ブルアカの先生がレイヴンの火を選択した621だったら 作:寺水 風味
構築された陣地の中、一際大きく作られたものに設けられた指揮所は混乱を極めていた
鳴りやまない無線機の対応に追われる者
気絶した仲間を引きずる者
怒鳴りながら銃を乱射する者
皆慌てふためき、冷静さを欠いているのがほとんどであったが
そんな中、異様な雰囲気の人物が姿を表した
「こうも手ぬるいとは……連邦生徒会には随分と嘗められたものですね」
その場に居るほとんどの生徒がセーラー服を着用している中、ゆったりとした足取りで指揮所を通り抜けていくその少女は振り袖の様な意匠の制服をなびかせんがら
銃口から硝煙が燻る長銃を首裏にかけ、狐面の奥で不満げに呟いた
「姉御!流石っす!助かりました!」
「お世辞は結構です。さっさと片付けてしまいましょう──ともあれ精々楽しまさせて頂きたいものですが……うふふふ」
報告が飛び交う喧騒の中、少女の来訪に気がついた生徒の一人が人だかりをかき分けて駆けつけ、狐面の少女に深々と頭を下げる
あもりにも大袈裟なその行動は、狐面の少女たった一人に立て直してもらった事に対する
不良からの最大限の感謝を示した行為だったが、狐面の少女は興味がないのかそんな大仰な仕草を足蹴にしながら不敵な笑い声を上げた
苛烈な銃撃戦の最中だというのに無邪気に笑う狐面の少女に、謙った様子の生徒も顔をひきつらせ言葉を失う
「おい!!止まれ!!!」
キヴォトスといえど常識から外れた様子にあれほど騒がしかった指揮所内はすっかりと沈黙に包まれていると、一際大きな叫び声がその静寂の中に木霊した
「ソイツのシールドに銃は効かない!無駄弾を撃つ──ぐぁッ!?」
「ヤバい!また前線が崩れる!」
皆が一斉に騒ぎ方へ視線を向けると、つい先ほどまで遮蔽物の裏から出てこなかった囮役ががむしゃらに近くの防御陣地に突っ込んできていた
戦闘に不馴れそうな様子から、少し目を離した隙を突かれたようで落ち着きつつあった前線に再び混乱が生じ始めたらしい
その惨状に呼応するように指揮所内からも発砲音が数を増していき、少女を出迎えに駆け寄った不良の元へも慌ただしく数人が集まってきていた
「おや、意外と頑張りますね──しかし、そろそろ限界でしょう」
しかしその様子を眺めていた狐面の少女は、辺りの惨状など見えていないような素振りのまま興味深そうに呟きながら銃を構え、何かを伺うように照準器を覗き込む
銃口が向けられた先にはシールド持ちの生徒の頭部
展開時間が切れる瞬間を狙って仕留める腹積もりの狐面の少女にとって
目の前の不良を相手に精一杯といった様子で健気に戦うその姿は格好の的だった
確実に仕留められる、そう直感した少女は仮面の裏で笑みをこぼしながら引き金を引き絞ると、鋭い風切り音が空間を切り裂いた
「──!ふふ、流石は正義実現委員会の副委員長さん。油断はできませんね」
刹那の瞬間、少女は銃を構えたまま身体の重心をずらすと
仮面の頬ギリギリを一発の銃弾が掠っていく
その弾道は元の体勢であったならば仮面はおろか頭部に直撃を受けていたであろうものだ
すかさず銃弾が飛んできた方向を目で追った少女の瞳には、そこには同じく長銃を構える人影が映った
黒を基調に赤色の装飾と袖に施された校章とそれを包み込むほど大きな翼
キヴォトスでも有数の実力を持つ正義実現委員会
その副委員長が単身でそこに立っていた
「おい!後ろ!」
「なっ、よそ見する──うがッ」
「お前ら前線を崩すなぁッ!!持ち場を維持しろッ!」
「まずい!?グレネード!!」
少しは歯ごたえのある相手との立ち合いに、少女が面の奥で浮かべた笑みの口角がさらに吊り上がったのも束の間
気がつけば前線では釘付けにしていたはずの手合いが隙を突いて攻撃を再開し、あっという間に状況は覆されていた
その状況に少女の並外れた戦闘センスが全力で警鐘を鳴らし
猛烈に沸き立った違和感に従って少女は地面を蹴り、指揮所内に飛び退いて物陰へと潜んだ
急な不快感に表情を曇らせる少女は周囲で響いている誰に叫んでいるとも分からない怒号の中に気配を埋め、すぐさま違和感の正体を探るべくマズルフラッシュが瞬く戦場を隈なく観察し始めた
