解剖書を読み込む八歳児がいたとして、それを見てあなたなら何を考えますか?俺は普通に引くだろうね。目の前のフィンはもう慣れたように俺を横目で流し見てるけど。
魔力の存在を感知するために、人体の構造について前世との違いを解明すべくフィンに解剖書の写しをなんとか持ってきてもらうことに成功したものの、そこには特筆すべきことは書いていなかった。
少し考えれば当然のことだったのだ。人体解剖が既に為されている世界で、魔法に関連する臓器が存在するのであれば研究は進んでいるはずである。
ギルバード卿との会話にて、俺はRPGゲームでよくある『経験値』のようなシステムがこの世界には存在しているという事実が見えてきた。
現状はサンプル数が少なすぎて、というかギルバード卿が特例だったという可能性も十分に存在する以上一般化するにはまだまだ遠い道ではある。
仮説2.身体能力の上限を取っ払うことができる『何か』こそ魔力である。
現状、俺はこの仮説を前提に魔力について考えている。
師匠から齎された情報こそ、格上の魔物を倒すというもの。そこから俺は魔力量が自分よりも多い相手を倒すことで内包する魔力量が上がり、実力の壁を突破したのだと考えている。
では、ここで一つ目の疑問が湧いてくる。それは、『格上である必要性』だ。なぜ、自分より魔力量が多い相手でなければならないのか。
根拠すらない、ただの妄想の域を出ない机上の空論すら鼻で笑うであろうガキの空想であるが、考える意味はある。
例えば、人間には相手の魔力を吸収するという性質が備わっているとしたら?
もしそうだとしたら、格下でもよいはずだ。しかし、ここで前世のゲーム知識が役に立ってくる。
キャラクターのレベルが上がるにつれて、レベルアップに必要な経験値は多く必要となってくる。初心者の頃に始めたスポーツも最初の頃は成長曲線は右肩上がりだろう。しかし、ある程度の実力を身に付けてからは成長度合いも変わってくる。
そんなことは前世でも常識だった。必要とされる技量だとか経験の質が大切になるからだろう。
だが、俺がここで一つ疑問に思うことがある。例えば、魔力が倒した格上の魔物から流れ込んでくるとして、その全てを吸収しているのだろうかと言うことだ。
師匠は、仲間たちと共に『狂狼』を倒したと言っていた。では、その仲間たちは成長しなかったのだろうか。
殺した人間だけが成長できるのか。それとも異なるのか。
これに関しては今後師匠に直接聞いてみることにしよう。
魔力に関して、まだよく分からないことがある。
例えば俺の仮説。そうだな。仮説3としよう。
仮説3.人間には魔力を吸収する性質が備わっている。
まあ魔物にも同じ性質が備わっている可能性もなくはないし、この世界の生物に等しく普遍的に備わっているものである可能性も捨てきれないが、今のところは人間に焦点を当てて考えることとする。
俺の考えた仮説3が事実だと仮定すると、空気中に魔力は存在しないのではないかという仮説が浮かび上がってくる。
ファンタジーでよくある空気中の魔力──まあ魔素なんて呼ばれたりするもの──を用いて魔法を扱うことがあるだろう。それが存在しなくなってしまうのでは?という一種の懸念である。
まあ一人で考えていても堂々めぐりとなってしまうだけだし、ちょっと都合のいい従者がいるから考えを纏めるがてら彼に意見を聞いても良いかもしれない。
「なあ、フィン。俺は一つ仮説を立てたんだけど、ちょっと行き詰ってるんだよね。聞いてくれない?」
「行き詰ってるって何がですか。現在進行形で行き詰ってる最中でしょう」
「遠慮なくなってきたね」
こいつは俺のことを何だと思っているのだろうか。仮にも主だぞ。ロードだぞ。マスターだぞ。
確かに、行き詰っている。冒険者たちに話を聞く機会はまだ先になるだろうし、師匠との特訓の成果もそこまで実を結んでいない。しかし、これは長期的に考える計画であって、現状が行き詰っているからと言って落ち込む必要性は全くないんだよチミィ。
「それで、何が行き詰ってるんです?」
「いや、師匠から聞いた格上の魔物を倒すことによって身体上限を開放する魔力が流れてくるって仮説だけどさ」
「はい」
「それが事実だとして、じゃあなんで一般人は身体能力が上がらないのかなって思って」
「どういう意味です?」
「例えばね。魔物を倒すとするじゃない。そして、内包する魔力が倒した人間に流れてくるとします。その時に、全ての魔力がその人に流れてくると思う?」
そう。俺が引っかかっているのはそこだ。ここまでべちゃくちゃと脳内で色々屁理屈をこねこねしていたが、うむ。言語化するというのは思考の整理手段として最適だな。
みんなも良ければやってみよう!
「流れてきて何か不都合でも?」
「ほら、倒した魔物の魔力量が多すぎて許容量オーバーからの爆発四散的なことが無いとは言えないでしょ?」
「はぁ……。前提として魔力があるかどうかも分からないのにそこまで考えられるのは一種の才能ですね。作家になられては?」
「答えろや」
そう言うこと聞いてんとちゃうねんぞ。その罵倒なのか賞賛なのか分からない言い方はやめろ。
「オレとしては、よく分からないというのが正直な所ですが……。しかし、坊ちゃんの言うように、全ての魔力が流れているというのは少し不自然に感じますね」
「でしょ?」
「ええ。パンケーキの生地を焼くときに、生地を全てフライパンに移すことは困難ですし。イメージとしてはそのようなものなのでは?」
随分と貴族らしい例えをありがとう。この時代の甘味は贅沢品なんだぞ。
まあしかし、フィンの例えによって俺も確固たるイメージが付いたように思う。そうだよな、魔力がどのような性質を持っているのか知らないけど永久機関が存在しないように、エネルギーの移動には何らかの別のルートが存在しているはずだ。
「と言うことで、俺は余った魔力は空気中に散漫しているんじゃないかと考えた訳」
「なるほど。だから一般人の身体能力が上がらないのかという疑問に至ったわけですね」
相変わらず理解力はたけぇな。
「そう。空気中に魔力が充満しているのなら、それを吸収することだってできるはずでしょ?」
「既に希釈されて空気中に魔力などなくなっているという可能性は?」
「いやまあ可能性としてそれも考えたんだけどさ。人間とか魔物という魔力を内包した生物がいると仮定して、仮定に仮定を重ねすぎてもう原形が無くなってきているけど、魔力を全く放出しないで生活できてるのかなって」
「ふむ?」
「ほら、俺たちだって呼吸するじゃん?魔力を吸収する性質があったとして、吸収するための場所から魔力が逆に流れているなんて考え方もできると思うんだよね」
「つまり、空気中に魔力は存在していると?」
「うん。まあその方が面白そうっていう願望は多分に含んでるけれども」
「それが本音でしょう」
いやまあそれが本音だと言われてしまえば何も言い返すことができないんだけど、ぶっちゃけ道理は通ってない?
「坊ちゃんも自覚していたようですのであまり言いたくはありませんが、仮説に仮説を重ねすぎです。もっと研究が進んでからにするべきかと」
「んなこと言ったって進まねぇんだから仕方ねえだろうが!俺は考えてたいんだよ!」
ストレスの原因である研究の滞りを妄想で補ってんだ悪いか。
「ギルバード卿に話を伺いに行きましょう。そろそろ禁断症状が出てきそうでオレは戦々恐々としていますよ」
いやそこまでは行ってない。扱いがヤク中じゃんか。