彼は思わず声を上げる!

 

「んんっ! 何だコリャ!!!」

 

丘の頂上から見下ろした光景に荷車に乗っている全員が驚きの声を上げる……まだ村から相当離れている場所にも係わらず、街道の両方に広がる草原の殆どが綺麗に耕されているのだ。

そして広大なナエノデンエンの草原の中に赤い色の生き物と思えないモノが数台、猛烈に土を巻き上げながら動いている姿を見つける。

 

「あの赤いのは何だ!」

 

「何か車輪がでけぇ荷車みてぇだが、アレは……自分で動いているのか!?」

 

「おい! 上に人が乗っているぞ……ありゃ村の人間じゃねえか!!」

 

確かに赤い荷車の上には村の衣装を着ている人族の若い男が丸い手綱の様な物を手にして、動いている荷車を操っている様に見える……そしてその横には水色の服を着た村人とは違う人族の男が座っていて、何やら指示をしている様だ。

ザンタスが動いている赤い荷車を眺めていると、上に乗っている村人がこちらに気付いて大きく手を振り始めたので、彼も手を振り返した。

 

「あの赤いのは何なのか分かんないが……どうやら危険なモノでは無さそうだ、村に行けばアレが何か分かるかも知れん!」

 

ザンタスはそう言うと、手にした手綱を叩いて2匹のヤイクン達に指示を出し、一路ナエノデンエン村へと向かった。

 

 

同日 正午過ぎ クワ・トイネ公国 ナエノデンエン村

 

村の川に架けられた一番頑丈な橋を渡り、ザンタス達一行はついにナエノデンエン村へと到着した。

荷車を道の端に止めたザンタスは出稼ぎの獣人達を先に村の中心へと向かわせ、自分は長旅で疲弊(ひへい)したヤイクン達を荷車の(くびき)から外し、水を飲ませるべく川沿いへと連れていった。

 

「お前達、よく頑張ってくれた! ここに来れば、旨い飯が食い放題だから楽しみにしてろよ!」

 

川の水をゴクゴクと飲み始めたヤイクン達にザンタスはここまで頑張ってくれた事に労いの言葉を掛けていると、川の下流側に去年までは無かった白い大きな建物と灰色の高い(やぐら)の様なモノが有る事に気が付く。

どう見ても白い建物はこの村の領主の屋敷よりも大きい上に、その隣に建っている灰色の櫓に至っては妙に細長く、その天辺(てっぺん)には丸くて白い妙な物が横向きに取り付けられている。

ザンタスはアレは何だ? と思いながら見ていると後ろから彼を呼ぶ声が聞こえて来た。

 

「おぉ! ザンタス、じじいだと言うのに今年も出稼ぎ組かぃ!!」

 

ザンタスが振り向くとそこには彼の腰ほどの背丈しか無いが、がっしりとした体躯で赤色の顎髭を蓄えたドワーフ族の男性の姿が有った。

 

「ダイスよぉ、久しぶりだな! 孫達の為にも動ける間に働かなきゃならんからな……今年もやっかいになるぞ!!」

 

倍近い身長差が有る二人は笑いながら再開を祝い固い握手を交わす。

 

「しかし、今年は随分と到着が遅れたもんじゃのぅ……!? それに、さっきすれ違った連中も年寄りばかりじゃったぞ!」

 

「あぁ……実はその事なんだが。」

 

握手している手を放し、ザンタスはダイスに到着が送れた理由を話し始める……。

 

1ヶ月前、村から出稼ぎに行く人員は若者達を中心にナエノデンエンへ向かわせる予定で有ったが、出発の前日、王都から使者がやって来て、「ロウリア王国との国境周辺にてロウリアの東部諸侯軍(とうぶしょこうぐん)と思われる大規模な軍勢の集結が確認された為、国王陛下はロウリア王国との開戦を危惧し動員令を発令された! ついてはこの村からも兵士の召集を行う!!」との通達が在った為、出稼ぎに行かせる(はず)の若者の(ほとん)どが兵士として出征(しゅっせい)してしまった……。

