幼い頃から憧れている女性は母の親友   作:雅鳳飛恋

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第13話 結論

「正直、前より前向きに捉えている」

「ふ~ん。なら、やっぱり付き合ってみるのがいいと思いまーす!」

 

 機嫌が良さそうに鼻を鳴らした有坂は、催促するように自分の右肩で俺の左肩をコンコンと軽く押す。

 

「損はさせないよ?」

「……自信満々だな」

 

 艶然(えんぜん)と微笑む有坂に一瞬見惚れてしまった俺は、誤魔化すように苦笑する。

 

「別に自信があるわけじゃないけど、氷室君をその気にさせるために見栄だけでも張っておかないとだからね!」

 

 わざわざ言わなくてもいい事実を自ら暴露する有坂の素直さに、俺の口元が自然と緩む。胸を張って宣言しているところに愛嬌がある。

 

「……どう? 少しはその気になった?」

「気持ちが揺らいでるのは事実だが……」

 

 改めて考えると、有坂と付き合うことにデメリットがなに一つないんだよな。

 俺にとって有坂がセフレから彼女に変わるだけで、ほかは今まで通りだからなにかを我慢しないといけないわけでもない。

 

 ()いて言えば、有坂と過ごす時間が増えると舞さんにアプローチする機会が減ることくらいか。

 それでも交際経験がない俺にはいい実体験になるはずだから、むしろメリットと言ってもいい。その経験を活かして舞さんにアプローチすることもできるだろう。

 

 なにより有坂の願いを叶えることができる。

 それは彼女の献身に(むく)いたい俺にとって最も望ましいことだ。

 

「氷室君にとってもそんなに悪い話じゃないと思うんだけど……」

「そうだな……。考えれば考えるほど、その通りなんだよな……」

「でしょ?」

 

 我が意を得たりとばかりに笑みを零す有坂に、俺は「ああ」と頷きを返す。

 

「わたしと付き合う以外は今まで通りでいい氷室君と――」

「――俺と付き合いたいという願いが叶う有坂か」

 

 俺と有坂は目を合わせながら互いの認識に齟齬(そご)がないことを確認し合う。

 

「舞さんにアプローチするのと、ほかの女性との関係を認めるわたしと――」

「――舞さんと過ごす時間とアプローチする機会が減る俺」

 

 俺にも有坂にも良いことと我慢することがある。程度の差はあれど、ある意味お互い様なのかもしれない。

 

「これって、Win-Winだと思わない?」

「少なからず互いに我慢することがあると思うんだが、そういう場合もWin-Winって言うのか……?」

「それはどうだろう……?」

 

 首を傾げる有坂。

 

「まあ、それはどうでもいいか」

「――そ、そうだよ。大事なのはそこじゃないから!」

「そうだな」

 

 俺は慌て気味な有坂の様子が可笑(おか)しくて苦笑しながら首肯する。

 すると、有坂は動揺を誤魔化すように語気を強めて「とにかく!」と口にした。

 

「お互い様なんだから細かいことは気にせず付き合っちゃおうよ! ってことを言いたいんです!」

「若干、自棄(やけ)になってないか……?」

「なっているかもしれないけど、この際だからこのまま行けるところまで行ってしまえ! の精神で突き進んでいます!」

「そ、そうか……」

 

 まあ、有坂の立場なら自棄(やけ)になっても仕方がないよな。――元凶の俺が同情するのは筋違いだが。

 

「さっき言ったように、もし氷室君が舞さんと結ばれる未来があったら、その時は大人しく身を引くって約束するから、駄目かな……?」

 

 有坂は気丈に振舞っているのか笑みを零しているが、瞳は期待と不安が入り混じっているのか、どことなく不安定さがある。

 

 そんな彼女に見つめられると、誤魔化してその場(しの)ぎをしようなんて気持ちは微塵も湧いて来なくなる。もちろん初めから逃げようなんて毛ほども思っていないが、今の有坂に見つめられると金縛りに遭ったかのような錯覚に陥ってしまい、一瞬だけ動揺してしまったのだ。

 

 都合良く利用している自覚があるからこそ罪悪感が押し寄せてきて、舞さんへの想いにケリをつけるまでは誰とも付き合わないと決めていた気持ちがより一層揺らいでしまう。

 

「せめて一時(いっとき)でいいから彼女として過ごした思い出が欲しいの」

 

 思い出、か……。

 確かにそれがあるかないかで気持ちの有り(よう)が変わるかもしれない。

 

