何とか今日に間に合った。
今回のお話を読むとパンケーキを食べたくなること間違いなし!月曜が近いよ〜って憂鬱さは甘いもので吹き飛ばそう!
【A Piece of Cake】。
関西圏でしか展開していなかったのが遂に東京へ進出したということで、一時期テレビでも取り上げられるくらいに有名なパンケーキのお店だ。
名前の由来としては、全てが“一切れのパンケーキ”を頬張った幸せから始まったという事と、極上のパンケーキを提供するにあたりお客様を幸せにするなんて“楽勝”だという事のダブルミーニングらしい。非公式ウィキの情報なので正確性はお察しだが。
「2名でお待ちの東雲様〜」
「はーい」
「お待たせ致しました。お席の方へご案内致しますね」
店内で待つこと数十分。良い加減座っているのも飽きてきた頃合いに漸く席へ案内される。ピークこそ過ぎたもののまだ多くの人がこの店に訪れていた。キャピキャピとした女子グループであったり、いつまでもイチャついているカップルであったり。確かにここには一人で来るにはしんどい空気感が流れている。
窓際の席へと案内され、お冷を置くと店員さんは去って行く。早速立て掛けてあったメニューを取って何を頼もうかと2人で一緒に見ていく。
「ふむ。季節限定のフルーツ盛り合わせパンケーキ。店舗限定メニューなんかもあるな」
「ティラミスパンケーキね。店舗限定にする意味は分からないけど美味しそう」
「一応パフェやロールケーキに、フィナンシェもあるんだな。アールグレイ風味は興味があるが…」
「でもパンケーキで有名なのよ。折角ならパンケーキを食べたいじゃない」
パンケーキのお店とは言っても、一応カフェ&レストランの形をとっているためミールメニューやサイドメニューも完備している。
オムレツ&チーズムースサンド。シンプルなマルガリータ。バジルソースのスパゲティと言った中々に美味しそうなメニューが並んでいる。
しかし絵名が言っていたように、折角ならばパンケーキを深く味わいたい。興味が唆られない訳では決して無いが、やはりホイップクリームやフルーツがふんだんに使われたパンケーキを食べてみたい。
「私はこの焼き林檎とティラミスパンケーキにするけど…そっちは?」
「んー、じゃあこのクランベリーソースのホイップパンケーキで」
「了解。呼び鈴は…無いみたいね。すみませーん」
偶々近くを通り掛かった店員さんに声を掛けて注文していく。慣れた手つきでサラサラとメモ帳にメニューを書き記し、再確認だけして厨房の方へと消えて行った。
「…にしてもここ、暖房よく効いてるわね」
「そうだな。寧ろ暑いくらい」
羽織っていたアウターをいそいそと脱ぎ出す絵名に頷きを返す。俺には暑がりの節があるが、それでも十分過ぎるほどに屋内は温い。電車に乗る時も沢山の人の熱と暖房の所為で汗を掻くことすらある。
最近は春や秋という過ごしやすい季節が余りにも短すぎる。中と外で0か100かの切り替えが顕著すぎる季節が日本を支配するものだから、身体の至る所が不調になりやすい。
何事にも中庸というものが必要である。それは中途半端でもどっちつかずでも無く、良いとこどりと言ったところか。かのアリストテレスも超過と不足を避ける中間という意味の“メソテース”をニコマコス倫理学で説いている。足りないところ、不要な所を補い合うことでプラスとなるのだ。
まどろっこしい言葉を並べ立てたが…要するに両極端ってのはあんまり好きじゃあないってことだ。
「この冬が明けたら私たち…もう受験生なのよね」
「んー、そういう事になるな」
「…随分と余裕そうじゃない」
「実感が湧かないだけ」
お冷を啜りながら話していると、ジトっとした目を向けられる。絵名にはそれが余裕綽々とした態度のように見えたらしいが…実際はまだ現実問題として受け入れる準備ができていないだけだ。
