綺麗な蝶には毒がある   作:れいめい よる

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第四話


恐の都

 

記録 

十月三十一日、午後七時。

東急百貨店、東急東横店を中心に半径およそ四百メートルの帳が降ろされる。帳は一般人のみが閉じ込められ、術師及び補助監督の出入りは可能という特定条件が設けられている。偵察に向かった術師の報告によると混乱に陥った一般人が多数立ち往生しているものの現状被害は見受けられず、しかし階下には特級相当の呪霊が跋扈している模様。猶且つ、散り散りに帳の縁まで逃げた非術師が揃って「夏油傑を連れてこい」と訴えていることから総監部は被害を最小限に抑える為特別特級術師夏油傑の単独派遣を決定。 

 

 

同刻、東京都千代田区大手町。

毎年恒例のハロウィンに際して渋谷への行路に着く人波があった。東京メトロの大手町駅から渋谷駅までは二十八分。混雑の絶頂へと昇りゆく都会で交通規制の張り巡らされた範囲で車輌移動の選択をする者は多くない。地下鉄駅周辺には利便性の高いバス停も、今後のイベントを謳歌する為の必須品を取り揃えられるコンビニも多数点在している。本来ならば回遊の制限が設けられている九キロ先の街に向かわんと意気込む者達の過半が十代から二十代の道楽者か物見雄山者か、或いは反骨精神旺盛な若者であった。 

無論、そのような若さが故に無鉄砲な輩は渋谷ハロウィンのみならず此処大手町でも無謀を犯すわけだが…。無謀は過ちへ、過ちは悲劇へと転落するのがこの世界の常である——。 

 

「ウィー、どもー」

「キャハハ!さとしまじウケる!」

「なあなあ!賽銭パクんね?」

「えー流石にやばいっしょ。」 

 

日本経済の中枢を担う大企業が軒を争う層楼区域、その一角で異彩を放つ狭小な旧跡。其処は平安中期の豪族、失意のうちに身罷った平将門を祀る塚、将門塚である。日々新鮮な供花が供えられる曰くつきの石碑には、おのがじしの奇抜な衣装を身に纏った由もない祈願に参った五名の大学生がいた。

徒歩三分の駅への道中、素面にも関わらず高揚する場の雰囲気に酔いしれた金太郎衣装の青年が突拍子もない提案をしたのが、彼等が急遽寄り道をすることになった発端だった。 

 

「おーい聞いてんのかぁ?首だけ野郎ー!」

「ちょっと正木君、やりすぎじゃないかな?ここ、結構噂あるし」

「なにお前、びびってやんの。」

「ヒューヒュー!」 

 

海賊を装ったクラスメイトが果敢な一歩を踏み出した。…一瞬、谷間を挟むビルの照明が点滅した。一人を除いて四人は気付かぬばかりか、賽銭箱に歩み寄る者、石碑の面前で接吻をする者とに分たれた。 

 

「さあて、いくらあるか数えようぜ。」

「千円とか?」

「何だそれ、将門とか偉そうな名前のくせにしょぼすぎだろ。」 

 

ひー、ふー、みー…なんだっけ。四で良いじゃん。

臆面もなく賽銭箱を転覆させた青年二人に、唯一仮装をしていない小心者が後ずさった。 

 

…不意に街頭が暗転した。建物の照明も明滅ののちに尾を引くように消えていった。誰かが不満を荒げる。空気読めよ、ブレーカー落ちてやがんの、さっさと点けろよ。臆病な同伴者だけが何か心胆寒からしめる予感に身慄いを治められずにいた。 

 

「あ、俺携帯あったわ。」

「充電してきてないから頼んだわ。」 

 

金太郎が携帯照明を点けた。賽銭が照射される。LEDに当てられた小銭が白色を帯びて照り返す。

…彼の視界の上に影が過った。 

 

「ん?」

「どうした?」 

 

照明を動かす。何も居ない。気の所為だろうか。なんでもないと返して青年は再び賽銭に目を落とした。 

……否、落とそうとして彼の目線は意思に反して急落していった。

情けのない疑問が溢れる。そのうちに覚えのない長脚が賽銭を踏み締めるのを最期に金太郎の視界は永久に閉ざされた。

 

「きゃー!キャァー!」

「何だよ、なんなんだよ!」 

 

悲鳴、肉の潰れる音、空気が切り裂かれる音、断末魔。

驚愕と困惑、困惑と恐怖。

 

入口に呆然と佇んでいた女は絶望に顫動していた。玉のような汗をどっと噴き出させ、カチカチと歯を噛み合わせて。一歩、また一歩と後退する度にそれは前進する。蹄が踏み締める地面が炙られたかのように煙をあげる。 

何処からともなく現れた首のない馬に騎乗する落人の如き姿態の男の正体は火を見るよりも明らかだった。殊、悪霊を修祓する為のサウィン祭に所以するハロウィン祭の晩、況してや自身の同級生が不興を買う行いをしたのであれば尚更。

 

すこぶる恐怖に目を見開いて、女は必死に声を振り絞った。 

 

「ご、ごめ…ごめ、なさ」 

 

謝罪は最後まで紡がれる前に彼女の命と共に絶たれた。 

 

頬貫が腹を蹴った。

黒鹿毛の馬が嘶き、竿立ちする。いざ出陣とばかりに太刀を掲げて、平将門は大笑した。 

 

「アーハッハッハァ!時当!西洞院時当は何処に居る!今一度討ち果たそうぞ!」 

 

* 

 