 

このままでは村の住民を養えるだけの食糧が確保できないので、今回は身体を動かせる老人たちが出稼ぎの中心となってしまい、年よりばかりなので道中の移動も遅れてしまったと……ザンタスは説明した。

 

「むむむ……なんじゃい! お前さんの国では、もう動員令(どういんれい)が出とるのかぃ!!」

 

「あぁ……そう言えばクワ・トイネの方ではどうなっているんだ?」

 

長旅の為、外で起こっている出来事を何も知らずにここまで来たザンタスに対し、ダイスは自分が知るクワ・トイネの現状を話す。

 

「昨日の魔信放送では、国境付近の地区は既に動員令が発令されたと言うちょった……それと、5日前には領主のノーグが評議会の緊急招集やらで公都に行っとる。」

 

「ノーグ殿が公都へ!? むぅ……クワ・トイネもそこまでキナ臭くなって来ているのか!」

 

「ロウリアも今の王になってから野心を隠さなくなって来た……今回は今まで見たいな小競り合いでは済まないかもしれんぞ!」

 

日が進むに連れて事態が悪くなっている事に2人が顔にしわを寄せ神妙(しんみょう)な顔つきになっていると、すぐ横を巨大な車輪の赤い荷車が砂煙を上げながら走って行った。

 

「うおっ!! そうだダイス、さっきから見かけるあの赤いのは何なんだ!!!」

 

「うん? あれか……あれは最近ココにやって来た二ホン国の『とらくたぁ』って言う乗りモンじゃ! ほら、あの川岸に白い建物があるじゃろ、そこに住んどる連中が持ってきたんじゃ!!」

 

「二ホン国……!?」

 

初めて聞く国の名前をザンタスは首を傾げながらその名を口にする……この時、その国がこの村……いや、この世界を大きく変えていく事を彼は知る由すら無かった……。

 

 

中央歴1639年(西暦2015年) 3月30日 クワ・トイネ公国 ナエノデンエン村 国際協力機構ナエノデンエン事務所

 

その日JICAの職員達が集まり、事務棟の会議室にて定例のミーティングが開催され、業者から出向して来た人達がミーテングに参加する様になった為、会議室も幾分手狭になってきたのを感じながらも会議は進行していた。

 

ロウリア王国の軍勢が国境付近に集結している問題については、公都クワ・トイネに在住している田中大使と話し合った結果「最悪、事業を放棄して日本に帰国する可能性もあり得るが、当面はこのまま事業を継続する。」との回答を受けた為、予定通りナエノデンエン村の人達に農業機械の使い方を教えながら広大な土地を開墾(かいこん)し、小麦・大豆・トウモロコシ・甜菜と言った作物の作付けを始めていた。

 

比留川達JICAの職員は「今はここで自分達が出来る事をやろう!」と言う言葉をスローガンとして各自が自分の作業を進めていく事が決まり、会議室では今後の活動内容が報告される中、突如「ピィ!ピィ!」と言う鳴き声が会議室に鳴き響き、比留川は思わず顔をしかめる。

 

「その……大屋さん、陸鳥のヒナを会議室に連れて来るのはちょっとどうかと思いますが……。」

 

比留川が苦言を発した大屋の膝の上には甘える様に鳴き続ける陸鳥のヒナがちょこんと座っていた。

 

「すみません! でもこの子、私の事を母親だと思ってどこまでもついて来るし、私がいなくなるとすごい大声で鳴き続けるから仕方が無く……。」

 

3日前、陸鳥の畜舎にて何時まで経っても(かえ)らない陸鳥の卵が一つ有ったので、未受精卵だろうと思って大屋が卵を手に取ると急に孵化(ふか)を始め、鳴き声と共に一羽の陸鳥のヒナが誕生した! 生れてきた陸鳥のヒナは最初に目にした大屋を母親だと思い込んでしまい以後、彼女の後を付いて回る様になってしまった。

 

