ブルアカの先生がレイヴンの火を選択した621だったら 作:寺水 風味
着任
「私のミスでした」
気がつけば対面に座った少女が一人、俯きながらこちらに語り掛けていた
時刻は早朝だろうか
静けさが漂う川沿いの街を日の出が照らし始めている様子が、少女の背後に設けられた窓から見えている
「私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況」
腰かけた座椅子の座面が時折大きく揺れ、日差しを遮る電柱の影が幾度となく流れては消えてゆき
耳を澄ませば聞こえるモーターの駆動音や、レールの継ぎ目を車輪が通過する淡々とした音の流れが
この場所が鉄道車両の中だという事を静かに語っていた
──しかし、なぜだろうか
語り続ける少女の呟くような細い声は、不思議とその喧騒に掻き消されることはなく
確かに耳へと届いていた
「結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて……」
少女が紡ぐ滑らかな言葉が頭の中を素通りしていく
定期的な揺れと共に身体に溶けていく言葉の流れにどこか心地よさすら感じながら、その声についてぼんやりと疑問を思い浮かべていると
逆光に包まれた少女の肩が微かに揺れ、伏せていた顔をゆっくりと上げた
ふと頭上に違和感を感じ、目を凝らす
目の前の少女の頭上に光の輪が浮いているのが見える
それはさながら、いわゆる天使の様であったが
威厳や神々しさだけではなく、その意匠からはどこか懐かしさを感じた
「……今更図々しいですが、お願いします」
ひと息ついた少女の顔が完全に持ち上がると同時に窓から差し込む朝日が一層輝きを放ち、少女の表情を殊更に掻き消した
同時に白い服に流れる赤い染みを鮮明にする
血だ
目の前少女の腹部から血が流れている
良く見てみれば未だに血染みの表面には光が揺れ
少女が座る座面には赤黒い血溜まりが拡がりつつあった
しかしそれでも、対面に座った少女の口元は僅かに微笑んでいる
あまりにも演出された──さながら絵画の様な、眼前の奇妙とも幻想的とも言える光景
幻覚か夢としか思えない状況にも関わらず嗅ぎ慣れた鼻につく生臭い鉄の香りが、嫌という程に現実を主張してくる
「先生」
ふと、名前を呼ばれた
聞き覚えのない呼び名であるはずなのに、それが自分の事であると疑いようがなかった
混濁していた意識の輪郭が急速に明確なものへと変わっていく
何が起こって、どうしてここに居るのか全く思い出せない
直前までの記憶が全く途絶えてしまっている
本来、このような状況であれば一刻も早く現状把握をしなければならないと骨の随まで染み付いているはずが、どうしても目の前の少女から目を話すことができずにいた
「きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません。何も思い出せなくても、おそらくあなたは同じ状況で、同じ選択をされるでしょうから……」
ただただ、目の前に座った少女の話を聞き続ける
少女の姿に見覚えはない、話の内容も身に覚えははない
しかし、それでも『私』は彼女に向き合い続ける
「ですから……大事なのは経験ではなく、選択。あなたにしかできない選択の数々」
選択、その言葉である光景が脳裏に浮かんだ
遥か眼下を漂うコーラルと、深い青で染め上げらた天球
役目を背負う事を自ら選び、その為に全てを捨てる決断をした時の景色だ
「責任を負うものについて、話したことがありましたね。あの時の私には分かりませんでしたが……。今なら理解できます」
少女の言葉と共に少しづつ記憶が溢れてくる
自分がルビコンで何をしたか、それで何を得たか
「『大人』としての、責任と義務。そして、その延長線上にあった、あなたの選択。それが意味する心延えも」
あの場所で多くの大切なモノを得て
そしてその全てを対価として支払い、今を生きているという実感がゆっくりと胸の内から溢れでてくる
「……ですから、先生。私が信じられる大人である、あなたなら」
『信じられる大人』その言葉が聞こえた瞬間、いつのまにか硬く握りしめた手から力が抜け、沢山の顔が思い浮かんできた
それは紛れもない、私の大切な『生徒』達の顔だ
「この捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を……」
そうだ、私の『仕事』は
「そこへ繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです」
私が私に課した『責任と義務』は
「だから先生……どうか」
私は────
──
────
「……い……先生、起きて下さい」
誰かの呼び声が聞こえる
「先生!!」
一段と大きな声が聞こえ、椅子に預けていた体が大きく跳ねた