つい数年前まで、受験なんて遠い未来のように思っていた筈なのに。蓋を開けてみればもう一年もしない内に人の心情なぞ知らん顔でやって来る。
光陰矢の如し。大学に入って職を得て社会人になるまでの時間なんて、きっと瞬きもせぬ内に過ぎていく。皆んな大人になっていくんだ。
大人になるということは打たれ弱くなるということだと俺は思う。地位や名誉、財産に家庭に権利関係に…。自分の身を守る為の力を他に回さなければならなくなる。
小さな頃は大人ってのは何でも出来てカッコよくて、自由になるものだとばかり思っていたけど。実際は生きていく上で守るべきものが増えて自分へのガードが甘くなり、依存先をバラけさせて自由に見せているだけなんだと今なら思う。
それで言うと…大人ってのにも色々あるんだなと思うようになった。大人の階段ってヤツはボンヤリしてても勝手に登って行くもんだが、しかし知識や経験を積まないまま楽に登ってしまうと後から大変になってくる。その結果、強かな大人と子供っぽい大人に二分されるんだと、俺は思う。
強かな大人になる為には色々なことを学び、そして経験しなければならない。結果のみではなく過程こそが重要とはよく言ったもので…大人になるまでに歩んできた道筋が積み重なって、社会人ってのは成り立っているんだろうなと思う。
「そう言う絵名は志望校はもう決めてんのか?」
「んー…今の所決めあぐねてる。難しいところよね。そっちはどうなのよ」
「俺は…そうだな。私立の法学部で推薦ある所」
2月末までぶっ続けで勉強するとか面倒過ぎる。なので11月中旬辺りに入試受けて合格したらそのまま進むことにする。法学とか学んでおけばまず損はしないだろうし。
まあ、志望校を選ぶ理由なんてそんなもんだ。“この大学のカリキュラムに惹かれて”とか“学部の特色を見て是非学びたい”とかそんな高尚な考えはない。この先勉強しておいて損はない内容を学べて、音楽活動が続けられるならそれで良い。
「多分公募推薦になるだろうから…自己推薦書の練習もしなきゃだな」
「大変そうね」
そうでもないんだな、これが。小難しい表現を使ったり美辞麗句を並べ立てたりするのは苦手じゃないし。入試教科をチラッと見た限り英語・数I IIAB・国語だけらしいし。受験期は早まるが共通テストの為に地歴や理解やらを勉強せずに済むのはデカい。
早く終わればその分ニーゴとしての活動も早くに復帰できるしな。変に高望みして国公立大を志望校にするよりも、損はない選択をした方がいいという判断だ。
…ん?受かる前提で話を進めていないか、って?
大丈夫、僕最強だから。
真面目に答えると赤本を見た限り、現時点でも8割は解けるくらいだから本番で余程のヘマをしない限り大丈夫だろうという確信がある。悪く言えば高を括っている訳だが…時間はまだ数ヶ月ある。地道に対策を積んでいくことにしよう。
「お待たせ致しました〜ティラミスパンケーキのお客様」
「はーい」
「続いて、クランベリーソースのお客様」
「自分のです。ありがとうございます」
話し終えると丁度注文したパンケーキがテーブルに運ばれてきた。溢れてしまいそうなほどに乗せられたホイップクリームに、華やかな色味を担うフルーツソース、そしてパンケーキの頂上に陣取った苺。視覚からもう既に甘さが伝わってくる。受験のことなんて忘れてしまいそうな程に美味しそうだ。
「シロップはテーブル横に置いておりますのでご自由にお使いください。よろしければ食後にお紅茶かコーヒーをお持ちしますが如何でしょう?」
「じゃあ、私は紅茶で」
「アイスティー、ミルクや砂糖はお付け致しましょうか」
「んー、じゃあお願いします」
「分かりました。お連れ様は何かお飲み物は?」
「コーヒーのブラックをお願いします」
「畏まりました。紅茶砂糖ミルク付きと、コーヒーのブラックですね。それでは失礼します」
