綺麗な蝶には毒がある   作:れいめい よる

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第一話


呪術世界のオリ主に成り代わったら、呪詛師に洗脳されたと疑われてるんだが

 

目が覚めたら、禍々しい札が彼方此方に貼られている部屋に拘束されていた。

目隠しを外した五条先生が目と鼻の先で剣呑な雰囲気を纏って俺を覗いている。そのかつてなく深刻な面持ちに萎縮して顔を俯けると、先生は切なそうな声音で俺の名を呼ぶ。 

 

「舞南斗...」 

 

…どうしてこんなことになったんだっけ。

先生の呼びかけには応えずに瞼を固くと閉ざして、闇に包まれた視界に今までの出来事をつぶさに思い浮かべ始めた。

 

 

まずは順を追って説明しよう。  

時を遡ること二ヶ月前。陽の光を吸収した若葉が青々と染まる初夏の日、俺は見慣れぬ山の中にいた。 

 

「ここ、どこだ?」  

 

俺の名前は樹舞南斗(いつきまなと)。平日は学校に通って友達と遊び、家に帰れば部屋に篭って漫画を読む。そんな何処にでもいる、平凡すぎるが故に自己紹介することもない普通の男子高校生だった。とりわけて云えば、休日にトレイルランニングに勤しむ趣味があることくらいの。

余談だがトレイルランニングとは、簡潔に説明すれば山野などの未舗装路を延々とランニングする運動競技である。俺がこの体育会系的趣味に出会ったきっかけは呪術廻戦という少年漫画雑誌だ。近年、爆発的に流行しているダークファンタジー系の漫画。圧倒的武闘派の主人公虎杖悠仁に憧れて鍛え抜かれた肉体を手に入れたくて始めたのだ。

 

そう、漫画とトレイルランニング。これら二つの趣味が合わさり俺の人生は狂い始めた。

 

 

夏の太陽が照りつけるその日、俺は普段と同じく健全な肉体を維持する為に近所の山を走っていた。だが、不運にもいつもとは異なる道を通ってみたくなり、ランニングコースを外れたところで一匹の熊に遭遇してしまった。

俺は全速前進で逃走した。だが当然人間が時速四十キロメートルで走れる熊の脚力に優るはずがなく、とうとう逃げ道を失った俺は一か八かで滝つぼに飛び込んだ。所謂シャワークライミングというやつだ。着地悪くもその拍子に水底から突き出た岩に足を打ち付けてしまい...気付いた時には肺の中に大量の水が侵入してきた。そして呼吸ができなくなった俺は死を覚悟する間もなく意識を手放したのだった。

...だったのだが。

 

不思議なことに、再び目が醒めた時には山...ひいては生い茂った森林の高樹に囲まれて倒れていた。しかも明らかに岩と衝突した以上の満身創痍の状態で。滝で溺れた程度の傷ではなかったうえに、陸に打ち上げられたなら何処かの河原の筈なのに、滝の『た』の字も見当たらない山中に寝そべっていた奇怪さのなんの。だがまたあの熊が追いかけて来るかもしれないと思うといつまでも同じ場所に佇んでいるわけにもいかず、一先ず山頂に向かうことにした。  

 

 

ーー全身の至る所がナイフで刺されたかのような痛みを伴い、足を動かすのが辛い。どこで切れたのかも分からぬ額の傷から絶え間なく垂れる血が、視界を遮ろうとする度に拭うのが鬱陶しい。それでも夜の森は危険だと日没前には何が何でも辿り着いてやると意気込んで、気力のみで鞭を打って急傾斜の足場の悪い坂道を登り続ける。途中、登山道に合流できたので一時間以内には山頂に辿り着けると幾分が愁眉を開いていたのだが、またもや新たな問題が起こった。 

 

登山道を進み始めてから僅か三十分、不意にポキポキと落ち枝が踏まれる音がどこからともなく耳に届いた。人間にしては重々しい気配の。

嫌な予感に恐る恐る振り返る。そしてその先で、俺は視てしまった。等身大のカマキリの若き巨大なナニかを。 目玉が無いのに二つの空洞がこちらをしかと見据えている。俺を獲物と認識している。

態々思考を働かせなくとも本能的に判った。それは俺が毎日のように頁を捲っては読んでいる漫画に登場する異形の存在。

 

「呪、呪霊!?」 

 

途端に冷静さを失った俺は来た道を全速力で引き返しはじめる。推定呪霊カマキリもボルト顔負けの凄まじい速度で追ってくる。 

がむしゃらに駆け続けるが元々傷だらけの身体では上手く脚を交互に動かすこともできずに、些細な石礫に躓いた俺は顔面から盛大に転けてしまった。ゴッと、鳴ってはならない音を立てて石と鼻が接触した。

