可愛ければ変則的でも好きになってくれますか?   作:不名誉

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拙作を読んでくださっている皆様に先ずは謝罪を。


このお話ですが、以前推敲途中で未完成のものを出してしまいました。しっくりくる展開に練り直している途中で寝落ちしてしまい、そのまま投稿してしまったという何ともマヌケな話です。私自身が納得のいかない出来のモノを放置する訳にもいかないということで、以前上げていたものを削除させていただきました。

それに関して何の報告もしなかったこと。そして妥協塗れの作品を目に触れさせてしまったこと。これらを大変深く謝罪致します。誠に申し訳ありませんでした。

この作品の更新を楽しみに待ってくださっている皆様、応援してくださっている皆様には大変ご迷惑をお掛けしました。


と、いうことで練り直してきた作品を投稿させて頂きます。大筋は変えておりませんので以前のモノを読んでくださった方には物足りないと思いますが、何卒一読して頂ければと思います。

長々と話してしまい申し訳ありません。この作品が皆様の生活のほんの暇潰しになることを願っております。それでは、どうぞ。





昨日と同じ今日

 

 

 

 

 

 

 「デジャヴュ」という言葉がある。「既視感」とも呼ばれるその言葉の意味は、“初めて遭遇した状況を経験したことがあるように感じること”。見たことのない景色を見たことがあるように感じたり、初めて言われた言葉に聞き馴染みがあったり。そういうのを“デジャヴュ”と言う。

 

 

 

 

「……ま、待て。早まるな。何もそう急ぐことは…」

「ダメ。もう、耐えられない。…えっちな柚が悪いんだよ」

 

 

 

 

 今この状況にピッタリと当て嵌まる。何もかもがデジャヴュだ。

 

 知らず知らずのうちに安全パイだと認識していた女の子が、劣情を剥き出しに迫ってくる。想定しなかったのかと問われれば首を横に振らざるを得ない。しかし、起きて欲しくなかったと思っていたのは紛れもない事実だ。

 

 熱に浮かされた瞳で、浅くなった呼吸で、しなやかな指で。俺の全てを手中に収めようとしている。

 

 

 

 

「お願い、声を聴かせて。悪い子だって叱って。皆んなとは違う私を直して……“パパ”、みたいに」

 

 

 

 

 どうして俺は連日、サークルメンバーから性癖を告白されているのだろうか。目の前ののとから目を逸らすように、ここまで至った経緯を振り返り始めた──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お家デートだなどと、その気になっていたお前の姿はお笑いだったぜ。

 

 よく考えれば俺はただハウスキーパーの代わりに召喚されただけの人間。時給の発生しないバイトをしに行くだけだと考えれば、冷静になる余地しかない。何も舞い上がる要素なんて何一つとして無いのだ。

 …女の子の家に行くんだからちょっとは浮かれるだろ、って?バカだね。スイミングスクールのコーチがスク水姿の女児にベタベタされて興奮するかよ。それと同じことさ。

 

 仕事だと割り切ってしまえば割と何とでもなる。たとえそれが、所謂“推し”の家に足を踏み入れる状況であっても。それに別に招かれるのは初めてじゃねーし。なんで興奮してたのか、自分でも尚更よく分からなくなってきた。

 

 まあ、一つ言えるとしたら…。夢を持つのは大切だが、夢を見過ぎないようにということだろうか。

 

 

 

「っつーワケで来たぜ」

「いらっしゃい。どうぞ上がって」

 

 

 今日は体育館が使えないので外周な上に、顧問の先生は所用で来ない。そうなったらどうするかは火を見るより明らかだ。そう『即下校』ッ。

 一応顔は出しておくが練習に参加することはない。律儀にも参加していたマネージャーに差し入れを渡しておいてスタコラと帰った。

 

 一旦家に帰ってから、作り置きなんかを詰め込んだタッパーやら使い慣れたクリーナーやらを持参してから宵崎家へと足を運んだ訳だ。

 

