ごめんねぇ~アンタは最高のコーディネイターでもなんでもないってさあ!   作:皐月莢

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世界を導く者

 その冷たい金属の壁に囲まれた閉鎖空間は、激しい喧騒に包まれていた。

 遠くで何かが爆発する音が断続的に響いており、激しい振動がこの地図に存在しない格納庫の最深部にまで伝わってくる。

 格納庫の外では銃撃戦が繰り広げられ、銃声のたびに誰かが1人、また1人と命を散らしている。

 先ほどまでの平和が偽りだったように地獄と化したコロニーの中で、柘榴色の髪をした少女は、天国に招待されたような笑みを漏らす。

 肉体の持ち主に刻まれた記憶が魂に浸透すると同時に、少女は全てを理解した。

 ここはオーブ連合首長国のスペースコロニー、ヘリオポリス。

 激化した戦いが地球圏全土を戦火に包み込む中で、開戦当初から中立を掲げている数少ない場所だ。

 しかし彼女にとって、そんなことは何の意味も持たなかった。

 目の前で消えていく命も、これから失われる命も、世界を統べる者として定められた彼女には全く無関係なものに過ぎない。

 格納庫全体が揺れるたびに、床に積もっていた埃がふわりと舞い上がり、次第に近づいてくる銃撃音と断末魔に合わせて踊っている。

 幻想的な光景の中で、少女は淡い笑みを浮かべた。

 それは戦場の中心にしか存在しない、狂気と興奮の入り混じった笑みだった。

 少女の視線が鋭く光った瞬間、新たな銃声が近くで鳴り響いた。

 その音に反応した少女は、笑みを深めながら無数の銃弾を先読みしたかのように難なく回避する。

 

「ごめんねー!」

 

 少女は猛禽類のような俊敏な動きで、一気に距離を詰める。

 ザフト兵が放つ銃弾の軌道を巧みに避けながら、ベルトから抜いたナイフで鋭く斬り付けた。

 その刃が頸動脈を瞬時に断ち切ると、青年は何が起こったのか理解できないまま目を見開いて崩れ落ちた。

 名前も知らない青年の命が消えていくのを目の前にしても、少女は何の感情も浮かばなかった。

 

「ま、こんなもんか」

 

 少女は物言わぬ亡骸と化した青年を冷ややかに一瞥すると、頬に付着した血を指先で拭い取った。

 この生々しい感触は、やはり走馬灯の類ではないらしい。

 以前と違って相手の思考を正確に読み取ることは出来ないし、肉体もイメージ通りに動くわけではないが、それでも及第点には到達しているだろう。

 自分は国務秘書官だからとほとんど訓練をしていなかった姉の肉体なら、こんな感じだったのかもしれない。

 外見は同じでも、以前の自分とは異なるこの肉体の感覚に微かな違和感を覚えながら、少女は次の獲物に照準を定めた。

 

「どうせならさぁ。ストライクが良かったんだけど」

 

 格納庫内に突入してきた全ての敵を制圧した少女は、目の前で静かに佇む灰色のモビルスーツを見上げた。

 少女は手慣れた動きでハッチを開け、その威圧感を漂わせた見慣れない機体の中に身を沈める。

 シートに深く腰を下ろしてОSを起動させると、単方向分散型神経接続による汎用自動演習合成システムに接続した。

 まるで機体が自分の一部になったような感覚が全身に広がり、やがてメインシステムの起動に成功したことを知らせるメッセージがモニターに表示される。

 型式番号〈GAT-X130〉“プロトカラミティ”。

 やはりどこかで見たことも、聞いたこともない機体だ。

 たぶんこの襲撃事件の舞台裏で、ひっそりと闇に葬られた試作機の1つなのだろう。

 搭載されている武装は、どこかストライクと似ている気がする。

 少女は機体の全貌を把握するため、操縦系に意識を集中させた。

 遠くで鳴り響いていた爆発音がさらに強くなったかと思うと、ついに隔壁が破壊され、内部に複数のモビルスーツが入り込んでくる。

 どくん、どくんと指先に血が通う確かな感覚だけが、まだ目を覚ましたばかりの少女にとって唯一の真実だった。

 