京都市右京区馬喰町。 

千本通、西大路通、丸太町通、北大路通を四辺として大凡六キロ、総面積二平方キロメートルに帳が下ろされている。帳内に五百体、外に千体…尚この千体は京都を含め京都、奈良、大阪、滋賀、三重、和歌山に分散されており馬喰町には百体あまり。しかし帳内で何らかの儀式が遂行され呪霊は無制限に増幅している。近畿在住の術師達が祓除に勤しんでいるものの呪霊の等級は総じて高く苦戦を強いられている現状に総監部は午後八時四十分、五条に緊急出動要請を発令した。駆けつけた五条は想像を絶する惨状を目の当たりにした。 

 

「千体だって?どいつの眼が腐ってるわけ、これ千どころじゃないっしょ。」 

 

上空二百メートル、空中浮遊する五条は目隠しを持ち上げた。地上では阿鼻叫喚が拡がり、歴史的建造物と豊かな自然が織りなす伝統的な京の都の景観は壊滅の一途を辿っている。彼が連絡を受けたのはたった五分前、ところが僅か五分の間に死傷者は増え続け死屍累々の中には呪術師の亡骸も散見された。 

 

五条の目算では六キロの囲いの対角線の中点に位置する然る神社が呪霊増大の元凶だった。その証左に神社から左右前後に等間隔で六つの光柱が空を穿っている。 

 

五条は地上に降り立った。無下限を発動したまま帳の内に侵入する。十四メートルにも達する花崗岩の鳥居を潜ると灼熱が彼を出迎えた。先に中へと入った呪術師達は境内に辿り着くこともできずに燃え尽きていた。

 

自身の登場に目を輝かせ飛び掛かってくる呪霊を手も触れずに祓いながら進む。荘厳な楼門を抜け参道を通り本殿を目指すこと暫く、日と月と星を模った中門の先にそれは君臨していた。

三メートルにも巨大な上背、輪郭を朧げにさせる暗雲、食した人間の数が顕著に反映された生々しい朱塗の外皮。 

 

「待っておったぞ!」

「いやあ、僕こういうファンサは断ってるんだよね。」 

 

五条を捉えるや否やそれは歓喜の雄叫びをあげる。叫びに共鳴するかの如く、地面からじわりと黒霧が立ち上りやがて三十体あまりの呪霊となった。

忽ち帳の外へと飛び出さんとする呪霊らを追って五条は浮遊する。 

 

側面から襲ってくる熱気に歩を転じた。地ならしを起こしながらそれは近付いてくる。兎にも角にも元凶を打倒することが最優先且つ近道であった。 

 

「お前、妙な気配がするな。食ったっしょ、宿儺の指。」 

 

二本か、三本か。

巨大な拳が地面に振り落とされる。凄まじい地鳴りが生じ、亀裂が双方の足場を残して沈下した。立ち所に跳躍したそれは五条に攻撃を仕掛けるでもなく本殿の桧皮葺屋根に足をつけた。 

 

「この私に当来術師の真価を證してみせよ!」 

 

空気を震撼させる咆哮とともに豪炎が駆け巡ると、五条は嘆息を吐かずにはいられなかった。 

 

「やれやれ、子孫に迷惑かけるもんじゃないよ…ご先祖様。」 

 

向かうは菅原道真、対するは五条悟の一世一代の戦いの火蓋が切られた。 

 

* 

 

午後八時十四分、JR渋谷駅新南口。 

 

「右京区では特級怨霊菅原道真が街を滅ぼして北野天満宮に籠城、呪霊千体以上が近畿全域に放たれてあっちの術師と五条が対応中。こっちじゃ夏油が改造人間と特級呪霊の招待を受けて地下鉄潜入。世も末だな。」 

 

一級術師兼東京高専二年担当教師、日下部篤也は棒付き飴を噛み砕いた。大層物憂げな声調だ。あわよくば帰宅したいという魂胆が明け透けな脚が左へ右へと無為に移ろいゆくのを呆れ半ばに眺めながら舞南斗、パンダ、与は一転機に備えて駅前を塞いでいた。 

 

しかしながら日下部の士気が下がるのも宜なることである。というのも今日十月三十一日の有事を漠然と思設けていた東京高専側は関西勢力と策応し東京に集結していたのだが、近畿での前代未聞の跳梁跋扈により急遽京都高専の一同は故郷へと逆戻りすることになったのだ。 

夏油が渋谷を平定するまでの間、彼が万一に取り零した呪霊を祓う為に他呪術師は帳外で待機を命じられていた。七海を統率者として二級術師猪野琢真、伏黒は同渋谷駅十三番出口にて、特別一級術師禪院直毘人を統率者として、真希、釘崎は渋谷マークシティ、レストランアベニュー入口にて待機中。 

 

「俺達は?」

「だから待機だっつってんだろ。」

「えー。」 

 

舞南斗が唇を尖らせて抗弁した。徒競走の直前、他の走者がフライングを行い出鼻を挫かれたかの面相だ。不服を露わにする生徒の額を彼の部活の顧問は小突いた。 

 

「えーもこうもない。」

「いたっ、昭和だ…」

「なんか言ったか。」

「なんでもないでーす」 

 

日下部は無音の息を漏らした。張本人がてんで自身の立場を理解していないことが何よりも彼の倦怠感を増長させていた。舞南斗は総監部から唯一単独行動が許されている術師であるが、当然彼の保護者が堕落した上層部の思惑通りに健気な生徒の暴虎馮河を許すはずもなく…夜蛾の指示により渋谷駅に突入しようとしていた舞南斗を強制的に引き留め班に組み入れた次第だった。要は監視保護である。

 

 

 

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