直江紅子が破滅するまで   作:スノードロップ

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お試し2話目です。
入学式前の話がこの話のメインになります。
椎名ひよりも出てきます。



直江紅子は無料商品に敗北する

ホームルームが終わると、星之宮は教室を去って行った。入学式までは一時間ほど余裕がある為、紅子は自宅から持ってきた本を鞄から取りだし読み始める。

 

 

本は世界を豊かにしてくれる。知識と想像力を授けてくれる。そして何より、ページを捲る度に心を躍らせてくれる。

 

 

紅子は幼い頃から現実が大嫌いだった。紅子の現実は薄汚れており、彼女の周りには誰もいなかった。寂しさや孤独を抱えた彼女は、現実に関する全てを諦め、空想の世界に想いを馳せる。

 

 

理想を煮詰めた甘い世界では、紅子は誰にも排斥されることなく、幸せな時間を過ごすことができた。

 

 

誰もが彼女を愛し、崇め、可愛がる世界。そんな世界を夢みていた少女は、辛い現実を忘れるように一人の世界へと沈んでいくのだ。その世界が泥でできているとも知らずに。

 

 

紅子が文字という知識を身に付ける頃には、彼女は妄想の世界ではなく本の中の世界に足を踏み入れるようになっていた。人が人と関わることで孤独を紛らわすように、紅子もまた本を読むことで知識を身に付け、孤独だという事実を忘れようとした。

 

 

本を読んでいる間は、現実も孤独も自分や周囲に対する殺意すらも忘れることができる。全て呪わずとも、時間は過ぎていくのだ。

 

 

紅子は自分を嫌ってはいるが、それとは別に自分が傷付くことを何よりも嫌う自己愛者でもあった。だから彼女は本を読むことで、非道徳的な、非人道的な行いをしないように日々のだ。

 

 

「ねぇ、入学式までまだ時間があるし、良かったらみんなで自己紹介をしない?その方が、すぐにお互いのことを知り合えて、友達も作りやすいと思うんだ。どう、かな?」

 

 

読書に耽っている紅子の耳に、そんな声が聞こえてきた。本の世界から現実へと意識を戻せば、一之瀬という美しい少女を中心に、数人の生徒が自己紹介をしようとクラスメイトに声をかけているところだった。

 

 

紅子はそんな現状にうんざりした。

 

 

最低限の円滑な交友が出来れば、それ以上は必要ない、という考えを持っている紅子は、友達作りという行為に価値を見い出せなかった。

 

 

「良いね!みんなで自己紹介しよう」

 

 

「賛成!賛成!」

 

 

楽しそうに笑い合うクラスメイトたちの声を聞いていると虫唾が走る。友達ごっこをして何になるというのだ。人間なんて、腹の中では何を考えているかは不明なのだから、関わり合うだけ無駄である。

 

 

「じゃあ、私から始めようかな。私はわ一之瀬帆波って言います。中学からの友達は1人もこの学校には進学してないので、まだ友達はいません。だから早く顔と名前を覚えて、みんなと仲良くなりたいな。この学校では、生徒会に入ろうと思っています。みんな、よろしくね!」

 

 

一之瀬という少女は、そんな紅子の考えとは真逆の思考の持ち主のようだ。彼女は周囲と積極的に関わり合いを持ち、友達を作ろうとしているらしい。紅子はそんな彼女の眩い輝きに自身の存在が薄れていくのを感じ、彼女から目を逸らす。

 

 

その後も自己紹介は続いていき、生徒たちの自己紹介に他の生徒がリアクションをとるなどして、この時間は最高の盛り上がりを見せていた。

 

 

「じゃあ、次は直江さん。お願いできる?」

 

 

「……え?」

 

 

一之瀬が指名したのは、紅子だった。まさか読書中の自分が当てられるとは思っていなかったため、少し慌ててしまう。

 

 

「直江紅子です。趣味は読書。嫌いな人は、読書を邪魔する人。以上です」

 

 

「あ、ごめんね?読書中に邪魔しちゃって!」

 

 

「いえ、構いません。しかし、2度目はないようにお願いします」

 

 

紅子はそう言うと、本を持って立ち上がる。

 

 

「え、どこ行くの?」

 

 

一之瀬が困り顔で尋ねるが、紅子は振り返ることなく淡々と質問に答える。

 

 

「自己紹介、終わりましたよね。これ以上ここにいる価値はないと判断したので、図書室にでも行ってきます」

 

 

「え、待って!」

 

 

「何か?」

 

 

一之瀬に止められるも、紅子は足を止めない。そんな紅子に、クラスメイトたちの多くは困惑する。

 

 