「くっ!?」

 

 だが、何かがおかしい。

 モビルスーツを前進させようとした瞬間、少女は機体のバランスを失いかけて思わず息を呑んだ。

 それはОSが未完成だからだとか、まだイメージの中の自分と齟齬があるからだとか、そういう問題ではなかった。

 パズルを構成しているピースの一部が欠落しているように、何かが確実に足りていないと直感させるものだった。

 そして肉体に染み付いた記憶が、その違和感の正体を教えてくれた。

 明瞭なイメージが脳裏に浮かび上がり、少女の手は懐に隠れていた奇妙なアンプルへと導かれた。

 その毒々しい色をしたアンプルは、まるで悪魔が囁くように本能へと訴えかけてきた。

 

 ──ああ、きっとこれなんだ。

 

 少女はその不穏な雰囲気を纏うアンプルを開封すると、何のためらいもなく一息に飲み干した。

 冷たい液体が喉を滑り落ち、体内に浸透していくのを感じる。

 その奇妙な感覚はまるで、自分が新たに生まれ変わるような不思議な感覚だった。

 やがて体内に取り込まれた使用者の出力制限を解除する人工麻薬が血液に溶け込み、全身へと回り始めた。

 少女の身体に眠っていた感覚が徐々に覚醒し、今までどこか靄の掛かっていた思考が晴れていく。

 そして以前と変わらない身体能力と空間認識能力を獲得したことを理解した少女は、薄っすらと笑みを浮かべた。

 本来この時点のナチュラル用のОSでは不可能な、ほとんど生身と変わらない精度の動作を実現させる。

 

「さぁ──。み、な、ご、ろ、しッ!」

 

 少女は加虐的な笑みを浮かべると、目の前に現れた無数のモビルスーツに照準を定めた。

 その炎のような瞳に、狂気と歓喜の熱を浮かべながら。

 G兵器開発計画。

 それは地球連合軍初となるモビルスーツの開発計画であり、地球連合軍第8艦隊司令官デュエイン・ハルバートン提督と、オーブ連合首長国の国営企業であるモルゲンレーテ社が極秘裏に行っていた共同開発の名称だ。

 この開発計画の舞台裏では無数のプロジェクトが同時並行で進められており、その中にはモルゲンレーテ社が地球連合軍の技術を盗用し、モビルスーツを開発する計画まで存在した。

 その中でも極秘裏に進められていた計画が、地球連合軍内で推進されていた“リビルド1416プログラム”だ。

 武装の大部分を換装することで環境に最適化出来るモビルスーツの開発を目標としたこの機体は、同じコンセプトであるストライクと比較して出撃後の換装が出来ないことと、整備性の悪さから失敗作の烙印を押された。

 しかしながら後に開発されたカラミティシリーズのプロトタイプであるこの機体は、同世代の初期GAT‐Xシリーズの中でも最上位の性能を有している。

 特にマルチプルアサルトストライカーを参考に設計された全領域型装備を搭載したこの機体は、災厄の名に相応しい圧倒的な殲滅力を誇っていた。

 

「邪魔をするなっての!!」

 

 少女の叫びが、無線を通して響き渡る。

 カラミティは高出力スラスターで一気に加速すると、敵との距離を瞬時に詰める。

 猛烈な勢いで大型対艦刀“シュベルトゲベール”が振り下ろされ、ジンを紙細工のように両断した。

 携行式のビームライフルが普及していないこの時点において、バッテリーパワーと引き換えに物理攻撃を無力化するフェイズシフト装甲の前では多少の攻撃など意味を持たない。

 カラミティはアサルトライフルの連射をものともせず前進すると、背部から展開した大型のビーム砲が眩い光を放つ。

 その眩い光が複数のモビルスーツを同時に貫通すると、わずかな沈黙の後に大爆発する。

 やはり自分は世界を統べる存在だ。

 自分たちは優秀だと勘違いしている下等種族ごときに、敗れる理由などないのだ。

 カラミティの胸部から発射された強烈なビームが、果敢に接近しようとした敵機を一瞬で焼き尽くし、鉄屑へと変えた。

 思わぬ強敵の出現に敵の機体は次々と散開すると、カラミティを取り囲もうとする。

 しかし、少女にはその動きがスローモーションのように見えていた。

 カラミティの長距離ビームキャノン“アグニ”が火を噴くと、巨大な真紅のビームが周囲の敵機を一掃する。

 その圧倒的なまでの殲滅力に、少女は思わず歓喜の声を上げた。

 

