ジェネリック藍染が生き足掻く話   作:榛眞

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それは自業が織り成した 巡る因果の縁に過ぎず
時にそれは縄として 嗟傷を締め上げ吊り下ろす
それは 必ず軋轢を膿み
故にそれは 決して僕たちを赦さない




閑話 思ったより拗らせているのはホントみたいだね。

 

 この世で最も醜い感情は罪悪感だと考えている。

 それは自らの手で編み上げた鎖のように、逃れられない苦しみを永遠に与え続ける、錆びついた罪の証だから。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ──生命を断ち切らんとする裂傷、擦過傷、挫創、切創……それらは凡て、熟したトマトを半切(はんせつ)したような瑞々しさを、溢れんばかりに湛えている。

 命を奪わんとする大きな傷と、生命を生命たらしめるそのアンバランスな光景は、酷い矛盾を孕んでおり、可城丸の視界には酷くおぞましいものに映った。

 皮膚というテクスチャで、綺麗にラッピングされた脂肪、筋肉、骨、臓腑。

 普段見ることの無い、一等(いっとう)大切に仕舞われているそれが、望むべくもなく(まろ)()る様は、凡俗な感性を持つ可城丸にとって、不気味で、不愉快なものでしかなく、吐き気を催すほど忌まわしいと、唾棄(だき)すらしていたのだ。

 

 しかし、どれだけ嘆こうとも、目の前の現実が変わることは、決してない。可城丸は何時(いつ)ものように、胸に後悔を刻んで、努めて冷静に対処をする。

 

 痛みで喘ぎ、のたうちまわる身体を押さえ込み、必要な治療を施していく。痛みに耐えかねた彼の拳が頬を打った時も、生かすための痛みだと心を無にして対処した。自身の痛みなど、彼に比べれば些細なものだと、可城丸はよく()っていたのだ。

 

 回道を当てながら、皮膚を縫い合わせ、ガーゼで傷口を覆い、包帯で丁寧に包み、くるむ。

 

 そうして、いつの間にか、──手の震えは収まっていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 現在、十三番隊第三席兼副隊長代理として、日々の職務に忙殺されている可城丸秀朝。今でこそ戦線に出る機会はめっきり減ったが、かつて無名の一般隊士であった彼の脳には、人が只の肉塊へと変貌する凄惨な光景がファイリングされている。

 

 水面に揺れる(あし)のように、何も知らぬまま恐怖に飲み込まれ果てた人々。足掻くことすら叶わず、ただ貪り喰われていった流魂街の住民たち。志を半ばにして臓腑を撒き散らし息絶えた隊士の姿。

 怪腕を振り乱す虚の猿叫が、木々へと架かった腸が風に漂うあの様が、草履を経て足袋へと染みる生命の温かみが、口内まで迫り上がる胃液の()えた味が、錆びた水道管に酷似したその腐臭が、聴覚に、視覚に、触覚に、味覚に、嗅覚に、鮮明に、激甚(げきじん)に、痛烈(つうれつ)に、こびりついている。

 

 その暗澹(あんたん)たる記憶が、打ち寄せる波が浜のまさごを(さら)うかの様に、彼の理性を徐々に摩滅(まめつ)させていた。

 

 しかし、可城丸はこの生々しい記憶の海に溺れるまいと、必死に足掻(あが)(もが)いた。止まることも、留まることも良しとせず、終生、途上。死神としての職務を全うし続ける。

 

 何度も、何度も何度も何度も。見送り、見送り見送り見送り。そして、漠然(ばくぜん)と理解した。

 この世に(あまね)く生命は、皆等しく平等に、儚く脆く、容易く絶えてしまうもの。それは決して覆ることの無い「不変(ふへん)(ことわり)」だと云う事を。

 

 その結論は、ある種の諦念を含んだ悟りであり、逃避行の末に至った適応、つまりは()()であった。

 

 「慣れ」とは、シナプスの可塑性(かそせい)による現象で、魂の自己防衛本能である。*1

 肉体、思考、感情、そして精神という、複雑で繊細な機構(しくみ)は、嫌悪や苦痛、恐怖に直面し続けると、早晩(そうばん)それらによって傷つき、崩壊してしまう。だからこそ、生物は進化の過程で「慣れ」という適応力を獲得し、これらの情動を和らげて自らを堅守(けんしゅ)する手段を見出した。

 即ち、「慣れ」とは──思考生物の生存手段に他ならない。

 

 故に、可城丸の順応は本能に刻まれたものであり、自然な変化だった。──凡庸で臆病な彼は、自身のその変化を恐ろしく思い、微かな嫌悪感すら抱いていた訳だが。

 

 虚孔を埋めるように拾遺(しゅうい)された彼等の無念は、烙印のように可城丸の脳裏に深く重く刻み込まれ、その沈殿する澱みは、重い枷へと変状し、今も尚、彼を桎梏(しっこく)し続けている。*2