 俺も舞さんと一時(いっとき)でも付き合えたなら、結果的に別れることになったとしても思い出になるのは間違いないはずだ。

 良い思い出か悪い思い出かはその時になってみないとわからないが、少なくとも実際に付き合ってみないことには判断できないし、得られない経験だろう。

 

 俺だったら付き合えないで諦めるよりも、付き合ってから上手く行かなくなって破局することになったほうが納得できると思う。自分の気持ちに折り合いをつけるができるし、付き合っていた頃の思い出を胸に、その先の人生を頑張れる気がする。

 

 実際に付き合ったことも別れたこともないから想像でしか語れないが、自分で納得できると思う形で事を運んだほうがいいだろうということは断言できる。

 

「もちろん別れなくて済むならそれに越したことはないから、付き合っている間は全力で氷室君を落としにかかるけどね」

「それは理性を保つのが大変そうだ」

 

 誘惑するような婀娜(あだ)っぽい表情と声で宣言する有坂に再び見惚れてしまった俺は、肩を竦めながらさり気なく顔を逸らす。

 

「保つ必要なんてないよ?」

「保てなくなるとしたら、それは舞さんへの想いに見切りをつけられた時だな」

「なら、わたしが舞さん以上の存在になればいいんだね」

「……そういうことになるな」

 

 有坂の言う通り、俺にとってそれだけ大きな存在になれば、本気で彼女と付き合い続けることになるだろう。

 彼女に情が湧いているのは偽らざる事実だし、一緒にいて楽しいと思える大切な存在だから、舞さんへの想いがなければ付き合うことに前向きになっていたはずだ。前向きどころか、乗り気になっていたに違いない。

 

「まあ、それもこれも実際に付き合ってみてからの話だけどな」

「それもそうだね。いま話しても意味ないもんね」

「心構えができるだろうから、全く無意味ではないと思うが……」

 

 事前に目的がはっきりしていたほうが計画的に行動できるし、なにより心に余裕が生まれるからな。

 

「結局、付き合えないなら無意味な心構えじゃない?」

 

 首を傾げながらジト目を俺に向ける有坂。

 

「……そうだな」

 

 彼女の視線が突き刺さって居心地が悪くなった俺は、そう一言返すことしかできなかった。

 俺の返答次第で意味があるかないかが決まってしまうので、明確な返答ができずに、相槌を打つことしかできなかったのだ。

 

「それじゃ、無意味な心構えにしないために、わたしと付き合うしかないよね?」

「……」

 

 今日、何度目になるかわからないアピールに俺が返答に窮していると――

 

「――というわけで、お願い、わたしを彼女にしてください」

 

 そう懇願してきた。

 

 不安と期待で揺らぐ瞳で見つめられると、彼女に吸い込まれるような錯覚に陥ってしまう。

 逃げることも誤魔化すこともしたくないと感じる美しくも(はかな)い瞳を目の当たりにすると、彼女の心を守らないと、という気持ちが沸々(ふつふつ)と湧いてくる。

 

 有坂を傷つけずに済む一番の方法は、俺が彼女の願いを叶えることだろう。

 

 先ほど彼女と話したように、付き合うのは俺にとっても悪いことじゃない。

 舞さんへの想いを応援してくれているし、女性と付き合う経験も得られる。

 

 俺にとってマイナスな面がほとんどないのなら、有坂の献身に(むく)いるべきなのだろう。俺が(むく)いる努力をしてこそ、彼女に対する贖罪(しょくざい)になるはずだ。

 

 だったら俺の返答は決まっている。

 今まで散々悩んだのが馬鹿らしくなるほど呆気なく覚悟が決まった。

 

「――わかった。試しでいいなら付き合ってみるか?」

 

 付き合った先のことなんて誰にもわからない。

 俺の舞さんに対する想いが成就(じょうじゅ)するかもしれないし、(むく)われないかもしれない。

 ずっと有坂と付き合うことになるかもしれないし、別れることになるかもしれない。

 はたまた、俺が別の女性を好きになることがあるかもしれないし、有坂が別の男を好きになることもあるかもしれない。

 

 どうせわからない未来に悩んで足踏みするくらいなら、一先ず今は俺のためにいろいろと尽くしてくれている有坂に少しでも恩を返したいと思った。

 

「――うんっ!」

 

 感極まったように頷く有坂の顔を見た俺は、この選択をして良かった、と心の底から思った。

 




以上で第二章の『条件彼女』は終わりになります。
次からは『第三章 初めての女』が始まります。
引き続き当作品をよろしくお願いいたします。
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