ごめんねぇ~アンタは最高のコーディネイターでもなんでもないってさあ!   作:皐月莢

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廻り始めた運命

 リデラードはまるで廃墟の中を彷徨う亡霊のように、アークエンジェルの冷たい廊下を歩いていた。

 人気のない廊下はがらんとしており、その無機質な空間は船内の冷たさを一層際立たせていた。

 

 その手には食事用のトレイが載せられていたが、顔に浮かぶ表情には一片の感情も宿っておらず、その姿は任務に忠実な軍人だった。

 ユニウスセブンで発見した民間人に食事を配るという役割は、兵士であるリデラードにはそぐわない。

 それでも相手があのラクス・クラインである以上、他の者に任せる以外の選択肢はなかった。

 後ろから付いて来るキラと、ラクスの接触を極力避けることが、どういうことかアークエンジェルに乗り込むことになった自分の責務だと確信していた。

 全てを放り出したい衝動を抑え込みながら、リデラードは無言で外部からロックされているドアを無言で押し開けた。

 

「お昼よ」

 

 リデラードの声には、何の感情もなかった。

 食事を乗せたトレイを無造作に置くと、食器がテーブルにぶつかり、どこか乾いた音を立てる。

 ラクスはリデラードとその後ろのキラを見て、一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます、ネオ様、キラ様」

 

 そのリデラードたちの本心を試すような微笑みには、何かを探ろうとする意図が隠されているように思えた。

 あの時とは時期も立場も全く異なるものの、ラクス・クラインという少女は敵対勢力に捕縛された状況で呑気に笑うような人間ではない。

 ラクスは何かを直感し、それを読み取ろうとしているのだ。

 それはこのキラ・ヤマトが同じコロニー・メンデルの出身であるとか、運命の番であるオルフェ・ラム・タオに限りなく近い存在であるとか、そういうことなのかもしれない。

 いわゆる運命の出会いだと思った相手が、遺伝子上においても運命の相手に限りなく近いという事実。

 後にオルフェとデスティニー・プランを否定したラクスは、この事実をどう考えているのだろう?

 もっともオルフェは遺伝子の優位性を除けば、イングリットに手を上げたりマザコンだったりと、割としょうもない性格ではあるけれど。

 リデラードは余計な雑念を切り捨てると、冷酷な声で言った。

 

「さっさと食べなさい。温かいうちに」

 

 その研ぎ澄まされた刃のように鋭利な言葉には、この任務に余計な感情を挟まないという意思を匂わせている。

 宇宙に放り出すか、あるいは地球に降下する際に脱走するか。

 何にせよどこかで手を打たなければ、やがて最悪の結果をもたらすだろう。

 後にプラント議長に就任するギルバート・デュランダルはともかく、ファウンデーション王国が世界の主導権を握るためには、ラクス・クラインの名声は欠かせないのだから。

 

「リデラードさん……もう少し優しくできませんか?」

 

 キラは頼りない口調で割り込んできた。

 その言葉が発せられた瞬間、部屋の空気は一気に張り詰めた。

 リデラードはわずかに眉をひそめると、余計なことを言うなとばかりに冷ややかな視線を向ける。

 ラクスはその名を聞いた瞬間、一瞬だけ不思議なそうな表情に変わったが、やがてその瞳に何かを悟ったような光が宿った。

 

「リデラード……さん?」

 

 ラクスはその名前を繰り返すと、微かに驚きを含んだ瞳でリデラードを見つめた。

 ネオ・ロアノークではなく、リデラード・トラドール。

 たとえラクス自身は何も知らないとしても、その父親であるシーゲル・クラインであればリデラードの正体に辿り着くのはそう難しくないだろう。

 全くこの少年は、自分たちの邪魔ばかりしてくれる。

 

「温室育ちのお姫様には関係ないでしょ?」

 

 リデラードは失われた冷静さを取り戻そうと冷たい声で言い放った。

 キラはその言葉に口をつぐみ、ラクスに視線を移す。

 ラクスの微笑みは以前と同じように穏やかだが、その奥には秘められた何かを見定めるような視線が潜んでおり、リデラードの心をざわめかせた。

 