食後の口直しまで用意されている。大抵こういうお店は追加料金が発生するものだが、メニューを見てみてもその類いの記述は無い。前に訪れたイタリアンのお店なんかに近いのか。あそこの紅茶は中々に美味しかった。
「じゃあさっさと食べましょ。嫌な事なんて忘れてパーっと!折角のパンケーキデートなんだし。早く食べなきゃ損よ」
「そうだな。いただきま…」
「ちょーっと待って。手を付けちゃう前に写真撮らせて。SNSに上げるから」
そう言ってパシャリとさらに盛り付けられたパンケーキの写真を撮る。どれだけ様々な経験を積んできても、相変わらず映えには五月蝿い様子。
今更ながらこれってデートなのかと考える。男女2人で出掛けるならまあデートという扱いではあるのか、と少々的外れなことを考える。
パシャリともう一度シャッターを切る音が聞こえる。見れば、スマホのカメラのレンズが此方を見つめている。ボケーっと考え事をしていた俺も一緒に入った写真を撮られたみたいだ。
抗議の視線を送ってやると、悪戯が成功した子供のようなイイ笑顔をしてスマホをしまった。消せとは言わないがもう少し写りのいい物を残しておいて欲しい。
「それじゃあ食べましょ。いただきまーす」
「…いただきます」
木で編まれたカトラリーケースからナイフとフォークを取り出して食べ始める。
重力に負けて崩れ落ちそうなホイップクリームを掬って、クランベリーソースがかけられたパンケーキと共に口に頬張る。ケーキの生地のフワリとした食感と、クランベリーの甘酸っぱさ、ホイップクリームの程よい甘さが絶妙にマッチしてとても美味しい。
何と言ったら良いのだろう。ハイトーンボーカルに対するロートーンボーカルの深み。マリオに対するルイージの補完関係。ONE原作に対する村田雄介作画のワンパンマンっつー感じだ。
これは美味い。そこそこに肥えている筈の俺の舌を以ってして唸ることしかできない。パンケーキのこの美味さに涙まで出てきてしまいそうだっ。正に“piece of cake”たった一切れでこの幸福感!この極上の感想を引き出すのだって楽勝ということか…。
身体の不調や嫌なことが全て身体から抜け出していくようにも感じる。食というものは健康の他にも娯楽の役割も担っているという持論があるのだが…。これは今まで感じたことのない衝撃。絶賛されるのは至極当然とも言える、最早この俺の語彙力で表現するには余りある美味しさ。俺は今最上級の食の楽しさを味わっている!
「ん〜♡」
絵名も余りの美味しさに顔を綻ばせている。頬に手を添えて、文字通り頬っぺたが落ちないようにしているようにも見える。
新たな出逢いを引き裂いた時は火の輪くぐりさせるぞと思ったが、予想以上に美味いパンケーキと巡り合わせてくれたんで感謝感激。
えななん…お前がナンバーワンだ!
「こっちのも食べてみるか?」
「良いの?私のも食べさせてあげる」
「じゃあ皿を交換しようか」
「そんなことする必要は無いわ」
言って、手際よくナイフとフォークを使って丁寧に切り分ける。絶妙な塩梅でホイップクリームとココアパウダー、そして蜂蜜のシロップを混ぜ合わせた一切れをフォークで刺し、俺の眼前に差し出した。
「はい、あーん」
なん…だと…!?
一体どうしちまったんだよ、えななん!お前そういうことする性格じゃないだろ。同姓同士ならまだしも…俺は男だぜ。こんなハタから見ればバカップルにしか見えない行動をそんな大っぴらにするなんて、お前らしくもない。
…いや、待て。絵名らしいって一体何なんだ?俺は絵名の何を知っている?絵名がこんな行動を取る筈が無いってのは都合のいい妄想なのではないか。
ああクソっ、直近にバカでかい前例があるせいで自分が信用ならない。身内と言って差し支えない仲間にも俺が知らない一面があって然るべきで…。結局腹の中何を考えてるのか分かるわけがない。
ダメだ。これ以上考えるとゲシュタルト崩壊を起こしてしまう。考えることすら辞めてしまう…!