「お邪魔します……って、埃っぽいな」

「穂波が来るからと思って放置しちゃってた」

 

 

 奏だって生活力が皆無な訳じゃない。色んな人と出会って、色んなことを経験して、もっと広い世界に目を向けるようになってからは、自分の生活を見つめ直すようになった。

 

 初めて顔を合わせた時は、髪はボサボサだし着用しているジャージはヨレているし、最低限の洗顔と保湿程度しかしていない俺の肌よりもカサついていた。それはそれで音楽のみに身を捧げる仙人的な、世俗から離れた雰囲気があったが、しかしやはり面の良い少女はお洒落してなんぼだろうと思わないでもなかった。

 

 最近は毎日浴槽を洗ってお湯を貯めて入っているらしいし、俺以外のメンバーに化粧のことについて尋ねているらしい。俺にも食生活をどうやって改めるべきかをこまめに聞いてきたり、体力作りのメニューなんかへのアドバイスも積極的に取り入れたりしている。

 人を頼る重要さを知ったのだろう。自分が知らなかった世界を知れる喜びを噛み締め、併せてどんどん健康的になって可愛さも増している。

 

 「成長」なのだろう。「変化」ではなく。奏の根本的な芯の部分は変わらず、柔軟に物事を吸収していく様は正しく「成長」だ。

 それでいつかもう学ぶことはないと切り捨てられるかもしれない怖さはあるが。とは言えぐんぐんと成長していく彼女のことを支えない選択肢は無い。

 

 

 とまあ長々と語ったが、ある程度はアイツも家事はできるようになってきた。しかし音楽を第一に優先する部分は変わらず、掃除や洗濯などをせずに放置してしまう部分はある。

 

 なのでそこを補うために望月さんというハウスキーパーが居るのだが、所用で来られない旨を伝えられていたのを思い出したのが昨日のこと。纏めてやろうと放置していた数多の家事に追い詰められ、俺を頼ったというのが経緯だ。

 

 頼ってくれるのは素直に嬉しい。けど、面倒臭くないワケではない。自分でもちょいとばかしはやって欲しいと思ってしまう。天才ってのはやっぱり何処か普遍的なトコが抜けているべきなんだろうか?奏然り、アメリカで馬鹿やってる兄貴然り。

 

 

「掃除機を掛けるだけでも良いから、掃除はしておいた方がいい。ヤなアレルゲンが飛ぶ」

「目が痒かったり鼻水が出やすかったりするのも…埃のせい?」

「十中八九な」

 

 ダニの死骸やら人間の皮膚片やら。肉眼では視認できない色々な物が混ざり合ってハウスダストとなる。ハウスダストを極力吸い込まないようにする為には床を定期的に掃除したり、付着しやすいクッションにスチームや掃除機を当てたりするのが効果的だ。空気清浄機を設置してみても良いかもしれない。

 

 

 と、いうことで先ずは掃除から。床を念入りに掃除したり、空調のフィルターの汚れを落としたりとテキパキやっていく。

 

「奏。カーペット掃除するんならこれ使え」

「これは…何?腹筋トレーニング用具?」

「コロコロだ」

「…コミック?」

 

 漫画雑誌じゃあないぞ。粘着テープをコロコロと回転させて誇りを取るカーペットクリーナーだ。

 

 余談だが、このカーペットクリーナー。皆んながコロコロと呼ぶものだから正式名称から改名して【コロコロ】で商標登録しているらしい。

 

「テープが…あっ、あっ…剥がれない…」

 

 小さなゴミが沢山付着して汚れた粘着テープを変えようとして、上手くいかず少々悲惨なことになっている。ラップを皿に貼ろうとして滅茶苦茶に失敗していた頃を思い出した。

 こういうのにはやはり慣れは必要で。コロコロを数年は使っている俺からすればテープを上手く剥がすなんてことは造作もない事だが、初めて触ったであろう奏が失敗することは目に見えていたが。しかし成す術なく無惨な形に破られるテープを見て狼狽える姿は、申し訳ないが非常に面白い。

