綺麗な蝶には毒がある   作:れいめい よる

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第五話


ブラックアウト

 

厚く朱い焔が舐めるように洛陽の大地を押し包んでいる。境内に点々と聳える誇りの木は見る影もなく灰燼と化し火の粉を勢いづかせていた。灼熱の疾風怒濤は衰えを知らず家々は次から次へと延焼している。不吉な紅に染め上げられた京の都はまさしく天災と称するに相応しい有様だった。 

 

暑い。無下限を張る五条の素肌に実際の熱が届くことはなくとも視界を彩る熱気が彼の五感に暑さを訴えていた。五条は上着を脱いだ。 

二十メートル先で本殿の八棟造を大破させて菅原道真は臥している。四つ腕巨体の裸体からはシューシューと煙が上っていた。肉が焼け焦げた臭いが生々しい。六眼を除けば呪力量、腕力、体力、速度…何一つにおいて菅原道真は劣っていなかった。 

 

時間を無駄にしたと、五条は舌打ちを溢した。相棒が派遣されたとはいえ、京都での戦いで不必要に労力を費やすわけにはいかない。近畿全域に及ぶ呪霊跋扈は彼がたった今斃した特級の余興の十分の一にも満たないだろう。早急に難所に力添えをして残存勢力を呪術師達に任せて東京に駆け戻りたかった。取り越し苦労だと言い聞かせつつも、一向に連絡の繋がらない通信機に微々たる不審を抱き始めていたのだ。 

 

彼は踵を翻す。颯爽と神社を後にしようとして、妙な感覚に立止った。 

頭上を見上げる。暗然たる闇は半球状に北野天満宮を覆い、燦然と輝く諸方六つの光柱と大火事が地上の万物に陰影をつけている。 

 

「帳が消えてない」 

 

云い終える前には確信が五条の身を転じさせた。背後を振り返る。巨体は微音もなく起き上がっていた。 

 

「わ、ワわワ゛…私こそはハ天満大自在天神なリ!」

「ゲームバグみたいな起き方してやんの。」 

 

壮絶な咆哮が空気を震撼させる。檸檬を絞り出すように数百の呪霊が地面から溢れ出てきた。呪霊の攻撃を回避、反撃しつつ五条は難敵の様子を伺う。 

 

衣一つ纏わぬ素裸の体躯は早くも五条が損なった全ての傷を修復していた。呪力の回復を早めている要因は梅の大木よりも丈夫な首に掛けられている首輪念珠。召喚系の術式は際限なく行使されている。その上、五条が現着する以前から天を穿っている光柱が菅原道真の永続的な回復に何らかの寄与をしているものと思われた。 

 

「そう簡単には帰らせてくれないってわけか。」 

 

敷地内の呪霊を一掃して、五条は再び菅原道真と対峙する。頭を捥ぎ、四肢を引き抜き、体を両断してみた。ところが四度に渡って菅原道真は超回復を成し遂げた。中途、念珠を破壊されてからは全快までの所要時間は格段に引き延ばされたものの却って再戦までの間を持て余すこととなった。 

 

「浄土に座す天使は直なり、六道に座す悪魔はおほづつなり。」

「だーかーらぁ、クイズやってる暇なんてないんだけっ…ど!」 

 

視界から消えた相手に五条が素早く後退すると、元いた場所の地面にはクレーターが出来ていた。

拳を上げ勇んで菅原道真は奇怪な質問を繰り返す。最初の衝突からかねてより六つの謎謎にも似た質問を復誦していた。…六つ、という暗合が突と五条の脳漿を駆け巡る。天啓が差し込むように彼は閃いた。 

敵は問いかける。 

 

「浄土に座す天使は直なり、六道に座す悪魔はおほづつなり。但し両者の様体は同じき。然て、浄土と六道の衢、お主の面前に居る。お主には唯一の言問いを赦す。如何様に言問へば浄土へゆけるか。」 

 

五条は須臾の間勘案した。 

 

「…僕ならこう訊くかな、この先が天国に続く道かって尋ねたら貴方は何と答えるかってね。」

「何故」 

 

感触が良い。彼の長脚が準備運動の要領でぐいと屈曲された。 

問題はこうである。正直な天使と嘘つきな悪魔、それぞれ見た目は全く同じ。天国と地獄の別れ道に立っていて、回答者は一つだけ質問することが許されている。さて、何を訊けば天国にいけるか。 

