石田パパは既に黒崎夫婦に脳を焼かれてると思う。
ベッドに横たわる片桐叶絵。荒い呼吸を繰り返す彼女の額には冷や汗が滲み、長い睫毛を持つ目は固く閉じられている。整った顔には、耐えがたい苦痛が色濃く浮かんでいた。
そんな彼女の側に立つ石田竜弦は、何度も彼女の名前を呼びながら、必死にその細く白い手を握りしめている。そんな彼の目には深い憂いと不安が宿っていた。
その切ない光景を二階の窓から覗く俺。どう見ても不審者です、本当にありがとうございました。
まあ鬼道使って誤魔化してるから通報はされないんですけど……そもそも霊体なら一般人に見えないか。いやそんなことより──
何で石田パパがいるんですかねぇ!? 仕事行ってるんじゃないのこの人!
【君と同じく有給を取っていたんじゃないかな。もしくは家の者から連絡を受けて帰ってきたか】
そ、そんな偶然要らないよぉ……
手紙を残していこうと思ってたのに、これ俺が直接交渉しないといけない感じ?
「貴方の奥さんを刀で刺させてください。ほんの先っちょだけで良いから!」って直接言うの? 黒い外套羽織った死神の俺が? 秒でクラヴィーアされるわ。
【絶対にそれだけは止めた方が良いと思うよ。絶対にね】
ほらね、相即不離もこう言ってます。
窓の外でしゃがみこみうめく俺。不審者感が更にマシマシになっているがそんなことを気にしている暇はない。……ええいままよ、悩んでいても仕方がない! 覚悟を決めたというか、考えることを放棄した俺は深呼吸をして──
こんにちは、窓からお邪魔します~! 片桐叶絵さんと石田竜弦さんに用があってきました!
ダイナミックエントリー!
窓ガラスをすり抜けた俺は、二人が居るその一室へと豪快に滑り込む。こういうとき霊体って便利だよね。
そうして俺の存在を知覚した石田竜弦は、一瞬のうちに五角形の滅却師十字を媒体に弓を形成して、俺へと向けた。
彼が今構えている弓は、原作で見た短弓とは異なり、圧倒的な威圧感を放つ長弓である。
弓のデカさに殺意の高さが窺えますね。ぶっちゃけ逃げ出したいくらい怖い。
目眩ましの鬼道を切って入室したとはいえ、この一瞬で弓を形成したのか、この人。
その迅速な動きに恐怖しながら、俺は両手をゆっくりと上げ、無抵抗の姿勢を示した。
──石田竜弦。
滅却師の正統後継者。彼の戦闘力は恐らく護廷十三隊の隊長格に匹敵する……下手したら俺が死ぬんだよなこの状況。まさに虎穴に飛び込んだ気分だ。
彼には下手な誤魔化しなんて効かないだろうし、真咲さんみたいなイレギュラーも起こらないだろう。ここから問われるのは俺の言いくるめ技能。唸れダイス……! ファンブルだけはやめてね。
しかし、気合いを入れた俺をよそに、竜弦は構えていた弓をゆっくりと下ろすと、深い青の瞳でじっと俺を見つめた。
「……可城丸秀朝だな。お前の事は宗弦から聞いている」
低く落ち着いた声音で話された内容に、俺は思わず肩を震わせた。
──宗弦さんから話を聞いている? な、何を聞いて……、えっ「聖別のタイミングで現れるであろう死神」……?
