直江紅子が破滅するまで 作:スノードロップ
後半椎名も出てきます。
4月は紅子にとって非常に面倒でつまらない月だった。
新体力テストの授業以外、体育の授業に一度も出席しない紅子は毎日一之瀬に授業に出るよう頼まれ、放課後にはクラスの集まりに参加しないかと勧誘される。紅子は束縛を嫌い、自由を愛する人間だ。そんな紅子にとって、Bクラスは心身共にすり減っていく地獄のような空間だった。
そんなクラスに面倒くさいことが大嫌いな紅子が長時間いるはずもなく、彼女は授業とホームルーム以外で教室にいるわけがなかった。
休み時間は教室の外で過し、体育の授業中は図書室に入り浸り、たまに高円寺の自慢をBGMに読書をし、昼休みは学食で食事をしてから図書室で本を読みたまに椎名と感想を語らう。放課後も似たような感じだ。カフェや図書室で本を読み、自分の世界に耽ける生活を続けた。
「あ、直江さん!良かったら一緒に帰らない?」
「結構です、他を当たってください」
一之瀬は放課後になるといつも紅子に声をかけてくるが、紅子は即答し断る。
「直江さん!なんの本を読んでるの?どんなお話なの?」
「読書の邪魔を2度するなと言いましたよね?ちなみにこれは旧約聖書です。特に信者という訳ではありませんが、内容は面白いので興味があれば図書室で借りることをおすすめします」
彼女はたまに紅子の読んでいる本について尋ねてきたが、紅子はその度読書を邪魔されたことに対する怒りで冷たく返す。
「直江さーん!そろそろ体育の授業に出ない?プール、とっても気持ちいいよ!」
「運動は嫌いなので出席はしません。さようなら」
元々出席を買っている体育の授業に参加するよう誘われるが、当然紅子は断る。断る以外の選択肢はない。
「えっと……あ、そうだ!これから一緒にカフェに行かない?」
「結構です。これから友人(本)と最高の時間を過ごすので、これ以上邪魔をしないでください」
その他にも様々な誘いをされたが、紅子は徹底的に断り続ける。彼女は他人と関わることを好まず、また自分の時間を他人に邪魔されることを何よりも嫌った。
一之瀬はそんな紅子に対し嫌な顔1つせず声をかけ続けた。そして紅子はそんな一之瀬を疎ましく思っていた。
それから約4週間が経過しようという頃、紅子たち1年生は3時間目の英語の時間に小テストを受けることになった。
「このテストは成績には反映されないから安心して欲しい。しかし、だからといって手は抜かない方が良い。なぜなら、これは学力調査の一環だからだ。それなりに優秀な君たちならば、分かるだろう?」
紅子は真嶋の「それなりに優秀」という評価を聞き、彼に対する殺意を燃やす。
紅子は能力を否定されてきたが故に、努力という形で楽をする為の力を養った。努力は簡単で楽なことではなく、複雑で苦行のような行いだ。しかしこの苦行を成した先に待つのは豊かな楽園なのである。
そんな紅子に対する評価が「それなりに優秀」なんて生易しいもので良いわけがない。紅子に対する評価は、有料品か不良品の二択しかない。そんな中途半端な評価の為に努力してきたのではない、と声を大にして言いたい。
そんな不満を募らせても、時間は過ぎていく。それから紅子が問題を解き始めたのは、約20分が経過してからだった。
(簡単すぎる。あまりにも簡単すぎる。こんなの下手したら、難関中学に通う生徒ですら8割は固いですよ。この学校は新入生を舐めているのですか?)
しかし、大門2、大門3、大門5の最後の3問だけは違った。
(……は?)
