直江紅子が破滅するまで 作:スノードロップ
各章ごとに、事情聴取の話が進んでいきます。
◇◇◇まで過去回想です。
直江紅子は死神と出会う
「それで、黒猫を追いかけてどうなったの?」
警視庁捜査一課の平岡は紅子にそう尋ねる。
「黒猫の跡を着いて歩いていくと、人のいない公園に着いたんです。その日は今みたいな土砂降りでしたから、当然人もいない……はずでした」
紅子はあの日、公園のすべり台の下から覗く人の脚のようなものを見て、慌てて駆け寄る。するとそこには、真っ赤な少女が横たわっており、その傍らには背の高い赤い鼻のピエロが立っていた。
「公園のすべり台の下に、女の子が倒れていました。そしてその傍らにはピエロさんがいたんです。私はピエロさんに会った時、思ったんですよ。ああ、この人も私と同じなんだって」
「同じ?」
「ええ。私と同じように絶望し、苦行を強いられた、可哀想な人なんだと本能的に分かったのです」
平岡は紅子の話を手帳にメモしながら、聞き続ける。
「それで、どうなったの?」
平岡がそう聞くと、紅子は少し寂しそうな表情を見せた後、話を続ける。
「ピエロさんは私の声かけに反応してくれました。そしてこう言ったんです」
『……そんなところにいたら濡れてしまうよ。さあ、こっちへおいで?おじさんの傘に入れてあげよう』
真っ赤な真っ赤な傘の中に、紅子は引き寄せられるように入る。ピエロは横たわっている少女を真っ赤な真っ赤な袋に詰めて、公園の外に停まっている黒いワンボックスカーに放り投げた。
「なるほどね、それであなたは着いて行ったのね?」
「ええ。私はピエロさんと話がしたかったんです。この絶望の淵で出会った同じ人に、話を聞いて欲しかった。そして聞いてあげたい、とも思いました。私はその時、謎の使命感に駆られたのです」
平岡は紅子の話に聞き入りながら、メモを取り続ける。
「それで?」
「ピエロさんは私にこう言いました」
『……お腹空いてない?もし空いてたらそこにある瓶からキャンディを出して食べていいよ』
紅子が目の前に無造作に置かれた瓶を手に取って、蓋を開けると、中には色とりどりのキャンディが入っていた。ピエロはニコニコと笑いながら紅子の行動を見守っている。
「私は瓶からキャンディをひとつ取り出して舐めました。ピンク色の苺柄の可愛らしい包みのキャンディを」
今まで紅子は甘味を禁止されてきた。というより、まともな食事を与えられてきたこと自体少なかった。だからか、紅子は警戒もせずキャンディを口の中に放り込んだのだ。同年代の子供たちが大好きな甘いお菓子を、彼女も食べてみたかったから。
「ええ、味はイチゴ味で甘くて美味しかったです。でも……」
「でも?」
平岡が興味深そうに聞き返す。
「私が飴を舐めてから数分後、突然意識が無くなったんです。どうやら、あの飴には睡眠薬が盛られていたみたいなんですよ」
◇◇◇
保健室を出て、紅子はほんの少しだけ椎名を心配しながらも帰路に着く。椎名は共通の趣味を持ち、自分に似た価値観を持っている(と紅子が決め付けているだけ)ため、紅子は彼女を気に入っていた。新品のゲーム機を買って貰った子供のように、彼女に対しては一定の興味を持っていた。
「早く本についての感想を語り合いたいですし、なるべく早く回復していただけると嬉しいですが……まあ、当分は安静に、ですかね」
紅子は立ち止まり『お大事になさってください。早く回復されることを願っております』と、メッセージを椎名に送る。紅子は他者に興味や関心を向けることは基本ないが、この学校に来て初めて自分と同じ()
寮へ戻る道中にあるコンビニでヨーグルトスムージを買い、それを飲みながら近くのベンチで一息吐く。すると突然背後から名前を呼ばれた。
「直江紅子さん」
「っ?!」
紅子は突然名前を呼ばれたことに驚き、慌てて振り返る。そこには、背の低い銀髪美少女の杖使いが立っていた。
「……坂柳、有栖、さん」
紅子はこの人の良さそうな笑みを浮かべた少女を知っている。誰よりもよく知っている。もちろんこの少女の友人や家族に比べれば知っていることなんて微々たることではあるが、他人にしては彼女に対してあまりにも多くのことを知っていた。
「おや、私のことを知っているとは驚きました」
「そりゃあ、知っていますよ。あなたのお父上……いえ、生徒の身分で呼ぶのなら理事長先生とでもいいましょうか。あの御方とは何度もお話したことがありますからね」