 

「相手が天使だろうと悪魔だろうと回答は一貫してる。イエスなら地獄行き、ノーなら天国行きになるから…ね!」 

 

耳を聾する轟音が響き渡る。地層の岩盤が破壊され地表が夥しい亀裂を走らせ揺れ動く。烈震は収まるどころか過激化し帳の外に漏洩せんばかりの衝撃が波紋を広げた。大災害と形容するに相応しい惨状を生み出した五条は宙に浮かび様子を伺う。周辺の障害物を巻き込み拡大するハリケーンの如く巻き起こった火災旋風が、次第に黒煙へと鎮まってゆく。そこから現れたのは右手以外を修復させた菅原道真だった。 

ソレは全身で欣喜を表し吠えた。 

 

「めでたし!専一学問に励め、その二!」

「まったく」 

 

解は得た。右手の喪失に伴い光柱が一柱消えている。とりもなおさず六つはそれぞれ頭顱、両手、両脚を一本ずつ、胴体の再生を実現させていたのだ。そしてそれらは五条が質問に正確に回答したことで無効化が可能となった。結局のところ、菅原道真の祓除には問題と回答の応酬が必要不可欠なのだ。 

 

なんと煩雑な手段…よもや肉体ではなく脳労働を強いられることになろうとは。しかし一刻も早い帰還を叶えるには学業の呪霊を満喫させなければならない。五条は構えをつくった。次なる問題を急く前に、一つ嫌味が口を衝いて出た。 

 

「僕からも質問させてよ。…お前と俺、今からボコされるのはどーっちだァ?」

 

 

よくよく振り返ってみれば三福は一度も昔の契約者についてを話したことがなかった。俺が成り代わる前の日記のメモ欄に少しだけ書いてあった情報では神から呪霊へと堕ちたイツキを最初に調伏したのは平信基、次に西洞院時当とされている。爾来三福は消息を絶ち約千年後の現代になってから突然、呪詛師に封印を施された状態で子孫の俺の前に現れた。平将門を鎮めたのは西洞院時当だ。どうやって鎮めたのか、彼が亡くなった直接の原因も判然としない。けれども平将門が子孫である俺に逆怨みするのは納得のいく流れだった。実際、アイツの殺意は西野さんよりも俺へと向いているから。

 

「…つし…い、じゅつ…」 

 

だけど解せない点がある。如何して平将門は俺を一目で加波比良古操術の遣い手だと見抜いたのか、俺を執拗に時当と呼び続けるのか。鼓動がいやに高まり続けるのは、きっと猛然と走っているだけだからじゃなかった。俺はここにきて初めて、三福や自分の先祖について知っておくべきことを何も知らないという焦燥すべき事実に直面したのだ。 

 

「樹術師!」

「っはい!」 

 

ふと耳に届いた大声が思考の海から現実へと意識を引き摺り起こす。弾けるように顔を上げれば怒気を堪えきれてない形相が俺を睥睨していた。 

 

「ご、ごめんなさい!」

「こんな時に考え事とは随分と余裕ですね、羨ましい限りです。」

「すみませんでした!」 

 

先手の謝罪は何の意味もなく、チクチク言葉が胸に突き刺さった。 

 

「時当ぉお!」 

 

おまけに背後からのラブコールも絶えない。母親が大衆の面前で一喝するのを仕方なしに控えるような表情で西野さんは嘆息を吐いた。 

ふと遠目にシェラトン都ホテルの外観が留まる。住宅街の一角から深く考えずに西野さんに付いてきたものの目的地を聞いてなかった。てっきり平将門を渋谷に連れていき他呪術師との連携で倒すのだとばかり思い込んできたけれど、先程から俺達が目指している方角は渋谷でなく南東だ。気になって尋ねてみると西野さんは尻目に平将門を見遣った。 

 

「アレが都会中の電気エネルギーを攻撃に転換してるのは理解してますね?」

「はい。」 

 

平将門が通った跡の家々は必ず停電になる。それはつまり、各家庭やオフィス内で現在進行形で消費されてるエネルギーが平将門に奪われ、そのエネルギーを術式で構築し直して電撃に転換しているというわけだ。平安にどんな戦術をとっていたのかは俺の知るところではないけど、少なくとも現代の並大抵の呪術師では自然の猛威の如き戦法に為す術なく倒伏させられるだろう。 

