綺麗な蝶には毒がある   作:れいめい よる

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きっとどこかでボタンをかけ間違えた

 

 

吉野順平の救済は成功した。  

上に取引を持ちかけて任務場所を里桜高校周辺に集中できたことが結実した。取引というのは領域展開に関するグラブジャムンよりも甘い提案だ。縛りを結んだわけじゃないのでいざとなっても俺が腐った蜜柑どもを生き返らせる筋合いはないので問題ない。損得で会話をすれば意外と話しの通じる奴等だということが判ったのは良い収穫だった。渋谷事変でもこの調子で単独行動できるように手配してもらおうと決意した。   

 

さて、吉野順平についてだが...俺は神奈川に任務に赴くたびに蝶達に吉野順平と彼のお母さんを常時観察することにした。その甲斐もあり、順平のお母さんは多少切り傷を作ったものの病院で簡単な治療を受ける程度に被害を留めることができた。

だが原作の修正力ともいうべきか、順平が血溜まりを発見してしまったが為に里桜高校での惨事は避けられなかった。どの道彼を救えるのは虎杖しかいなかったので今となっては諍い果てての契りだと満足している。 

 

そして迎える本番、何処で何が起きるかを知悉していた俺は現場の陰で密かに事が始まるのを待機していた。順平が学校の生徒をくたばらせてからは全てが順調に進んだ。虎杖と順平が和解したところで原作通り真人が現れ、改造人間にされそうになったところで俺の登場。我ながら都合の良い茶番だと思った。

 

戦闘が始まった。真人と虎杖達の間に立ち塞がり数百の蝶を使役して視界を塞ぐ。真人は最初から俺がいることが判っていたのか驚くような素振りを一切見せなかった。雑魚だと認識されているのか真人は一度も本気を出さなかった。些か癪に触ったが虎杖達を守ることが最優先な俺にとっては彼の手抜きは有難いことこのうえなかった。そして七海建人ことナナミンが駆け付ければ真人はあっさりと帰っていった。定時退勤主義者のナナミンよりも素早く清々しい帰宅宣言だった。

唯、去り際に俺の耳元で「またね」と囁いたのはこの世のどんなホラー映画にも優る恐怖だった。 

 

そういうわけで、俺がこの世界にトリップしてからの最初の救済は大成功に終わったのである。

 

 

 

吉野順平を救済してからは張り詰めていた心にゆとりが生まれた。

それでも渋谷事変が残っているので変わらず渋谷に足を運んでいるが。今では経度緯度で質問されても渋谷内なら余裕で答えられるほどになっていた。渋谷中の建築物の種類も、住所も覚えたし何処からでも最短距離で移動できる。差し詰め渋谷マスターだ。今の俺に挑める奴などクイズミリオネアの優勝者でもいないだろう。  

 

虎杖達は変わらず俺を放課後の食事や買い物に誘ってくれている。その度に何かと理由をつけて断り続けているのは本当に心苦しく、渋谷事変を阻止してひと段落つけば今まで以上に交友を深めたいと常々感じている。  

今年の一年生は俺と編入した順平も含めて含めて五人。呪術師としての経験が浅いという理由から一年に組み入れたみたいだがそれが却って順平の学校生活に彩りを咲かせている。原作では決して目の当たりにできなかった光景に何度夢か現かと瞼を擦ったことか。

 

 

唐突だが俺の阿保すぎる失態を聞いてほしい。任務九割、学校一割の日々を送っている俺だったが勿論テスト等の確定イベントは覆すことができず今日は午後の数学の試験を受けに岐阜から舞い戻ってきた。特にこの一週間は五条先生への当てつけか腐った蜜柑どもに日頃以上に任務を詰め込まれていた所為で疲労が極限に溜まっていた。それでも徹夜続きの脳漿を絞って五限目のテストを生き延びた。前の世界での高校生としての知識が活きてるから成績には苦労してないのだが...疲弊した頭で半端に受けた所為か、肝心の名前を書き忘れるという大失態を犯してしまったのだ。

 

