綺麗な蝶には毒がある   作:れいめい よる

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第二話


多分皆言葉が足りてない

 

監禁部屋に閉じ込められ、情けない卒倒の仕方をしてから三日が経った。

異様に重い瞼を開けると知らない天井…というわけでもなく馴染みのある景色が飛び込んできた。上体を起こして見渡せば、やはり最後の記憶で監禁されていた拘束部屋ではない。住み慣れた男子寮の一室であることは間違いないのだが一つ異なるのは意味ありげなお札が彼方此方に貼られていることだろう。

 

俺の瑣末な罪が許されたというわけではなさそうだ。その証拠に試しに蝶を呼び出そうと試みるがうんともすんとも言ってくれない。領域展開みたいに外からであれば札の威力を破壊できるのではと思いついて物は試しとばかりに立ち上がる。心許ないが机の上のペン入れに入っていたカッターを手に取って。

目視で比較的割れ易そうな窓ガラスに近づく。

 

「お、ドルーリーじゃん!」 

 

すると幸運なことに、窓枠の外にドルーリーオオアゲハが構えていた。本来のドルーリーオオアゲハはオレンジがかった茶色だが、こいつは亜種で海を写した空のような綺麗な青と緑のグラデーションなのだ。この世界に来た時からくっつき虫のように傍に付き添ってくれる俺のお気に入りの蝶。名付けはしてないが、風呂も就寝も一緒のコイツはもう立派な家族の一員だった。

 

それはさておき、俺が使役する蝶の中でも最も頼もしいドルーリーオオアゲハであれば部屋の破壊ができるかもしれない。性質的には唯の虫である蝶な筈のドルーリーオオアゲハが呪力を口先に溜めているのを捉えると、来る攻撃に合わせられるようにカッターの鋭利な切先を窓ガラスに添える。窓を壊すなら今のうちだ。 

 

「極楽...」

「残念だがこの部屋ではお前の術式は使えない。」

 

技を叫ぼうとして、ついと背に軽薄そうな声調が掛けられた。咄嗟にカッターを隠して顔だけを翻せば夜蛾学長が知らない男を二人伴って入り口を塞いでいる。特に背後の二人はまるで囚人でも相手にするかのような目つきだ。

困惑する俺を余所に夜蛾学長は遠慮なしに足を踏み入れると、俺に椅子に座るように促した。

 

有無を言わせぬ雰囲気を纏う学長に素直に従えば、今し方まで怖面をつくっていた男たちは一転して満面の笑みを浮かべて俺の前に腰掛ける。その口角の上がり方が、学校の事務係が親を伴っている生徒に向けるような便宜上の笑みに感じられた余計に怖かった。

 

「舞南斗、今から幾つか質問をする。嘘偽りない真実を答えるように。」

「...分かりました。」  

 

無実を証明するには丁度良い機会だと、首肯した俺に男の一人が首に下げていた数珠ネックレスを外す。もう片方は数珠ネックレスを片手に構えた男の後ろに控えていた。その一連の流れに一体何の意味があるかは甚だ不明だが兎にも角にも質問に答えれば善いことだけは判った。俺にできることは恥を捨て去りあの晩についてのありのままを打ち明けることだけだ。  

 

準備を終えた男達が夜蛾学長に目配せをすると早速尋問が始まった。厳ついサングラスの下で眼光が鋭さを増した。

 

「では最初の質問だ。お前は一ヶ月間何処に居た。」

「何度も言ってますが本当に覚えてないんです。」 

 

覚えてないといえば語弊がある。正確には別世界の俺として存在していたのだが、この世界の俺が何をしていたか知る由もない俺にとって最適な返事は矢張り記憶喪失しなかった。出だしから嫌味な質問だと胸中で文句をつけていれば、男が俺の眼前で数珠ネックレスをまるで振り子のように揺らしながら、片手で器用にも印を結び始める。学長がもう一度問うてきた。 

 

「舞南斗、一ヶ月の間何処に居た。」

「…東京都××区××...」 

 

不思議な現象が起こった。二度目の学長の問いに、何故か己の口は勝手に言葉を紡ぎ始めたのだ。丁度その頃、元の世界で俺が住んでいた実家の住所を。突然の事態に戸惑いを露わにすれば男が説明をはじめる。 

 

「誠真導という真実のみを口に出させる術だよ。こんな術式だから前線には向いてなくてね、普段は捉えた呪詛師の尋問をしているんだ。」  

 

...おい誰が術式の開示しろつったよ。か弱き男子校生にとんでもない術式を行使する三人に非難を込めてねめつけるも屁でもないという風に流された。 

それにしても拙い。包み隠さず職員室での出来事を打ち明けるつもりではあったのだが、まさか尋問の専門家を呼んでくるとは思わなかった。だって考えてもみろ、「俺は実は別世界からトリップして来ました。そしてこの世界は本当は漫画の世界で、皆を救うために一人奔走していたんです。」なんて言った暁には病院送り待ったなし。そして病棟に永遠に閉じ込められるのなんて真っ平ごめんだった。

 

