幼い頃から憧れている女性は母の親友   作:雅鳳飛恋

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第12話 条件

 緊張するはずの言葉を口にしても妙に落ち着いている有坂は、堂々巡りに陥りそうになっていた俺の顔を覗き込む。

 

「……それは断ったはずだろ?」

 

 やっと舞さんにアプローチすることができるようになったから、以前にも増してほかの人と付き合う気がなくなった。

 だから非常に心苦しいが、有坂の望みを受け入れることはできない。

 

「舞さんと付き合えるようになるまででいいから、駄目……?」

「……そんな未来のない付き合いで本当にいいのか?」

 

 俺が舞さんと関係を進展させることができるかは全くわからないが、もし仮に恋仲になれたら、その時点で有坂とは別れることになるんだぞ?

 

 そもそも自分と付き合っておきながら、ほかの女性にアプローチを仕掛ける彼氏なんて嫌じゃないのか?

 

 まあ、でも、それで俺が舞さんと上手く行かずに諦めることになったら、そのまま有坂と付き合い続けるかもしれない。だから有坂にしてみれば、一種の賭けみたいなものなのかもしれないな。

 

「うん、いいよ。氷室君の恋を応援したい気持ちは本物だから」

「その気持ちはありがたいが……」

 

 普通、想い人の恋を応援できるものなのだろうか?

 仮にできたとしても、そんな簡単な覚悟ではないはずだ。

 

 彼女の献身に報いたい気持ちは痛いほどあるが、それでも俺は首を縦に振れない。

 そもそも、本当にそんな交際で有坂は幸せなのだろうか?

 

「あ、もちろん、ほかの女性たちとの関係を断たなくてもいいよ?」

「……本気で言ってるのか?」

「うん、もちろん本気だよ。わたしと付き合う以外は、今まで通りでいいよ」

 

 俺のことを見つめる有坂の目を見返すと、その瞳には一切の揺らぎがなかった。

 どうやら冗談ではなく、本気らしい。彼女の瞳に宿る覚悟がその証拠だ。

 

「……それはいくらなんでも俺にとって都合が良すぎないか?」

「かもしれないね。でも、それでもわたしにとっては一歩前進だから」

 

 確かに俺と付き合いたいと思っている有坂にしてみれば進展できたことになるのかもしれない。だが、彼氏がほかの女性たちとよろしくやっていたら面白くないに決まっている。いくら自分から提示した条件だとしてもだ。

 

「それに無理にお願いしているのはわたしのほうだから、それくらいは受け入れないとね」

「それくらいなんて言葉で片付けていいことじゃないと思うんだが……」

 

 明らかに不平等な条件だ。

 だが、自分にとって不利な条件を提示してでも、有坂は俺と付き合いたいのだろう。

 

 その気持ちはわからないでもない。俺も既婚者の舞さんと付き合いたいと思っているくらいだからな。

 

 そりゃあもちろん、孝二さんと別れた上で付き合ってほしいと思っているよ?

 でも、いろいろとしがらみがあって、そう簡単に離婚できないのが夫婦というものなのだろう。

 

 だから一先ずは、孝二さんと夫婦のままでもいいから舞さんと付き合いたいと思っている。不倫になってしまうが、まずは舞さんと恋人になれることが俺にとってはなによりも大事だからだ。

 

「自分の中ではそれくらいって軽く捉えておいたほうが精神的に楽だからね」

「……それはそうかもしれないが、負担になるくらいなら(はな)から付き合わないほうがいいんじゃないのか?」

「わたしにとってはセフレの一人でいるよりも、彼女の立場を得られるほうが嬉しいから」

「俺が言えたことではないが、ほかの女性と関係を持っている男の彼女でいるほうが(みじ)めにならないか……?」

 

 本当に、お前が言うな! という話なのだが、セフレでいたほうが幾分か気が楽だと思う。

 

「……普通はそうなのかもしれないけど、どうせ今と変わらないならセフレでいるより、彼女になれたほうが嬉しいかな、わたしは」

「振り回して申し訳ない……」

 