「え~っ! そもそも小屋で鳴き続けているその子をどうにかしてくれって言ったの比留川さんじゃないですか!!」

 

「そうですよ! 大屋さんだってその子の面倒を見ながら仕事をやっているんですよ!!」

 

ミーテングに参加している女子達の大屋を擁護(ようご)する発言にさすがに比留川もたじろいでしまう……。

 

「わ・分かりました……大人しくさせてくれるのなら、当面はミーティング中でも連れて来て良い事に……。」

 

そう言うと比留川は大屋の膝の上で眠り始めた陸鳥のヒナを見つつも苦笑いの後にため息を付きながら会議を進めていく。

 

戦争の影が忍び寄る中、比留川達JICAの職員はクワ・トイネでの政府開発援助事業を進めていく一方、クワ・トイネ公国外務局より救援の要請を受けた日本政府は様々な要因(よういん)阻害(そがい)されながらも、この空前の事態を解決すべく奔走(ほんそう)していた。

 

 

中央歴1639年(西暦2015年) 3月31日 日本国東京都千代田区永田町 首相官邸

 

東京の桜の花が開花し間も無く満開を迎える中、ここ永田町の首相官邸ではクワ・トイネ公国から伝わった『ロウリア王国との開戦の恐れ』と言う報告は政府を震撼させ、更にロウリア王国がクイラ王国にも進攻しようとしているとの報告を受け、会議室では連日の様に会合が繰り返されていた。

 

「まず、ここでハッキリと言わせて頂きます! 今、クワ・トイネ公国からの食糧供給が途絶(とだ)える事となれば、来年には我が国で飢饉(ききん)が起きます!!」

 

農林水産省の若手幹部は総理を始めとする大臣達を前にしても物怖(ものお)じせずに話し続ける。

 

「これまでの減反政策(げんたんせいさく)で生産力を削っていた今の状況から全ての兼業農家(けんぎょうのうか)を専業にして休耕地を耕しても、十分な農作物を確保できません! 取り分け今まで輸入に頼ってきた化学肥料の原料で有るリンは、今から国内の産出地を掘り返しても間に合うどころか十分な量が確保できる保証が無い以上、今年の食糧自給率のカロリーベースは去年の半分を下回る可能性があります!!」

 

(減反政策が有ったとはいえ、ここまで酷いとは……。)

 

農林水産省の幹部の発言で国内での自給は無理と悟った総理は、外交で解決出来ないか外務大臣に話を振ってみる。

 

「確か、食糧問題の解決は今年の秋までに大型船舶が寄港出来る港と陸の輸送路をクワ・トイネ公国に完成させる事でしたよね?……それから相手国で有るロウリア王国との交渉は可能でしょうか!? 確かロウリア王国には使節団が派遣されていましたが……。」

 

外務大臣に代わり次官が使節団の現状を報告するが、発言を始める彼の顔色から見ても余り望ましいものではない様だ……。

 

「ロウリア王国へはクワ・トイネ大使館を開設する以前から使節団を派遣しましたが、現地では馬車での移動の末、3月17日にロウリア王国の王都ジン・ハークに到着し、国王の居城にて現地の外務局との交渉に(のぞ)みましたが、国交樹立の条件にクワ・トイネ、クイラ両国との断交を条件として即答を要求された為、現時点での回答は出来ない旨を伝えた所、交渉は決裂し使節団はそのまま城から追い出された……との報告を受けています。 その後、再度交渉を行える様、ロウリアの外務局と交渉を行おうとしましたが、使節団の身に危険が及ぶ事態となった為、交渉を諦め帰還を指示しました……その為、現時点では即座に交渉できる状況では有りません……。」

 

「つまりロウリア王国との交渉は不可能って事か……それじゃ、まったく話にならねぇぞ!」

 

現状、手詰まりな状況を聞いた副総理は声を荒げる。

 

「だったらペリーの黒船みたいに、自衛艦を派遣して無理矢理にでも外交交渉させればいいじゃねぇか! 交渉のチャンネルが無ければ戦争を止める事はできねぇぞ!!」

 