二度目の高一、数学零点。そんな後世に残る恥を許しても善いのか?...否、たとえ天地がひっくり返ろうともそんな黒歴史を残すわけにはいかない。魔が刺した俺は人々が寝静まった夜に職員室に忍び込み名前を書き直すことを決意した。

 

 

そして今現在、職員室の前の薄暗がりの廊下に佇んでいる。残念ながら夜は施錠されていて外側から無理矢理開けることができない。下手にこじ開ければ警報が鳴るだろう。なら、内側から解錠すれば良い。俺は早速蝶を使役して見事に侵入を成功させた。

職員室には誰もいなかった。机の上の名札を順に追っていけば『五条悟』と本人が書いたわけではないだろう達筆な名札に辿り着く。少し漁れば今日の午後に生徒から回収した紙束は直ぐに見つかった。そそくさと胸ポケットからシャーペンを抜き取ると名前の欄が空白の用紙に名前を書き込んで元通りにする。これで無事に俺の黒歴史は葬り去られた...と確信していた。

 

ここで問題が発生した。急いで職員室を後にしようとしたところで、ドルーリーオオアゲハが飛んできてその羽ばたきが巻き起こした風で開きっぱなしの引き出しの最前に仕舞われていた一枚の紙が床に落ちてしまった。すかさずそれを拾おうとして屈んだ拍子に、机の角に腕をぶつけ卓上の隅に備え置かれていた墨汁が紙に飛び散ってしまったのだ。

 

「うわ、やらかした。」 

 

思わず後悔が溢れた。拾い上げた紙には何らかの名簿のような人命が書き連ねられていて引き出しに仕舞うくらいだから大事な書類だったのではないかと推察する。渋谷の一角にどんな汚れでも元通りにできるという定評の修復屋があるので明日の任務帰りに其処で修正してもらおう。そう思い至り墨で汚れてしまった書類を折りたたんで裡ポケットに入れる。そんな時、蝶達が騒々しく羽音を響かせて窓を示した。

 

その先を辿れば職員室の外の松の止まり木で羽を休める...違うな、こちらを観察する一羽の烏が。同様の動物の操術系術式の俺だからこそ察知できた、その烏は冥冥さんが使役してるヤツだ。  

背中をつと嫌な汗が伝う。これは拙い。俺が夜中に職員室に侵入してテスト用紙を書き直した挙句、大切な書類を駄目にしたことを告げ口される。誰に?そんなのは関係ない、問題は烏が一部始終を盗み見ていたことだ。

俺は急速に脳味噌を廻転させる。そして閃いた。そうだ、今から任務に直行すれば良い。そうすれば明日の朝学校で誰かに問い糺される心配もないし、次に帰還した時には綺麗になった書類を渡して素知らぬ顔ができる。 

 

そう考えるや否や善は急げとばかりに俺は即座に行動に移した。最初に、冥冥さんには申し訳ないが覗き見しやがった烏は俺のドルーリーオオアゲハとアレクサンドラトリバネアゲハの二頭に対処させ、その隙にテスト用紙は引き出しに返して職員室を後にした。最後に退室する蝶に鍵を閉めるように指示を残して。 

 

 

 

早足に校舎を遠ざかり正門に近づいたあたりで足が止まる。いや、止めざるを得なかった。門の前に彼が仁王立ちしていたのだ。いつもと変わらぬ五条袈裟を着て、いつもと変わらぬ胡散臭い笑みを浮かべる夏油先生が。だが彼が纏う空気はいつもとは異なる。 

 

「舞南斗。」

 

五条先生と諍う時の声音で先生は俺の名を呼ぶ。口元は弧を描いているのに、その目は笑っていない。語らずとも特徴的な薄目は説教のカウントダウンを始めていた。何か、免罪となり得るまともな言葉を発さなければ。俺は動揺を呑み込んで笑顔の仮面を貼り付けた。 

 

「こんばんは、夏油先生。…最近はよく会うけど石川の呪詛師教団への潜入任務はもう終わったの?」

 

