人類史初の魔法使い(仮)   作:ねうしとら

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婚約者

 あれから二年ほど経過した。フィンは言いつけ通り解剖書の写しを持ってきてくれたし、ギルバード卿は正式に俺の師匠として稽古を付けてくれるようになった。

 

 とは言っても、やはり基本的なものがほとんどで、大体が剣の使い方や体力づくりだ。筋トレとかはまだ本格的にはやっていない。

 

 まあ、これが八歳児にはかなりきついものになっているんだがね。笑いながら俺を指導するギルバード卿――師匠が悪魔に見えてくる。

 

 あとは、弟と妹ができた。双子である。まあかわいい。俺が可愛いかわいいと愛でていたら、フィンに「良かった。普通の赤ん坊はやっぱり泣くんだ。坊ちゃんは不気味なほど泣かなかったから……」なんて独り言をこちらにも聞こえるほどの声量で言われた。やかましい。

 

 二年も経てば周りの環境もそれなりに変わると思ったが、それほど変わっていない。相変わらず俺の行動範囲は狭いままだし、あれから魔法の研究は滞りっぱなしだ。

 

 そんな俺に、現在大事件と言える出来事が起こっていた。それは、久しぶりに家族全員で夕食を囲んでいた時のことである。

 

「――婚約者、ですか?」

 

「ああ。伯爵家の次期当主として、イザークには婚約者がいる」

 

「……いつ決まったので?」

 

「お前が生まれる前からだが」

 

 アカン。常識が俺とは違う。まあ、そりゃ貴族社会じゃ政略結婚なんて当たり前か。と理屈の上では分かっているのだが、ある日突然、お前には婚約者がいるからよろしく。そろそろ時期を見て顔合わせをしておこうなんて言われたら思考がフリーズするだろ。

 

「相手は、ヴェルトハイム家の娘さんだ。シルビア・ヴィ・ヴェルトハイム嬢」

 

 公爵家やんけ!王家の血筋やんけ!え、ウチって王家にとってそんなに重要なポストを持ってたりするの?

 

「荷が重いというか……」

 

「ははは。そんなことを気にする必要は無いさ。イザークはいつも通りにしていれば大抵の場合問題はないよ」

 

 どうも、聞いた様子だと婚約者のシルビア嬢はヴェルトハイム家の三女のようで、現状同年代の嫁ぎ先で格が保たれているのがこの家くらいだったのだとか。

 

 じ、人権ェ……。

 

 仕方ないとはいえ、何というか自由恋愛ができないというのは気の毒である。

 え、俺?いや歓迎しますけど。前世で結婚どころか恋愛も満足にいかなかった俺だぞ。パートナーができるというだけで鼻の下を伸ばしそうである。

 

 まあそれはそれとして、心労も色々とありそうだし、俺の場合魔法の研究に没頭して愛想を尽かされる可能性も捨てきれないが。

 

「というか、僕は伯爵家の当主になんてなりたくないんですけど」

 

「ハハ。それは困るなぁ。イザークのような優秀な子が家を継いでくれると私としても安心するんだが」

 

「ノアやテレーゼが僕よりも優秀になるかもしれませんよ?」

 

 俺が弟と妹を人柱として使えば、父上ははぐらかすように笑った。なんというか、疲労感が窺える。勘弁してくれとかそう言うニュアンスが多分に含まれている気がするのだ。

 

 フィンなんて同情の目線を向けているし。無礼では?

 

「父上のその多忙な姿を見ていると、貴族ってそういいものじゃなさそうだなって」

 

「……イザーク。君も当主になれば分かるさ。意外と楽しいよ?」

 

「嘘だ!」

 

 目が笑っていない。

 

 俺たちの会話を聞きながら、母上は化け物みたいに淑女然とした振る舞いで夕食を嗜んでいる。これは最早武術に通じる何かがあるのではないだろうか。ほら、心構えとか。心技体を一体として礼儀作法に向き合っているような。

 

 家族全員が揃う夕食時というのは中々ないので、割とテンションを上げながら世間話に花を咲かせていたところに突如として爆弾を落とされた俺の身にもなってほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、フィンには婚約者とかいなかったの?」

 

「オレに?いませんよ。オレは男爵家という下級貴族の三男ですから。家を継ぐわけでもないのに婚約者なんていたところで色々と関係がこじれるだけです」

 

 世知辛い。まあ、確かに貴族と言えども数としてはそれなりにいるからな。貴族だからという理由で婚約者がいるとは限らないのか。

 

「つまり、俺って勝ち組?」

 

「嫌なガキですね」

 

「おい。不敬だぞ」

 

 冗談で言っただけだ。許せ。そこまで効くとは思わなかったんだ。

 

「しかし、婚約者か。まあ、言われてみれば当然といえば当然なのか。とは言え、俺に務まるかどうか」

 

「坊ちゃんは魔法に関すること以外だとあまり興味を示しませんもんね」

 

 それにしても、シルビア・ヴィ・ヴェルトハイムか。うーん。俺って周りの貴族についてほとんど何も知らんな。領地が近かったりすると覚えているものだが、やはりヴェルトハイム家が公爵家ということしか俺は知らない。

 

「シルビア嬢についてフィンは何か知ってる?」

 

「シルビア様ですか。彼女はかなり聡明だという噂を聞きますね」

 

「ほう。それは俺くらい?」

 

 なんて冗談交じりで聞いてみる。流石に転生者である俺と同じくらい聡明だと言われたら傷つくが、だからと言って威張っているわけではないのだ。本当だヨ?

 

「それは流石にないかと。しかし、公爵家の人間として教育されている以上、年齢にそぐわぬ言動をすることは事実なのでしょう。今代のヴェルトハイム公はかなりの名君だと評判ですから」

 

「へぇ。いやまあそれは凄いと言えばいいのか気の毒と言えばいいのか。子供なら子供らしく知的好奇心が赴くままに探求すればいいのに」

 

「説得力が違いますね」

 

 ヴェルトハイム家の話がひと段落したところで、俺は思考を魔法の研究に切り替える。

 

 フィンから貰った解剖書の写しを机の引き出しから取り出し、見る。穴が空くほど何度も読みこんだその写しは、若干萎れている。

 

「その解剖書には坊ちゃんが期待するような事は書いてなかったんでしたよね?」

 

「そうだね。魔力を貯蔵するような器官も、魔力を生成するような器官も見当たらなかった。というか、そんなものが存在しているのだったら、既に研究されているだろうし」

 

 端的に言ってしまえば、この世界の人間の身体構造は俺の持つ知識と大して差はなかった。素人の俺でも前世と今世の人間の違いくらいは分かる。前世の記憶を掘り起こし、何か違和感がないか何度も読み込んでも大して成果は見られなかった。

 

 しかし、これで明らかになったこともある。身体構造が前世と同じなのに前世の人類では考えられなかった身体能力を出力できるのはおかしい。やはり、身体能力を引き上げる『何か』があるのは確定だろう。

 

「目に見えない器官がある可能性も否定できない。魔力なんて不可視のエネルギーを見つけようと必死になっているのに、それに関する器官が目で見えるなんて前提はおかしいしな」

 

「坊ちゃんの研究に付き合えば付き合うほど、魔法が本当に存在しているのではないかとワクワクしてきますよ」

 

「そうだろう?浪漫ってのは追い求めるから浪漫なのさ。この世界には魔法は必ず存在する」

 

 まあ、今はその魔法に関する研究も停滞しているんだけどな。

 

 そろそろ、別のアプローチをする必要があるのだろうか。

 

 

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