慌てて声の方を向くと白を基調とした制服を身に纏った少女が一人、こちらを覗き込んでいる
「少々待ってくださいと言いましたのに、お疲れだったみたいですね。なかなか起きないほど熟睡されるとは」
こんこんとした口調で話す少女の声が午睡から目覚めたばかりの頭に響く
どうやら移動の疲れからか到着して早々に眠ってしまっていたらしい
そんなだらしのない『大人』を目の当たりにした少女の視線から何ともいえない困惑が伝わってきた
「……夢でも見られていたようですね。ちゃんと目を覚まして、集中してください。」
ここに来る以前ならあり得ない自分の行動に戸惑いつつも、頭を振り眠気を払いながらソファに深く沈み込んでいた身体を持ち上げ、周囲の様子を伺う
辺りは壁一面の窓ガラスから差した澄んだ光が、少女の服装と同じく白色で染められたエントランスロビーを満たし
上を見上げれば天井の一部に設けられた天窓から、高く聳え立つビルとその頂点から天を突く光の柱、そしてその先に浮かぶ光の輪が顔を覗かせていた
幻想的な景色、それに脳裏に妙にこびりついて消えない『何か夢を見た』という記憶と、それを忘れてはいけないという使命感に圧倒され、未だにおぼろげな意識の中で現実感のない景色をただ呆然と見つめていると
それを見抜いたのか視界に居る少女が咳払いをしつつ姿勢を正す姿が映った
「改めて、今の状況をお伝えします──私は七神リン、学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会所属の幹部です」
黒い長髪を長く尖った耳に掛けた少女──七神リンは自己紹介を口にすると軽く頭を下げた
慌ててこちらもそれに答えようと姿勢を整え、挨拶をしようとした瞬間
ふと、頭上に光の輪が浮かんでいるのに気がついた
彼女も『生徒』であるらしい
──学園都市、連邦生徒会……彼女の口から語られる単語は、『依頼主』から聞かされていた事前情報と齟齬は無かった
信じられないが、この都市は本当に『生徒達』が運営しているようだ
「そしてあなたはおそらく、私たちが呼び出した先生……のようですが」
相変わらずの情報量で言葉に詰まっているうちに、こちらを置いてけぼりにしつつリンは少し困ったように眼鏡を掛け直した
どうやら幹部である彼女ですら、私の赴任は知らされていなかったらしい
となると『依頼主』が独断で人選を行ったということなのだろうか
「……あぁ、推測形でお話ししたのは私も先生がここに来た経緯を詳しく知らないからでして……混乱されていますよね、心中お察しします」
しばらく話を続けていたリンであったが、話の途中でこちらの考え込んでいる様子に気が付いたのか、不手際があったことに申し訳なそうにしながら目を伏せた
こちらとしては現状を知ることができて不都合はなかったし
何より居眠りという醜態を晒している以上咎めるような理由はなく
その謝罪に笑いながら軽く手を挙げて応えて話の続きを促しつつ、ここまでの記憶を思い起こす
ここへ来た経緯──
それは自らの手で星系を丸ごと焼き、再手術を受けた後
宇宙政府、延いては惑星封鎖機構相手に十数年間続けていた逃走生活が終わった所から始まる
他愛のない理由で呆気なく身柄を押さえられると、釈明の余地なく封鎖機構管轄の留置場に投獄され、そこで暫くの間監禁生活を送ることになった
鉄格子、鉄パイプと布だけの簡易ベット、便器という名のただの穴──監獄というのはどこも変わらない
封鎖機構からの逃亡生活中、賞金稼ぎに捕まった時
ルビコンで再教育センターに収容された時
ウォルターに拾われる前に別の雇い主に雇われていた時
そして、記憶の一番底に眠っていた『連番で呼ばれた仲間達』と初めて顔を合わせた時
思い返せる記憶の中ではまともな部屋よりこういう部屋の方で過ごしていた割合の方が多く
その甲斐もあってか環境で過ごす時間は苦痛は感じず、むしろ既視感からか懐かしさすら感じていた
柄にもなく思い出に耽り、その日の生活も儘ならなかった日々とは無縁の時間を過ごす日々
窓もなくただただ代わり映えのない景色の中、どれだけ時間が経ったか分からなくなったころ
いつもは通りすぎていくだけの足音が鉄格子の前で止まった
きっとこれからの処遇が決まったのだろうと悟ると同時に
自分の犯した罪を思いだす
星系一つ、そこにあったモノ全て──残っていた人々もろとも燃やし尽くした
どれだけ理由を並べようが、この大罪は命をもって償うことになる
鉄格子の開く音を聞きながら、そう覚悟して顔を上げた
「……ここでは何ですので、詳細は執務室の方でお話しします。こちらへどうぞ」
不意にリンは振り向き、ロビーの一角に備えられたエレベーターホールへと促してくる
言われるがまま歩き始めたリンの背中を追う寸前、視線を追って後ろに目をやると
廊下を行き交う連邦生徒会の生徒達が物珍しそうにこちらを見ていた
おおよそ話し合いをするには不釣り合いな目線の雨に納得と居心地の悪さを感じ