「まだ自己紹介が終わっただけで、仲良くなってないよ」

 

 

「そうですか。しかし、私はあなたたちと仲良くなる必要性を感じませんし、なったとしても長続きしないと思います」

 

 

あくまで冷淡に返す紅子に対し、クラスのムードメーカーである柴田という青年が反発する。

 

 

「まあ、まあ、落ち着けよ。その判断をするのなら、せめて全員の自己紹介が終わってからでも良いんじゃないか?」

 

「私には関係ないことです」

 

 

「いや、関係あるだろ。ここは今日から3年間通う学校だしさ、一人でも多く友達を作っといて悪いことはないと、俺は思うぜ?」

 

 

柴田の説得に一之瀬も続く。

 

 

「そうだよ、直江さん。私も柴田くんと同じで、友達が多いことに越したことはないと思うな」

 

 

「そうですか。ではあなたたちがはクラスメイトの皆さんと仲良くなれば良いでしょう。そこには私は必要ありませんから」

 

 

そう言い残し、紅子は教室を出て図書室を目指す。背後で紅子を呼ぶ声がするが、彼女はそんな声お構い無しに歩き続ける。

 

 

紅子は友達ごっこをする一之瀬たちを馬鹿にし、罵ってしまいそうな程の感情の昂りを感じていたが、何とか抑えることに成功した。馴れ合いだなんて気持ち悪い、と紅子は改めて思った。

 

 

「ここが、図書室……まるで大学の図書館のようですね。流石は国立の学校です」

 

 

紅子は図書室の引き戸を開き、中へと入る。中には数人の生徒たちがおり、各々が本を読んだり勉強したりと、思い思いのことをしていた。

 

 

紅子は入口に貼られた図書室のマップを確認し、ミステリー小説の置かれた棚に向かう。

 

 

 

「『図書室で騒ぐ者を見かけたら、生徒会まで』ですか……マナーのない人間が注意を受けるのは理解できますが、わざわざ生徒会に通報しなければならないだなんて、随分面倒な学校ですね」

 

 

独り言を呟きながら、ミステリー小説の棚に到着する。棚を眺めながらゆっくり歩いていると、懐かしさを感じさせる一冊の本を見つけた。

 

 

「ピエロの微笑み……ですか。懐かしいですね。まるで、あの人がそこに存在するかのようです」

 

 

本を見つめ物思いに耽っていると、突然紅子の背に声がかけられる。

 

 

「わあ、その本!名作ですよね!確か、今年映画化もするんでしたっけ」

 

 

「……突然話し掛けてくるだなんて、一体あなたは何者ですか?」

 

 

紅子が疑うように背後に立つ女子生徒を見つめると、彼女は一瞬たじろぐ。

 

 

「あ、突然話し掛けてしまってすみません。私は、1年Cクラスの椎名ひよりと申します。私のクラスメイトたちは、本に興味が無い様で、一人で図書室に来たのですが……マイナーなその本を手に取っているあなたを見掛けて、つい話しかけてしまいました。良かったら、私の読書友達になっていただけませんか?」

 

 

椎名はそう言い、悲しそうな顔で微笑む。紅子は少し考えてから、椎名にこんな質問をした。

 

 

「……あなたに返事をする前に、聞きたいことがあります。あなたは読書が好きですか?人と関わることよりも、本を読んでいたいと、そう思いますか?」

 

 

紅子の質問に椎名は困ったように目を泳がせるが、数秒後首をコクリと縦に振った。

 

 

「そう、ですか。でしたら……あなたの読書友達、とやらになってさしあげます」

 

 

紅子はそれだけ言うと椎名に背を向けて歩き出す。

 

 

「あ、あの!」

 

 

慌てて呼び止める椎名に、紅子は振り返らずに要件を聞く。

 

 

「連絡先……連絡先を交換しませんか?」

 

 

「……良いでしょう」

 

 

紅子はポケットから配布された学生証端末を取り出し、電源のスイッチを入れる。そして上にスワイプし、チャットアプリを起動し、フレンド追加の画面まで進む。

 

 

「そういえば、まだあなたのお名前を伺っていませんでしたね」

 

 

端末同士を近付けたまま、紅子は名を告げる。

 

 

「直江紅子です。1年Bクラスに所属しています」

 

 

「直江紅子さん、ですか」

 

 

それから数秒後、二人の端末が同時に電子音を奏でた。これで連絡先の交換は完了だ。

 

 

「では……またご連絡しますね、直江さん」

 

 

紅子は無言で頷き返し、再び歩き出す。

 

 

「直江紅子さん……面白い人ですね」

 

 

