綺麗な蝶には毒がある   作:れいめい よる

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受胎九相図

 

二〇一八年十月上旬。俺は虎杖達と共に八十八橋への任務に赴いていた。因みに入学したてで実力の劣る順平は五条先生と夏油先生との特訓に明け暮れる日々なので、今までに任務を共にしたことは一度もない。 

 

約一ヶ月前の総監部との話し合い以来、俺は関東中を駆け回り任務に勤しむ日々を送っていた。それから一級昇格査定期間だから順調にいけば近々一級になる予定だ。その為授業には参加できていない分先生達が気遣って試験やらの頻度を増やしてくれてるおかげで週に一、二回は皆と顔を合わせられている。本来なら俺は虎杖達高専生が出向く任務には参加しないことになってるのだが、上にとある命令を下されて俺も身を運ぶこととなったのだ。

 

メールで補助監督に送られてきた短い一文。『高専内の蔵から盗まれた受胎九相図一ー三番を始末してください。』簡潔すぎるので電話越しに尋ねてみれば、総監部のうちの臆病な数名が特級呪物が何者かの手に渡ったという事実が怖くて夜も眠れないとのこと。虎杖が即処刑判定下されたのも頷ける臆病さである。

 

虎杖に指を食わせないためにも八十八橋編には介入したかったのでタイミングとしては完璧だった。後、血塗と壊相の保護。方法は決めてないが、まあ時と場合に合わせて動けばなんとかなると思っている。 

それに何よりこの任務が虎杖達にとって初めての受胎九相図との出会いとなることを俺は知っている。伏黒が領域展開を会得し、釘崎が初めての黒閃発動に成功する重大イベントであることを。だから皆の邪魔はせずに後援に回りたい。

 

 

「…っていうと、昔三人が同じ呪いを受けて、時が経ってそれが発動したって感じ?」

「そうっス、それ濃厚っス。…で、今からその中学と三人の被害者の共通の知人に話を聞くので三人にも術師視点で色々と探って欲しいっス。」 

 

あらかたの説明を終えた新田さんの隣で助手席に座る俺。後部座席には虎杖と釘崎、伏黒が座っている。 

 

「それにしても樹が来るなんて珍しいな。一級昇級審査中なのにこんな任務に参加して良かったのかよ。」 

 

車に乗ってから口数の少なかった伏黒が唐突に問いかけてくる。確かに伏黒が不思議に思うのも無理はない。今の俺の等級には簡単すぎる任務だし、この一ヶ月間総監部の使いっ走りになっていたせいで学校に帰れる機会も減っていた。

 

「個人的に今回の任務に用があったんだ。…それに、この任務の危険度だって上がるし。」

「……危険度が上がる?」 

 

最後の方は小さく呟いたつもりだったが聞こえていたようだ。

三人が怪訝な表情で問いただそうとする前に話題を変える。 

 

「ともかく、準一級の俺がいた方が心強いでしょ?」

「別に二級の伏黒がいるし。」

「酷っ!」

 

一時期は理由も分からず行き違いしていたけど、最近ではこうして冗談で笑い合えるくらいには関係を修復できてる。二年の先輩達も、俺が帰ってくる度にご飯に誘ってくれたりして忙しいけど充実した毎日を送ってる。渋谷事変さえ終われば京都校の人達も一緒に旅行できないか五条先生に聞いてみたいな。

 

 

「そういや樹っていっつも色んな蝶引き連れてるよな。」 

 

エンジン音だけがくぐもって聞こえる車内で、虎杖が後部座席から身を乗り出す。

 

「それが俺の術式だからね。けど最近は三福一択だよ。」

「三福?」

「ほら、こないだ三福が俺の代わりに出て話したって言ってたけど。」 

 

途端に空気が重くなった気がした。気の所為か?眉を顰めた釘崎が問いかけてくる。

 

「アレ、イツキって名前じゃないの。」 

「なんかイツキって名前が嫌みたいだから、俺が新しくつけたんだ。誠実で優しくて、本当に良いやつなんだ。」 

 