発砲、跳弾、排莢
無数に折り重なったそれらの音色が幾度となく繰り返される、いつもの風景
淡々と繰り返され、反復している映像にも見えるような光景を食い入るように見つめ続けると
突如、少女の視界の端に物陰の合間を這うように移動していく白い影が微かに映り込こんだ
戦闘中ならまず気がつかないであろう身のこなしに目を惹かれた少女は、その影を追い始める
影から影へと飛び移る間に一瞬見えるその人影は、あの忌々しい連邦生徒会の外套を身に付けているようで間違いなさそうだったが、問題はそれを着ている人物にあった
生徒より一回りかそれ以上に大きな体格で、白い制服を着用している
それに該当する人物は現状このキヴォトスには一人しか居ない
「なるほど、そういう事でしたか」
「──姉御?どちちらへ……?」
きっとあれが『先生』なのだろう
そう納得した狐面の少女から一人呟き、踵を返して歩きだすと
少女の意識の外に追いやられていた不良が慌てて声をかけた
「あの建物に何があるかは存じ上げませんが、連邦生徒会が大事にしている物と聞いてしまうと……壊さないと気が済みません」
呼び止められた少女は顔だけでちらりと振り返り、呆気にとられている不良達を一瞥して話し始める
外の世界では銃があまり身近な物ではないと聞き及んでいた為、先生という人物が戦闘指揮も行うとは狐面の少女にとっては予想外の出来事だった
しかし実際問題、今現在こうしてあの犬猿の仲のゲヘナとトリニティ、そして戦闘に不馴れなミレニアムがこの短時間、しかもあの少数という条件の元で、これほどの戦力を引き出せるというのは少女の経験からも通常なら到底あり得ない事だというのは明白だった
それを知らずに初期の対応が遅れたとあれば、もはや体勢を建て直すこと事すら難しいという考えに至るにはそう時間を要しなかった
「私はここまで、後は任せます」
「え、行っちゃうんすか?」
長銃を片手に再び歩きだす少女は、不良の問いかけに再び答えることなくその場を走り去った
もう手遅れと判断した少女が、やることは一つ
目指す先は眼前の生徒会所有のビル、一刻の猶予がない今となっては目ぼしいものすべて破壊するだけだ
────
──
──
────
「行っちゃった……ま、仕方ないか」
凄まじい速さで小さくなる少女の後ろ姿を見送りつつ、不良がため息をつきながら頭を掻いた
幸いこの不良は今回の騒動に関して狐面の少女の右腕として働き
ある程度の情報を手にしていた為、その行動の理由を察する事ができていた
が、それはあくまで個人の話しである
劣勢に際し戦力的、精神的にも支柱であった存在が忽然と消えた動揺はみるみる内に集団を蝕んでいった
「ど、どうするんです?私らじゃどうにもできませんぜ……?」
「も、もう無理だ……姉御が居なきゃ勝てるわけない!」
「おいおい、お前ら落ち着け──」
「……ッ撤退!撤退しよう!」
一人、また一人と口にされる不安は徐々に勢いを増してゆき
耐えきれずに誰かが「撤退」を口にした時、ついに指揮所内は限界を迎えた
不意に一人が後ずさりをすると、たがが外れたように各々が慌てて陣地を飛び出し
逃亡、伝令を問わずバラバラの方向へと散り散りに消え
最後に残ったのは狐面の少女を出迎えた不良がただ一人だけだった
時間を稼がなければならないことは不良も良く分かっていたが
今からすることを思えば、ここまでついてきてくれた皆を到底呼び止める気にはなれず
走り去った仲間の背中を見送るしかできなかった
「あーあ、もうアレ使うしかないか……」
そうして取り残された不良は、静かに無線機を拾い上げ
あらかじめ決めていた無線に周波数を合わせ、プレスボタンを押し込む
<……おーい、準備は良いかー?>
<随分待たせたな、いつでもいけるぞ!折角ブラックマーケットで有り金全部溶かしたんだ、値段分は暴れて見せるさ>
一呼吸置いてに無線機に声を掛けると、ノイズに混じって意気揚々とした応答が返ってきた
もしもの為に用意した奥の手を使わなければいけないのは少し気後れしたが