大門2
(5) 夏子さんがまとめた資料2番の文章を読み、次の2つの問に答えよ。
旧約聖書の原文のほとんどはヘブライ語で書かれているが、一部は( )語で書かれている。旧約聖書は新約聖書も正典とするキリスト教の使用する呼称で、ユダヤ教ではこの名称は使われず、正式名称として律法(トーラー)、預言書(ネビイーム)、諸書(ケスビーム)が用いられている。トーラーはヘブライ語で「律法」を意味し、旧約聖書の最初の5つの書である「創世記」や「エジプト記」などを指す。
【1】( )に入るカタカナ4文字を答えよ。
【2】旧約聖書の最初の5つの書である「創世記」、「出エジプト記」以外の残り3つの書の名前を答えよ。
「は?」
紅子は呆れてついつい心の声が漏れてしまう。
「直江、試験中だぞ。静かにしろ」
「す、すみません……」
紅子は出題された問題を再度読み、嬉しさでつい口角を上げる。大門2は、社会の授業で軽く触れたユダヤ教に関する問題だ。しかし、勉強熱心、あるいは宗教に関心のある生徒が教科書の隅や資料集に書かれた注釈を読んでようやく解答できる問題である。当然、紅子は関心のある範囲の授業については誰よりも真面目に学ぶため、もちろん答えは分かる。
(【1】はアラマイ。【2】はレビ記、民数記、 申命記となる。【1】は教科書をきちんと読み、普段から復習している生徒なら問題なく解けるでしょう。しかし、【2】についてはテストで満点を狙っている、或いは興味や関心がなければ解くことは難しい問題ですね。知識問題とは、好みや関心の度合いに左右されるものですから。ですが、完答して3点とは世知辛い世の中ですね)
紅子その後も、紅子を唸らせる問題が数学と英語でそれぞれ1問ずつ出題され、配点は全て完答して3点だった。紅子は数学に少し苦戦したものの、中学時代に苦行に耐えたという経験から何とか解法を捻り出し、時間内に全ての問題を解くことができた。
「試験終了だ。ペンを置いて、各列の1番後ろの席に座る生徒は解答用紙を回収し、前まで持ってきてくれ」
その後、授業は終わり、クラス内の生徒たちは問題の内容や難易度について話始める。
「はー、疲れた〜!全然分からなかったぜ」
「あたしも!最後の問題とか解ける気しないもん」
「小テストっていっても、試験には変わらないんだし、良い点数が取れると良いなぁ」
生徒たちの会話を聞きながら紅子は鞄にノートや教科書を入れていく。そこに一之瀬が現れ、紅子に声をかける。
「直江さん!今日の放課後って何か予定あったりする?」
「……予定しかありませんが?」
「え、えっと!具体的には?」
紅子は、またいつものお誘いかと思いながら一之瀬の質問に即答する。
「何も考えずに休息を取らなければいけません」
「…は、はい?え、どういうこと?」
一之瀬は意味が分からないといったように引き攣った笑みを浮かべる。
「私は今、試験を行いました。そして、大門2、大門3、大門5の最後の問題を解くのに脳を酷使し、大量のカロリーを消費しました。今のわたしに必要なものは、十分な量のカロリーと脳の休息です。つまりカロリーを摂取し、すぐに脳を休める必要があります」
紅子は、カロリー摂取と休息の時間を確保する為に一之瀬の誘いを断る。
「な、なんか大袈裟な気もするけど、そっか。疲れてるなら仕方ないね」
「えぇ。では、さようなら」
「あ!待って直江さん!まだ今日の授業は終わってないよ?!授業はまだ3時間もあるんだよ?」
一之瀬は帰ろうとする紅子を引き止める。
「……今日はもう早退します。急な試験でしたし、予定外のカロリーを消費しています。速やかに休息を取らなければいけません」
「え、あ、ああ、うん。そっか……」
紅子は一之瀬を適当にあしらい教室を出た。彼女のその足取りは早く、スタスタと廊下を突き進む。
(わたしの憩いの時間が……)
暇さえあれば、図書室で本を読むという予定を入れる紅子だが、今日はそんな気分にはなれなかった。彼女は足早に下駄箱まで向かい、靴に履き替えるとそのまま学校を後にした。
「あ、直江さん!お久しぶりですね!」
「椎名さん、ですか。お久しぶりですね。あなたも早退ですか?ああ、そういえば、私がオススメした本はいかがでしたか?」
顔の赤い椎名にそう言うと、彼女は困ったように笑い、赤い顔で荒い呼吸を繰り返しながら、姿勢を保つことすらできずに壁にもたりかかって話し始める。
「実は、少し体調が悪くて。次が体育の時間なので、欠席することを伝えにプールの教官室へ向かうところなんです。紹介していただいた本はまだ読めていないんですが、今日の朝図書室で借りてきたので、体調が治ったら読もうと思ってますよ」
