幼い頃から憧れている女性は母の親友   作:雅鳳飛恋

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第二章 条件彼女
第1話 ハグ


 悠くんにキスされた日から一月(ひとつき)経った。

 私は今までと変わらない態度で接するように心掛けていたけれど、どうしても悠くんのことを意識してしまう。

 

 彼は親友の息子で、私にとっては息子同然の男の子だから異性として意識することはなかった。

 でも、息子同然の男の子が自分のことを好いてくれているという事実を、全く気にしないなんて不可能だ。気持ちに応えてあげられない現実に申し訳さともどかしさが押し寄せてくるから。

 

 それに正直言うと、悠くんとキスしたことで眠っていた女の部分が寝覚めてしまった。

 夫との関係が冷めきっていることに、私は自分が思っていたよりも寂しさを感じていたらしい。

 いろいろとご無沙汰だったのも相まって、男性に求められることに渇いた心が潤されてしまった。

 

 しかもあの日を境に悠くんは、私の心の隙間をつくように熱烈なアプローチを仕掛けてくるようになった。

 

 現に今も、麗子がお手洗いに行っている隙を狙って――

 

「舞さんは今日もかわいいね。抱き締めてもいい?」

 

 ソファに座っている私の隣に移動して、耳元で囁いてくるのだ。

 

「……それはただのハグじゃないでしょ?」

「もちろん好きな人にする愛情表現のハグだよ」

「なら駄目よ」

 

 親子がするスキンシップのハグなら私は喜んでするけれど、悠くんが求めているハグは意味が異なるから受け入れられない。

 

「どうしても?」

 

 そんな寂しそうな顔と声で言われたら心が揺らいでしまう……。

 どうやら私は悠くんのこういう表情に弱いらしく、気持ちに応えてあげたくなってしまうみたい。

 だから心を鬼にしてでも突き放さなくてはならない。

 

「麗子だってすぐに戻ってくるでしょ」

「少しだから大丈夫」

「この間だって危なかったんだから駄目よ」

 

 悠くんに告白とキスをされた日に、その場面を危うく麗子に見られてしまうところだった。

 なんとか事なきを得たから良かったけれど、あと一歩離れるのが遅かったら本当に危なかった。

 

「ハグなら見られても大丈夫でしょ」

「そうだけど……」

 

 確かに彼とハグしている姿を麗子に見られたとしても、仲良しな親子のスキンシップとしか思われないだろう。

 

 でも悠くんは私を一人の女として求めているのであって、ハグに込められている意味は麗子が思うようなものではない。

 

 なんてあれこれ理由をつけて悠くんを突き放しているけれど、なによりも問題なのは、そんな彼に私が徐々に(ほだ)されてしまっていること。

 

 女として求められるのが久々すぎて、私の心が麻痺してしまっているのかもしれない。

 そうでもなければ、親友の息子に(ほだ)されたりなんかしないはず。

 

「親子のハグじゃないなら駄目よ」

 

 悠くんの胸を軽く押して引き離す。

 

「親子としてのハグならいいってこと?」

「それなら……いいわよ」

 

 思わず頷いてしまったけれど、口では親子としてと言いつつ、本心では恋愛的な意味が込められているハグをすることだってできるから、拒否したほうが良かったのかもしれない。

 

 とはいえ、親子としてじゃないなら駄目と言ってしまった手前、断るのは前言を(ひるがえ)すことになってしまう。

 

「なら、ハグするよ?」

 

 悠くんはそう言うと、私の返事を待たずに手を伸ばす。

 そして身体を捻った体勢で優しく抱き締められた。

 

「まだなにも言ってないんだけど……」

「まあ、いいじゃん」

 

 苦言を呈すも、軽く受け流されてしまう。

 

「あ~、落ち着く」

 

 安心したように深く息を吐いた悠くんは――

 

「ずっとこうしていたい」

 

 と呟くと、腕に込める力が強くなった。

 

