人類史初の魔法使い(仮)   作:ねうしとら

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フィンの独白

 オレが仕えている伯爵家の嫡男である坊ちゃんは不思議な人だ。生まれてから空腹や排せつと言った生物としての本能として泣くことはあれど、それ以外のことでは一切泣かないという不思議な赤ん坊だった。

 

 オレは子供に関して詳しい訳では無いが、これが異常だということは分かっていた。侍女たちは若干気味悪がっていたし、ポーカーフェイスの執事長だって少し焦っているようだった。

 

 後から聞いた話だが、幼い頃に泣かない子はその後の発達においても何らかの問題を抱えることがあるという。しかし、坊ちゃんにそんな問題などは起こらなかった。

 

 数ヶ月経ち、首も据わって意識がはっきりとしてきた頃の坊ちゃんの目はまるで何もかもを見通しているかのような知性が宿っているように感じた。

 

 その頃はまだ一使用人でしか無かったオレでも、目の端に捉えた坊ちゃんの姿はやはり赤ん坊とは到底思えない気味の悪さを孕んでいたように思える。

 

 転機が訪れたのはそれから一年経ったある日のことだった。坊ちゃんの付き人を誰にするのかという話題が伯爵家内で囁かれるようになったある日のこと。

 

 普通なら伯爵様が自ら決定するような大事なことであるはずのそれは、何とたまたま通りかかったオレが指名される形となったのだ。イザーク様によって。

 

 どこからともなく現れた坊ちゃんは、話し合いをしていた伯爵夫妻に自ら提案したのだとか。曰く、一緒にいるならオレが良いということだったらしい。その時は子供に好かれたのか程度に考えていたが、今思うとあの時も何か理由があったのではないかと邪推してしまう。

 

 そんな流れで、オレはただの伯爵家の使用人の立場から、伯爵家の次期当主専属の従者という立場を獲得したのだった。男爵家の三男として生活していた時よりも現在の方が人間関係や待遇などが良いような気がするのは気のせいだろうか。

 

 そして、坊ちゃんの身の回りの世話をしていてオレは改めて思い知った。この方は化け物である。僅か二歳にしてオレたちの会話の内容を完全に理解している節があった。

 発声はたどたどしさこそあったものの、それは自身が完璧にしゃべることができることを隠しているような話し方だった。

 

 伯爵家の嫡男として、様々な学問を修めるように家庭教師を付けられても文句を言わずに勉学に励む。そして飲み込みも早い。

 

 そんな坊ちゃんだが、変わったこだわりを持っていることが多々あった。

 食事の前は「いただきます」という独自のまじないを唱えることがあるし、階級というものに忌避感があるようでもあった。曰く、貴族とは役割の一つなのだとか。

 

 オレとしては、勘弁してほしいというのが本音だ。人間性も知性も兼ね備えている伯爵家の次期当主など、五歳の子ども相手にしてもオレが勝てる要素がない。

 

 そんな劣等感を抱きながら従者としての役割を全うしていたある日、坊ちゃんに一つの質問を投げかけられた。

 

 曰く、「魔法があるのか」と言うことだった。

 

 この時、オレは坊ちゃんにも子供らしい一面があるのだと安心したものだ。魔法、それは空想上の異能である。様々な人間が今までその存在が無いか探求してきたというのに、未だ見つかっていない神秘。

 最早この世に存在しないとされているのが一般的な認識で、誰もが一度は憧れる超常現象。オレも小さい頃は魔法使いになってみたいと思ったものだ。

 

 そんな子供の夢を壊さないように最大限配慮しながら、嘘は吐かないように言葉選びに気を遣ったオレの発言に、坊ちゃんは今までにない表情を浮かべていた。

 

 普段感情をあまり表に出さない坊ちゃんらしくない絶望を感じられる様子に、オレはやらかしたと思った。

 賢い坊ちゃんなら、オレの発言の真意を測ることなど造作もないのだろう。魔法の存在を遠回しに否定してしまったオレは、普通に解雇かと覚悟したものだ。

 

 その後、坊ちゃんは家の人間のほとんど全員に魔法について問いかけ回った。結果、返ってきた反応はオレと似たようなもので、段々と坊ちゃんは達観してきたように感じた。

 

 そして、それから一年ほどは意気消沈してしまった。

 

 そんな様子を微笑ましそうに思いながらも心配していた伯爵夫妻は、気分転換に領地を散策することにしたのだ。数日に渡るリフレッシュの旅の途中、我々は大事件に遭遇してしまう。

 

 自然豊かで牧歌的な土地に立ち寄った時、それは起こった。赤い全身を持つ竜がオレたちの目の前に現れたのだ。恐らく、成体として巣立ったばかりのドラゴンだったのだろう。気が立っていたようで、すぐにオレたち目掛けて攻撃を仕掛けてきた。

 

 ドラゴンと言えば、幼体だろうと下手すると街を壊滅させるだけの戦闘力を持っている動く災害だ。オレはせめて坊ちゃんだけは助けようと彼に目を向けると、彼は目を輝かせていた。

 

 馬車から上半身を乗り出し、ドラゴンを眺める彼は今までで一番生き生きしていたように感じた。死が目の前に迫っているというのに、何故そんなことができるのか。オレは一瞬理解ができずに、呆然としてしまった。

 

 そして、正気を取り戻したオレは急いで坊ちゃんを馬車の中に引き戻す。この行為にどれほどの意味があるのかと自身に問いかけつつも、最低限仕事はしただろうと覚悟を決めようとしたその時、救世主は現れた。

 

 王国一の冒険者が駆け付け、ドラゴンを引き留めてくれたのだ。一瞬何が起こったのか分からなかったオレたちだったが、彼の一言によってすぐに逃走し、何とかその場は切り抜けたのだった。

 

 それから、坊ちゃんの様子はおかしくなった。テンションは上がりっぱなしだし、瞳孔は開かれ興奮している様子を隠そうともしていない。オレはこの時悟った。あ、この人は頭のネジが数本吹っ飛んでいるのだと。

 

 ドラゴンと冒険者の戦いを見てから、坊ちゃんは独自に何かを調べ始めた。最初はかの冒険者に憧れ、自分も強くなろうと思い始めたのかと考えたが、本人に問うとどうもそうではないらしいことが分かった。

 

 では何をしているのかを聞くと、「魔法を見つけるのだ」と言う。

 

 やはりこの方は頭のネジが抜けている。だが、その後の坊ちゃんの主張を聞くと、まるで現実的ではないと頭では分かっているのにどうにも惹きつけられるのだ。

 

 まるで六歳とは思えないその語り口調に、オレは真の天才というものを垣間見たように感じた。いや、天才というよりも狂人という表現の方が合っているのかもしれない。

 

 この熱量がどこまで続くのか分からないが、この人について行けば退屈などしないだろう。そんな確信を抱けるほどの迫力だった。

 

 

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