「あっはっはっはァ!」

 

 少女の狂気じみた笑いが戦場に響き渡った。

 全身を駆け巡る興奮と研ぎ澄まされた感覚が頂点に達し、カラミティの操縦桿を握る手にも、その力強い脈動が伝わってくる。

 このままアークエンジェルとストライクを破壊して、さっさと地球に戻ろう。

 地球連合軍やザフトがどうなろうと、ヘリオポリスがどうなろうと、自分の知ったことではないのだから。

 しかし、そんな少女の興奮は突然の警告音によって遮られた。

 

「もう!? ……何なのよ、これ」

 

 ディスプレイにエネルギー残量の低下を示す赤い警告が点滅している。

 あまりにも低過ぎるカラミティの継戦能力に、少女は思わず唸り声を漏らした。

 バッテリー容量を大幅に向上させるパワーエクステンダーが開発されておらず、核動力を採用していないこの機体ではこれ以上の戦闘行動は不可能らしい。

 これではたとえ慣性飛行で移動したとしても、地球に辿り着くことは出来ない。

 こんな状態で無理に降下しようとすれば、大気圏突入時の衝撃で機体が爆発してしまうだろう。

 

「この馬鹿モビルスーツっ!」

 

 戦況に応じて遠距離火力支援から近接戦闘、そして機動戦までを全てカバーする設計思想で造られたこの機体は、他のモビルスーツと比較してもエネルギー消費が激しいようだ。

 まだ複数の敵性反応がコロニー外壁に表示されている。

 その赤い光点は少女にさらなる戦闘を求めるかのように見えたが、現実はそれを許さない。

 このまま戦闘を続ければ、エネルギーが完全に尽きてしまうだろう。

 そうなればどれだけ高性能なモビルスーツだろうと、何の意味もないのだ。

 少女は一瞬の逡巡の後、ごくりと唾を飲み込んだ。

 そしてディスプレイに映っている唯一の友軍反応を見つけると、すぐさま緊急通信を開いた。

 

 

 

 少女は友軍信号を発信しながら、工廠の中で物資を回収していた強襲機動特装艦に巧みに着艦した。

 ヘルメットをゆっくりと外して柘榴色の髪を揺らすと、周囲の視線に一瞥もくれずに機体からしなやかに飛び降りる。

 歩み寄ってきたクルーたちが不信と警戒の色を隠せない中、少女は気怠げに微笑んだ。

 その小馬鹿にしたような笑顔は、想定外の事態に混乱しているクルーたちの緊張感をさらに高めたようだった。

 アークエンジェル級1番艦“アークエンジェル”。

 ヘリオポリスで極秘裏に建造されていたG兵器の運用母艦であり、先程行われていたザフトとの戦闘で壊滅した地球連合軍に遺された唯一の戦力と言えるだろう。

 地球連合軍初の対モビルスーツ戦を想定した戦闘艦であり、両艦首に陽電子破城砲を装備するなど驚異的な火力を有している他、ラミネート装甲の採用によってビーム兵器に対しても相当な防御力を誇る不沈艦だ。

 周囲宙域に展開しているザフトの追撃を逃れて地球に戻るための足として、少々気は進まないが好都合かもしれない。

 

「貴官の所属は?」

 

 少女は堅物そうな女性士官に、鋭い視線を向けられる。

 相変わらず思考は読み取れないが、少女はその視線に対して平然と見返した。

 その強い警戒心を滲ませた声からは、返答次第で拘束どころか最後の手段も辞さない気配が伝わってくる。

 