 

「グアっ!」

 

直後、追いついた呪霊がカマキリに相応しくない鋭利な爪を俺の太腿に突き刺した。声にならない悲鳴が上がった。それが俺のだと理解するには時間がかかった。

激痛に悶えている間にも呪霊は顎から涎をたらりと垂らし、獲物を噛み砕ける恵みに感謝するかのように手を擦り合わせている。

 

ー死んだわ。 

陳腐な感想しか浮かばなかった。強いていうならば、大層な意味は見出せなかったものの家族や友人知人に恵まれた良い人生だった。

カマキリが腕を風を切る勢いで振り上げた。振り下ろされる瞬間がスローモーションに映る。そして直ぐに訪れるであろう痛みに身構えて瞼を閉ざした...のだったが。

 

奇妙なことに待てども待てども痛みは襲ってこない。不審に思って恐ろしさを感じつつも徐に目を開けると、予想だにしない光景が広がっていた。

 

「...蝶?」 

 

蝶だ。何処からともなく現れた無数の蝶が軍勢となって呪霊を襲撃している。まるで紙吹雪のように群がる蝶達の隙間から「キィエェエ!!」という断末魔が聞こえていた。

暫くの間、呆然と只々眺めていると程なくして絶叫を上げていた呪霊は呆気なく崩壊していった。呪霊が消滅したことに満足したのか、蝶の軍勢は暴風を生み出しながら今度は俺の方にやって来る。 

 

「ひっ...あ、れ?」 

 

あのカマキリのように惨たらしい食い散らかされ方をするのかと咄嗟に心許ない両腕で身構えるが、蝶達は襲うどころか俺の周りをヒラヒラと舞うだけ。

廻旋する蝶達の一部が服の裾を掴んで引き上げるように羽ばたくと、自然と負担が軽減されて、促されるままに立ち上がる。それでも出来たばかりの太腿が歩行の中止を訴えて体を跪かせる。すると、そんな俺の様子に気付いたのか蝶達は一斉に群がって俺の服の至る所を掴みあげた。...そういえばこの制服、やけに見覚えがあるな。

兎も角、蝶の手助けでどうにか身体を起こした俺は最後のひと頑張りと力を振り絞って山頂を目指し始めた。

 

 

事態が如何に深刻だったかを思い知ったのは登山を初めて半刻ほど経った頃だった。 

 

 

「…は、」 

 

眼前に広がるは見上げるほどに巨大で立派な門。その先には僧伽藍のような荘厳な建造物が立ち並んでいる。サラサラと微風にそよぐ草花が、伝統的な日本家屋の静謐な雰囲気に色彩の魅力を増していた。

この景色を俺は知っている。幾度となく読み返した漫画で何度も目にした物語の要衝、呪術高専東京校。 

 

「まさかトリップ?いやでもそんな...」 

 

そんな荒唐無稽なことがあるだろうか。だが、そうでなければ俺が山中で目を覚ましてからの奇々怪々の全てに説明がつかない。カマキリの姿を模った呪霊、それから今も俺の周囲を浮遊する蝶。でも何故、如何して。考えども答えが降ってくるわけじゃない。

混乱極まって限界を迎えた脳が頭痛と眩暈を訴えてくる。そういや俺、大怪我してるんだった。ふらりと倒れそうになった俺を支える力持ちな蝶...否、この場合呪霊といった方が正しいかもしれない。蝶の呪霊達のうち数羽が門の向こうへと飛び去っていった。

 

それを只見送ってから程なく、己の置かれた状況をぼんやりとした頭で振り返っていると不意に誰かが俺の名を叫んだ。

弾かれたように呼ばれた方に視線を動かすと、そこには漫画に登場する虎杖悠仁や伏黒恵、釘崎野薔薇に五条悟と瓜二つの人間がこちらへと駆けてきていた。そして彼等の背後にも狗巻棘を含める二年生達の姿が捉えられる。全員が揃いも揃って驚いたような、それでいて泣きそうな表情を浮かべてこちらに走ってくるものだから俺は首を傾げるしか出来なかった。

二学年も揃っているなんて合同練習でもしてたのだろうか、なんていつの間にか戻ってきた蝶達を視界の端に呑気に思っていると、遂に力尽きた身体が重力に従って地面に膝から落ちてゆく。そんな俺に焦燥を募らせて速度を速める主人公達を最後に俺の視界は暗転した。

 

 

 

そして再び目を開けると、知らない天井が広がっていた。 

 

「……ここは」

「保健室だよ。」 

 