あの厳島神社の不思議な空間で出会って以来、三福は毎晩俺が眠ると生得領域に招待してくれる。瞳の色以外見た目がまんま俺だから最初こそ違和感しかなかったけど、今では双子みたいな感覚だ。俺が話しかける度に嫌そうな顔をしながらも最後まで付き合ってくれる無自覚ツンデレタイプだ。今は胸の紋様に同化して隠れてるけど、任務の日とかは一日中傍に居てくれる。 

そんなことを考えていると、虎杖が突然怒鳴るように叫んだ。 

 

「そんなはずないだろ!!だってあいつは…あいつは!」

「虎杖。」

「......!」 

 

言葉を続けようとした虎杖を伏黒が咎めるように声をかける。車内にどんよりとした空気が溢れ出す。

続きは言わずとも判った。両面宿儺の器になってしまったばかりに人生が狂わされた虎杖にとっては三福に対しても思うところがあるのかもしれない。特級呪霊は単なる呪いだと言いたいのだろう。

でも、たとえ虎杖にとっては忌まわしい存在でも俺にとっては...こんな世界に突然放り出された俺を陰から支えてくれていた心優しい呪霊(神様)だ。だから虎杖の態度を黙って見過ごすわけにはいかなかった。 

 

「…虎杖。」

「ッ!」 

 

俯けた顔を上げた虎杖が息を呑んだ。 

 

「いくら虎杖でも三福を貶すのは許さない。」

「ぁ……」 

 

そこまで言って我に返る。口を突いて出た反論に虎杖どころか車内にいた他の皆まで顔を青ざめさせていた。 

 

「ごめん、言いすぎた。…三福は良いやつなんだ、仲良くしてやって欲しい。」 

 

それでも自身の発言に後悔はなかった。いつかは虎杖達も三福と団欒できるような、そんな素敵な未来を夢想せずにはいられないのだ。

その後任務地に着くまで、車内には不穏な空気が漂い続けた。

 

 

それからは原作通りに進行した。 

伏黒の中学校へ調査しに行き、別の関係者に事情聴取し、津美紀さんのことで伏黒が俺達に何も言わずに送り出して…そして今、俺達は八十八橋の下にいる。  

 

「態々心霊スポットに行く意味が分からん!」

「それな。」

「せめて狐の窓でやめとけよと俺は言いたい!」

「それな。」

「そろそろ着くぞ、気を引き締めろ。」 

 

そうして四人で峡谷の下に進むと、件の呪霊が現れた。 

 

「ナアアア アア」 

「なんだあ?先客かぁ?」

 

凸凹に出っ張った穴から顔を出す呪霊。それと同時に現れるもう一体の呪霊、血塗。 

 

「樹、伏黒、コイツ別件だよな。」

「うん。」

「ああ。」 

 

血塗から目を離さずに問いかけてくる虎杖。 

 

「じゃあオマエらはそっち集中しろ。コイツは俺が祓う。」

「…了解。」 

 

虎杖が血塗に俺達はモグラ呪霊に向き直る。正直俺の手助けがいるとは思えないが、モグラ叩きには人員が多い方が良いだろう。   

 

 

開戦から数分が経った。原作通り釘崎が壊相に連れて行かれて、虎杖が空間の裂け目に飛び込み俺も続こうとした、その時だった。 

俺が踏み締めていた地面から突如として土が盛り上がって一体の呪霊が飛び出してきた。 

 

「は?」

「樹!」

「大丈夫。」 

 

そうは言いつつも、頭の中は混乱に満ちていた。おかしい、漫画での展開と異なる。眼前でニタリと不気味な笑みをつくる呪霊から目を離さずに、伏黒に呼びかける。 

 

「伏黒!そっちに呪霊いる!?」

「ああ、俺の目の前にいるが…まさか。」 

 

間違いない、呪霊が二体いる。だが実力差を考えれば勝算は俺達にある。あの宿儺の指を取り込んだ呪霊が現れる前にコイツらを祓う。 

 

「俺がモグラ叩きするから、伏黒が潰してくれ!」

「分かった。」 

 

ー加波比良古操術 極楽迷蝶 

俺の周りを羽ばたく蝶達から斬撃が飛んでいく。 

 

「ニョォ!?」

「遅すぎモグラに謝れ。」 

 

今ので一体。モグラ呪霊が出てこれる穴が一つになるように絶え間ない斬撃を送る。遂に最後のモグラ呪霊が穴から出てきたのを伏黒の玉犬が蹴り落とした。 

崩壊していく結界に伏黒が一息吐く。だが、彼にとっての本番はここからだ。

 