「副総理……それは私も考えたが、連立政党の代表から『平和憲法の元で砲艦外交はすべきでは無い!』との意見が有る上に、自衛隊の統合幕僚長(とうごうばくりょうちょう)からも『クワ・トイネの友好国で有る日本の自衛艦が押し寄せる事で、それが開戦の引き金となる恐れが有る。』との意見が有りまして……流石にそれは避けなければなりません。」

 

外務大臣がその様に言うと、副大臣は口をへの字しながら苛立つ表情を見せる。

 

「そもそも、両国がこのまま戦争に突入しても、武力による介入(かいにゅう)は我が国が憲法を遵守(じゅんしゅ)する以上不可能です……もし、超法規的措置(ちょうほうきてきそち)を取って自衛隊を派遣しても国民から大きな不評を買う事になれば次回の総選挙にも大きく影響します!

 

(国家の危機を前にして、総選挙への影響だぁ……!? 何を考えてんだ、全く!!)

 

憲法遵守(けんぽうじゅんしゅ)(てっ)し、次の選挙への影響を気にしている法務大臣の意見に副総理は呆れ顔となり、思わず天井を見上げてしまう。

 

「一部ではロウリア王国が大陸を統一するまで待つ……なんて意見も有りますが、彼の国がクワ・トイネやクイラみたいに好条件で交渉を行えるとは思えません! 間違い無く我々の足元を見て来るでしょう……もっとも、ロウリアの大陸統一なんか待っていたら先に我が国が()からびてしまいますけど……。」

 

これまでの経緯から、交渉での解決は無理な事を理解している防衛大臣が皮肉めいた発言を行った後、総理が静かに右手を上げ、会議に出席していた全員が黙って総理を見つめる。

 

「どの様な形であれ、今はそれに対応する為の情報が不足している! 当面は情報の収集と連絡体制の構築、それと万が一に備えてクワ・トイネとクイラに在留している邦人の救出プランの作成を進めて貰いたい……。」

 

総理がその様に発言すると防衛大臣の横に座っている防衛事務次官が手を上げ発言を行う。

 

「邦人の救出活動に付きましては、舞鶴基地所属の第3護衛隊群を現地へ派遣できる様に準備を行っています……就役した護衛艦「いずも」を臨時の旗艦として編成を行い、明後日には出港準備が整うとの事です!」

 

本来、第3護衛隊群の旗艦は除籍する護衛艦「しらね」に代わり「ひゅうが」が第1護衛隊群から編入される予定であったが、転移後は「ひゅうが」が周辺海域の調査に駆り出された為、第1護衛隊群旗艦となる予定だった「いずも」が急遽、第3護衛隊群の旗艦として臨時編入される事になった。

 

「それと……現地での情報確保の為、クワ・トイネへの防衛駐在官の増員を行っており、その第一陣が本日中に現地へ到着する予定です!」

 

防衛事務次官の発言を聞いた総理は「わかった……。」と言いながら静かに目を閉じ、深く息を付く……。

 

(この事態を止める術は無いのか……もしも戦争となって何も出来なければ、この国は食料難と資源枯渇で行き詰まってしまうぞ!)

 

総理の苦悩を横に、会議室で付けっ放しになっているTVには行楽地で満開の桜を楽しむ人々の姿が映し出されていた……。

 

 

同日 クワ・トイネ公国 マイハーク港沖上空

 

青く晴れ渡った大空の中を一機の飛行艇が4発のターボプロップエンジンの音を響かせ飛行している。

大きく白い胴体には機首と尾翼の部分が明るいオレンジ色に塗装された姿が目に付く機体……後継機の登場で間も無く退役を迎える海上自衛隊所属の救難飛行艇で有る「US-1A」は、最後の役目としてまだ飛行場が無いクワ・トイネへ降り立つ事の出来る旅客機の代わりとして使われ、臨時に設置された座席には陸上自衛隊の制服を着た大柄で体格の良い男が座っていた。

 