「そうでしょうか? わたくしはもっとリデラード様とお話したいのですが」

「ごめん。リデラードさんは、こういう人だから」

 

 リデラードはどこか不思議そうなラクスと、苦笑するキラのやり取りを無言で見つめていた。

 二人の言葉が棘のように突き刺さり、得体の知れない苛立ちが胸をざわめかせる。

 それはいったいどこから来るものなのか、リデラードには分からなかった。

 ラクス・クラインとキラ・ヤマトに何らかの接点が存在したことは、あのフリーダムの件から十分に予想できたことだ。

 キラ・ヤマトがフリーダムを入手出来なければ、この第1次連合・プラント大戦は地球連合の勝利に終わる。

 世界を統べる王オルフェ・ラム・タオにせよ、世界最強の戦士シュラ・サーペンタインにせよ、今はこの絶滅戦争を止めるだけの力はない。

 何の問題もない。少なくとも今は。

 

「そろそろ行くわよ」

 

 リデラードは踵を返すと、ラクスに視線を投げることなく部屋を出た。

 廊下を歩きながら、リデラードは慌てて自分を追い掛けてくるキラに視線を向ける。

 その姿を確認した瞬間、リデラードは胸の奥でわずかな安堵を覚えた。しかし、その感情がどこから来たものなのか分からなかった。

 

「あんたさぁ、あんなのと何を馴れ馴れしくしてんの?」

 

 リデラードの声は冷たく、まるで鋭利な刃のように彼を咎めた。

 不意に芽生えた感情を誤魔化すように。

 今はまだ、キラ・ヤマトに利用価値はある。

 たとえあの2人が運命の赤い糸で惹かれ合っているとしても、このままラクスに奪われるわけにはいかない。

 

「ごめん。あの子が大丈夫かどうか、確認したくて」

 

 キラはただうなずき、リデラードの背中を追うように歩き始めたが、その足取りにはどこか迷いが感じられた。

 

「あんたは知らないだろうけど、アイツはただの民間人じゃないわ」

 

 リデラードは警戒を強めるように、静かな声で言った。

 アコードの最高傑作であるラクス・クラインは、オルフェと同様に他者を支配する才覚を秘めた女王だ。

 まだ精神感応能力に目覚めていないとはいえ、不用意な会話は避けなければならない。

 しかしこの苛立ちはラクスに秘められた才能とは無関係だということを、リデラードは自覚していなかった。

 

 

 

 

 

 

「君の友人といい、妙に手間取らせてくれるな。アスラン?」

 

 言葉とは裏腹に、査問会を終えて合流を果たした男は呑気そうな口調で言った。

 その男の顔はシンプルな意匠の施された仮面で隠されており、艦長室のアームチェアに深々と腰掛けながらモニターに映る戦闘の様子を見つめていた。

 仮面の下に隠された表情は誰にも読めないが、その声は目の前で繰り広げられる見世物を面白がる観客のように楽しげだった。

 

「あのまま君が介入しなければ、私はアマルフィ氏に顔向け出来ないところだった」

 

 しかし仮面越しにモニターを見据える視線は獲物を弄ぶ捕食者そのものであり、その背後にある敵意を隠すつもりはないように思えた。

 

「は。アレがミゲルを倒した“厄災”のようです」

 

 クルーゼは先日実行したアルテミス強襲作戦を失敗したアスランの返答を、気にも留めない様子で頷いた。

 ヘリオポリスでストライクに復讐しようとしていたミゲル・アイマン及びクルーゼ隊のメンバーを一蹴し、アルテミス要塞でもブリッツを退けたモビルスーツ。

 そのパイロットがどうやた自分達と年齢の変わらない少女らしい、というのだからにわかに信じられない話だ。

 

「しかしナチュラルがこれほどの動きを? ……まさか彼女も?」

 

 クルーゼはアスランの短絡的な推理に、仮面の下で薄く笑った。

 コーディネイターに匹敵する驚異的な動きを見せた彼女を、アスランはストライクのパイロットであるキラ・ヤマトのように、地球軍に騙されて利用されているコーディネイターだと考えているようだった。

 

「そうかもしれん。だが、本当にそれだけかな?」

 