 

 奏はこういう初見のモノに対して弱い傾向がある。慣れるまでは早いし直ぐに熟達するのだが、慣れが出てくるまでは非常に残念な腕前ということが多々あった。そこが何だか同じ人間っぽさを感じられて心が温かくなる。

 

 

 

「掃除って集中してやっちゃうね。始めるまでのハードルが高いけど…やり始めると納得できるまでやっちゃう」

「分かる。やり始めると細かいのが気になって終わんねえんだよ」

 

 排水溝に詰まったゴミとか、見えないところに溜まった埃とか。あると分かると見過ごすのも嫌だからとことんやってしまう。その度に程々にしておこうと反芻するようにしているのだが、中途半端に終わらせるような気がしてなんとも言えない気持ちになる。

 

 しかし今日に至っては明確に線引きをしておかねばならない。2人揃って集中し切るとストッパーが居なくなってしまう。減速のためのブレーキってのは必要不可欠な存在だ。

 

「じゃあ廊下、階段、2階の部屋と順繰りにやっていきたい訳だが」

「えーっと。…うん。私の部屋とお父さんの部屋は私がやる」

「オーケー。じゃあ俺は廊下と階段をやる」

 

 その辺りはやって奏にやって欲しいし、彼女自身もそこはやりたいだろうよ。幾ら親しいと言ってもそこのパーソナルスペースを侵していい理由にはならないだろうし、任されても割と困るだろうし。

 

 三種のゴミ袋と雑巾・モップを手渡すとせっせと掃除をし始める。黄色の袋に可燃ゴミを詰め込む様子を眺めてから、階段を降りて一階の廊下でモップを掛ける。

 

 

 家族が家を空けているので自分で掃除して綺麗に保たなきゃいけないという事情もあるが。週末じゃあバイト先でもケッコー念入りに掃除させられて慣れさせられたっていう事情もある。清掃業者を雇うより俺にやらせて時給払う方が安上がりなんだとさ。

 

 つまり、俺の家事スキルってのは「何かに活かしたい」とか「できるようになりたい」とか。そんなポジティブな誘因で身についたものではない。必要に駆られて、「できなきゃ死ぬ」って極めてマイナスな誘因が働いて手探りで身に付けた凸凹で荒削りなモノだ。

 

 今まではできるようになって()()()()って印象が根付いていたが、しかしこうやって仲間に頼られる理由になってくれたことに関しては感謝している。必要は発明だけでなく、好転の母でもあるらしい。

 

 

 そんなどうでも良いモノローグを垂れ流しながらボケーっと掃除をしていると、いつの間にか2階の廊下まで掃除が終了していた。いつの間にそんなに時間が経っていたのだろう。スタンド攻撃を受けてしまっていたのか?時間を消し飛ばされたか?

 

 溜め息を一つ吐いて掃除用具を片付ける。部屋の掃除に勤しんでいる奏を呼んでゴミ出しについて説明しておこう。

 

 てちてちと廊下を歩く。今こうやって見てみると恐ろしいほどに殺風景だ。人が生活している感じこそ漂っているが、逆にそれ以外の飾り気が削ぎ落とされているようだ。まふゆが勝手に飾っていった数多のドロップアイテムで愉快になっているウチとは対照的とも言っていい。

 

「…ん?」

 

 部屋の扉が僅かに開いている。ここは確か奏のお父さんの部屋だった筈。奏が掃除し終えた後に閉め切っていなかったのだろうか。

 

 こういった細かい所も気に掛かってしまう俺は扉を閉めようとして、中で奏が佇んでいることに気が付いた。その手には何かを持っている。

 

 音を立てないようにそっと覗いてみる。ブラウンの縁と後ろの支えを見るに写真立てのようだが、どんな写真かはまでは見えない。

 恐らく奏のお父さんの部屋にある写真だろうということと、心なしか奏の表情が哀愁だか懐古だか見分けのつかない表情をしていることから、家族写真だと推測される。

 