「間もなくマイハークに着水しますのでベルトの着用をお願いします!」

 

搭乗員の言葉に男は軽く(うなづ)き、ベルトを装着すると「US-1A」はマイハーク港沖に停泊している輸送艦「おおすみ」の近くに波飛沫(なみしぶき)を上げながら着水した。

 

「どれ……異世界とやらを拝んでくるか!」

 

男はそう言いながらベルトを外し立ち上がると、開いたサイドハッチへと歩いて行く。

彼の名は山内(やまうち) 哲也(てつや)……世間では自衛隊を除隊後、公益財団法人の職員に転職して働いている事になっているが、実際は陸上幕僚監部運用支援(りくじょうばくりょうかんぶうんようしえん)情報部別班(じょうほうぶべっはん)と呼ばれる公式には存在しない事になっている部署に所属する三等陸佐の自衛官である。

 

情報部別班……それは西暦1960年に日米安全保障条約が締結(ていけつ)されたのに合わせて、在日米軍が自衛隊に極東アジア方面の諜報活動を委託した事から極秘裏に設立された組織が起源となっており、設立当時は中国、北朝鮮、極東ロシアと言った地域での諜報活動がメインだったが、日本赤軍がパレスチナで結成されたのを期に活動範囲を広め、その後も世間に知られる事無く活動を続けていた……その存在を知る物はごく一部の官僚と在日米軍関係者のみで有り、政治家に至っては歴代の首相経験者の一部を含めても数える程しかいなかった。

 

通常、別班の隊員は「管理官(ハンドラー)」と呼ばれる現地で雇った協力者や諜報員を管理・指示する者が殆どで、山内の様に自ら表に出て諜報や工作活動を行う者はごく少数で有り、取り分け彼に関しては2014年のウクライナ紛争が起こった際、大柄で悪人顔と言う目立つ特徴にも拘わらず、得意の欺瞞工作(ぎまんこうさく)でロシアのGRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)やSVR(ロシア対外情報庁)だけでなくアメリカのCIAまでも(あざむ)いて現地で諜報活動を行っていた経歴が有り、転移後は警視庁外事情報部と共に異世界の転移に巻き込まれた竹島の独島警備隊の監視活動や、彼らを支援していた在日韓国大使館と在日韓国人のコミュニティーに対して離間工作(りかんこうさく)を行い、その工作を見事に成功させていたのであった。

 

そんな彼をDIA(アメリカ国防情報局)は、何時(いつ)しかこの様なコードネームで呼んでいた。

 

『StormGazer』(嵐を見つめる者)と……。

 

 

機内には山内の他にもう一人、ベレー帽を被った若い男性の姿が有り、その端正(たんせい)な容姿とモデルを思わせる様なスラリとした体形に似合う彼の制服の左胸には猛者(もさ)の証と言える、レンジャー・FF空挺・水路潜入の3つの徽章(きしょう)が付けられていた。

田崎(たざき) (れん) 三等陸曹……陸上自衛隊の特殊部隊である特殊作戦群に所属している彼は、隊員の中で乗馬経験が有るという事で今回、山内三佐の随行員としてクワ・トイネに派遣される事になった。

 

二人は連絡用のゴムボートへと乗り継ぎ、停泊中の輸送艦「おおすみ」へと乗艦して両手に荷物を抱えて甲板に上がると、そこには彼らの搭乗を待っている一機のヘリコプターが駐機していた。

 

「あれ?……山内三佐、このヘリって確か……。」

 

田崎達の目の前に有るヘリコプターは海上自衛隊で良く見られる白と灰色の塗装では無く、深い緑色に機首とテール部分に明るいオレンジ色が塗装されている機体だった。

 

「あぁ……コイツは『しらせ』に搭載されていたヘリの3号機だよ!」

 

彼らの目の前に有るヘリコプター……CH-101は、南極観測船「しらせ」に搭載される輸送ヘリとして購入された3機の内、予備機として国内に残っていた一機で有り、母船で有る「しらせ」を失った事で、ここクワ・トイネで輸送業務を担う新たな役目を果たしていた。