 しかし、厠を胃液で(けが)す無意味な行為は次第に減り、夜驚(やきょう)も徐々に治まった。*3

 つまり可城丸は、数百年の時を経て、人の死に、そしてその痛みに鈍感になり、和順し、慣れた。

 

 

 ──慣れた、と()()()()()

 

 

 何故か、黒崎一護が倒れている様を見た瞬間、可城丸は酷く狼狽(ろうばい)し、深く絶望した。

 

 黒崎一護よりも幼い子供が、命を落としていく悲劇的な光景を彼は何度も目にしてきた。実際に小さな遺体を処理したこともあったが、その悲惨な状況でも彼は努めて冷静に振る舞うことができたし、気持ちの整理がついた今では、「あれはどうしようもなかった」と区切りをつける事も出来ている。

 

 ──しかし、今回だけは違った。黒崎一護の血塗れの姿を目の当たりにした瞬間、彼の両手は小刻みに震え、口の中は酷く乾き、心の奥底から湧き上がる不安や恐怖が、可城丸の首に手を掛け締めつけた。

 黒崎一護の怪我が全快した今でさえ、その悒鬱(ゆううつ)とした空気が、自身の首を引っ掻いているような感覚がしている。

 

 

 「何故、俺はここまで恐怖を覚えているのだろう?」

 

 

 彼は自問していた。一体何に対して、ここまで怯えているのか。思考は迷路のように彷徨い続け、やがて一つの可能性に辿り着く。

 

 

 おそらく──自分が抱える()()()が原因なのだろう、と。

 

 

 黒崎一護の誕生は、可城丸が見過ごしてきた業の成れの果てである。彼の出生に纏わる凶行を、可城丸が意図的に関与せず、自身の部下を死地に向かわせた結果、黒崎一護は無情にも戦場に踏み込むことになり、今こうして、刀を握り敢闘(かんとう)している。

 

 「原作のため」

 可城丸が自らを律する為に言い聞かせた言葉だった。しかし、まだ成人にも達しない若き高校生が、目の前で無惨にも倒れる姿を直視して、重苦しい現実感が彼の心を圧迫する。

 

 「主人公だから」「そういう運命だから」

 違う。ここは坦々(たんたん)たる長さと幅だけを持つ平面の世界でない。ここには、黒いインクで描かれた虚構の存在など一人も居ない。

 可城丸にとって、この世界に住まう人々にとって、ここは縦と横、そして奥行きのある三次元の現実だった。彼らが抱える痛みも、苦しみも、すべて実存し、実在する事実だった。

 

 そんな当たり前の現実が、黒崎一護にも適用されるのだと、可城丸はしっかりと知覚して、自覚して、漸悟(ぜんご)した。*4

 

 そうして彼は、この世で一等醜い感情に押しつぶされながら、深く、深く、深く、──後悔したのである。

 

 

 

 

 

*1
シナプス→神経細胞間の接合部。情報を伝える役割を持つ。 シナプス可塑性→脳の神経細胞同士がつながるシナプスにおける可逆的な変化を指す。 同じ刺激が繰り返されることで、シナプスの結合が弱まることがあり、その結果、刺激への反応が減少することが慣れとして観察される。

*2
桎梏→手かせと足かせ。 転じて、自由な行動を束縛すること。

*3
夜驚症→睡眠中に突然起き出し、叫び声をあげるなどの恐怖様症状を示す症状のこと。

*4
漸悟→仏教用語で、順を追って徐々に悟りを開くことを意味する。






意訳→主人公「グロゴア慣れた! けど、俺が関与してるグロゴアは罪悪感で心が死ぬ。慣れんし、慣れたらアカン。ホントにゴメン一護……」


Pied little birdさん、ネタ提供ありがとうございます!
【可城丸と相即不離のポエム】です。
初めてポエムを書いたけど、これで良いのか……? これセンスが問われるな。

本当は間に一話を挟む予定でしたが、こちらの方が先に書き終わったので、投稿します。今回は文体をがらりと変えたため、少々読みづらかったかもしれません。スマンな、思ったより筆が乗ったんや。

次回「ドキドキ! 一護と可城丸の修行篇~ポロリ(虚化)もあるよ~」 ※明日か明後日には投稿できる予定です。

斬魄刀異聞篇を書くにあたり、アンケートというより質問があります。本エピソードは破面篇の途中で挟まれたアニメオリジナルですが、私の執筆技量ではそのような高度な構成は難しいと感じています。そこで、尸魂界篇の後、破面篇の後、あるいは物語完結後の番外編として書く案を考えているのですが、読者の皆様としてはどのタイミングが最適だと思われますか? ぜひご意見をお聞かせいただけると幸いです。

  • 尸魂界篇後
  • 破面篇後
  • 本編終了後
  • 斬魄刀異聞篇を書かない
  • 他に何かご意見があれば活動報告の方へ
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