 掃除中に昔の写真やら作文やら、その時を生きた証が出てきて思わず物思いに耽る。よくある事ではある。尤も、宵崎奏という人物がその物思いに込める感情は並々ならぬものであろうが…。

 

 

 感傷に浸らせてあげたい所だが、しかしいつまでも懐かしく幸せな思い出に触れ続けることは時に危険となる。…その幸せなものを見つめる瞳を向ける先が「今」ではないのが妙に腹が立つ。この感情に関しては傲慢かもしれないが。

 

 何食わぬ顔をしてノックをする。写真立てを置いた奏は扉を開けた。

 

「今良いか?」

「うん。丁度終わった所だから」

「じゃあちょっとゴミ捨てについて説明するからな」

 

 一瞬だけ視線を部屋の中に向けると、写真立てが哀しそうに伏せられていたのが目に入った。

 

「柚?何か気になる物でもあった?」

「いや…別に何も無いよ。何も」

 

 俺は奏に何かしてあげられているのだろうかと。そんな女々しいことを考えていたとは口が裂けても言えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いか。可燃ゴミは火曜と金曜。不燃ゴミは月曜。缶やペットボトルは水曜。プラスチックは木曜に出すんだぞ」

「火・金、月、水、木…。うん」

 

 分かったのか分かってないのか微妙な表情で頷く奏。後でメッセージアプリで曜日分けを打ち込んでおくつもりなので良いかと思い、玄関のドアを閉めた。

 

「お腹空いたね」

「そうだな。晩飯にするか」

 

 冷凍保存しておいたカレーのルーが入ったタッパーを取り出す。匂い移りや色移りなんかを防ぐ為にラップもしてある。

 

 キッチンに寄れば7時に炊けるようにしていた炊飯器から軽快な音が流れる。予め米を炊くように言っておいて正解だった。やはり白米は炊き立てに限る。

 しっかりと手を洗ってから何粒か口に含んでみる。自分の好みよりも少し水気が多いが許容範囲だろう。

 

「鍋とレンジ使わせてもらって良いか?」

「うん。食器用意しとくね」

 

 直ぐにレンジに入れてチンするのは厳禁。お湯を沸かして湯煎してから食器の中に入れて900wとで少しだけ加熱。ホカホカと湯気を立ち昇らせるルーを熱々の白米の上に乗せて出来上がり。

 

 買って来ておいた惣菜もテーブルに並べる。タコと昆布の酢の物や大根と蓮根の煮物。ビニルを包んだまま野菜室に放置されていた葱を使ってマヨネーズ和えなんかも作って食卓に置いた。

 

「っし。それじゃあ食べようか」

「そうだね」

 

 両手を合わせて「いただきます」と小さく言って、スプーンでカレーを掬っていく。クリーミー且つマイルドな味を意識して作ったが、やはりもう少し和風で塩味のある味付けが個人的には好ましい。しかし奏は美味しそうに頬張ってくれているので良しとしよう。

 

 奏がテレビを点ける。ゴールデンタイムの今はなんとなく見たことのあるバラエティ番組をやっていた。芸人がバカをやってるのを煩く思ったのかチャンネルを変える。今度はマイノリティの人に密着取材した御涙頂戴モノのドキュメンタリーだ。顔を顰めてまたチャンネルを変える。派手に明るい色味のセットが厚苦しいクイズ番組だ。

 お気に召すようなテレビ番組は見つからず、結局高学歴な芸能人が淡々と勝負をするクイズ番組に落ち着いた。

 

「柚の家族ってさ」

「ん」

「今、どうしてるの?」

 

 ボンヤリとテレビの液晶画面を見つめ、エビを箸で掴んでいる奏が話を振る。今現在家を留守にしている俺の家族についての話題だ。

 