だが弱点もある。喩えばゴムや純粋のような絶縁体は電気を通さない。西野さんみたいに金属といった通電性の高い物質を障害にして避雷針代わりにすることもできる。貯水池なんかも最適だ。

けれど平将門の強みは放電だけじゃない。彼の手に握られているのは小烏丸、古くは奈良時代に鍛造された呪具である。よしんば電撃を回避する術を見出せたとして、光撃なり物理攻撃なりで即座に反撃できる状態でなければ一億ボルトを食らって丸焦げになる。

 

じゃあ如何すれば良いのか。云うは易しだが、一言で述べればエネルギーの根源を断ち切れば良いのだ。 

 

「JERA品川火力発電所、彼処がこの地域一体の供給源です。」

「こっちから停電を起こしてやるんですね!流石西野さん!」

「この際停電被害は大目に見てもらいましょう。万が一発電所を破壊できなくても埠頭には企業用の純水製造をしている理化学機器製造会社があります。対処法はいくらでもある。」 

 

この場も一般人や呪術師の西野さんを差し置いて一番の標的となっている俺が囮となって気を引くのが好ましかった。帳も降ろされておらず絶えず現在地が移り変わる場所で領域を展開するなんてもってのほかだし、別の地に移動したところで都会には民間人が大勢いる。少しでも呪力を抑えた惹きつけを行って平将門の悪意を一身に受け、その間に西野さんが発電所の三基を打っ毀すのを待つ。そして時が来たらあとは俺の戦闘センスが勝敗を決することとなる。 

 

方針は定まった。若しも第二作戦の理化学機器製造会社で純水をしこたま浴びる羽目になった時のことを考慮して俺は懐から一冊のノートを取り出した。いざという時に備えて用意しておいた未来の概要が記されている。あくまで箇条書きだし、関係のない第三者に見られても精神病院送りにされないように異世界トリップ云々は一切書いていない。いつか俺自身が原作の展開を忘れてしまった時用に書いたものだし、逆に謂えば俺という存在に支障が生じた際には元の俺や五条先生達に活用してもらう為の保険でもある。俺が居なくなったからって脅威が一緒に消えてくれるわけじゃないのだから。

平将門の呪霊が祓われれば西野さんは後援に回るらしいので、これから前線に赴く俺よりも彼に一時的に任せておく方がずっと心易い。

 

「これを託します。俺が知り得る全てが書かれてます。五条先生達に渡して下さい。」 

 

二軒の屋根越しに突然ノートを投げ渡され、珍しく小首を傾げていた西野さんは忽ち面持ちを豹変させた。受け取った拍子に屋根から落ちそうな勢いでノートを投げ返される。 

 

「馬鹿なことを言ってないで早く行きなさい!」 

 

いや俺の努力の集大成が濡れたら困るんだって! 

ムキになってノートを投げ飛ばした。今度は彼の腕力でも届かないように背を向けて距離を置く。 

 

「学長のところに向かう道すがらで負傷者を連れてってあげて下さい!きっと渋谷の被害は此処の比じゃないから!」 

 

つい先日、お上が補助監督の交代を告げてきた。まだ西野さんには通達されてないから知らないだろうけど、これが最初で最後の共同祓除となる。 

 

「あの…本当に、今までありがとうございました。」

「舞南斗ッ!」

「はは、初めて名前呼んでくれた。」 

 

背後目に見た西野さんはまるで十年以上付き合った彼女に別れを告げられるような悲愴感を湛えていた。若しかしてそれなりに俺を認めてくれていたのか、将又実は呪霊が怖くて補助監督になったのか、なんて馬鹿げたことを口にすれば怨霊にも優る怒気を漲らせて成敗に来るのは目に見えているので俺は微笑んだ横顔を晒すだけに留めた。 

 

二手に分かれた俺達に下馬したイカれた平将門が俺を追い、超電磁砲馬が西野さんを追った。そうして平将門戦はクライマックス一歩手前へと差し掛かっていた。

 

 

 




天使と悪魔の質問に対して、支部にてご指摘を頂きましたので訂正致しました。
この質問は、「この道は天国に通じるかという質問に対する回答を求める」ことで正直な天使と嘘つきな悪魔の特性を活用した正解を導き出せます。
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