 自分達に匹敵するのは相手がコーディネイターだからだ、と言いたげなアスランの言葉にクルーゼは苦笑する。

 遺伝子操作を施されたアスランらコーディネイターと、そうでないナチュラルには確かに隔絶した能力差が存在する。

 しかしそれは、単なる傾向に過ぎない。

 たとえば空間認識能力においてムウ・ラ・フラガに匹敵する者はザフトにもそういないだろうし、このラウ・ル・クルーゼも分類上はナチュラルだ。

 こういう傲慢なところは、強奪したG兵器のデータを利用して馬鹿げた兵器を造り始めた父親とよく似ているらしい。

 だが、いずれにしてもこのアスランら相手にした“ネオ・ロアノーク”と呼ばれる少女が、コーディネイターをも凌駕する戦闘能力を秘めた存在だというのは紛れのない事実だ。

 しょせんは、テストパイロットの1人。

 実戦経験はもちろん、本格的なモビルスーツの操縦も経験していないはずの少女が、スーパーコーディネイター以上の戦闘能力を持っていることなど有り得るだろうか?

 こんな怪物が存在することを見落としていたのであれば、G兵器の存在をこちらに寄越したギルバートの情報網もあまり正確ではなかったようだ。

 彼女の正体は悪魔の名を冠するムルタ・アズラエルの忠実な下僕たちか、あるいは自分と同じ天才か。それとも全く別の存在なのか。

 何にせよアスランを除いた部下たちでは、どうやら彼女に敵わないらしい。

 目立ちたがりなジュール家や、ニュートロンジャマー・キャンセラーの開発者であるアマルフィ家の愛息子が討ち取られたらもっと面白いことになるかもしれないが、それはそうとして1度はこの目で見てみたい相手だ。

 

「部隊を分ける。イザークたちはガモフで先程発見した地球軍を追い、私と君は進路を変更してユニウスセブンに向かう」

 

 クルーゼは冷静な口調で命令を下した。

 おおかた、あの部隊は第8艦隊が用意した先遣艦隊といったところだろう。

 このまま追い続けてもアークエンジェルを発見出来る可能性は高かったが、クルーゼは創造主から受け継いだ未来予知能力で航路を予想していたのだ。

 それに、ユニウスセブンには重大な用事がある。

 

「は。しかしヴェサリウスが?」

 

 クルーゼは上官の意図を測りかねているアスランに対して、呆れたかのように肩をすくめた。

 

「おいおい、冷たい男だな。公表されていないが、先行して捜索に向かったユン・ロー隊の偵察型ジンも戻らないそうだ。婚約者の君が向かわないでどうする?」

 

 行方不明になった婚約者よりも、久しぶりに再会した友人の方が重要か。

 クルーゼがからかうような顔で言うと、アスランは皮肉混じりの声で返答した。

 

「彼女を連れて、ヒーローのように戻れと言うのですか?」

 

 クルーゼはその問いに対してもまた、楽しげに応じた。

 

「もしくはその亡骸を号泣しながら抱いて戻れ、かな。どちらにしろ、君が行かなくては話にならないとザラ議長はお考えなのさ」

 

 パトリック・ザラにとって最悪の事態は、アスラン以外の人間がラクスの救出に成功することだ。

 プラントの戦意高揚とザラ派の勢力拡大のためには、盟友であるシーゲル・クラインの愛娘などどうでもいいらしい。

 まったく息子が息子なら、父親も父親というわけか。

 

「それに足付きがアルテミスから月に向かっているのであれば、ユニウスセブンを通る可能性もある。再会を祈ろうじゃないか」

 

 クルーゼはまるで全ての駒が動き出し始めた瞬間を楽しむかのように、仮面の奥にある瞳を鋭く光らせた。




次回予告

運命の交錯は、少女に新たな決断を迫る。
再び邂逅した彼らの嘆きは、戦場に何をもたらすのか。

第4話「消える光」(11/17更新予定

リデラードちゃんのアンケートが少々意外な展開ですが、デカいに越したことはないのかもしれません。(?

※更新日、タイトルはあくまで予定です。皆様の暖かいご声援次第で加速したり、予定変更したりします。

リデラードちゃんは(自主規制)

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