……どこまで先を見通してたんだあの人。千里眼でも持ってるのか? いやまあ、話が早いのは助かるけど……えっと、それじゃあ早速、片桐さんに処置を──
しかし、俺が一歩踏み出そうとしたその瞬間、竜弦は再度弓を構え、俺の接近を拒んだ。
「お前は死神だろう。何故、滅却師に肩入れする」
「何故、こうまでして私達に関わる」
予想外の問い掛けに、思わず硬直する。
酷く冷たい眼差しに貫かれながら、必死に頭を回す。何とか言葉を紡ごうとするが、上手く声が出ない。
──何故って、言われても……
はっきり言って、その問いには答えようがない。
そもそも、人を救うのに理由が必要なのか? 死に瀕した誰かがいて、自分が助けられるかもしれないと知れば、よほどの傍観者でない限り、誰だって動くだろう。
……だが、この思いをそのまま伝えたとして、彼は納得するだろうか。
口ごもる俺から庇うように、片桐叶絵の前に立ち弓を構える石田竜弦。そのグラスレンズ越しに見える彼の眼は、確かに揺れている。
その切望と疑念が入り混じる瞳を見て、俺は悟った。
──ああ、そうか。この人はただ、大切な人を、家族を守りたいだけなんだ。
すべてが腑に落ちた。
彼は滅却師だとか死神だとか、そんな話を聞きたいわけではない。ただ単純に、俺が彼の妻を預けられるほど信頼に足る人物なのか、それを判断しようとしているだけなのだ。
「答えろ、死神」
ギリギリと弓を引きながら、再度そう言い放つ彼。
何とも遠回しな彼の問い掛けに、俺は思わず苦笑してしまう。そんな俺の様子を訝しんだ竜弦は片眉を上げ「何がおかしい」と苛立ちげに言った。
いや、おかしいと思っている訳じゃなくて……と弁明しながら、俺は頭の片隅で、この人の性分を好ましく思っていた。
本当に不器用な人だ。
不器用に、愚直に。この人は、石田竜弦は家族を愛している。
──だからこそ。
俺はこの人から信頼を得なければならない。この人から、この人達から片桐叶絵を奪わせない為に。
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・・
・・・
・・・・
・・・・・
「結局は、僕の自己満足です」
その言葉に、竜弦は牽いていた弦を緩ませた。
深く被っていたフードを下ろした男は、苦笑しながら静かに語り始める。その声には、隠しきれないほどに深い諦観の音が滲んでいた。
「救えたかもしれない命を見過ごしてしまったことを、必ず僕は、後悔するでしょう」
「何も行動をせず、あの時ああしていれば、この時こうしていればなんて……そんな後悔を抱えて生きていくのは、嫌なんです」
遠くを見つめるその瞳には、消えることのない後悔の影が揺らめいている。
他人の感情の機微に鈍感な竜弦でさえ、その男の胸中には、今なお膿み続ける深い傷跡があるのだろうと察せずにはいられなかった。
「助けられる命を『掟』だのなんだのという理由で見過ごした自分を、未来の僕は絶対に許しません」
自己満足などと自嘲気味に言い放ったその口調とは裏腹に、男の言葉には確かに、誰かを救いたいという純粋な思いが込められている。
「だからお願いします」
「どうか僕に、その人の命を繋ぐ為の手助けをさせてください」
セピア色の眼差し。彼は、その迷いを知らぬ瞳の輝きを、その輝きを宿す者の存在を既に知っている。
竜弦は回顧する。
真咲が、黒崎が言い放った言葉を。
他者のために身を賭す。
竜弦には、その行為が理解できなかった。命を賭してまで他者を救おうとする者の心情が、彼には解らないのだ。
彼にとって、己の家族や大切な人を守ることこそが全てだった。そのために彼は生きてきたし、これからもそうするつもりでいたのだ。しかし、今まさにその大切な家族さえ、目の前で失いかけている。
竜弦は回顧する。
幼馴染みを、婚約者を腕に抱え、どうすることもできない無力感に押し潰されそうになったあの日を。
あの日の出来事が、あの時に抱いた感情が、十四年の歳月を経てもなお、鮮明に焼き付いている。滅却師の誇りや掟を重んじるつもりはないが「また自分は何も出来ず、死神に頼るのか」と、竜弦は思わず自嘲した。
しかし、そんな彼の内なる葛藤を見透かすかのように、男は静かに、しかし力強く言葉を紡ぐ。
「僕一人では助けられません。貴方の力も必要なんです」
その言葉に、竜弦は思わず目を見開き動揺する。
「どうか、貴方自身の手で、彼女達を救ってください」
雨音だけが静かに響くこの場所で、死神と滅却師は相対する。
──十四年前。あの雨の日から止まり続けていた歯車が、今、廻りだそうとしていた。
意訳
主人公「途中までいい感じにするんで、〆はお願いします」
竜弦「りょ☆」
斬魄刀異聞篇を書くにあたり、アンケートというより質問があります。本エピソードは破面篇の途中で挟まれたアニメオリジナルですが、私の執筆技量ではそのような高度な構成は難しいと感じています。そこで、尸魂界篇の後、破面篇の後、あるいは物語完結後の番外編として書く案を考えているのですが、読者の皆様としてはどのタイミングが最適だと思われますか? ぜひご意見をお聞かせいただけると幸いです。
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尸魂界篇後
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破面篇後
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本編終了後
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斬魄刀異聞篇を書かない
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他に何かご意見があれば活動報告の方へ