「父はよくあなたの話を私にしてくれました。賢いが変わった少女だと、関心のある分野については専門家顔負けのレベルの知識を持っている、ということを」
坂柳は紅子の隣に腰掛け、杖をベンチに立て掛ける。
「……何か私に用ですか?」
「用、といいますか、直江さんにお聞きしたいことがあったんですよ」
坂柳は紅子から視線を外し、空を見上げる。そんな彼女に釣られ、紅子を上を見上げ坂柳に対する苦手意識を忘れる為に素数を数え始める。
この学校は目の前に海が広がっており、露出した肌をひんやりとした潮風が撫でていく。その感覚に心地良さを覚え、2人はリラックスしながら話し始める。
「直江さん、あなたはこの学校に来てどう思いましたか?つまらない、面白くない、期待はずれだ、とそう思っていませんか?」
「!」
紅子は坂柳に今現在紅子が学校生活について思っている感想を指摘され、目を見開く。彼女は読心術の心得でもあるのだろうか、と緊張しながらも紅子は首を縦に振る。
「よく分かりましたね。その通りです、私はこの平和ボケした、仲良しこよしの友達ごっこをする生徒の多い学校、そして私に干渉してくるクラスメイトたちに嫌気が差しています。この学校に進学したのは父の意向がだったからですし、この学校の授業レベルもシステムも到底満足できるものではありません。今日のテスト問題だって、大門2、大門3、大門5の最後の問を除き、全て基礎レベルで簡単です。一体、こんな勉強をしてなんになるというのでしょう」
紅子は日々、クラスメイトたちの傷を舐め合うような仲良しこよしの平和劇に苛立ちを覚え、学校のシステムや授業、試験のレベルの低さに不満を募らせていた。それを聞いた坂柳は満足そうな笑みを浮かべる。
もし彼女がただ他人の話を聞くことに快感を覚えるだけの、偽善者たる人物だった場合、その愚痴はすぐに終わりを迎えるだろう。しかし彼女の性格上、単に相手の話を聞いているだけとは考え辛い。次に何かしらのアクションを起こしてくるはずだと紅子は思ったが、そんな心配をよそに彼女は特に紅子に何かをするわけではなかった。
「フラストレーションが溜まっているようですね」
少し拍子抜けした気分になる紅子だが、そんなのお構いなしに坂柳は話し続ける。
「直江紅子さん、刺激が……スパイスが人生において定期的に必要だと、そう思いませんか?」
坂柳は口角をゆっくりと上げ、紅子の方を横目で流し見る。彼女は怪しく笑うその目に吸い込まれそうになるが、すぐさま視線を下に落とし冷静を装う。
「王座に、興味はありませんか?」
坂柳は唐突にそんな質問を投げかけてくる。しかし、紅子は彼女の言わんとしていることがなんとなく理解できるため、何も答えずに黙り込む。すると坂柳も言葉を続けようとはしないので、会話がそこで途切れてしまう。だが数十秒後、再び口を開き話し始める。
「私なら、あなたを楽しませてあげられる。下積みの努力はお得意だと、伺っております。中学時代、あなたは一度だけ学年1位に輝いておられましたよね?その時の努力は、相当のものだったのでしょう?それこそ、寝食を忘れて死に物狂いで努力したのだとか。確か、その期間に受けた全国模試では全国62位まで順位を上げられたそうですね?」
坂柳は、紅子の過去を事細かに言い当てていく。そのことに対して驚きも感心もしなかったが、彼女が何故私についての記憶をわざわざ保持していたのかは気になった。
「そんなあなただからこそ、私は期待しているのです。私の元で、私の手足となり動いていただければ、あなたの学校生活は刺激的で面白い期間となるでしょう」
そう言うと彼女はベンチから立ち上がり、紅子の制服のポケットに何かを忍び込ませる。すぐにその正体に気づいた紅子だが、あえて何を入れたのかとは聞かかず、坂柳を見上げる。すると、坂柳はニコリと彼女に微笑みかける。
「あなたなら、必ず私の期待に応えてくれるでしょう。期待していますよ」
そう言い残し彼女は去っていく。紅子はポケットからメモ用紙を取り出すとそこには連絡先が書かれていた。
それからすぐに寮へと帰った紅子は制服を脱ぎ、部屋着に着替えてからベッドに横になる。そして今日の出来事を振り返りながら、彼女の言ったことを考える。
(坂柳有栖さんが何を求めているのかは分かりませんが、これだけは分かります。彼女に着けば、私は平和な今を消しされる。不平等で差別を推奨する世界なんて、クソ喰らえですよ)