どっちにしろもう後には引けないなら、使える物は使う他ないだろう
─────
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慌てて逃げ去る複数の気配から状況を察したのか、物影から顔を覗かせた先生と目が合った
"うん、うまく行ったね"
「どこがですか!!」
先生が満足そうに頷いたのを口火に、静まり返った通り自分の声が響き渡る
「何か作戦があるのかと思ったのにほとんど場当的な対応だったし、途中から先生にも銃弾が飛んでいくし……!」
"い、いやぁ、ちょっと目算が外れて……でもユウカのお陰で皆自由になれた訳だから……"
先生の指示に従って敵陣に乗り込んだは良いものの、戦闘の方が付く前にシールドが切れ
危うく撃ち負けてしまう所か先生を巻き込んで蜂の巣になるところだった
ギリギリの所でスズミさん達が間に合ったから良いものの、それを思えば誰でも文句の一つや二つを言いたくなるだろう
「……そんな顔をするなら最初から無茶をしないで下さいよ、全くもう」
"あはは……"
再び肩を竦め、困った顔をしながらチラチラとこちらを伺う
先生を見て
大きく吐き出す息と一緒に浮かんできたあれこれを飲み下す
思えば、直近だけでも再三繰り返された似たようなやり取りを繰り返した
向こう見ずで、目的の為ならどんな無茶なことも平気でする
それいてどこか抜けてて、目を離すとどこかに消えてしまいそうな性格
短い間ながらも悪い大人では──少なくとも悪意を持って接してくるような事はない
何度も繰り返されたやり取りを経て先生という人物の人となりをユウカは悟り始めていた
「先生!ご無事ですか?──スズミさん!こちらです!」
「遅れて申し訳ありません、ただいま戻りました」
"皆お疲れさま、どう?状況は落ち着いた?"
そんな事を考えながら、頭を掻きながら苦笑いを浮かべる先生を眺めていると
遠くの方から三人が駆けつけてくるのが目に入った
どうやら掃討のついでに周囲の状況を確認してくれていたらしい
「不良集団は瓦解、現在は潰走しつつあります」
「こちらでも確認しました、どうやらあちらの主要な人物が現場を離れたようです」
"ならとりあえず一段落かな"
一足先に先生の前にたどり着いたスズミが軽く息を整え、簡潔な報告を済ませると
横に並んだチナツもそれに追従して報告を上げる
先生はそれぞれの報告を受け終えると、朗らかに頷き
状況に一区切り付けるように皆に声をかけた
その言葉で今までの緊張感が張り詰めていた雰囲気が、一気にほどけていった
「先生、その主要な人物についてですが、私の見間違えでなければ恐らくはキヴォトスでも有数の犯罪者の──」
<『狐坂ワカモ』でしょうか?>
「……!主席行政官、なぜそれを……?」
そんな中、様子をうかがっていたハスミさんが先生に話かけると途中で無線機から声が聞こえた
声の主は連邦生徒会のリン代行のようだったが、どうやら戦闘中に連邦生徒会でもなにかあったらしい
<この周辺で彼女の目撃情報が複数報告されていた事を今しがたこちらでも確認しました──本来ならもっと早く確認されていたはずの情報でしたが、現在の通常業務すらままならない現在の連邦生徒会にはこの事件に割ける余力がなく……>
淡々と説明を進める口調が徐々に歯切れが悪くなっていき
やがて無線機からの声は話の途中で途切れてしまった
連邦生徒会長の失踪以来、キヴォトス全土での犯罪増加率は2000%にも昇るとも試算され、他にも連邦矯正局からの生徒脱走、その他些事を含めると普段の体制では業務を賄うことは困難だったらしい
元を正せば、どれもこれも連邦生徒会長の失踪が原因だが
裏を返せばたった一人の人物が居なくなっただけで数千の数を誇る学園をまとめていた行政機関が機能不全に陥ったということに他ならないことを表していた
いきなりそんな人物の後釜に就き、そのうえ事態の収集が付けることができていない
そんなリン代行の沈黙は察するに余りある物だった
"まぁまぁ、こんな状態じゃあ仕方がないよリンちゃん。それよりその子の情報って何かない?"