 

「俺達がこの世界に転移した時、『しらせ』は南極に居た……向こうで上手くやっていればいいんだが……。」

 

山内はそう言いながら田崎と共に機体に乗り込むと、CH-101はローターを回転させ公都クワ・トイネへと向け発艦を開始した。

 

 

晴れわたった空を山内達を乗せたCH-101はローター音を響かせ、イワトの谷と呼ばれている渓谷地帯を抜けていく……時速270kmで飛行するCH-101は途中、哨戒飛行を行っているクワ・トイネ公国軍のワイバーンの編隊を追い越し、その速度に騎乗している竜騎士達を驚かせながら西へと向かっていった。

やがて眼下には中世のヨーロッパの都市を髣髴とさせる公都クワ・トイネの美しい街並みが見え始める。

 

「ほぉ、これはウチの嫁さんが見たら喜びそうな街並みだな……次に来る時は観光で来たいぜ!」

 

山内が呑気な発言をしている間にCH-101は緩やかに高度を下げ、街を見下ろせる小高い丘に建てられた屋敷の庭園へと着陸した。

 

両手に荷物を抱え山内と共にヘリから降り立った田崎は、外壁に(つた)の葉が生い茂げる荘厳(そうごん)な屋敷を見て思わず声を上げる。

 

「山内三佐、すごい屋敷ですね……まるで貴族か億万長者の邸宅みたいです!」

 

この屋敷は以前、貴族の邸宅として使用されていたが、後継者の不在で廃絶(はいぜつ)した事により主が居なくなったこの屋敷を日本の外務省が借り入れ、現在は在クワ・トイネ日本大使館として使用しているので有った。

 

「山内三佐ですね……ようこそ在クワ・トイネ日本大使館へ、中で大使がお待ちしております!」

 

日本大使館となった屋敷から、大使館の職員が山内達に駆け寄って来て、館内へと案内する……館内の中に入ると絵画や調度品等はクワ・トイネの物がそのまま残されており、新たに取り付けられた照明や電線は目立たない様に廊下の(はり)に乗せて配線しており、内装を傷つけない様に配慮されている様だ。

山内は田崎を控え室に待たせ、案内の職員と共に大使達が待っている応接室へと向かった。

 

「田中大使、山内三佐が来られました!」

 

山内が応接室に入ると、中には田中 一久 在クワ・トイネ特命全権大使と防衛駐在官で有る久光(ひさみつ) 和樹(かずき) 一佐の姿が有り、他にも顔に見覚えの有る二人のクワ・トイネ人がソファに座っていた。

 

(たしか、あの二人は使節団のメンバーだったな……若い方が外務局のヤゴウ、もう一人は軍務局のハンキ将軍……だったかな?)

 

この二人が大使館に来ているという事はやはり事態は良くないのだろうと、山内はそう思い込む……。

 

「田中大使、山内三佐とは使節団を東京に案内した時にお会いしたとの事なので紹介は不要でしたね。」

 

先任の駐在官で有る久光一佐がその様に言うと、彼の隣に座っていた田中大使が頷く。

 

「山内三佐、よく来てくれました……ヤゴウさん、ハンキ将軍、彼が話していたギムの街へ派遣する防衛……駐在武官になります。」

 

田中大使が山内三佐の紹介を行うと、向かいのソファに座っているハンキ将軍は山内の顔を見て思いだしたかの様に話し出す。

 

「おおぅ……彼の事は憶えております、たしかトーキョーのホテルでクラーケンを魔写した紙を持って来た武官でしたな……しかし、宜しいのか!? ギムの街は何時、ロウリア王国の軍勢が攻めて来てもおかしくない状況なんですぞ!」

 

「はい、その事は彼も承知でこの任務に臨んでいます……今回の件、我々でも独自に情報を収集する必要が有ると判断しての行動となります。」

 

ハンキ将軍の問いに対し久光一佐は、顔の表情を変える事無く答える。

 