それから、5月に入った。初日に10万ポイントは支給されず何事かと焦っている生徒たちを横目に、紅子はようやく坂柳の言っていた言葉の意味を理解した。
この学校は実力主義を謳っている。それも極端なまでの実力主義だ。敗者か勝者しかいない、紅子の好きな極端でシンプルな主義だ。
各クラスで得られたポイントが違い、Dクラスに至っては0ポイントだと言う。Aクラスに近づくにつれ、得られたポイントは増えている。この事実から、この学校ではクラスごとに優劣が存在すると考えられる。
(つまらない?ああ、そう、つまらない。このクラスでは確実に勝てないし、少しづつ衰退していくだけでしかない)
そんな現実を理解し、紅子は一人ほくそ笑む。不安げな顔のクラスメイトたちに、一之瀬は励ましの声をかけ、今後の生活態度を改めようと呼びかけているが、そんなことをしたところで得られるポイントが増えるとは思えない。それこそ、Aクラス以上の成果をあげなければいけないが、そんな簡単に成果はあげられない。
(……つまり、現時点で取れる手段はない。八方塞がりですね。一之瀬帆波さん、あなたにこの状況は打開できません。これは凡人でも分かります。間近で天才たちの才能の輝きを見てきた私にはね、分かるのですよ)
紅子は想像した。一之瀬を含むクラスメイトたちが、仲良しこよしの平和を消し去られたらどんな顔をするのか、疑心暗鬼、恨みや憎しみが蔓延る世界がどんなに普通なのかを、自分より優秀な人間が不当だと嘆くさまを、そんな汚れた山の上で坂柳の隣に立つ自分の顔を。
「みんな、みんな壊れてしまえば良い。私は天才と対峙することはできません。どんな努力も、才能ある人間の前では霞でしかない。ならば、才能ある皆さんに、仲良しこよしをする皆さんに、私の気に入らない皆さんに、堕ちてきてもらうしかないじゃありませんか」
その日の夜、紅子はそう叫ぶとポケットから学生証端末を取り出し連絡先の1番上にある電話番号に電話をかけた。坂柳は連絡先を渡した瞬間から既に彼女からの連絡を期待していたようで、すぐに電話に出る。
「こんばんは、坂柳有栖さん」
『こんばんは、直江紅子さん。お待ちしておりましたよ』
電話口の坂柳は嬉しそうな口調で話しかける。だがその声に喜び以外の感情も含まれているようにも感じられる。
「坂柳さん、私に刺激をください。裏切り、疑心暗鬼、殺伐として、薄暗くて仄暗い世界を、人の悪意を、憎しみを、もっと私に見せてください。最高の、最高の!……特等席で!」
『……フフッ、あはははは!やはり私の目に狂いはありませんでした。あなたであれば、最高のクイーンとなってくれるでしょう』
坂柳と紅子はまるで学生同士の遊びのような会話を続ける。その内容は子供の悪ふざけのように思えなくもないが、彼女たちにとっては重要な話だ。
「……分かりました。あなたの言う通りに動くことができれば、私をAクラスに移動させてくださるんですね?」
『ええ、その通りです。さあ、直江紅子さん。楽しい時間の始まりですよ?』
「はい、これからよろしくお願いしますね?」
2人は電話越しに笑い合う。そして通話を切り、静かになると再び真剣な表情に戻る。
「……あはは、あはははははははは!あーはっはっはっ!なんて、なんて最高で最悪な気分なんでしょうか!さあ、明日から忙しくなる。せいぜい、楽しませてくださいね?あなたたちは、私たちの賭けの対象そのもの、なんですから」
紅子は今後の自分の未来が闇の中で仄かに光る、蛍のようなものだとは露知らず、明るく暗い最悪で最低で最高な未来を夢みて、他者を蹴落とし、全てを壊すために坂柳に着くことを決めた。
「確かに、一之瀬帆波さんはこの学校でも数少ない素質のある人間です。ですが……あなたでは私には勝てませんよ。私は敗北を、悔しさを、辛さを、殺意を、憎悪を、死を、効率の良い殺し方を、人心掌握の術を知っている。誰よりも深く味わい、その様を見て経験しながら学んできたのですから」
紅子は微笑みながら窓から見える景色を眺め、窓の外をたまたま歩いている一之瀬に似た女子生徒を睨み付け、そう呟いた。
紅子はいつも締まらない。締まりが悪いのだ。窓の外に一之瀬帆波がいれば形にはなったが、一之瀬に似た女子生徒を睨みつけるだなんて、逆恨みも良いところだ。可哀想な女子生徒とは後々関わることになるのだが、この時の紅子はもちろんそんなことは知らない。
