颯爽と父上の部屋へと向かった俺は、礼儀作法なんて一切考慮せずに扉を勢いよく開けた。とは言え、六歳児の全力など大したことはなく、ドアノブに手を掛けるにも跳躍をしないといけないのは少し不便だ。
何の断りもなく部屋に入ってきた俺を見て、父上は驚いたようだった。少し目を見開いて、そのイケメンな面貌を間抜けに晒している。
「コラ、イザーク。ちゃんとノックをしなさい」
そう叱られた。ちなみに、イザークというのは俺の名前だ。イザーク・ライナード。俺のフルネームである。
「ごめんなさーい」
「間延びした言い方をしない」
「はーい」
貴族というのは堅苦しいものだ。確かに、身内だろうと礼節は必要で、俺くらいの年齢から身につけるために教育を施す必要があるのだろう。俺だって不真面目という訳では無い。家庭教師から教わったことはしっかり身につけるようにしている。
しかし、実の父にきっちりとした言葉遣いで接するのは俺としては違和感がすごい。せっかく子供にとっての拠り所なのだ。もっとフランクに接したいものである。
前世からの精神年齢がどうとか言うつもりは無い。ここで距離を取ってしまったら、前世の記憶がある俺にとって今世の両親に愛着を抱くことができなくなってしまいそうなのだ。
「それで、何か用かい?何か気になることでも?」
「うん。父上に騎士団長を紹介して欲しいのです」
「ギルバードを?」
ほう。騎士団長の名前はギルバードと言うのか。いやかっこいいな。俺の名前であるイザークも中々だけど、なんとも中二心を擽る名前である。
「名前は知りませんけど、騎士団長と会ってみたいのです」
「それは、何のために?」
「聞きたいことがあるんです。あとは、まあギルバードさんが良いというのなら鍛えてもらおうかなと」
「ほう……?」
俺がそう言うと、父上は興味深そうに俺の事を見つめる。なんだか気まずい雰囲気が流れる中、父上は一言「いいだろう」と言った。
「そもそも断る理由もないしな」
「ありがとうございます!」
「しかし、会うまでに少なくとも一週間はかかるだろう。それまで待てるかい?」
「もちろんですとも!」
一週間程度どうってことない。確かに六歳にとっての一週間は長いものなのかもしれないが、俺の精神はもう大人である。アポを取ってから一週間であえるなど良心的すぎるだろう。
△
一週間後に騎士団長とのアポを取れた俺は上機嫌で自分の部屋へと戻っていた。
「坊ちゃん、騎士団長と会って何をなさるおつもりで?」
上機嫌な俺の様子を見て、フィンがそんな質問をしてきた。
「なにって、話を聞くんだよ」
「何を聞くんですか?」
「強さの秘訣。人間を辞めてるとしか言いようがないあの身体能力はどこから来ているのかを知りたいんだ」
「それは……強くなるために?」
強くなるため……?ああ、フィンは俺が強くなりたいと考えていると思っているのか。まあ、それもあながち間違いじゃないんだが、本質は少し違う。
「別に強くなりたいわけじゃないんだけど……」
「では、何故?」
「もちろん、魔法を見つけるためさ!」
俺がそう言うと、フィン虚を突かれたような表情になった。
「ま、魔法……ですか?」
「そうさ。俺は魔法に憧れてる。いつの日か、俺自身がこの手で世界の法則を手にしてみせる! そんな目標を持っているのさ」
すると、フィンは複雑な表情を作った。
「坊ちゃん。その夢は大変すばらしいものですが、如何せん現実的とは言えません。聡明な坊ちゃんであれば私が言わんとすることが分かっていただけるのでは?」
「ああ。フィンの言うことも一理あるんだろう。だが、本当にそうかな?」
「それはどういう……」
疑問を抱いたフィンを相手に、俺は十分に間を空けて相手の興味を最大限に引き付けてから言う。
「ドラゴンや超人的な身体能力を持っている人間が存在する世界だよ?そんな世界に魔法が存在しないと本気で考えられる?」
「それは……申し訳ありません。私にはどのような論理でそのような結論に至ったのか分かりかねます」
ふむ。確かに、この世界で生まれてこの世界の常識を備えているフィンでは、ドラゴンがいるから魔法があるなんて道理が分からないのも不思議ではない。まあ客観的に考えれば道理が通っていないのは俺の主張の方だろう。
「あの冒険者やフィンが言う騎士団長のように、人間の限界を超えた力を持つ人というのがこの世界には存在する。では、その要因は何か。それを解き明かせば、魔法の存在は明らかになる」
「しかし、それは元来人間に備わっている才能なのでは?」
「否定はできない。でも、この世界の生態系で生きて行くために、限られた人間しか太刀打ちできないような生き物が跋扈するであろう世界で、人類の可能性がその程度だと?」
人類最高峰の実力を以てしても、種族の中のたったの一体であるドラゴンと互角程度の実力しか有していない。現状は、人が持ち得る知恵と社会性を駆使して何とか人間が生きていくためのバランスを取っていたのだろう。だが、国という概念が出来上がる前の時代の人々は生き抜くのにかなり苦労したのではないだろうか。
一度異なる世界を体験している身として、パワーバランスが偏っているような気がしなくもない。まあ、そんな世界だからしょうがないなんて言われれば何も言い返せないが。
魔法が他種族に対する対抗手段として本当に存在しているのなら、今までの歴史で発見されていないことが不思議ではあるのだがね。恐らく大分不親切な設計になっているか、今まで魔法の探求をするほど余裕がなかったかのどちらかなんだろう。どちらもという可能性もあるけど。
俺の願望として、人類には霊長の頂点たる実力を有していて欲しいのだ。
科学という可能性も残されてはいるが、生存圏が限られているこの世界で資源を十分に確保するためにはやはり人類全体の能力を底上げする必要があるだろう。
「まあ、色々と屁理屈を捏ねたけど、結局、俺を突き動かすものはただ一つだよ」
「それは?」
「無論、浪漫さ」
浪漫。それは全てに優先されるのさ。何事もワクワクが無ければつまらない。例え魔法が存在しないかもしれなくとも、俺は追い求める。
異世界に転生したというのに魔法が存在しない?だけど、ファンタジー生物たちは存在するし、バカみたいな実力を持った冒険者だっている?そんな世界で魔法が無いなんて道理に合わない!
結局は我儘に似た感情なんだろうけど、やはり浪漫は止められない。
それに、現状でもある程度の仮説は立っているのだ。後はこれに対する裏付けをして、魔力の存在を確認する。それが、現状の最優先事項だ。