「なっ!?」 

 

消える穴の中から現れた、少年院を思い起こさせる呪霊。宿儺の指を取り込んだことにより何倍もの力を増すそいつは、六月に虎杖が器として覚醒したことで共振しだした。  

 

「………。」 

 

刀の鞘を抜いた瞬間、伏黒に襲いかかる呪霊。 

 

「っ!」

「伏黒!」 

 

吹っ飛ばされた伏黒が頭から血を流し意識を飛ばす。追撃を仕掛ける呪霊に斬撃を飛ばして気を逸らせる。ケラケラと笑う呪霊が足を踏み込んだ。刹那、 

 

「っ!?あっぶな、」 

 

瞬きの間に距離を縮めた呪霊が振りかぶった拳をすんでのところで躱した。続けて繰り出される拳や蹴りを防ぎ、反撃すること十数秒。 

「樹!」背後に庇っていた伏黒が目を覚まして呼びかけてくる。伏黒に並ぶよう後退した俺を見て、呪霊も同じように大きく三歩後退し様子を伺ってくる。 

 

「…俺にやらせてくれ。」 

 

呪霊から視線を離さずに、伏黒の覚悟の籠った声色に自然と口角が上がった。「俺のことは気にせず、好きなように動けよ。」そうして伏黒が動きやすいように結界の隅に下がった。

 

一歩前に踏み出した伏黒に、対戦相手が変わったことを理解する呪霊。漫画でもそうだったけど、宿儺の指を取り込んだ呪霊は人間の言語が話せずとも知能が高いのが厄介だ。少年院で虎杖達が負けそうになったのも無理はない。宿儺が出てこなければ虎杖が殺された後に伏黒と釘崎も追われて殺されていただろう。  

 

そして遂に、伏黒が限界を超えた。 

領域展開、嵌合暗翳庭。 

闇よりも深い、影の海が広がる。 

 

「ハハッ!!」  

 

呪霊が呪力の波動を広げるが、残念ながら伏黒が領域展開を成功させた時点で勝敗はついてる。

呪霊の陰から出てきた玉犬の爪が呪霊の胸を貫いたことで、結界が崩れていった。  

 

 

「お疲れ様、伏黒。」

「…少し休む……虎杖達のこと、頼めるか。」

「もっちろん!全部俺に任せなさい!」 

 

ドンと胸に手を当て大袈裟に言ってみれば、伏黒はふっと口元を緩めて地に伏した。 

 

 

「……三福。」 

 

胸元に向かい呼びかけると、光だす紋様から出てくる三福。 

 

「蛻?°縺」縺ヲ繧九」 

 

分かってる、テレパシーでそう言って巨大化する三福に伏黒が握る宿儺の指を差し出す。

 

「いっ…!」 

 

宿儺の指を取り込むたびに三福を通して俺の呪力量が膨れ上がる。その反動で心臓がずきりと痛んだ。続いて伏黒をアレクサンドラトリバネアゲハ二頭に任せて胡蝶神楽を発動する。

 

黒茶色の淵に透明で透けた蝶の翅が広がる。胡蝶神楽は蝶の特性を術者に付与する技だ。

 

ツマジロスカシマダラは毒蝶の一種。硝子細工のように美しいのに、ピロリジジンアルカロイドという毒性を含んだ花の蜜を吸うので体内に毒を持っている。美しい花に棘があるように、綺麗な蝶には毒があるのだ。  

羽を広げふわりと舞い上がり、虎杖達の元へ高速飛行で向かう。

 

橋の下に着いた時にあらかじめ全員に俺の蝶を忍ばせておいた。蝶達のコミュニケーションを三福が拾って、それを俺に伝えることで場所を割り出す。幸いなことに、虎杖達はそう遠くまで飛ばされなかったようだ。 

 

 

「いた。」 

 

百メートル先で虎杖達が黒閃を発動したのを捉える。俺は飛行速度をあげて二人の元へと急降下する。だがそれよりも、釘崎が血塗を倒したのが早かった。 

 

「血塗…」

「っ領域展開!」 

 

瞬間、俺は肺腑から叫んでいた。

 

 

 

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