そうこうしている内にも学長と術者によって謎の質問会は進行していた。俺は数分前の恥を捨て去る云々などとうに忘れ去っていた。 

 

「以前神奈川での任務で七海一級術師からの報告が上がっている。ツギハギの呪霊を知っているな?」

「はい。」 

 

本格的に血の気が引き始めた俺を他所に、さも返答が分かっていたというような素振りで学長は質問を続ける。

 

「どこで出会った。」 

「…家です。」 

 

ここで一つ思いつく。この術式、口は勝手に動くけれど対象の思考回路までは操れないようだ。つまり上手く思考を誘導すれば答えを曖昧にさせられるかもしれない。 

 

「では炎を使用する特級相当の呪霊と、花もしくは植物を使用する呪霊を知っているか。」

「漏瑚と花御。それから...」

 

口を突いて出そうになった一人の名前をすんでのところで抑えた。漢字二文字の世界最悪の呪詛師、彼の名をこの段階でいうには時期尚早だった。今下手に動かれるとアイツが勘づいて今後全ての予定が狂う危険性がある。

そうなれば渋谷事変とその後に向けた俺の対策が水の泡となってしまう。駄目だ、耐えろ俺。

 

「それから何だ。」

「渋谷の...」

 

だがそんな俺の勘案を差し置いて彼等は単純化された答えを欲していた。それでもアイツの名前だけは告げまいと唇を引き締める。気を抜いてしまえば溢れてしまいそうな不甲斐なさに無性に悔しくなって噛み締めれば、プツンと内唇が切れて口内が鉄の味で満たされた。

段々と腹の底から苛立ちが湧いてきた。必死で堪える俺を聞き分けの悪い子供でも見るかのように咎める学長、矢っ張り囚人を相手にするかのように冷淡な眼差しを向けてくる二人の男。再度唇を噛み締めれば、洪水のよういに溢れ出すそれを飲み込んだ。全部全部、貴方達が笑って過ごせる穏やかな日々を享受する為に俺は一人奔走しているっていうのに...如何して俺が容疑者扱いされなければならない?

 

自分でも何故ここまで不愉快を拗らせているのかがわからなかった。ただ徐々に募る蟠りが抑えられなくなる。学長が「答えろ」と命令する。無意識のうちに拳を握った。

つと、後ろ手に隠していたカッターの存在を思い出す。そうだ、これであの忌まわしい数珠を壊してしまえば善い。そうすればこんな馬鹿げた尋問終わりにできる。

そう思うや否や、俺は行動に移した。

 

前触れもなしに腕を勢いよく振り上げる。大きな弧を描いて、カッターは数珠を断ち切って...。

 

だが俺の思惑とは裏腹に、彼の背後で控えていた男がそれよりも早く反応した。振り上げた腕を掴まれると、流れを利用されて窓際に押し付けられる。勢いを殺さずぶつかった背中が悲鳴をあげた。そのまま両腕を押し寿司みたいに握りしめられると、反射的にカッターを取り落としてしまう。最早成す術はなくなった。

 

「離せッ!」

「舞南斗!!」

 

あろうことか一見無関心を貫いていたと思っていた男に邪魔をされた俺はついに堪忍袋の緒を切らした。ガチャリと扉が開いて五条先生と夏油先生が入ってくるが気にならない。

 

「こんな馬鹿げた質問に何の意味がある!?」

「やましくないのなら答えるべきだ。」

「五月蝿いっ!」

 

目直で理性的に云返さればされるほど、激情が溢れてきた。頭突きの一つでもしてやろうと力を込めようとして、不意に飲み込みきれなかった血が肺に入って噎せた。

 

「この…カハッ、ガッ…ゴボッ!」

「舞南斗っ!」 

 

喉の奥の痛みに耐えられず、溢れたものを外に吐き出す。手首を抑えられていた為に口元を覆うこともできずに赤が床に零れ落ちた。小さな水溜まりを作り始めると、男が怯んだ隙に力を込めて押し返す。だがそれが限界だった。

 

「ガホッ....ヒュッ..」

「傑!硝子を呼べ!」

 

血相を変えて駆け寄ってきた五条先生が肩を揺さぶった所為で余計に肺に入り込んでくる。それを止めようと腕を伸ばすも、焦点もままならず先生の頬に二筋の赤い線を描いただけで終わってしまった。

舞南斗、舞南斗...体内の酸素が減っていき、次第に朦朧とした意識を保つことができなくなった俺は誰かの必死な呼び声を聞きながら意識を手放した。

 

 

 

*  

 

 

 

「容態は安定しました。」

 

舞南斗の診断を終えた硝子がそっと布団をかけてやると、死人のように眠る哀れな生徒を誰もが見つめていた。

 

「で、何があったんです?」

「恐らく彼の術式に対抗しようとしたのだと...。」

 

首元に散布した血の痕跡をハンカチで丁寧な仕草で拭き取りながら尾山という男が話し出した。

 