<──誰がリンちゃんですか>
気まずい雰囲気が流れる中
沈黙を破ったのは相も変わらない先生だった
口調もそうだったが、何より代行に対してあまりにもフランクな呼び方に面食らっていると、沈黙していた無線機から少し角張った口調で鋭いツッコミと、ついで大きなため息が流れた
<……狐坂ワカモは百鬼夜行連合学院で停学処分を受けた後、矯正局を脱獄しこれまでも幾度となく大事件を引き起こしている凶悪な生徒です。おそらく周辺地区の不良を焚き付けたのも彼女かと>
"それは中々凄い子だね"
冗談目かした様子の先生を尻目に、リン代行は今回の主犯に関する情報を渋々と話し始めた
先生の放った軽口に対し、いつも生真面目な代行に対して珍しく不服そうに言葉を飲み込んだのは
やはり先生が持つ大人の余裕という物なのだろう
現に話を聞いている先生は先程までのちゃらけた雰囲気を感じさせない、至って真面目な態度で話を聞いていた
感心か呆れか、胸に混み上がる不思議な感覚にやきもきしていると
ふいにチナツさんと目が合った
あちらも同じことを考えていたようで、お互い難しい顔していたのを笑って誤魔化していると、低く頷く声が聞こえた
「やはりそうでしたか、噂には聞いていましたが彼女があの七囚人の一人の……」
<はい、そちらでも確認が取れたのならまず間違いではないかと思われます>
声の方を振り向くとハスミさんが、制圧した陣地を見つめていた
その瞳は鋭く、何かを警戒するように細められており
治安維持組織の重役に相応しい気迫があった
思えばスズミさん達の報告によれば、ワカモという生徒は倒した訳ではなく、この場から離れただけ
ともすれば後方で立て直して逆襲を仕掛けてくる可能性は十分にあるはずだ
<それにその一帯でブラックマーケットから流れたと思われる戦車の存在も確認されています、なにか起こる前に急いでシャーレへ──>
状況が落ち着いた今のうちしか先生を安全な所に送り届ける方法はない
そうリン代行に促され、銃を構え直した瞬間、ビルの合間を縫って吹き上がるように唸る重低音が轟いた
何事かと耳を澄ますと、その音は大通りの突き当たり
シャーレのビルのが面した通路から響いていた
そのおどろおどろしい音は徐々に大きくなり、それに合わせて地面がカタカタと揺れ始め、通りの至る所から物音がひしめき始めた
ただならぬ雰囲気に胸の奥にざわめきが広がっていき、銃を構えたまま思わず一歩後ずさる
"なるほど、時間を稼がれてしまったみたいだね"
初めて険しさが混ざった先生の声を描き消すようにシャーレの交差点へと突如一際大きな影が飛びし、火花と土煙を散らしながら滑り込んだ
「あれはクルセイダーI型!?」
巻き上げられた煙幕から姿を表したそれを一目見てハスミさんが驚愕の声を上げる
今目の前に相対したそれは、鋼鉄で作れた装甲が施された車体と
足回りにはその重量を支えあらゆる地形に迅速に展開することを可能とさせる無限軌道を装備し
楔形を切り落としたような独特の形状の戦闘室に、歩兵に対して圧倒的な火力を誇る速射砲を搭載した砲塔を鎮座させた大型車両
いわゆる戦車がそこに居た
「私の学園で制式採用されている戦車です!比較的装甲の薄い戦車ですがそれでも小銃程度では歯が立ちません!」
「先生!大通りではあの砲を防ぐ手段がありません、視界も開け過ぎています。路地裏へ一時撤退するべきです!」
"みんな、落ち着いて。今から──"
トリニティの、しかも治安維持に関わる二人の慌てようが
ことの重大さが少しづつ現実のものにさせ、皆の間に不安が広がっていく
急変した状況の変化に混乱している生徒を先生がなだめようとすると、不意にシャーレ前の広場へと鎮座するクルセイダーの砲塔に閃光が走った
「ッ!!撃ってきた!」
"みんな伏せて!!"