「彼が現地に向かう事で我が国の助けとなるのなら我々は協力を惜しみません! ロウリア王国は我が国の大使を追放した挙句、外交魔信にも応答しない状況です……交渉での解決が出来ない以上、今のクワ・トイネには二ホン国の助けだけが頼りなのです!!」

 

この一件で毎日、外務局と日本大使館を往復しているヤゴウは憔悴(しょうすい)した表情で田中大使達に訴えると、それまで直立不動の姿勢で彼らの言葉を聞いていた山内が彼に話しかける。

 

「ヤゴウさん……国が危機に直面しているのは我々日本も同じです、実は今回の件でお願いしたい事がございますが宜しいでしょうか……。」

 

山内がヤゴウに依頼する内容を話すと彼は「……分かりました、直ぐに手配させます!」と返事をし、ハンキ将軍も「明日、我が軍の騎士団がギムへ向けて出発する、私から頼んで彼らに同行出来る様にしよう!」と山内に伝えた。

 

「ありがとうございます……我々も出発に間に合う様、急ぎ準備致します!」

 

山内はそう言うと席を立ち応接室を出て行く2人に敬礼をする……そして翌日、山内と田崎の2人は、クワ・トイネ公国軍の騎士団と共にギムの街へと向かう事となった。

 

 

中央歴1639年(西暦2015年) 4月1日 クワ・トイネ公国 公都クワトイネ 

 

公都クワ・トイネの朝は日本より南に有る土地だと言うのに妙に肌寒く感じるが、クワ・トイネ公国随一の街と言う事も有り、多くの人々が街を行きかう姿が見られ、今日も何気ない日常が始まろうとしていた。

 

日本大使館が用意した馬に騎乗した山内と田崎は、出来るだけ現地の服装に合わせた地味な茶褐色(ちゃかっしょく)の服とフード付きのマントを羽織(はお)り、案内役のクワ・トイネ騎兵と共に公都クワ・トイネの南の郊外で騎士団が来るのを待っていた。

 

「しかし世界が違うと言うのに馬は地球の馬と見た目も扱いも全く同じで、言葉も『馬』で通じると言うのは妙なもんだな……?」

 

「えぇ、そう言えば馬以外の生き物……大きな鳥に乗っている人もいましたね! まるでゲームに出てくるチョコ……。」

 

「田崎三曹、それ以上いけない!!」

 

アノ鳥の名を口に出そうとした田崎を山内が止めると、街の通りからラッパの音が鳴り響き、クワ・トイネの騎士団が隊列を組んでこちらへと行進する姿が見えて来た。

クワ・トイネ公国の国旗と色取り取りの紋章旗を掲げ、馬鎧を装着した巨大な軍用馬に騎乗した騎士達の一団が山内達の前を通り過ぎていく……。

 

(しかし何だ……こうも(きら)びやかだと、ファンタジー映画のロケでもやってんのかと思っちまうな……。)

 

その様に思いながら山内が苦笑いを浮かべていると案内役の騎兵が彼の元へ駆け寄ってくる。

 

「ヤマウチ殿、隊列が来ましたのでご案内致します!」

 

案内役の指示の元、山内と田崎は馬の脇腹を軽く蹴って前へ進ませると、街道を進む騎士団の隊列へと向かって行った。

 

 

「オコシ団長、二ホン国の武官をお連れしました!」

 

案内の騎兵は装飾を(ほどこ)したサーコートを着た中年の男に報告すると、男は移動する馬に騎乗したまま、すました顔で山内に挨拶を行う。

 

「二ホン国の方よ良く来られた、余は銀山羊騎士団団長(ぎんやぎきしだんだんちょう)のカラグワ・デ・オコシである!」

 

「日本国陸上自衛隊、防衛駐在官の山内 哲也と申します! 我々へのご協力、感謝致します。」

 

山内は被っていたフードを脱ぎ、右手を胸に当ててオコシ団長に会釈する。

 