逃げるような歩調でエレベーターホールへと向かいそのうちの一基に滑り込むと、リンは慣れた手付きで階数ボタンへを押下する
すると間も無く上昇を告げる駆動音が鳴り、両足から確かな加速度が伝わってきた
モーター音が微かに混じった静寂がエレベーター中に流れ
その静けさに慣れない状況から距離を置けたことに一息つくもつかの間
急激にエレベーター内へ強烈な光が差し込み、反射的に手をかざした
「『キヴォトス』へようこそ、先生」
リンの声と共に明瞭になっていく視界が捉えたのは
一面がガラス張りになったエレベーターシャフト越しに見える、遥か遠く遠景のビルが霞むまで続く大都市と
高く澄んだ、吸い込まれるような青空だった
「キヴォトスは数千の学園が集まって構成されている巨大な学園都市です、これから先生が働く所でもあります」
今までの人生でほぼ無縁だった『生きている都市』に思わず目を奪われた
どの建物も綺麗に整備され、陽の光を反射しているし
どこにも崩れた廃墟はなく人の気配に溢れている
そうして知っている都市というものとの違いを肌身で感じている間も、まだ情報を受付る余力のある聴覚は未だ続くリンの説明を捉え続けていた
「きっと先生がいらっしゃったところとは色々なことが違っていて、最初は慣れるのに苦労されるかもしれませんが……でも先生なら、それほど心配しなくても良いでしょう」
──もと居た場所、もとい閉鎖機構に言い渡された処遇、それはとある封鎖惑星へと赴き
そこで『先生』を務めるということだった
曰く、その封鎖惑星は扱いの難しさからかルビコン3以上の厳重な封鎖が指定されており
星間企業が入り込む余地すらないほどの徹底的な通行管理が施され
現地住人は星外の情報はおろか、星外に文明があることすら認知していない場所
そしてこの処遇はそんな環境下でも星外の情報を知ることができる、唯一の機関である現地統治機構からの提案である事も告げられた
なぜ、自分なのか
考えれば考えるほど疑問は沸き上がる判断だったが、その悩みも一時的なことに過ぎなかった
絶対的な存在から象られた崇高、そしてそれを対なして現す神秘と恐怖
人知の及ばない未知ゆえに強大であり、それゆえ人の手で触れるにはあまりにも不安定であるもの
契約で揺らぎ、古則に縛られ、嘆きが絶えない方舟が行き着く果てはあまねく全てが絶望と虚無に満ちた世界
封鎖機構の管理システムによる機械音声での読み上げをそれこまで聞いて、封鎖機構がなぜこの惑星に手を焼いているかが分かった
つまるところ、封鎖機構は安全装置が欲しかったらしい
『もしもの時』全てを終わらせる──例えるなら、全てを燃やし尽くす様な手段をもってでも
そういう処置を間違いなく執行できる人員が欲しかったのだろう
つらつらと告げられるそれらの話を聞いていると、気がつけば
無自覚のうちに手が震えていた
過去の記憶が、経験が、それらの情報とこれから待ち受けているであろう出来事に対してあらゆる反応を示し
それに煽られ腹の奥底から沸き上がる、複雑な感情を正確に表すことはできなかったが
それでも一つだけ言えるのは感情を取り戻した今の自分は、過去の自分とは違うということだった
「あの連邦生徒会長がお選びになった方ですからね」
一息ついた後、そう話を締めたリンの言葉は少し調子が違った
我に返り、見とれていた外の景色から隣に立ったリンへと視線を切り替えると
向かい合った笑顔に一抹の陰りが見えた
その理由は定かではないが、共に口にした"連邦生徒会長"という呼び名は聞き覚えがあった
その名前を初めて聞いたのは、封鎖機構の意志決定を司るシステムの思惑を前にただただ押し黙っていた時のことだった
こちらを気にする気配もなく淡々と情報を読み上げる続ける機械音声を遮り、場違いな声が聞こえた
その朗らかな声は、自らを連邦生徒会長と名乗り
そして『レイヴンの火』を実行した主犯と知った上で、自分が適任であると判断したとの旨を述べる
話を聞けば現地統治機構の長だという声、声色からして恐らくはまだあどけない少女だろうか
わざわざ素性の知れない傭兵くずれを選ぶ彼女の思惑は分からなかったが、それでもその言葉を聞いて一つの決断をした
"うん、任せて。私は先生だからね"
不安そうなリンに胸を張って笑顔を向ける
それは一つの惑星に住んでいた全ての住人達と、かけがえのない人々を代償に支払い手に入れた表情だった
私は犠牲にしたその全てに報いるため、せめてもの償いを、罪滅ぼしをしたい
そう決意を抱き、キヴォトスの土を踏んだ先生の眼前には
少し驚いた様子のリンと、ゆっくりと眼下へと流れていく守るべき場所が広がっていた
ブルアカとはつまりアーマードコアである
まぁそんなことはさておき、621の過去について
作者が考えうる限りのうまあじを引き出せるように解釈しておりますのでご了承ください