アポを取ってから一週間が経過した。今日は騎士団長と会って話をする日である。俺の現在の仮説なら、超人的な身体能力の秘訣は魔力であるはずだ。
では、どのようにして身体能力の上限を引き上げているのか。考えられるのは、内包する魔力量に左右されているという説だろう。それ以外だと、魔力の質とか属性によって向き不向きがあるというものがあるが、まあこれは話を聞かなければ分からない。
「さて、今日は待ちに待った騎士団長との会合だ!」
「テンションが高いですね」
俺がウキウキで言うと、若干呆れを含んだ口調のフィンからツッコミが入った。なんだか、俺が魔法を見つけると宣言したその日から、こいつの態度があからさまに軟化したような気がするのだ。一人称も変わっているし、悪く言えば舐めているともいう。俺は伯爵家次期当主だぞ。敬え。
「当然だろう!人間の限界を超える秘訣とやらを聞くことができれば、俺の研究は一歩進むんだ!」
「オレとしてはもっと六歳児らしいことをしてほしいですけどね。庭で体を動かして遊ぶとか」
「失礼な。これでも俺は可憐なる六歳児。体を動かして遊んでいるとも」
「それ、筋トレですよね?遊んでいるというより鍛えてるんですよ。この年齢からそんなことしていたら、背が伸びないかもしれませんよ?」
「……まあ、軽くで済ませているし問題ないはず」
というか、この体じゃ満足に筋トレできないし。筋トレは体が出来上がってからの方が良いな。うん。今後はそうしよう。
「それで、坊ちゃんは何を考えて騎士団長と話そうと思ったんです?」
魔法を探求するという俺の願いを困惑しながらも受け入れてくれたフィンは、既に俺の共犯者である。あの時直感で従者をこいつにするって言ってよかった。
「そりゃ、実力があからさまに上がった時ってどういうときだったか聞くんだよ」
俺たちは伯爵家の応接室に向かいつつ、雑談がてらに俺の考えを聞かせる。
「俺の仮説は、この世界には身体能力の上限を引き上げる、または取っ払うだけの何かがあると考えてる。この前、お前に聞いただろ?努力すればあの冒険者のようになれると思うかって」
「ああ。あれですか。あの問答からそんな仮説を立てたんですか?相変わらず、六歳児とは思えないような知能をしてますね。正直気持ち悪いっす」
「それほどでも」
「褒めてねっすよ」
まあ、俺は転生者だしな。というか、そうじゃん。転生なんて現象がもう魔法の存在を裏付けているようなもんじゃんか。盲点だった……。
それと、フィンの前では変に取り繕うようなことはしなくなった。まあ演技が面倒でストレスっていうのもあるが、素の自分を曝け出せる相手というのは一人くらいいた方が良い。転生のことはまだカミングアウトしていないが、時期が来たら言うのもやぶさかではないだろう。
「まあ、そう言うことだ。人間としての限界値は本来備わっている。フィンのあの反応から俺はそう推測した。なら、その限界値を引き上げる何かこそが『魔力』ってわけ」
「『魔力』……。魔法を使うための力ってことですか」
「そう。この魔力によって、人間はドラゴンと渡り合えるほどの力を得ていると考えた訳だ」
根拠など何もないただの妄想であるが、考え方としては納得できるのではないだろうか。
そんな会話を続けること数分、伯爵家の応接間にたどり着いた。
「じゃ、フィンよろしく」
まだ六歳の俺の代わりに、ドアのノックと開閉をお願いする。世間一般だと六歳児なんて礼儀のレの字もまだよく分かっていない頃だろうし、従者にそう言うことを任せるのは当然である。
そんな俺を見て、複雑そうな表情を作るフィン。まあまあ、ここは一つ共犯者として頼むよ。
フィンがドアをノックし、先に入室しているギルバード団長に失礼しますと入室の意を告げる。そして、すぐにドアが開かれると、そこにいたのは一人のイケオジであった。
身長は190cmくらいの大男で、ガタイも良い。ザ・騎士団長と言った風貌で、本人は無意識だろうが若干の威圧感を放っているように感じる。
これがオーラというやつか……。と俺が戦慄している間にも時は流れる。スムーズに俺もソファに座り、フィンは俺の背後に控える。
こう見ると、フィンも従者としてかなりの技量を持っていることが窺えるな。姿勢は良いし、体幹もしっかりしているのだろう。風林火山の林、徐かなること林の如くである。
俺と騎士団長がお互いに見合った形になり、目線を合わせること数瞬、口火を切ったのはあちらからだった。