「ハンキ将軍よりそなた達をギムまで案内する様、要請を受けておる……ギムまでは10日程の行軍となるが、どうかごゆるりとされるが良い!」

 

「有難う御座います、我々は隊列の後方にてご同行致しますので……。」

 

山内はそう言うと田崎と共に列の後方へと向かって行く……山内の姿が見えなくなった後、オコシの姪で有る女騎士のトウミがオコシ団長に近づき話しかける。

 

「伯父上、あんな野伏(のぶせ)の様な出で立ちの武官なぞ聞いた事が御座(ござ)いません! それに戦地へ向かうと言うのに帯剣(たいけん)すらしていないとは……。」

 

「恐らく戦になれば、全てを我らに押し付け逃げるのであろう! その様な者が武官を名乗るとは……。」

 

トウミの言葉に他の騎士達も同調する様に不満を漏らし始める。

 

(けい)らが言いたい事は解る……だが、友好国の武官を持て成すのが我が騎士団の仕来(しき)たりで有る事を忘れてはいないな!? それに二ホン国についてはハンキ将軍だけで無く外務局も高く買っている以上、見た目だけで(おろそ)かな扱いなぞ出来ぬ! 良いな……。」

 

不満を口に漏らす騎士達に対し、オコシ団長は自らの口髭をさすりながら答える……そして銀山羊騎士団の隊列は同行する山内達と共に風雲急(ふううんきゅう)を告げる国境の街ギムへと向かうのであった……。

 

続く




前作「日本国召喚 異世界の異邦人」でも登場した、情報部別班のエージェント、山内 哲也 三佐が、特殊作戦群の 田崎 蓮 三曹と共にクワ・トイネの地へとやって来ました。
次回は彼らがギムの街へと向かう以前にロウリア王国へと向かった「日本国外務省ロウリア王国使節団」の話がメインとなります。


用語

銀山羊騎士団

クワ・トイネ公国北西部の穀倉地帯を領有する貴族、オコシ家の一族が率いる騎士団の名称。
現騎士団長は領主の従弟で有る、カラグワ・デ・オコシ卿。
クワ・トイネ公国の武装集団の中で唯一、1000人以上の兵士が常備兵として在籍しており、その全員が馬や陸鳥、馬車に搭乗し素早く移動する事で、クワ・トイネ公国軍の緊急展開部隊としての役割を果たしている。
今回の遠征では騎士団長の姪で有るトウミ・デ・オコシが病床の身で有る父親に代わり女騎士として従軍しており、オコシ卿の心配の種となっている。


情報部別班

その存在が度々、示唆されている自衛隊の秘密情報組織。
陸上幕僚監部運用支援・情報部別班と言う名称で呼ばれているが、それが正式な名称で有る確証は無く、この物語では「別班」と呼称されている。
「別班」は約100人程の極秘に選抜された自衛官で構成されており、その全員が例外無く、身分を偽装しており、本作のエージェントとして登場する山内も、普段は妻の苗字を名乗って公益財団法人の職員として働いており、自衛隊内では情報部の名ばかりの部門に配属している事で、内外共に目立つ事無く活動している。
所属する隊員の殆どが、各国に在籍している協力者や諜報員の指示・管理を行う部署に配属されており、現地にて諜報活動を行う隊員はごく少数で有るが精鋭揃いで、中でも山内は「日本人と思われる所属不明の工作員」として各国の情報機関がその正体を探ろうと躍起になっていたが、どの組織も彼の正体を暴く事は出来なかった。
ちなみに情報部別班の予算は会計検査院の監査を逃れる為に、在日米軍の駐留予算から捻出されている。


ヤイクン

クイラ王国の標高の高い亜寒冷乾燥地帯に生息する巨大な草食獣、雄雌共に羊の様な角が生えており、ジャコウウシの様な寒さに耐える長い毛と、過酷な土地で脂肪を蓄える為の巨体を持つ奇蹄目と推測される生物。
(成獣で、全長4.0m、体重2.5トン)性格は大人しく、クイラ王国の北部では家畜として飼われている。
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