「さっさとしなさいよ。食べちゃうわよ」
「あ、ああ…悪い…」
ま、いっか。
身内贔屓を抜きにしても絵名は可愛い。性格も好ましい。そんな女の子からあーんして貰えるなんて、男としてこれ以上ない幸せじゃあないか。何を迷うことがあるんだ。差し出された幸せを無邪気に喜ぶくらいの単純さが丁度いいのサ。
わーい絵名のあーんだぁやったー。
誠に嬉しゅう御座います。
「あーん」
「あ、あーん」
とは言え実際にやるとなると恥ずかしい。少し吃りながら口を開き、パンケーキを口にする。
…今更気付いたが、俺が口にしたこのフォークってさっきまで絵名が使ってたフォーこれはッ!?
程よい暖かさのパンケーキに、優しい味の蜂蜜シロップがベストマッチしている!そして極めつけはこのティラミスのパウダー。ほんのりとコーヒーの風味を感じさせる絶妙な苦味と、舌を喜ばせる様々な甘味が相まって更なる美味しさと安心感を引き出しているッ。
ハーモニーっつーか、味の調和っつーか…。其々に主張は強いものの邪魔し合うことなくいい塩梅で舌を喜ばせている。まるでプロの混声三部合唱を聴き入ってるみてーだ。
ディ・モールト美味いぞッ!
「うンまいなァこれ。流石は限定商品って言ったところか?」
「でしょでしょ。頼んで正解ね」
素晴らしいパンケーキだ…。自分で料理をするようになって、パンケーキを作ったこともあるから分かる。生地のふわふわ具合も、組み合わせる果物も。全てが緻密な計算の上に成り立っている。レシピを考え付いた人と一度会って直接感謝を伝えたいほどだ。
ティラミスパンケーキも美味いが…このクランベリーパンケーキを絵名にも食べてみて欲しい。また違った味が舌の上で踊り楽しくなるから。
「じゃあ俺のも…あーん」
「あー…ん。こっちもおいひーわね。甘味と酸味がいい感じ」
そうだろう、そうだろう。このパンケーキもまた美味しいだろう。ティラミスパンケーキもとても美味しかったが…個人的には此方の方が好みかもしれない。
いやぁ…本当に来てよかった。人との出会いは何処かへ去って行ったが、寧ろお釣りがくるくらいの新しい人生の楽しみを見付けられた。ヒンナヒンナ。
「ちょっとお手洗い行ってくるわね」
「ん。了解」
殆どを食べ終えて食後の口直しのブラックコーヒーを嗜む。カフェインの摂取で催してしまったのか、少し急ぎめでお手洗いの方に向かう絵名を横目で見ながら領収書に手を伸ばした。
俺が頼んだクランベリーソースのパンケーキが1,520円。絵名の頼んだティラミスパンケーキが1,580円。シブヤは地価も物価も高く、パンケーキもその例に漏れないが…しかしここはまだお財布に優しい値段設定にしてある。
この前に瑞希と行った【シブヤSORA】に店舗を構えてた所なんか、パンケーキ一皿2,000円くらいの値段設定だったからな。それだけ高い食材を使っていたりボリュームがあったりすれば良いんだが、見た限りこのお店と大して変わらないどころか視覚的な美味しさは見劣りしていた。
払えないことはないんだがな。ニーゴのお陰で個人の依頼もそこそこに舞い込んできているし。ただまあ貧乏性なところは中々抜けなくて、価値を見出せない物に対し必要以上の費用を払うことに躊躇いがある。
だが今日食べたパンケーキに対してはチップを払っても良いほどにも思えた。
「カップをお下げ致しますね」
「あ、はい。ご馳走様。美味しかったです」
「有難うございます」
こういう場ではしっかりご馳走様と言うようにしている。提供する料理にご馳走様と言って貰えると嬉しいものだからな。言葉一つだけで報われた気がするんなら幾らでも何度でも言おうと思う。
「お連れ様とはお付き合いされてるんですか?」
「ん、いや…友だちですかね。それに、お連れ様は多分俺の方です」
「そうだったんですか。随分とお熱い所を見てしまったもので、てっきり」