「初めまして。私は、ギルバード・エルミネス。ライナード伯直属の騎士団にて、団長を務めております。この度はイザーク様とお会いできて誠に光栄なれば」
堅苦しい。いやまあ、貴族っていうのは見栄とプライドの塊であるのだけれど、庶民だった俺からすれば堅苦しい以上の感想が出てこない。
なんか、六歳児として演技するのもめんどくさくなってきた。
「お世辞はいいよ。僕の方が年下だし」
俺が流暢に喋りだすと、ギルバードさんは鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。なんとも愉快である。
明らかな年上に敬語を使われるというのは中々むず痒い。それに、俺も伯爵家の嫡男ってだけで、実際に権威や権力を持っているような立場にいるわけではない。
「……これはこれは。私も気を引き締めた方が良いのかもしれませんね」
「買いかぶりすぎだよ。アイスブレイクもいいけど、僕は早速本題に入りたいんだ」
「ふむ……本題、ですかな?失礼ながら、今回私がどのような用件で呼ばれたのか見当がついていないのですがね」
「ああ。そう言えば、父上に会いたいって言ったっきりだった。率直に言えば聞きたいことがあったからなんだ」
「ほう、聞きたいこと」
「うん。僕はこの前、ドラゴンと戦う冒険者の姿を見た。素人の僕からしても、そこにいるフィンに聞いても彼は人間離れした身体能力を有していたんだ。ギルバード卿もそうなのかなって思って」
俺がドラゴンと出会ったと言うことは既に聞いていたようで驚きもせずに聞いていたギルバード卿は、俺の疑問に鷹揚に頷いた。
「なるほど。確かに、私たち騎士団も人の域を超えた実力を持った人間がいますな。無論、私含めて」
「そこで、僕はその強さの秘訣を知りたいんだ」
俺がそう言うと、ギルバード卿は少し肩透かしを食らったようだった。
「強さの秘訣……ですか。お言葉ですが、それを知ったとしても強くなれるわけでは――」
「ああ。そう言うことじゃない。いやまあ、そう言う側面も無きにしも非ずって感じなんだけど、強くなりたいならギルバード卿に弟子入りを頼むよ。話は逸れるけど、どう?」
「ハハ。それならばいつでも歓迎していますよ」
「本当!?」
「ですが、もう少し大きくなってからです」
「そっか」
とは言え、弟子入りの待機列に並べたのは嬉しいことだ。
弟子入りの件は一旦置いておいて、俺たちは本題へと戻る。
「さてと、強さの秘訣でしたかな?」
「うん。ギルバード卿に聞きたいのは、限界を超えたような感覚を感じたことがあるかさ。ある日、何らかのきっかけで実力が上がったとか、停滞していた実力が一気に伸びたとか」
この聞き方だとプラトー現象を乗り越えた時とかも当てはまってしまいそうだけど、それはこちらで判別するから問題ない。
俺の質問に、ギルバード卿は暫し考えるとおもむろに口を開いた。
「そうですね。その条件に当てはまる時と言えば、魔物を倒した時でしょうか」
「魔物を倒した時?」
「ええ、私の場合は十年ほど前に、狂狼という当時の私よりも数段強大な魔物を仲間と協力して辛うじて討伐した時から、実力が一気に上昇したと覚えています」
『経験値』やんけ!
RPGなどでよくある、敵を倒した時に獲得できるキャラの成長を数値化したもの。
まだサンプルがギルバード卿一人だけだから、安易に一般化することは避けるべきだろうけど、これが正しかったとすると色々と分かってくることがある。
恐らく、魔物、それも格上の相手を倒した時に魔物が内包していた魔力が移ってくるのだろう。そして、内包する魔力量が増大したことで、肉体的な強度が上がり身体能力の上限も引き上げられる。
仮説に仮説を重ねることになるが、もしそうだとするならこの世界の人間は魔力を知覚できていない。知覚できているのなら、魔法は既に存在しているはずだ。何とか魔力を知覚するための術も考える必要があるか……。
まあでも、一歩前進だ。
他にも色々な人にインタビューをしてみたいものである。冒険者ギルドに依頼を出してみるか?それも良さそうだな。
その後、ギルバード卿とは色々と世間話に花を咲かせた。
その中で、彼の息子であるというクラウスと会ってみないかという話もあった。
時間があれば会ってみたいものだけど、同年代だと会話ができるか不安である。せめて年齢が二桁になってからの方が俺としては安心である。
「今日はありがとう。かなり楽しい時間を過ごせたよ」
「こちらこそ。興味深いお話ができて良かったです」
そうして、俺の調査は終了した。