 確かに自分の身の上話はあまりした事がないなと今更になって思う。

 他のメンバーの家庭事情とかデリケートな部分はなし崩し的に多少把握することになったが、俺から俺の事情を話した記憶は余り無い。音楽に明るい家系だとは話した記憶はあるが。

 

 さて。どう話したものか。別に隠すようなことも無いが食事中のネタとしてはそこまで良くない。

 ここで話しておいた方が良いかもしれない。またいつかと先延ばしにしていたら話すことを忘れてしまいそうだし。

 

「俺の家族は音楽方面に明るい人たちの集まりでな。小さい頃から音楽の勉強して育ってきた」

「うん。確か前にもそう言ってたのを覚えてる」

「こっから多分話してない話になるんだが…五つ歳上の兄貴がいてな。兄貴がまたトンデモな音楽の才能の持ち主だった。奏にゃ負けるがな」

「…あ、ありがと」

 

 俺とは違って0から1を生み出すのに何の苦戦もしない人だった。俺が三日三晩考えたメロディーを半日で作って曲に落とし込むような人だった。

 

 両親の関心が兄に向くのは当然のことだったろう。別に放置されていたとか無関心だったとかは無い。親としての責任や義務は果たしてくれているし、そこには感謝している。しかしやはり兄と俺の扱いに一線を引いているのは確かだった。

 

 両親からの愛の多くを掻っ攫って行った奴。でも、兄貴はそんなこと知らぬ存ぜぬでしつこく構ってきて。そんな兄が嫌いだったけど、同時に誇りに思っていた。基本相手は舐め腐ってるし、口悪いし。それでも兄としては「良い兄」だったと思う。

 

「で、色々あってDJになって、日本じゃ窮屈だとか言ってアメリカに飛んだ。綿密に計算された綺麗なバラードよりガキの下手なラップが注目される頭オカシイ国でトップになってくるとか言ってさ」

「えーっと…凄い行動力だね?」

 

 かなりオブラートに包んだ表現に、奏なりの優しさが垣間見える。考え無しのバカって言ってくれたって良いのに。俺は史上最強のバカだとそう思ってる。

 

 あのバカ兄貴が「ちょっくら頭オカシイ国でトップ取ってくるわ」とか言った時、オカシイのはお前だろとか言っちゃったし。割とキツいこと言ったのにヘラヘラして、いつどこで貯めたか分からん金で渡米するし。

 ただまあ勝算のない勝負をしないくらいの賢さはあるが。

 

「DJの活動自体は上手くいってたみたいで、時々盛況なライブの動画が送られてきてな。『この国の日本料理は不味い』だとか、どうでもいい近況報告みたいなことはしてた」

「成功してたんだ。凄い人だね、柚のお兄さん」

「その代わり他のとこでオツムが弱かった」

「それはどういう?何かしちゃったの?」

「二つ歳下の大学生の人を妊娠させた」

「へえ、妊娠……え、妊娠!?」

 

 ネギを食べようとしていた手を止めてまで驚いた様子で此方を見る奏。予想外な方向に話が転がり始めて困惑が隠せないらしい。こんな話を聞かされて驚かない方が珍しいんだが。

 

 で、至極当然の話だが相手方の両親はもう烈火の如く怒り散らしていた。有名なDJだか何だか知らんがどう落とし前つけるつもりだ、と。

 いつも何処か人を見下しがちな兄も、その時ばかりは誠実な態度だったらしい。「珍しくスーツまで着込んだんだぜ」とヘラヘラしながら言っていた。そりゃ当然だろうと一蹴した。

 

 結果として、兄は一発殴られただけで済んだらしい。最悪殺されるでも仕方がないと考えていたそうだが、2人が心の底から愛し合っている姿を見て矛を収めたらしい。

 しかし此方の両親にもその事情を話さない訳にも行かず。アメリカにいる兄貴と相手とその家族と話し合うために、即刻アメリカへ飛んだ訳だ。そして出産と育児という大変な時期が落ち着くまで、ちゃらんぽらんな兄の監視と相手の人のサポートとをするという名目でそのままアメリカ生活を満喫するという。