こうして、紅子は1人の天才少女と出会い、人生の歯車を狂わせていくのだ。彼女は過去の自分に、戻り掛けているだなんて、もちろん知らない。
『さぁ、目を閉じて。次に目を覚ましたら、君はきっとみんなに愛される。奇跡の子だと呼ばれるんだ』
かつて、紅子は真っ赤な部屋の真ん中でピエロの言う通り、眠りについた。想像なのか、妄想なのか、はたはまた夢の中なのかはあの時の紅子には分からない。しかし、今の紅子には分かる。
あの男は、ピエロは、人殺しは、死刑囚は、紅子にとって人生で初めて目にした光であり、聖人であり、救世主だった。初めて紅子に権利と尊厳を休息を与えてくれた、彼女にとっての神様だった。
彼は紅子と似て異なる存在だった。彼は喉を掻き毟ってしまいたくなるほどの、苦しみや辛さを知っている。しかし、サイコパスで人殺しだ。紅子は犯罪を犯すことは許されない罪だと考えている。だから、男のしたことを全て警察に話した。それが被害者の義務だからだ。
けれども、義務とは別に、紅子は男を愛していた。人生の中で初めて紅子を愛してくれた男が、まさか自分を誘拐した殺人鬼だなんて、皮肉な話だが、彼の愛がなければ、彼からの救い(誘拐)がなければ、紅子は自殺していただろう。そこまで追い詰められていたのだから。
男とは定期的に面会をしていた。男は死刑囚となったが、面会の時はまるで叔父と姪が一緒になってお喋りに花を咲かせるみたいに、明るく楽しく薄暗い時間だった。
『国立の学校に合格しました。4月からそこに通います。どうか、私が卒業するまでの間、死刑が執行されないことを祈っております』
『そうか、それは良かった。おめでとう』
面会で男はいつも嬉しそうに微笑んでいた。紅子はそんな男を見て、彼のことを自分を殺そうとした犯罪者とは思わず、まるで愛する家族のように思っていた。
『紅子、ひとつだけアドバイスをあげよう』
『……なんですか?』
『人生の中で欲しいものができたり、欲しいお思う人が現れたら……そのものに関わる人や欲しいと思った人に与え、共感し、その人が必要としている言葉をかけてあげなさい。うすれば、欲しいものはいずれ君の手に入るだろう』
男はそれだけ言い残すと面会時間は終了となり、男は元いた場所へと戻って行った。そして、男の最後のアドバイスに従おうと思った。
「私は……私はどんな手段を使っても、必ず目的を遂げる。大丈夫、私は今まで必死に努力を重ねてきたんです。それにピエロさんからは、面会時間で様々なノウハウを学びました。だから、私は……私は孤独ではありません」
紅子が出会う天才、それは坂柳有栖ちゃんでした。
何やら2人は互いのことを知っているみたいですが、果たして二人にはどんな繋がりがあるのでしょうか。
坂柳父と出会うなんて、普通に生きていたらまあ、有り得ないですから。
坂柳は紅子が努力をしてきたことを父経由で知っています。
では紅子はどうして?どうして坂柳を知っていたのか。
まぁ、それは追追分かってくるでしょう。
私は他にもよう実の二次創作を投稿しているのですが、私の描く主人公は基本的に優等生が多いです。
しかし、今回の主人公は性格最悪で、ちょっとアホ、素行にも問題ありな色んな意味でヤベぇ奴です。
法律は本人として守らなければいけないルールだと考えているので当然守りますが、法律さえ守っていれば何しても良いと思っていますし、そう考えると倫理的にもイッちゃってる子なんですよね。
悪役系主人公は初めての挑戦なので、かなり苦戦しておりますが、現段階では書くのが楽しいので書き続けて行こうかと思ってます。
直江紅子に中間試験編で、新たな生徒と関わらせたいなと思っています。この中から、直江とか関わって欲しい生徒を選んでください。
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龍園翔
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王美雨
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橋本正義
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神崎隆二