チナツさんの叫ぶような報告とほぼ同時に、先生が指示を飛ばす
反射的にそれに従い飛び伏せた瞬間、砲弾が空気を押し切って生まれる大気の揺らぎが全身を震わせた直後
背後にあった瓦礫の山が火炎と共に爆ぜ、辺り一面に散らばった
「こ、これ当たったら洒落にならない威力じゃない!」
ぱらぱらと振ってくる破片から頭を守りつつ起き上って目に入った光景に思わず声が出る
着弾した辺りは文字通りあらゆるものが消し飛び、抉れた地面で炸薬の燃え残りが燻り、白煙が寂しく昇っていた
もし、ほんの少しでも狙いがずれていればあそこに自分たちがいたと思うと思わず銃を握る手が震えた
「この距離はトリニティの戦車隊だと必中距離です、外れただけでも幸運と思うしかないですね」
今相手取っている相手との圧倒的な力の差に打ちのめされていると
隣で身体を起したハスミさんがクルセイダーを睨みつけながら吐き捨てるように呟くと
その声は声量とは裏腹に、あたりによく響いた
状況は最悪だ
先手を取られてしまった以上、もうこちらに主導権はないだろう
撤退、そう誰かがその言葉を口にするのも時間の問題と思っていたその瞬間
一人が口を開いた
"──今からあの戦車に取り付こう!"
その声の主は先生だった
一体何を言っているのだろうか
言葉の意味を理解できずに漠然と顔を上げると、先生の格好に目を奪われた
度重なる戦闘で純白だった制服はもはやその色をとどめず、土や焦げ、切り傷や綻びがあちこちに目立つようになり
爆発で負ったのか顔には細かい掠り傷がいくつも刻まれている
しかし、そんなんかただ表情だけは何も変わらず
凛としてただ前だけを見つめていた
「ッそんなの無茶です!!クルセイダーの主砲は速射が効きます!そんな隙はありません!」
ただ呆然と先生を見つめていると
スズミさんの鋭い声で現実に引き戻された
一刻の猶予もない今の状況を鑑みれば、スズミさんの意見が正しいはずだが
先生はそれでも口を開く
"大丈夫、スズミ。多分あれは──"
鬼気迫る様子のスズミさんを見つめて先生は言葉を続けた
その思いもよらない言葉に思わず皆が息を飲んだ
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─────
「装填遅ェぞ!」
「うるせぇ下手くそ!当ててから言え!!」
「このポンコツは照準器どころか砲身まで歪んでんだよ!あそこまで寄せれただけ上出来だろうが!!」
不規則なリズムのエンジン音の合間を縫って車内に怒号が飛び交う
車内には5人が詰めるには十分なスペースが取られていたが、その環境は決して良いものとは言えなかった
只でさえエンジンの発熱や騒音、砲の装填の度に充満する煙等がある上に
座席はボロボロで至るところが錆や油汚れが蔓延し、場所によっては必要なパーツが欠けてる所も見受けられていた
「クソッ!弾まで錆びてやがる……おい車長!どうなってんだ!」
「そんなんでもあたしらにとっちゃ高級品なの、あるだけマシって思ってほしいっすね」
装填手を担当する不良が後ろを振り返り、車長席に座る不良──ワカモを出迎えていた生徒に抗議の声を上げるも、帰ってきたのは達観に近いものだった
いくら戦車とはいえ、所詮は大枚を叩いたとはいえ学生が集められる金額で買える代物は
動いているだけ奇跡と言っても良いスクラップ同然のものだった
何とかギリギリ使えるように皆で整備したが、どう頑張っても見かけ倒しの張り子の虎を越える状態にすることはできなかった
「ん?あれは……」
そんな心残りを飲み下しながら車長用のキューポラから外を伺う