椎名がそう言うと、紅子は顔を顰め語気を荒らげてこう言った。
「今すぐ、今すぐに保健室に向かってください!」
「そ、そこまででは「問答無用です!」」
椎名は紅子の有無を言わせない口調に圧倒され、彼女に引きずられて保健室に連れて行かれた。
「急患です!急患です!今すぐ迅速に彼女を診てください!」
「あら、直江さん?どうしたの……って、あなたは確かCクラスの生徒よね?顔色が悪いし、呼吸も乱れているわ。さあ、早くそこに座って」
星之宮は椎名を見るやいなや、すぐに簡単な診察を始め、症状を記録していく。
「うーん、季節の変わり目だし風邪をひいてしまったのかしら?とりあえず体育はお休みして、熱をはかりましょうね」
椎名は星之宮に言われるがまま体温計を脇に挟み、数分で計測が終わる。結果は38.2度だった。
「まあ、凄い熱ね。よくここまで我慢できたわね。とりあえず一時間様子見をして、敷地内にいる医者の方に連絡をして診て貰いましょう」
「……はい、分かりました。ご迷惑をおかけしてすみません……」
「気にしないで!体調が悪い時は無理しちゃダメだからね!」
星之宮は笑顔でそう言うと、椎名をベッドへ寝かせ、紅子に向き直る。
「椎名さんのことは任せて。直江さんは次の授業があるでしょう?さあ、行きなさい」
「次の授業は出席を買うことにしました。また後ほどポイント振り込んでおきますので、確認お願いします。それでは失礼します」
紅子は言いたいことだけ述べてから、星之宮の言葉を待たずに保健室を去っていく。そんな彼女に星之宮はため息を吐き、苦笑する。
「……やっぱり、直江さんをウチのクラスで取ったのはまちがいだったのかしら」
入学試験の結果を元に、新1年生はクラス分けが行われる。能力の偏りが大きくなりすぎないように、欠点や長所、学業や部活動の成績、過去の外部活動の成果を元にクラスを編成するが、各クラスの担任には希望する生徒を自分のクラスに組み分けることも場合によっては可能だ。
星之宮は、高評価だが欠点もあるという生徒の中から直江紅子と一之瀬帆波という生徒を選び、自分のクラスに組み分けた。一之瀬帆波は期待通り、クラスのまとめ役として入学当初から役立っているが、直江紅子に関しては期待以下、いやある意味期待通り役に立っていなかった。
「……直江紅子さん、悪い子じゃないんだけどね。ただ協調性がなくて、人付き合いが悪くて、面倒臭がりで、他者に対する配慮が欠如しているだけの可哀想で普通な女の子」
星之宮は誰に聞かせるわけでもなく、ただただため息を吐き続ける。
そしてベッドの上で眠る少女、椎名ひよりを見つめながらこう呟いた。
「誰かあの子を何とかしてくれる人はいないかな?」
他人に関心を示さない直江が初めて、感情のままに動き、助けようとした少女。読書が好きだが、人付き合いは明るくなく、身体能力も低い生徒。その代わり学力は学年内でもトップクラス。
もしかしたら、彼女との関わりで直江紅子も変わるのではないか、とそんな淡い希望を抱きながら星之宮は通常業務に戻るのだった。
飛んでもやべー女、直江紅子は相も変わらず雑魚ムーブしか出来ません。
実は直江って本来はBクラスに組みわけられる予定ではなかったんですよね。
本当は別のクラスに組み分けられる予定だったんですが、皆さんどこのクラスだと思います?
その辺は2学期編か夏休み編で明かす予定なので、良かったらクイズ感覚でアンケートに答えてみてください。
前回の話までのところにアンケートを入れておきます。
直江を取った星之宮は失敗しましたね。
直江はBクラスには適性が皆無なので、当然クラスになんの希望も期待もしていません。
そもそも直江は仲良しこよしの平和が嫌いなので、そりゃぶち壊そうとしますよ。
だって彼女は本と友達を公言しているような、ボッチ根暗陰キャですから。
そんな直江が次話でついに破滅への道を歩み始めます。
直江が出会う天才とは一体誰なのか。
次話は完成しているので、近いうちに投稿します。
良かったら、感想とかくれるとモチベーションにつながりますので、何卒よろしくお願いします。
直江紅子は実は本来、Bクラスに組み分けられる予定ではありませんでした。皆さんはどのクラスに組みわけられる予定だったと思いますか?
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Aクラス
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Cクラス
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Dクラス