俺たちのテーブルを担当してくれていた、恐らく同年代…若しくは少しだけお姉さんに見えるバイトの店員さんにそう話し掛けられる。唐突にフランクに話し掛けてくるものだから少し吃驚してしまった。
業務中に客に話し掛けて良いのか尋ねてみれば、「内緒ですよ」と人差し指を口に当ててウインクしてきた。あざとい仕草だが様になっているのでドギマギしてしまう。
「窓際のお席でとても美味しそうに、仲睦まじそうに食べてくれますから。ちょっとだけ入店してくれる人が増えたんですよ」
「それ俺たち関係あります?」
「ありますよ。店内を回っていると、お二人をチラリと見る方が外にも中にも見掛けるくらいですから。美男美女のカップルが目に入って、次にパンケーキに目が行く。それで集客にも繋がったのでしょう」
そんな事あんのか?おべっかを使ってんじゃねーのかと思うが、嘘を言っている気配は無い。マジに俺ら二人のお陰で集客が上がったのか…?それが事実だったとして、俺はどんな反応すりゃ良いんだよ。客寄せパンダになっていたことを嘆くべきか、側から見れば絵になるくらいには整った俺と絵名のツラを誇るべきか。
だから「逆に此方が感謝したい程ですよ」と言われたところで…苦笑いをしてお茶を濁すしかない。
「丁度いいや。店員さん、ここでお会計お願いします」
「分かりました。ティラマースパンケーキ一点と、クランベリーパンケーキ一点で3,100円ですね」
「これで」
「4,100円ですね。1,000円のお返しになりますので…」
「お釣りは要らないです。ほんのチップのつもりですから」
そう言って半ば強引に押し付ける。本当ならポチ袋にでも包んで出した方が礼儀としては正しいのだが、生憎と今は包めるものを持っていない。現ナマでチップを渡すことになるので少し下品だが…まあ受け取って貰えるなら何でも良い。
店員さんは戸惑いながらも頻りに頭を下げながらカウンターの方は消えていく。その様子を首を傾げて見つめて絵名はテーブルへ帰って来た。
「何であの店員さん頭下げてんの?」
「さてな。もうちょい落ち着いたらさっさと店出ようぜ。待機列エグいことになってっから」
「オッケーじゃあ……伝票が見当たらないわね」
「さっきの店員さんが持ってったぞ。あと、支払いはもう済ませたから財布しまっとけよ」
「……え?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。なんか…思ってた反応と違う。もっと有り難がってくれるもんだと思っていたんだが…どうしてそんな複雑な表情をしているのか全くわからない。
「いや…なんでアンタが奢ってんのよ。寧ろ誘った私の方が奢るべきじゃないの?」
「マジにそんな事されてたら俺はもう恥ずかしくてこの店来れねーよ…。まあこんな素敵な店と会わせてくれたことと、後は男の甲斐性ってヤツさ。受け取っといてくれよ」
「…仕方ないわね。その律儀な感謝に免じて受け取ってあげる。でも今度からはちゃんと割り勘にするわよ。貸しを作っちゃったみたいで嫌だし」
別に恩を着せようと思って奢ったわけじゃあないが…もう少し愛想よくしてくれても罰は当たらないと思う。貸しを作りたくないという気持ちは分かるし、半ば強引に連れてきたのは自分だからという言い分も理解できる。庇護関係に無い身内に奢られることへの躊躇いも。
ただまあ俺のプライドとか体裁の問題ってワケで。そういうことで納得してもらいたい。
渋々と、本当に渋々といった感じで絵名は引き下がった。貸し借りとか気にしないで貰いたいが、絵名は確りと恩には報いる性格のために…何をどう返そうか考えている顔をしている。
本当に気にしないで欲しい。寧ろ俺は皆んなに色々な物を貰ってばかりだからな。物理的な物にしろ精神的な物にしろ。だからこういう時にチマチマと返していきたい。人との付き合いってのは感謝の送り合い返し合いだと俺は思っているからな…。
「ちょっとコンビニだけ寄って行っても良い?」
「別にその程度のこと聞かなくていいさ」