 兄も兄なら親も親だ。何ともフリーダム。

 

 そんな事があって、2年弱もの間家を空けているという訳だ。我が家族ながら随分とイカれてやがる。

 

「思ってたより規模の大きい話だった…」

「諸々の為の金は口座に入れてってくれてるし、ネグレクトって訳でも無いし。早めの一人暮らしだと思って頑張ってるよ」

「…偉いね、柚は」

 

 優しい表情で言う奏に首を横に振っておく。結局、自分がやりたいこと、自分の為になることを優先した結果こうなっているだけだから。

 

 要は身内の不貞のせいでこんな事になってますよ、ということだ。迷惑被ってんのはコッチだってのに、愛すべき人を見つけて幸せそうに笑う兄を恨めしく思った。

 

「兄貴はアッチの人を妊娠させて、両親はそのままアメリカでの生活に勤しむとかさ。大好きな家族とは言えあんま言い触らしたくないだろ」

「それは、なんと言うか…ごめんね」

「謝んないでくれよ。俺から勝手に話したことだ」

 

 側から見ればとんでもない家族の形だろう。俺自身小さい頃からこの家族に付き合わされてきた身だから今更何か不平不満は無いが。しかしこんな家庭事情を話せばその血を引いている俺の印象も合わせて悪くなるというものだ。

 

 怖かったんだろうなと思う。こんな事情を話して引かれないか。それで否定されるかもしれないと思うと震えが止まらなくなる。余計な事をしないでくれと悪態の一つでもついたってバチは当たらないだろう。

 

 

 …でも、まあ。

 

「一人の時間ができて、何か夢中になれるものを探して…。その結果ニーゴの皆んなと会えたんだから良かったのかもな」

「…そっか。じゃあ私も柚の家族に感謝しないと。柚っていう素敵な仲間と引き合わせてくれてありがとうございますって」

 

 イかれた家庭事情を赤裸々に告白しても拒絶するどころか、あろうことか俺のことを素敵な仲間だと形容して、感謝すらも述べてしまう。聖母の如き慈愛を感じる瞳に晒されて、恥ずかしくてなって思わず目を逸らした。

 

「ほら、食い終わったんなら片付けるぞ」

「ふふっ。そうだね一緒にお皿洗いもしちゃおう」

 

 露骨な話題変換に少し意地悪く笑う。今の俺の顔はきっと火を吹きそうなほどに赤くなっているだろう。

 

 とても嬉しそうな笑顔で隣で皿を洗っている奏を見ると、家族のことについて話すのを怖がっていた自分がひどく滑稽に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 動画配信サービスでお気に入りのコント番組を眺めながら洗濯物を畳んでいると、奏が徐に話しかけてきた。

 

「柚。洗濯物畳み終わったらで良いから…座ってて。話さなきゃいけないことがあるから」

「お、おう」

 

 随分と真剣な表情と声音で言うものだから思わずコチラも緊張した様子で返事をしてしまった。しどろもどろな俺の了承の声を聞いた奏はリビングから出て行った。

 

 話さなきゃいけないこと…。あんなにも真剣な色を帯びた瞳で言うのだからかなり大切なことなのかも知れない。一体どんなことを言われるというのか、全く以って見当が付かない。

 

 もしかすると自分こそがラブレターの差出人だと明かすのかもしれない。あの明朝体のラブレターは私が出しました、と。純白のパンティーはあの日私が履いて行った物です、と。

 …い、いかん。心臓がバクバクして五月蠅い!身体中が熱くて仕方がない!