霞む視界と頭をぐるりと動かすと聞き馴染みのある声が降ってくる。顔を向けばこれまた見覚えのある女性、家入硝子がドクターチェアに腰掛けてこちらを見ていた。

夢から覚めていなかったことに驚愕して、勢いよく身を起こして後悔する。そういえば酷い重傷を負って...と思ったところで痛みが嘘のようになくなっていたことに気付く。不思議に思って毛布を剥いでみればミイラのように巻かれた包帯の隙間から白く健全な肌が覗いている。怪我、ない。 

 

「...反転術式、ですか?」

 

家入硝子は頷いた。

 

「細かい割に深い傷が多くて治すのに三日もかかっ」

「舞南斗っ!」

「...私が話してるんだけど。」 

 

彼女の言葉を遮るように扉が開いた。眉を顰める家入硝子を他所に室内に入ってきたのは五条悟と虎杖悠仁、釘咲野薔薇、伏黒恵。幻覚などではない。

 

「無事で良かったっ!…今まで何処に居たんだよ!?」

「ちょ、」

「お前が攫われてから一ヶ月間、俺達はずっと探し回ってたんだぞ。」

 

捲し立てるように虎杖悠仁と伏黒恵が詰め寄ってくる。釘崎野薔薇は心底から安堵したといった面持ちで俺たちを見守っていた。だが俺はひたすらに混乱していた。一ヶ月?攫われた?だが頭を捻らせる俺を差し置いて虎杖達は話し続ける。その話の微塵も理解することができなくて、遂に手を挙げた。 

 

「あの!何の話か分からないんだけど。」 

 

刹那、空気が変わった。虎杖達は石のように硬直し、終始沈黙して成り行きを見守っていた家入硝子と五条悟がこれでもかと眉を顰め険しい顔つきになる。 

 

「舞南斗、あの日何があったか覚えてる?最後の記憶は?」

 

まるで駄々をこねる子供をあやすような穏やかな口調で尋ねる五条悟。俺は記憶を呼び起こす。山でトレイルランニングをしていて...

 

「えと、襲われて必死に逃げたけど追いつかれて気を失ったところまでなら…。」 

 

次元が変わっただとかという摩訶不思議な体験をどう語れば良いのか判らなくて、山中で目覚めてからの出来事のみを簡潔に伝える。そうすると五条悟は家入硝子と何らかの目配せをして、そしてこう云った。

 

「舞南斗、落ち着いて聞いてね。...君は呪詛師に誘拐されたんだ。」

 

それから五条悟の口から語られたのは今日に至るまでの経緯。  

先ず、主人公達が俺を知っているのはどうやらこの世界にはもう一人俺と同姓同名且つ容姿が寸分の狂いなく同じの生徒が一年生に在籍しているかららしい。そしてこちらの世界の俺は一ヶ月前に突如として行方を眩ませた。

 

突如として、といえば語弊があるな。正確には一年組でとある学校の呪霊討伐任務に赴いたことが原因だそうだ。

任務は滞りなく遂行され、呪霊を祓った俺達は帰ろうとしたんだが…待ち伏せしていた呪詛師の集団に襲われた。その過程で虎杖達を逃がす為に敵の注意を引きつける役割を俺が担った。その結果、虎杖達は無事に逃げ延びたものの俺が行方不明となり捜索が続いていたという。そうして時は流れ昨日、一ヶ月間残穢を追跡しても何処を探しても発見に至らなかった俺が突然姿を現した。 

というのが大まかな流れである。付け加えて驚嘆すべきことに、この世界は夏油傑が離反せずに生存しているようだ。ミミナナと一緒に普段は潜入任務に勤め、余った日に一年の副担任として教師をしているという。  

 

 

滝から落ちて溺れた時に何かが原因でこの世界の俺に成り代わった、推理ほどでもないが取り敢えずはそういう結論に至った。だがこの世界の俺が一ヶ月間何をしていたのかなど知る由もないので、記憶が抜け落ちた体で都合よく進めることにすれば一驚していたものの虎杖達は納得を示してくれた。担任の五条先生と家入先生が達が若干解せない顔をしていたのは引っ掛かったが、嘘は殆ど吐いてないのでそれ以上追求されることはなかった。

 

その後の一週間は呪術世界での生活に慣れるのに時間を費やした。幸運にもこの世界の俺は毎日日記を書き記していたので人間関係や任務で記憶の錯誤に困ることもなく、平日は日記を頼りに平常通りに授業を受け任務に出向いたりした。任務に関しては最初こそ不安はあったものの、日記の予習通りに行えばあとは骨の随まで記録された呪術師としての才能が勝手に発揮されたので苦労はしていない。  

 

 