「悪いわね、荷物持ってもらって」
「…はいはい」
店を出るとすかさず手を取られて握り込まれる。恥じらいとか無いのかコイツと思わなくもないが、しかしこの白魚のように嫋やかな手を独占できるなら悪い気はしないのであった。
寒いってだけで手をつなぐ理由ができる冬の季節が、そう嫌いではない。
☆
「今日は付き合ってくれてありがと。お陰で楽しかったわよ」
「こっちこそ誘ってくれてサンキュー。気ぃ付けて帰れよ」
そう言って普通電車から降りて去って行く絵名に手を振る。俺の家はあと三駅ほど後だから、自然とここでお別れになってしまう。さっきまで隣にあった熱が開いたドアから逃げていく。
ぼんやりとした寂しさなんて知ったこっちゃないと言わんばかりに、電車は再度動き出した。車窓から外を眺めるとネオンサインが夜の街を照らしているのが見える。
時刻は丁度21時を回ったところだ。
ほんの数年前までは「21時に寝るのはなんか嫌だ」って理由で夜更かしに挑戦していたが。今では仲間と語らいながら、いつの時も静かに寄り添ってくれる夜を明かし続けている。
ニーゴは俺に夜更かしをすることに新しい楽しさをくれた。一人ではきっと得られない実感だ。小さい頃は全てに嫌気が差して一人で生きていこうと何度も思ったが…今はそんなこと考えられない。本当に、あの時に奏の音楽と出会えて本当に良かったと思う。
…なんて、取り留めもない感傷的なことを考えるのはきっと。左手にじんわりと残る感触のせいなんだろう。
電車の中は暖房が効いている筈なのに、手だけがずっと冷たい。繋いでいた手と手の余熱では頼りなさ過ぎる。ぐっ、ぱっ、と手を握ったり開いたりしながらそんな女々しいことを考える。
…絵名は違うんじゃないかと、このデート中に出た結論はそんな感じ。想いをストレートに伝えてくるタイプのアイツは、パンティーが付録のラブレターなんて遠回し且つ意味不明なことはしない…筈。
というか、瑞希も奏も違う気がするんだよな…。という事は、残ったのはただ1人…。まさかとは思うが…消去法でアイツが…。
「──随分と楽しそうだったね?」
開いた左手を、俺のものよりもずっと冷たい手がそっと包み込む。余りにも冷んやりとした感覚が唐突に襲ってきたのもそうだが…突然に手を包み込まれ、聞こえる筈のない声が聞こえてきた衝撃に身体を跳ねさせる。
丁度ソイツのことを考えていたところだから幻覚かと思おうとしたが、しっかりと手を握られる感触がするのでそんな訳がない。
ギギギ…という効果音が鳴るが如く。油の切れた人形みたいにゆっくりと首を回して、俺の手を包んでいる犯人を見遣る。
「付き合いたてのカップルみたいにこうやって…手を繋いでねぇ?」
「ヒュッ」
怒りの表情よりも、何もかもが抜け落ちた表情よりも何倍もの凄みがある笑顔。笑顔って敵意が無いことや服従の意を示すものの筈なのに…コイツの笑顔には肌を刺すような敵意と、思わず服従してしまいそうになる
深い夜のような髪と瞳に、底知れぬ威圧感。そして意識外から手を繋ぐという突飛かつ戦慄させる行動に打って出たのは他でもない。
「何か弁明はある?」
ニーゴの作詞担当、朝比奈まふゆその人だった。
俺のパンティー付きラブレターを巡る物語、最大の危機かもしれん。
えななんの性癖開示が来るだなどと、その気になっていた読者様方の姿はお笑いだったぜ(パラガス)
前話の感想を読んでニヤッニヤしてました。実はハナからまふゆ編にするつもりだったんですよね。ケッコー驚いてくれたんじゃないかと思います。
アンケート見てると、割と主人公くんの掘り下げって需要あるんですね?ノイズになるかなーって思ってたんですけど…。まあもう少し回答は受け付けます。オラオラですかーッ!?の圧勝だとは思いますがネ。
主人公くんの掘り下げはやるべき?
-
NO!NO!NO!NO!NO!
-
YES!YES!YES!YES!YES!
-
もしかしてオラオラですかーッ!?