学園仮面ライダー ~インリデンとライド 乗り手求めて多重世界~ 作:大島海峡
「ふぅー、ここのお風呂はいいですね、疲れが取れます。やっぱライダー学園は一流だなー」
夕食も終わり、面積、湯の質温ともに上の上とも言うべき大浴場から上がり、広子は機嫌良くその場を後にした。
が、ほぼ同時に、隣接する男湯から、風呂桶を抱えて出てきた少年がいた。
詩島ライドである。
「げ」
「うわ、出たよ……」
まったく同じタイミングで目線が合い、そして同じニュアンスで相手への嫌悪を示し、互いから顔を背ける。
「真似っこですか? それとも、まさかストーカー!?」
「んなわけあるか! 俺はこの時間に風呂に入るのが日課なんだよッ」
それは、広子とて同じこと。手にした入浴グッズも、奇しくも同じレパートリーとブランドだった。
生活サイクル、趣味嗜好。同じはずなのにまるで波長が合う気がしない。それは最早、運命的とさえ言える。
溜息と共に踵を返したライドを、広子も追う。追わざるを得なかった。
「……なんだよ!?」
「牛乳買いに行くんです! 自販機こっちにありましたよね!?」
「あぁそうかい! 奇遇だな、俺もだよ!?」
怒鳴り合いの後、痛ましい沈黙の中、二人して回廊を歩き続ける。
それに耐えきれなくなった広子は、その背を追いつつ、口を開いた。
「次郎丸さんたちとの戦い、見ました……正直、すごかったです」
「『見た』だ?」
それを聴いた彼は、胡乱げに横顔を傾けた。
「オベッカ使うにしても、もう少しマトモな方便考えろって」
「なんでウソって断言するんですか」
「参戦の意思のないヤツや非変身者はあの
「え?」
「もし、入ることがあるとすれば、それは」
言いさして、ライドは口を噤む。それから、忌々しげに、目を眇める。
「……やっぱり、お前が
おもむろに呟く。
「え、え? なんのことです?」
「チッ」
(舌打ち!?)
苛立つさまを隠さず、またライドは歩き始めた。
「ちょっとちょっとォ、なに一人勝手に納得してムカついてるんです!?」
「いちいち喚くな、お前には関係ねぇ」
「そんなことありません!」
広子は、両腰に手を当て息を巻く。
「私には、インリデンに相応しい乗り手を探すっていう義務があるんですっ。たとえそれが目つきと態度の悪いクソヤローでも、コンマ1%でも私の世界を救う可能性があるのなら、私はそれを確かめる必要があるんです」
「お前の態度も大概だと思うがなっ!? 出来たとしてクソヤロー呼ばわりしてきたヤツの世界なんざ誰が救うか!」
捲し立てた広子に、痛ましげに彼は頭に手をやった。
「で?」
そのポーズのまま、猛獣めいた剣呑な目つきが、広子へ向けられた。
「逆にこっちから訊かせてもらうがな、なんで
と尋ねつつ。
「あの
「魂胆って、そんな言い方……」
「じゃあ、なんで自分でやらない?」
「私だって、出来ればそうしたかった。でも、出来ないんですっ」
「なんで?」
「だって、バイク乗れないし……昔事故に遭って、運転怖いし……ていうか、まだ十五で免許取れないし。ライダーとマシンは切り離せない運命共同体! 何かに乗らないライダーなんて、主役に選ばれるわけない」
そう膨れながら答えた。質問者と解答者が、いつの間にか逆転していた。
「で、主役テメェ自身がバイクになってりゃ世話ねぇわな」
悪意に満ちた、笑い声が立った。
「当然です。私がライダーなんて畏れ多い。ヤマトナデシコたるもの、半歩下がって殿方をお支えする! それが使命です!」
「今の時勢にんなこと考えてんのか? コンプラやべーなお前の世界。それともお前一人が頭おかしいのか」
……非難と皮肉の対象が、どんどん拡大している気がする。
自分はともかく、自分の世界と、そこに住まう人々にまで因縁をつけられては我慢がならない。
「そういう貴方の世界はどうなんです!? ヒトの世界にケチつけられるんですから、さぞ良い世界なんでしょうね!」
ライドの足が、止まった。
「大体、貴方って本当に私と同じダディの息子なんですか? あの人の軽妙さも、思いやりの深さも、貴方からは少しも感じられない! いくら姿形が似てても、マッハの後継者にも、そして仮面ライダーにも相応しくありません!」
目と眉を吊り上げてそう言い放った彼女に、反転したライドと、その陰が覆い被さった。壁際に追い詰められた彼女の顔の横に、拳が叩きつけられた。
「俺の世界にはな」
彼女の頭上にある目だけが、血走って、まばたきもせず冴え冴えとした眼光を落とした。
「主役がどうだの自分の事故だのヤマトナデシコだの、そんな下らねぇ言い訳並べて、世界の危機に半歩退いて人任せにするなんてバカはいなかった。みんな最後の一瞬まで、誇りと信念をかけて、全身全霊で戦い、そして死んでいった……『ダチを甦らせてやる』なんて空手形を鵜呑みにして世界をメチャクチャにしやがった、詩島剛とか言うクズのせいでな!」
……その言葉の断片から、彼の生きた世界の凄惨さは察するに余りある。
しかし、それと同様以上に、聞き捨てならない言葉があった。
「訂正、してください」
「は?」
「……貴方の世界ではどうだからと言って……私の世界の詩島剛は、ダディは、一番カッコいいヒーローです。その名を出して罵るなんて、許せない」
「どうだか。そもそもあの男は、蛮野天十郎って悪魔の子さ。つまり、生まれながらにして悪の因子を持ちながら生まれてきたってわけだ。お前の父親だって、コレからどうなるか分からんぜ。案外、お前がこの学園で呑気にお婿さん探ししてる合間に、トチ狂って世界を滅ぼしてるかも」
咄嗟に広子が平手を放った時には、ライドの身体は遠ざかっていた。
片手で風呂桶を抱え、もう一方の手で振り抜いたポーズのまま彼女は彼を睨み上げる。
「そこ、避けるところじゃないです」
「なんで会ったばかりの女に、ぶたれるために頬を差し出さなくちゃならないんだ」
言葉無く俯く彼女は、唇を噛み締めた。涙も目尻に溜まった。
それを手の甲で押し拭ってから、
「やっぱり、貴方だけは無理」
と声を震わせた。
「どれだけ好みが一緒でも、どれだけ強くても……たとえ父親が一緒でも」
「当然だな」
傲然と彼女を見返し、ライドは言った。
「俺とお前は、言葉の通り、住む世界が違う」
「もう、良いです。貴方とは分かり合いたくありません。相棒役は、他の人に頼んでください。さよなら」
そう言い捨てて、小走りに、広子はライドを追い抜き、そして去っていく。
そして取り残された少年は、
「いや、なんで俺が誘ってフラれたみたくなってんだよ……」
そう、憮然と零したのだった。