以前蝶達が教えてくれた近況を元に会話に取り掛かると、夏油先生は一転して表情を削ぎ落とした。何の変哲もない挨拶が逆効果を生んだことに困惑してたじろげば、背後からザリと砂利を踏む音がする。

振り返る。十メートル程離れた位置で五条先生が、更にその向こうに冥冥さんが立っていた。五条先生は夏油先生と同じく、まるで核兵器のボタンを押すかどうかを議論するような深刻な顔つきで澄み切った碧を俺に注ぐ。 

 

「舞南斗、こんな時間にどこに行くつもり。」

 

挨拶もなしに放たれた語勢に問われると、包囲された強盗が出頭を命じられているような心地になった。けれども俺が見苦しくも諦めない。

 

「何処って、任務に決まって」

「任務予定を確認したけど次の任務は明日の午前十時からだよね。他県でもない限り今から外出するのはおかしい。」

「........。」 

 

その通り、明日の任務に限って現場は都内だった。俺の言葉を遮るように現実を突きつけた五条先生にもはや誤魔化しは効かないと判断して話頭を転じる。

 

「先生達こそこんな時間にどうしたの。」

「私が呼んだんだよ。」 

 

含みを口端に乗せて冥冥さんは何処かを指さす。その先を追えば、俺が対応を任せた筈のドルーリーオオアゲハとアレクサンドラトリバネアゲハが例の覗き魔烏に咥えられていた。  

もう弁明の仕様がなかった。「...練度が低かったな。」とずれた反省をすれば場の空気はますます悪化した。俺がテストの回答用紙を弄ったのが露呈したか、先生の大事な書類を汚してしまったのが明らめられたか、将又両方か。

 

こうなっては潔く低頭平身寛恕を請うが早いと、意を決して謝罪の言葉を述べようとしてふと心付く。改めて三人の様子を注意深く観察する。...彼等の反応は普段手合わせをする際に剣呑な纏うものであった。 

矢張り、俺はほくそ笑む。要するに先生達は俺が何処まで逃げ果せるか、鬼ごっこついでに実力を確かめたいのだ。よくよく考えてみれば俺が成り代わってからの約一ヶ月、一度たりとも東京高専の皆に術式の進歩を披露したことがなかった。随分と回りくどい無言の主張だったが、そうと判れば乗らない手はなかった。俺自身、実際にどこまで戦えるかを実践してみたかったのだ。

 

 

先生達の意図を理解すると俺は臨戦態勢に移る。勿論勝利なんて期待してないが、やる時は本気でやるのが俺の方針だ。風船が割れそうなくらいに緊迫した空気が漂いはじめる。  

手合わせの口火を切ったのは蝶達だった。 

 

気を利かせた無数の蝶達が何処からともなく現れて、先生達を取り囲む。 

 

「胡蝶神楽。」 

 

無数の蝶達が彼等の視界を塞ぐ羽音に紛れてボソリと呟けば大きな蝶の翅が肩甲骨から生えてくる。実は先生達はこの技を知らない。日記には飛行技術を完璧に磨いてからお披露目したいと書いていた。けれど今は状況が状況なのでやむなしだ。

一気に飛躍した。満点の夜空を背景にする俺を見上げる先生達に向かって指鉄砲をつくった。これは俺が呪力の調整の仕方を学んでいる時に開発した殺傷性の高い一撃。蝶の毒を呪力で濃縮して鉄砲のように放つ技。三十発連続で撃つと、高速で降り注いだ地面から砂埃が立ち込める。

 

 

その隙に門の遥か上空を飛行してそのまま越えようとしたが、流石は特級呪術師。蝶の大群を振り払って夏油先生が呪霊を放ってくる。推定一級相当の。今の俺の実力は準一級。

呪力と血液を吸収させて巨大化させたアサギマダラ二頭を送り込む。毒性を持つアサギマダラの攻撃が当たれば瞬く間に呪霊は内側から破裂するのだ。そして俺の目論み通り、アサギマダラの連続的な疾風攻撃を受けた呪霊は消滅した。

 