 

 落ち着け。まだ慌てる時間じゃない。確定していない状況を嬉々として待ち受けるべきではない。平常心、明鏡止水、沈着冷静。

 うむ、落ち着いたな。ヨシ!*1

 

 

 目にも止まらぬ速さで洗濯物を畳んでいく。下着以外のジャージやらタオルやらを綺麗に畳んで重ねて、ソファの上にフワリと優しく置いたら完了だ。

 

 畳み終えて伸びをするのと同時に、奏がリビングに帰ってきた。心なしか少し緊張した面持ちにも見える。せっかく心を平静に保とうとしていたのに緊張が伝播してしまいそうだ。

 

「…座って」

「ハイ」

 

 促されるまま対面に座る。お互いカチコチとぎこちない動きと声音だ。今の俺たちの姿は誰がどう見ても緊張している姿だと判じるだろうヒドいモノだ。お見合いでもしてんのかってくらいに。

 

 ただただ気まずい沈黙が二人の間を流れている。できるなら奏からサッサと話して貰いたいところだ。でなければ俺の自慢の天気トークデッキが火を吹いてしまうことになるぜ。

 

「…ずっと柚に黙ってた、隠してたことがあるの。晒け出す勇気がどうしても出なかったけど…柚は勇気を出して家庭事情を話してくれた。なら、私がここで足踏みしているワケにはいかない、と、思って…」

 

 何度か深呼吸をして、乾いた口を湿らせて。いざ言おうと口を開こうとするもどうしてもブレーキが掛かる。告白すると言った手前ここで引き返すのは気が引けるものの、本当に言っていいものか。あと一歩、ここからあと一歩だけ踏み出せない。そんな表情をしている。

 

 

 

  かなで は なにか いいたそうに している。

 

  まって あげますか?

 

 

  ▶︎ はい

 

   いいえ

 

 

 

 下手になんか言って地獄のような空気にする訳にもいかん。こんなモン「はい」一択だろーが。

 

 

 喉につっかえた言葉を一生懸命に捻り出すようにして、腹を括った奏は口を開いた。

 

「先ずはこれを聴いてほしい」

 

 奏がテーブルに置いたのは懐かしの水色を基調としたウォークマンと充電・スピーカー接続用のスタンド。個人の携帯端末でストリーミングを可能とする時代故に、その姿をパタリと見なくなった懐かしの代物。思い返される子供時代の情景にホロリと涙が溢れそうになる。

 

 奏が小さなボタンを操作して音源を流す。そこから流れるのは今も語り継がれる懐かしの楽曲──ではなく。

 

『それじゃあダメだろう。押し付けるんじゃあ絶対に。大袈裟でなくとも、細やかであっても…誰かが項垂れた先にあるようなモノじゃなきゃ』

 

 

「…何だこれ」

 

 優しく諭すように、しかし伝わって欲しい気持ちが強く感じられるような。格好いい声が叱りつけてくる内容の音声。

 ASMRってヤツだろうか?シチュエーションボイスってヤツだろうか?何にせよ奏もこういう類いの音声を聴くのかという新しい発見があった。いい意味で俗っぽい。

 

 しかしこれが何だと言うのだろう。オススメのボイスでも紹介してくれているのだろうか。確かにこの人の声は安心できるような何かがある…。

 

「これね。柚の声なんだ」

「…ェ?」

 

 完全に予想外の事を言われて滅茶苦茶に細い声が出てしまった。自分でもこんなに蚊の鳴くような声という表現がバッチリ当て嵌まる声が出るとは思わなかった。

 

 というかコレ俺の声かよ!?

 自分が思う自分の声と客観的に聞こえる自分の声というのは、多少の差があって分かりにくくなってはいるだろうが、言われて初めて気付くとは。なんか滅茶苦茶に自画自賛したみたいになっとる。コレがトラップカードってヤツですか。おっかねえ〜。

 

「実はまだ他にも音源があって…」

「ェェ?」

 

 そんな言葉を皮切りに湯水の如くドンドン溢れていく俺の音声。マジに言った記憶の無い台詞が凄い勢いで発掘されていく。そういやこんなこと言ったような言ってないような、と存在しない記憶を植え付けられそうになる。

 ただ、少し継ぎ接ぎなように感じる部分やイントネーションがオカシイ部分。明らかな調声が入った部分なんかも見受けられるので、恐らく捏造したモノだろうということは予測できる。