俺の術式は加波比良古(かはひらこ)操術。簡単に言えば蝶々を操る術式だ。冥冥さんの黒鳥操術に似ているが実はあれよりも厄介な術式。

一つ、蝶の羽を具現化して飛ぶことができる。その代わり呪力の消費量は半端ない。

二つ、殺傷能力が高い。蝶が羽ばたけば鎌鼬のように旋風が出現し、それで敵を攻撃することができる。とても便利なので戦闘の基本スタイルはこれ一択だ。 

三つ。領域展開、舞庭新蝶常世神(マイバシンチョウトコヨカミ)。蝶は太古から神聖なものとして不死と再生、輪廻転生の象徴とされてきた。領域展開ではその性質がそのまま現れる。要するに、領域展開を施した対象の生と死、破壊と再生、強いては輪廻転生まで操ることができるのだ。 

 

日記には危険すぎる術式が故に俺の領域展開の秘密を知るのは東京高専関係者のみと記されている。因みに俺の血を分け与えた蝶はどんな種類でもどんな環境にも適応して使役することができるらしい。更には天与呪縛ではないが、俺の性質が特殊らしく蝶に好かれやすいことも判明している。現にこうして自室のベッドで寝転がりながら考察している今も数頭の蝶が飛び回っていた。

 

 

 

閑話休題、この世界に来て一週間と三日が過ぎた。 

今日は釘崎と二人で渋谷に買い物に来ている。虎杖と伏黒が任務で不在なので俺が代わりに付き添い人として抜擢されたのだ。五条先生が「僕も一緒に行く。」だなんて良い歳して五月蠅かったが釘崎の一喝で即座に口を嗣んだ。やはり女は強い。

 

「樹ー、ちょっと行ってくるから近くで待っといて。」

「おう、適当にそこら辺にいるからゆっくりでいいぞー。」 

 

大通りのランジェリーショップに入っていった釘崎を見送ってから彼此十五分程度。近辺の古本屋で気長に待っていた俺は一度様子を見に店を出た。そして我が目を疑うものを見てしまった。

 

人混みの中でも視える者には判ってしまう特徴的すぎる見目形。今後、虎杖達の前に大きな壁として立ちはだかる特級呪霊達。漏瑚、花御、陀艮。そして彼等と共に会話しながら交差点を堂々と渡る、額に縫い目のある男。 

 

夏油傑が高専にいるからと頭から抜け落ちていた凶事。渋谷事変のない幸せ時空だと思い込んでいた己の浅はかさを呪った。

 

あまりの衝撃に現実を信じられずその場に立ち尽くしていると、脳みそ野郎が一瞬こちらに視線を滑らせた。確かに目が合った。男は口角を吊り上げ狂気的な笑みを浮かべて...背筋が凍った。 

 

目が合ったのは一刹那のことなのに、俺にとってはそれが永遠のように感じられた。一同が人混みの中に消えてからも、すっかり身が竦んでしまった俺はそれから釘崎が買い物袋を両手に顔を覗いてくるまで呆然と立ち尽くしていた。顔色が悪い、何があったと心配してくる釘崎を誤魔化すことで精一杯でその後はどうやって帰ったかすら覚えていなかった。

 

そうだ、脳みそ野郎にあの特級呪霊達もいるならば、真人と吉野順平の回も渋谷事変もあるはずだ。原作よりは幾分か平和な世界だが、あの男がいる以上必ず起こる。俺が何とかしなければ。未来を知っている俺だけが、救える命があるんだから。

 

 

 

それからは忙しない日々が続いた。 

術式のコントロールと身体能力を高めるために総監部に直接頼み込んで任務の数を増やしてもらった。それから渋谷事変の為に原作知識を正確に思い出す必要があったので、度々授業を欠席して渋谷の舞台を下見することにした。夏油傑はこちら側にいるけども、俺というイレギュラーな存在もいる以上未来がどう転ぶか分からない。だから様々なパターンを想定して計画を練るために念入りに散策する日々だった。  

一つ、最近では出席が稀となった学校の授業で虎杖達や二年の先輩達が何やら含んだよな目線を突き刺してくるのが気に掛かる。さっきなんて任務の報告書を提出して別の任務に行こうとして、五条先生と夏油先生に捕まった。何か困ってることはないか、最近何をしに渋谷に言ってるのかとか散々聞かれると鈍い俺でも察せられた。

 

ー授業をサボるなよ。

巨人二人に暗にそう警告されるとぐうの音も出なくて挙動不審になってしまったのは否めない。それでも皆の命と授業の成績など比べるべくもないので、適当にあしらってそそくさと逃げれば二人も追っては来なかった。

 

 

 

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