尚も襲いくる夏油先生の呪霊と烏を時に躱し、時に射止めながら天翔けて一度門の上に着地する。鬱陶しい呪霊を一掃してしまおうかと、新たな技を試そうとした時だった。不意に五条先生の姿がないことに気付いた。

 

「っまさか」

 

見事なまでの陽動作戦だった。夏油先生と冥冥さんの打ち合わせもない連携囮プレイに意識を削がれていた俺はもう一人の気配に気付けなかった。

 

「ごめんね。」

「...........!」 

 

咄嗟に背後を顧みるがもう遅い。空を飛んで接近してきた五条先生が手を伸ばしてくる。嗚呼、やっぱり敵わないな、なんて呑気な感嘆を胸中で溢した。 

五条先生の指先が俺の額に触れたその瞬間、視界が暗転した。

 

 

 

ーーそして最初に巻き戻る。 

 

目を覚ました俺は両面宿儺を取り込んだ悠仁が拘束された部屋にいた。悠仁と同様に椅子に後ろ手に拘束されている腕をどうにかしようと踠くが当然ながら外れてくれない。一通り暴れて手首に嫌な滑りが感触として伝わると俺は悔恨混じりの溜息を吐き出した。   

 

「一体俺が何したって言うんだよ...」

 

さも凶悪犯のように閉じ込められるのは遺憾でしかない。夜中に職員室に忍び込むのは、この世界の常識的に御法度だった?それとも書類か。若しやあの書類はとんでもなく重大な企業秘密か何かで、誰かが睡眠を削ってまで作成した書類に墨をぶちまけたことに教師総員が怒髪天を衝いてるとか...?

記憶を必死に呼び起こして己の過失を振り返ってみるが、ここに拘束される程の大罪は思い出せない。確かに夜中に職員室に侵入してテストの回答用紙の名前を書き直した挙句大事な書類を汚したのは有罪ものだ。だがその程度で京都校よりも柔軟な思考の東京高専の教師が此程までに憤るとは考えられない。 

 

考えども答えが見つかるわけでもなく、仕方がないので己の現状を改めて見渡してみる。部屋の四方の壁に隙間なく貼り付けられた札、それは恐らく呪力を封じるものだろう。四六時中付近にいる蝶の一頭すら見あたらない。駄目元で呼んでみるが扉も厳重に閉ざされているのでやはり一頭も現れない。  

 

突然重厚な扉が空気を侵入させた。開かれた廊下の先に立っていたのは五条先生と夏油先生だった。

 

「舞南斗。」 

 

再び閉ざされた小さな檻で出入口をその巨体で塞ぐ夏油先生と、目隠しを外したまま俺の真正面に歩み寄る五条先生。俺は直接尋ねてみることにした。

 

「先生、俺何かした?ここに閉じ込められる理由が判らないんだけど。」

「そうかな。ここにいる理由は自分が一番よく理解してるんじゃない?」 

 

すると先生は絶世の二つの天色をスッと細めた。輝くばかりの美貌に思わず息を呑みそうになる。先生の問いに、強いていうならば職員室での出来事だろうと思って「昨日のことかな。」と告げれば先生は突然話を逸らした。

 

「舞南斗。あの一ヶ月の間、何があったの。」

「だから覚えてな」

「嘘だね。」

「..........!?」  

 

根拠もなく断言した五条先生の全てを見透かしているような双眸に動揺を隠せずにいると、先生はやっぱりねと確信めいて呟いた。違う、俺が動揺を示したのは先生の言葉に対してだけじゃない。彼の周りを羽音もなく飛び回っているある虫を視認してしまったからだ。  

 

蝶の天敵、寄生蜂。何を隠そう、普段から蝶と生活してるせいか俺は寄生蜂アレルギーを患っていた。蜂蜜は食べれるけれども。だがしかし肩を引かせる俺の様子をどう受け取ったのか、先生達は一度意味深に見交わせると俺に向き直った。 

ー舞南斗、幾つか僕達の質問に答えて。

 

「野薔薇と二人きりで買い物に行った回数は?」

「...?二回」

「じゃあ僕とご飯に行ったのは?」 

 