 

「確かにこれは…凄いけど。凄い編集技術だとは思うけど、なんだって俺の声を……──奏?」

「へへ。ェへへ。耳が幸福…」

「奏ェ!?」

 

 と、溶けてる!?表情が、声が、瞳が。全てが熱を帯びて溶けているッ。こんな奏見たことがない。俺の存在しないボイスのせいだと考えると割と複雑だ。どんな面持ちでこんな姿見ればいいんだ。

 

「戻ってこいッ。せめて説明してから存分に溶けろッ」

「柚の声がこんなに近くに聞こえる……ハッ」

 

 夢見心地だったのが現実に引き戻されて冷静な表情が戻ってくる。恥ずかしそうに咳払いをして話の流れを戻そうとするが、俺の目はもう既に諦めの境地を見つめつつある。

 

「…えーっと。まあ、こういう風に柚のボイスを自分で継ぎ接ぎしてる訳で…。あ、商業目的じゃないから安心して。自分で楽しむ用だから」

「いや、あんまりそこは心配しちゃいないが。自分で楽しむ用てどゆこと…?」

「それは、まあ。自分を慰める為に…。包み隠さず言うならオカz」

「みなまで言うな。ゴメン、聞いた俺が悪かった」

 

 

 頭が痛くなってくる。もう隠すものもなくなったと言わんばかりの姿勢に圧倒され、奏が無敵にも思えてくる。守るものがある人も強いが、失った人間もまた別ベクトルの強さを持っている。

 

 いや…しかし。しかしだ。

 

 

 

この(展開)前に読んだなあ…*2

 

 

 ウソだろオイ。なんで連日サークルメンバーから性癖を告白されてんだよ、俺は。

 

 俺はただ……ラブレターの差出人を知りたいだけなんだ。なのにどうしてこんな、性癖のバーゲンセールに出会しているんだ?

 

「もう失うものはない…。今の私は何だってできそう」

「無理すんなよ、顔めっちゃ赤いぞ?ここは一旦距離と時間を置いて…」

「却下。柚には甘々な言葉を吐いてもらう。優しめに叱る感じで」

「癖を追加してんじゃあねえぞッ」

 

 却下されてしまった。

 

 奏は席を立って此方ににじり寄ってくる。元来の純粋さが故にその顔は沸騰しそうなほど赤々としているが、のこのことやって来た羊を狼が逃がす訳もなく。恥じらいよりもここで俺を喰らってやる「覚悟」が勝って彼女を突き動かしている。

 

 

 

「……ま、待て。早まるな。何もそう急ぐことは…」

「ダメ。もう、耐えられない。…えっちな柚が悪いんだよ」

 

 

 

 昨日、兄になってくれとせがまれた状況と重なる。恋心と言うには少しアクの濃い劣情を纏った瞳が俺を射抜く。

 

 どうして。どうして俺はこんな…昨日と同じ今日を繰り返している?

 

 

 

「お願い、声を聴かせて。悪い子だって叱って。皆んなとは違う私を直して……」

 

 

 今になって気付いた。彼女はあの家族写真と目される物を、ただ懐古の念のみで見ていたのではない。勇気を貰っていたんだ。彼女の呪いを力に変えようとしていたんだ。

 

 

 

「“パパ”、みたいに」

 

 

 

 ──妹(仮)の次は娘(仮)かよ。

 

 

 俺の悲痛な呟きは、誰にも聞かれてはならないものだった。

 

 

 

*1
現場猫

*2
神ィ⁉︎





ちょっとした裏話ですが、主人公くんは構想段階と性格が全く違います。我が強く底抜けにポジティブな主人公を書きたかったのですが、どうしても原作の雰囲気に合わないのでボツになりました。
なので少し打たれ弱く、女々しく調整していって出来上がったのがこの主人公です。
 
自分の価値を他人に依拠しがちであんまり好きになれないというのは内緒。

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