狭い窓枠からなんとか視界に目標を捉えようと頭を右に左に動かすと固まっていた人影が一気に散らばっていくのが見えた
「──!!あいつら突っ込んでくるぞ!!」
「車体正面を向ける!機銃を使え!!」
車長の叫ぶような報告に操縦手が鋭く応えながら、隣に座っていた不良に指示を飛ばす
戦車の操縦でもっとも難があるのは視界の確保と言えるだろう
それはクルセイダーも例外なく当てはまり、操縦手は操縦に最低限の視界以外は車長の指示に従う必要がある
それは信頼と経験を要する事であったが、幸運なことにこの操縦手と車長にはそれを成し遂げるだけの交流と腕前があった
「近寄らせるな!撃ちまくれ!」
「っしゃあ!待ってたぜ!任せてくれよなぁ!!」
息のあった操縦により再びエンジンが唸りを上げ、履帯で路面を引っ掻きながら車体の正面を向けると
車体正面に取り付けらた銃塔と主砲が火を吹き、騒がしいエンジン音をさらに塗りつぶしていく
「クッソ当たらねぇ!なんだこの機銃どこに弾飛んでるんだ!?」
「他の連中はどうした!?援護がないと厳しいぞ!」
が、そんな努力は整備不良の前に虚しくも水の泡と消えた
矢継ぎ早に撃ち放たれる銃弾は、あらぬ方向へと飛び
所詮は張り子の虎と言うことを痛い程に実感させられた砲手がもどかしさと懇願が混じった瞳で車長へと声を上げる
「とっくに逃げたさ、あたしらで最後っすよ」
「ならウチらもずらからねぇと!」
悲痛とも言っても良い砲手の訴えを車長が冗談めかした様子であしらうと
砲手と砲を挟んだ反対側で砲弾を抱えていた装填手が食い下がる
本来なら装填手の主張が妥当と言えるだろうが
今、この状況ではそうとは言えなかった
「やっとここまで来たんだ、今更逃げる訳にはいかない」
「意地張ってる場合かよ!?またやり直せば良いだろ!!」
大きく深呼吸した車長の雰囲気が一変し、冷たく刺すように淡々と言葉を紡ぎ
それに動揺したのか装填手は錆た主砲弾をキツく抱き直しながら懇願するように叫ぶと
それを見ていた操縦手が装填手に声を掛けた
「ここまでの事をしてヴァルキューレから逃げれると思うか?皆で腹括ろうぜ」
「……ッあぁあもう!くそっくそ!」
穏やかながらも力のこもった操縦手の声に車体は沈黙に包まれ、ただ戦闘音のみがこだました
異議はない、語らずとも同意されたその沈黙に応えるように装填手がやけっぱちに砲尾から砲弾を放り込むと
苦労して磨き上げた尾詮がせり上がって重厚で軽やかな金属音と共に薬室を密閉する
「──主砲は2時方向の車の残骸を狙え!機銃は11時に展開した奴らだ!いくら何でもこの距離ならいけるはずだ!」
「頼むから次は当ててくれよなぁ!」
「あぁ!任せろ!」
全員を無茶に巻き込んだという事実に胸を押し潰されそうになりながら、車長は搭乗員へと指示を出していく
もはや連邦生徒会の手勢は車長用のキューポラから砲塔の視界に入りそうな程に近いていた
それはこれ以降目標の確認をそれぞれの射手に託す、つまりは統制の取れた射撃が取れないことを意味していた
ただでさえ不利な状況をこれ以上悪化させないため、操縦手に移動の準備をさせようとしたところ
予期せぬ事態が起こった
「ちょこまか動きやがっ──はぁ!?弾詰まり?!」
操縦手の隣、銃塔に詰めている機銃手がいきなり声を荒げ
しきりにコッキングレバーを操作し始めた
この時、クルセイダーに搭載された7.92mmベサ機関銃は発射機構に給弾ベルトが噛んでしまっていた
が、しかし目の前の敵に気を取らている機銃手はそれに気が付かず、力任せに操作したことにより状況はさらに悪化してしまった
緊迫した状況下、いよいよもってコッキングもできなくなり