「えーっと。第81独立機動群、だっけ」

 

 少女は記憶の奥底から拾い上げた自らの所属部隊の名を、独り言のように呟いた。

 

「失礼ですが、そんな部隊は聞いたことが……」

 

 少女が示した紛れもない正規の認識票を見て、女性士官ナタル・バジルールは疑念に満ちた表情を浮かべた。

 代々軍人を排出している名門バジルール家の出身である彼女が、名前どころか噂すら知らない正体不明の部隊に所属する未成年の軍人。

 少女はその様子に興味を示さず、退屈そうに欠伸を漏らした。

 

「何でもいいけど、さっさと通してくんない?」

 

 ナタルは一瞬返答に詰まった。

 認識票の内容が事実であれば、少女はナタルよりも上の階級だ。

 待機を命令する理由は、どこにも存在しない。

 

「あ、ええ。ですが、先程回収に成功したストライクを操縦していた子供が、コーディネイターだと騒ぎになっておりまして。……失礼ながら貴官は?」

 

 ナタルの問い掛けに、少女はわざとらしく肩をすくめた。

 

「そんなことどうでもいいでしょ。面倒ならさぁ、私がソイツを始末してあげよっか?」

 

 肉体そのものはナチュラルだろうが、それを司る精神はコーディネイターに分類されるだろう。

 この前代未聞の絶滅戦争が繰り広げられている状況下で、己の種族すら興味なさげな少女の返答に、ナタルは他のクルーたちと顔を見合わせた。

 少女の瞳に、格納庫の反対側に収納されたモビルスーツが映った。

 型式番号〈GAT‐X105〉“ストライク”。

 汎用性に優れたX100系のフレームを採用し、先行開発された他の機体からフィードバックを受けて完成した装備換装型モビルスーツだ。

 唯一ザフトの奪取から逃れ、快進撃を続けていたアフリカ戦線を敗退させるなど目覚ましい戦績を残した他、地球連合軍の“ウィンダム”やオーブ軍の“アカツキ”、ザフトの“インパルス”など、世界各国のモビルスーツ開発史に多大な影響を与えた傑作機と言えるだろう。

 しかしそれ以上に少女にとって問題なのは、そのパイロットに任命されたパイロットの存在だった。

 キラ・ヤマト。

 遺伝子学者ユーレン・ヒビキの最高傑作にして、本来は遺伝子操作を完全に反映させることが出来ない問題を解決した最高のコーディネイターだ。

 もっともそれは人間の範疇であって、得意分野であれば匹敵する者も理論上存在するだろうし、何より人智を超えた精神感応能力を有する“アコード”の敵ではない。

 とはいえナチュラルに憑依したらしい今の自分が、分類上アコードに該当するかは怪しいところだが。

 何にせよ偉大な母アウラ・マハ・ハイバルが、オーブ代表首長カガリ・ユラ・アスハと並んで最重要標的に定めた少年だ。

 少女と視線が合うと、どうやら尋問を受けていたらしい少年は戸惑いを隠し切れない表情を見せた。

 

「君は、誰?」

 

 艶やかなダークブラウンの髪に、アメジストのように鮮やかな瞳をした少年が問い掛ける。

 まるで誰も侵していない新雪のように。

 自分という存在が何者なのか、何のために造られたのか、何一つ理解していないことを伺わせるような表情だった。

 懐の拳銃に伸ばしていた手を止めた少女は、その問い掛けに対して無意識に呟いていた。

 

「──リデラード・トラドール」

 

 積木細工を蹴り飛ばしたように、何かが崩壊したような気がした。

 それでも、リデラードの表情には笑みが浮かんでいた。

 それはこれから全てが滅茶苦茶になる期待感なのか、それとも何の意味もないのか、まだ何も分かっていなかった。




次回予告

因縁の敵と邂逅した少女だったが、緊迫した状況は少女に安寧を許さない。
誘われた要塞から聞こえるのは破滅の鼓動か、それとも希望の福音か。

第2話「軍事要塞アルテミス」

リデラードちゃんは(自主規制)

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