「それは体勢が辛いんじゃないかな……」

 

 私は苦笑しながらそう返したけれど、本心では嬉しくて堪らなかった。

 もちろん、息子のようにかわいがってきた子だからというのが一番の理由だ。

 

 でも、きっと悠くんは私のことを母親としてではなく、一人の女として抱き締めているはず。

 それがわかっているから、私は女としての喜びを感じてしまっていた。

 

 駄目だと理性が訴えかけているのに、年甲斐もなく浮かれてしまっている。散々、悠くんのことを突き放しておきながらこのザマだ。

 無意識に彼の背中に腕を回して抱き締め返しているし、本当に自分が情けない……。

 

 これは一度、悠くんと距離を置いたほうがいいかもしれない。お互いのために。

 

 とはいえ、突然距離を置いたら事情を知らない麗子は不思議に思うわよね。

 だからそう簡単な話ではないし、どうしたものかしら……。

 

 ことがことだけに麗子に相談できないし、本当に困ったわ……。

 

「――本当にあんたたちは仲良しね……」

 

 あれこれ考えていると、いつの間にかお手洗いから戻ってきていた麗子が、リビングダイニングに繋がる扉を開けたままの状態で私たちのことを呆れた表情で眺めていた。

 

 やっぱり麗子は、私と悠くんがハグしていても親子のスキンシップとしか思わないみたい。

 私は息子がいないからわからないけれど、世の高校生男子は母親とハグをしたりするものなのだろうか?

 

 本当に仲のいい親子ならするのかもしれない。でも、普通はしたとしても思春期に入る前の小学生くらいまでだと思う。

 

 私と悠くんは本当の親子じゃない。あくまでも親子のような関係だ。

 だから麗子は疑いもせずに、昔の感覚のまま受け入れているのだろう。

 

 仮に私に幼い頃から麗子に懐いている息子がいたとして、二人がハグしていても関係を疑ったりしないだろうし。むしろ微笑ましと思うんじゃないかしら。

 

「まあ、あんたは昔から舞のことが好きだものね」

 

 呆れながらも納得したように頷く麗子が悠くんに視線を向ける。

 

「うん。()()()

「うわ、即答したわよ。この子」

「事実だから」

 

 呆気に取られている麗子は気づいていないけれど、悠くんの言い方には含みがあった。

 

 多分、純粋に懐いているという意味で麗子は解釈していると思う。実際に悠くんはそういう言い回しをしていた。

 

 でもそれと同時に、男が女に伝える愛情表現の意味もこもっていた。事情を知らない麗子には気づかれないような含みを持たせた言い回しだったけれど、私にははっきりと伝わっている。抱き締める腕の力が少し強くなったし。

 

 こんな時に誤解を生むようなことをしなくてもいいのに、と思いつつも、内心では嬉しく思っている自分もいて、着実に悠くんに(ほだ)されているのだな、と改めて実感させられた。

 

「いい加減、親離れしたら?」

「親離れもなにも、昔からべったりしてないんだが……」

「いや、舞のことよ。私は父親みたいなものだから」

 

 悠くんに否定的な視線を向けられた麗子は首を左右に振ると、続きの言葉を紡ぐ。

 

「高校生の男の子は父親にべったりしないでしょ」

「なるほど。そういう意味なら俺は間違いなくマザコンだわ」

「恥ずかし気もなく断言できる息子が誇らしいけど、その内容が情けないわ……」

「親離れはできないし、する気もない。それに恥ずかしいことだとは微塵も思ってないから」

 

 そう力強く断言する悠くんの姿に、麗子は肩を竦めながら深々の溜息を吐く。

 

「まあ、二人が仲良しなのは嬉しいからいいけど」

 

 諦めたのか納得したのかわからない表情で私たちのことを眺める麗子。

 

 とりあえず悠くん、麗子戻ってきたし、そろそろハグやめない……? ちょっと居た堪れないです……。

 

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