自分の役目を全うできなくなった機銃手は慌てて周囲を見渡す
問題の解決という観点からすれば意味のない行為だが、その気を紛らわせる為ともいえる行動がでとあるものを機銃手の視界へと捉えさせた
「ッこんなん使ってられるか!」
「どうした!?故障か!?」
機銃手の目に映ったのは足元に立てかけた愛銃だった
不安定な生活ながらも、時折手入れは欠かさず行ってきた大切な代物
火力は段違いだが、それでも目の前にある役立たずよりはずっと信頼できる──
そう安心してしまったのが運の尽きだった
銃声が止んだのを疑問に思った操縦手が振り返った時には、機銃手は頭上のハッチを開け
身を乗り出そうとしていた
「待て!頭は出すな!!」
数舜の後、何が起こったかを認識した操縦手が車内に戻そうと機銃手に掴みかかるも
時すでに遅く、いくつかの銃弾のが装甲を叩いた後
短いうめき声と共に機銃手の身体から力が抜けた
「何してるんだ!早くハッチを閉めろ!!」
「こいつが邪魔で閉められねぇ……!おい!しっかりしろ!!おい!!」
機銃の手から銃がするりと抜け落ち、床に叩きつけられた音で車長が異常に気がつき血相を変える
車外にはみ出るように倒れこんだ機銃手を操縦機器に挟まれた狭い空間に居る操縦手がとっさに引きずり込むのは困難を極めた
実際、操縦手が必死に伸ばした手は力なくもがくにだけに留まり一向に機銃手の身体は動く気配がない
「車長!!もうすぐそこに!!」
「待ってろ!今行く!」
普段なら車内は砲の排煙がこもる程には密閉された空間となり、その状況が戦車の圧倒的な防御力を担保していた
が、一度穴が開いてしまえばそれは逃げ場のない鉄の棺桶に早変わりする
しかも今回は手榴弾を大量に持った敵も確認されていた
もし手榴弾が投げ込まれたら──
搭乗員全員に過る予感を砲手のほぼ悲鳴のような報告が代弁していた
それに急かされるように車長が席から立ち上がると
唐突に装甲版の向こうからくぐもった衝突音が聞こえた
柔らかく、さほど重量物でもないものがトトンと軽快に連続した音
誰かが車体の上に乗った音だった
「なっ!?後退を──」
回避を、車長はそう反射的に叫ぼうとしてから気が付いた
操縦手は席から身を乗り出しており、即応できる体勢ではなかった
それを視認した途端、ふと我に返りやけに清々しい気持ちが湧いてきた
あぁ、負けた
心の中でつぶやくと同時にハッチの外からピンが抜ける甲高い音が響き、ゴロゴロと車内に小さな影が転がり込むのが見えた
瞬間、皆と顔が合う
一様に唖然とした表情だった
思えばこんな無茶に付き合ってくれたうえ、本当によくやってくれたと思う
爆発までの一瞬というには妙に長い時間は、そう感謝するには十分な時間だった
せめて言葉に
そう思って息を吸おうとした刹那、車長の視界と聴覚は手榴弾の爆発によって真っ白に塗りつぶされた
約2か月空いてしまいました……
色々あったんです、インフルになったりPC買い換えたり豪雪に飲まれたり……
ともかくやっと戦闘描写に一区切りつけれてほっとしています
それはそれとして投稿頻度と区切りよくするのどちらの方が良いんですかね?
ちょっと気になったのでアンケート取ってみますので、暇な方は投票してみていただけると幸いです
投稿頻度と文章量について
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文字数が少なくても投稿が早い方が良い
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投稿が遅くてもまとまった文章量で読みたい