図書室を出る際にそんな声が聞こえたような気がしたが、紅子は特に気にも留めず歩き続ける。椎名は図書室を去る紅子を見送り、また本の世界へと戻っていった。

 

 

教室に戻ると一之瀬や彼女の取り巻きに絡まれたが、紅子は無視を続けた。そして入学式が始まる15分前になると教室を出て体育館へと向かう。

 

 

校長の話が長いのはどの学校も共通らしく、紅子は欠伸を噛み殺しながら、ぼーっと天井を眺め続けた。入学式が終わり、教室へと戻ると紅子はまたもや一之瀬に話しかけられる。

 

 

「……直江さん、読書中にごめんね。少し良いかな?」

 

 

「私に何か用でしょうか?」

 

 

「うん。もし良ければなんだけど……これから、Bクラスのみんなでカラオケに行って親睦会をする予定なんだ。直江さんも良かったら参加しない?きっと楽しいよ」

 

 

紅子は一之瀬の提案に嫌そうな顔をし、首を横に振る。

 

 

「お断りします。私は生まれてこのかた、一度もカラオケ店に行ったことはありませんし、今後も行きたいとは思いません」

 

 

「そ、そうなんだ?珍しいね」

 

 

「そうですか。それでは私はこれで失礼します」

 

 

紅子は鞄を持って足早に教室を出て行く。一之瀬はそんな彼女を見て困ったような顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻すとクラスメイトたちに向き直る。

 

 

「やっぱり、ダメだったみたい」

 

 

そう話す一之瀬に、クラスメイトの女子たちは苦笑いするのだった。

 

 

「直江さん、せっかく帆波ちゃんが話しかけてくれてるのに酷いですね!」

 

 

「帆波ちゃん、直江さんは放っておこう?」

 

 

「うーん……でも、私は彼女から不思議と目が離せないんだよね」

 

 

一之瀬は紅子の席を見つめながらそう言った。そんな一之瀬に、クラスメイトの女子たちは首を傾げるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

入学式が終わると、紅子は学生寮の近くにあるスーパーへ向かう。これから寮生活をするにあたり、毎回外食をするわけにはいかない。自炊をする為にも、食材の調達は必要不可欠だ。

 

 

店内に足を踏み入れると、想像上に中は広く、店内には日本のスーパーでは珍しい海外でメジャーな食材から世界三大珍味と呼ばれる珍味まで、ありとあらゆる食材が揃っていた。それだけでなく、調理器具も充実しており、様々な料理に挑戦できる環境が整っている。

 

 

「……値段もお手頃価格ですね」

 

 

そんなことを思いながら、安い食材をカートに乗せていく。その後肉や魚をカートに入れ、さらに奥へと進んで行くと『無料商品』と大きく書かれたエリアを発見した。

 

 

「お一人様10点まで?」

 

 

その舐め腐った門限に紅子は嫌悪感を顕にするが、一人暮らし初心者の彼女は、結局無料商品を幾つか手に取りカートに乗せる。

 

 

「……10万ポイントを支給されて尚、無料商品に頼らなければいけないだなんて、なんて屈辱的なんでしょう」

 

 

紅子は学校側が救済措置を用意しているという事実に、生徒を端から舐めていると推測し、苛立ちを募らせる。底辺高校の自立心を持たない生徒ならばいざ知らず、国立の名門校に選ばれた生徒にして良い態度ではない。紅子がそう強く思うのと同時に、やはり自分自身は他者を平気で見下す屑なのだと実感した。

 

 

「……最後にお米を選ばなければ。日本人の主食として縄文時代から作られてきた米。米は日本人の食事に欠かせない物ですからね、多少値が張っても美味しい物を選びましょう」

 

 

紅子は3kgで3750ポイントのブランド米『ひたち』を選び、カートの下の荷台に乗せる。少し値は張るが、不味い米を食べるよりはマシだと自分を納得させる。

 

 

その後、紅子はレジを目指してカートを押して歩くのだった。

 

 

「……重いですね。もしかして、カートに乗せすぎてしまいましたか?」





直江紅子というなんとも言えないヤバい女が主役の物語を読んでくださった皆様。作者から、心より感謝を申し上げます。

紅子は相変わらず性格が悪いです。捻くれていますし、他者を見下しています。誰よりも平等や不平等という言葉を嫌い、差別を率先して行っている人間ですが、彼女には確かに人の心もあるのです。

それをこの話で実感していただけたら幸いです。

直江紅子は実は本来、Bクラスに組み分けられる予定ではありませんでした。皆さんはどのクラスに組みわけられる予定だったと思いますか?

  • Aクラス
  • Cクラス
  • Dクラス
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