 俺が有坂の想いに応えるなり、はっきりと突き放すなりしていれば、今のような曖昧な関係に発展することも、ずるずると続けることもなかったはずだ。そうすれば彼女は俺の都合に振り回されずに済み、新たな恋を見つけることができたのかもしれない。

 

「振り回しているのはさっさと身を引かないわたしのほうだから……」

「それはいつまでも未練がましく初恋を拗らせている俺も同じだな」

「……似た者同士が傷を舐め合っているだけなのかな?」

「かもしれないな。まあ、自分のことを好いてくれている相手を利用してる俺のほうが(たち)が悪いとは思うが」

「でも、好きな人と触れ合えているわたしのほうが恵まれていると思うよ?」

「それは……どうなんだろうな……」

 

 そもそも比べることではないと思うし、どちらがマシかは人によって異なるだろう。

 

「だからその分、わたしが彼女として氷室君のことを癒してあげるよ」

 

 そこで一旦言葉を止めた有坂は一拍置いた後に、「というわけで」と口にしながら両手で俺の左手を握る。

 そして――

 

「わたしのことを彼女にしてくれない?」

 

 思わず身体がビクリとしてしまいそうな色気を感じる吐息を多分に含みながら耳元で囁いてきた。

 

 今までは舞さんへの想いを断ち切れずにいたから、別の女性と付き合う気にはなれなかった。

 それに、ほかの女性のことを想いながら付き合うのは彼女になる人に対して失礼だと思っていた。――自分のことを好いてくれている人を都合良く利用している時点で矛盾した考えなのかもしれないが。

 

 しかし、今は有坂の誘惑に屈しそうになっている自分がいる。

 

 一番の理由は、俺の身勝手な都合に散々振り回した(つぐな)いをするために、彼女の願いを叶えるべきではないか? という最悪感からくる考えが頭を(よぎ)るからだ。 

 

 ついでに言うと、仮に有坂と付き合っても、ほかの女性との関係を断たなくてもいいという条件が魅力的だからというのもある。

 

 仮に有坂が提示した条件を吞んだ上で付き合ったとして、今まで通りほかの女性と関係を持つなら全然罪滅ぼしにならだいだろ、と耳の痛い指摘が飛んで来そうだが、俺も一応、年頃の男なので、せっかく手にした女性関係をみすみす手放すのは惜しく感じてしまうし、どうせなら遊びたいという思いも少なからずある。

 

 なにより、いくら有坂という誰もが認める美少女と付き合っても、俺の渇いた心が満たされることはないからだ。それで満たされるならとっくに彼女と付き合っている。

 

 俺はどうしても舞さんじゃないと駄目なんだ。

 舞さんじゃないと俺の心は満たされない。

 

 だから舞さんと付き合えないなら複数の女性に縋《すが》らないと、俺は正気を保てる自身がない。

 俺にとっては数多くの女性が束になっても比較にならないほど、舞さん一人の価値が圧倒的に突き抜けている。

 

 いっそのこと、こっぴどく振られれば諦めがついて、ほかの女性と向き合うことができるかもしれない。もしかしたら複数の女性と関係を持たずに、誰か一人と真剣に交際することだってできるかもしれない。

 

 それこそ、その一人の女性が有坂の可能性だってある。

 

 舞さんのことで頭がいっぱいな今はほかの女性と付き合っても心が満たされないと俺は思っているが、もちろんそれは実際に誰かと交際してみないとわからないことだ。

 案外付き合ってみたら相手の女性に夢中になって舞さんへの想いを忘れることができるかもしれないし、渇いた心が満たされることだってあるかもしれない。

 

 有坂は間違いなく魅力的な女性だから、その可能性があることを俺は否定できない。

 

 だから有坂の願いを叶えたいという想いと、一度誰かと付き合うことで舞さんへの気持ちや向き合い方を見つめ直すこともできるのではないか、と思う自分がいる。

 

 あれこれ理由を()ね繰り回しているが、結局は罪悪感から逃れたいのと、複数の女性に(すが)れる環境を手放したくないという自分勝手でご都合主義的な考えが湧いてきて、有坂と付き合うことに前向きな思考になっているのだ。

 

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