奇妙な質問だった。脳内に日記を浮かべる。定かではないが、確か四回だと告げれば今度は「一、二年生全員で寿司屋に食事にしに行った時、舞南斗が泣いた理由は?」と果たしてその質問にどんな意図があるかも判らない問いかけをしてくる。

 

「..........。」 

 

愈々訳がわからなくなって狼狽えていれば五条先生は勝手に答え合わせを始めた。

 

「野薔薇と二人きりで買い物に行ったのは三回、僕とご飯に行ったのは二回、食事会で舞南斗は泣いてなんない。」

「...揚げ足取りだよ。」  

 

最後に至ってはひっかけ問題だ。あまりにも酷いクイズ大会の開催に不満を垂れれば終始静観していた夏油先生がそうかなと囁いた。

 

「舞南斗は昨晩、私の潜入先が何処だと行ったかな?」

「石川の呪詛師の教団って言ったけど、それが何なの。」

「その情報は一級以上の呪術師のみが知っているはずだ。一体どこで情報を得たのかな。」

「それと舞南斗が服に隠し持っていた名簿表。あれは僕が冥さんに依頼した内通者についての書類なんだけど...勿論、舞南斗は知っていたんだよね。」  

 

矢継ぎ早に攻め立てられると、俺は顔面を蒼白にさせた。漸く俺がこの場に連れてこられた理由が判った。俺は今、呪詛師もしくは高専内の内通者だと疑惑の眼を向けられているんだ。  

 

「それはッ、」 

 

弁明を図ろうとするも納得のいく事情をつぶさに説明できる上手い言葉が見つからずに口籠もる。五条先生がいっそう近づいてきた。彼と共に、寄生蜂も仲良く...。

 

「っ!」

 

肩を大きく震わせて仰反るがそんなことはお構いなしに五条先生はパイプ椅子の背を前に馬乗りになると、身を乗り出す。ブーンという羽音が、接近するにつれ鼓膜を揺さぶった。震えているのは、蜂か俺か。手を伸ばせば届く距離まで顔を近づけると、五条先生は目線を合わせた。 

 

ねぇ、気づいてよ。先生の無駄に高い鼻にヤツが止まってんだって。これ以上天敵(寄生蜂)を見たくなくて顔を俯ける。

 

「舞南斗、君は呪詛師に洗脳されてしまったんだ。」

 

先生が何かを言っている。

 

「自分では分からないのだろうけど、記憶が混濁してるのがその証拠だよ。」 

 

迫る脅威に脳内が全ての動作を停止していた。見たくない、聞きたくもない。けれど先生は俺の名を強く嗜めるように耳元で囁いた。 

 

「ねえ舞南斗、本当のことを教えて。あの一ヶ月、一体何処で何をしていたの。...いや、何をされたの?」 

 

顔を向ければ今度は宥めすかすような声音で、けれど嘘は許さないと無言の圧をかけてくる五条先生に俺は本気で焦燥感に駆られる。なんで同じ質問を繰り返されないといけないんだ。

 

「本当に知らない。」 

 

蜂が先生の鼻先から離れて俺の元に飛んできた。至近距離でブンブンと飛び回って、怯える俺を嘲笑うかのように。

 

「本当に知らないって云ってんだろ、お願いだから来んなよ!」  

 

自分でも何を叫び散らかしているのか分からなかった。ただ取り乱して蜂から逃れるべく拘束を外そうと踠き暴れる。もはや摩擦で切れた手首のことなど構わなかった。いくら無様を先生達に憐れまれようとも。ギチギチと軋む縄を揺らして、アレルギー反応による涙を流しながら怒声を上げる。

 

「舞南斗…」

 

心底憐憫の籠った眼差しが注がれた気がした。

肩の後ろあたりを浮遊していた蜂が俄に距離を詰め、俺の膝の上で停止する。いつかのカマキリのようにソレが触覚を擦り合わせるのが目に留まると、その光景を最後に俺は意識を失った。

 

 

 

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