「極稀ですが、無理に抗おうとして心臓に負担が及び吐血する呪詛師がいます。樹君はまだ学生なのでこれ以上の尋問は止めた方がよろしいかと。」

「そこまでして守りたい情報があるっていうわけ。」

「三鷹、お前はどう思う。」

 

学長に三鷹と呼ばれた男は伏せていた瞼を徐に開けた。二人は学長が舞南斗にかけられた呪いを解呪するため呼んだ助っ人の呪術師。舞南斗を纏う正体不明の違和感に対して策も無しに解呪するのは危険だと判断したうえで、舞南斗に真実を明けさせてから慎重に解呪を進めようと思っていたのだが...その結果がこの様だ。

 

「尾山さんの背後で調べていましたが、確かに何らかの術式が施されていました。」

「じゃあ」

「しかし、」

 

今までの舞奈斗の敵対行動は彼自身の意志ではなかった、そう云おうとした僕の言葉を遮って三鷹は言葉を続ける。

 

「別の何かに阻害されているようで見抜くには至りませんでした。」

「別の何か?」

「ええ...失礼。」

 

一言詫びると三鷹は舞南斗に近づき、布団を剥いでシャツのボタンを外しはじめる。

 

「複雑に入り組んだナニかが丁度彼の胸あたりに...!」

「なに、これ」

 

肌けた素肌に話が目を疑うものが正体を現した。

何処かの楽園の海辺を彷彿とさせる程の青緑が薄く発光している。舞南斗の心臓を中心に肩から胸下辺りまで翅を広げるようにして蝶の模様が浮かび上がっている。

 

「数ヶ月前に皆で温泉に行った時はこんなのなかった。」

 

洗脳なんかよりも余程極悪な、間違いなく特級相当のナニか。 思わず触れようと手を伸ばす。瞬間、静電気が走った。

 

「っ、弾かれた?」

 

それは無下限を発動しても同じだった。この模様は、対象者の術式に関係なく接触を拒む呪いが組み込まれている。それが示すところは、最悪の場合にはこの僕の六眼と無下限術式を凌ぐ素質がある呪霊によるものであることだった。想定外の展開に舌打ちを洩らせば傑が同様に舞南斗に触れようとして弾かれる。

 

「悟、どうやらこの間遭遇した呪霊と舞南斗は仲良し(、、、)らしい。」

「じゃあ、僕の可愛い生徒に手出したのはアイツらだったってわけだ。」

 

息が詰まりそうになる。精神的苦痛というよりかは、体の衷心から湧き上がってくるどす黒い激情によるものだった。許せない、...そんな物騒な意志だけが俺の中を支配する。渦巻く負の感情を抑え切れずに呑まれそうになった時、ぐらりと重心が傾いた。頬がじわじわと熱を帯び始め、後になってから学長に頬を殴られたと気付いた。視線のみを動かせば、学生時代を思い出させるような形相で学長が僕を見据えていて...自然と先程までの憤怒は波のように引いていった。

 

「まだ話は終わってないぞ。舞南斗が断固として明かさなかった何者かの正体を探る必要がある。恐らくだがソイツが元凶だろう。」

「人間?呪霊?」

「判らん。」

 

聞くや否や、未だに思考を巡らしては迷宮を彷徨う一同を置いて、扉を蹴破って廊下に出た。 「悟、何処へ行く!」背後から呼び止められる。

 

「ちょっと調べ物!」

 

舞南斗の胸元に、一種の寄生虫のように刻まれた蝶の模様。以前何処かで見た記憶がある。気は進まないが一度実家に行って古い文献を漁ろう。

車で移動する時間すら惜しくて、僕は術式を発動した。

 

 

 

一方、五条が去った後を追うようにして夏油も踵を返し、部屋に取り残された四人が各々の剣呑な面持ちを晒して談じあっていた。

 

舞南斗に何らかの術式が施されていたことが判明したのは前進だったがそれ以上に深刻な問題が発生したのだ。 五条と夏油が部屋を後にした僅か数分後のこと。再び舞南斗の模様に触れた家入硝子を同じように阻んだ呪いの力は釘を刺すように暴発した。壁は地割れのように亀裂を走らせ、窓ガラスはガタガタとけたたましい音を発して揺れ動き、家具は怪奇現象の如く暴れ回った。

五条と夏油、家入が弾かれた瞬間に膨れ上がった膨大な呪力。それは舞南斗のものでありながら、形容し難い異質の超越的な力を孕みまるで宿主を守るかのように渦巻いていた。

 

「この胸の模様...呪いの正体と対処法が分かるまでは引き続きこの部屋で隔離する。」

「了解です。」

 

切り抜けるべき難事は山積みである。次々と指示を下しながら夜蛾は今も尚安らかに眠りにつく舞南斗を見下ろす。年相応の顔立ちは今し方の騒動を忘れさせる温厚さがあり、かつての純粋な立ち居振る舞いが懐かしくなった。

 

「それと頻繁に総監部に出入りしているのも気にかかる。そちらも調べておこう。」

 

そうしてこの場にいた者達は、崩壊しかけた部屋の修復と札を再び貼るために動き出したのだった。

 

 

 

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