綺麗な蝶には毒がある   作:れいめい よる

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多分皆言葉が足りてない 弍

 

前回、うっかり吐血ドッキリをかましてしまった俺はその後一週間腫れ物のように扱われていた。まあ尋問は正直非人道的すぎて恐怖しかなかったのでこうして放置してくれるのは有難い。有難いのだが、今度は碌に歩行もままならない赤ん坊を相手にするかのように態度を豹変させた先生達に俺は温度差で風邪を引きそうだった。だが呪術界に浸れば浸るほどストレスの一つや二つ蓄積していくのだろうと考え付けば、自ずと受け入れることができた。 

 

ともあれ、この部屋で過ごすようになってからは日替わりで同級生や先輩やらが教師同伴で見舞いに来てくれてるのが毎日の楽しみだった。近頃はずっと渋谷散策に任務詰めで心身を休める機会がなかったから、こうして時間を取って皆と談笑できるのは俺にとっては幸甚だ。今では先生達が俺を軟禁したことすら、最近付き合いの悪かった俺に対する強制的な救済借地の一貫なのではないかと勘付き始めている。やはり持つべきは善い友と担任だったのだ。 

けれど渋谷事変も間近に迫ってきているので任務に行きたいと強請ったら物凄い剣幕で駄目だと拒絶されたのでそれ以来任務のにの字も云うものかと固く誓った。それともう一つ、五条先生と夏油先生が二人で顔を覗かせた際に奇妙な質問をされた。気配が消えたのだの、胸の模様はどうしたのだの...その場でシャツを脱いでみても何もないというのに先生達は俺の胸元を睨んでくるものだから新手の心霊ドッキリかと戦慄したのは今でもよく覚えている。或いは流行りの呪術ジョークなのかもしれない。  

 

 

そんなわけで、今日は五条先生と虎杖が来ていた。五条先生に悠仁は死亡した体で宜しくと頼まれて、成程今が頃合いかと納得して伏黒達には黙っている。唯、真実や未来を知っていても表情に翳りをつくる同級生に嘘を貫くのは如何せん気が咎めた。

 

「こうしてみると、樹って帰ってきてから痩せてたよな。何食べてたの?」

「栄養補助食品かな。バーとかゼリーとか、任務の合間でも食べれるから楽なんだよ。」

「...樹。」

「え、なんで怒ってんの?」 

 

いつもみたいに何気ない話題で閑談していたら不意に虎杖にドスの効いた声が耳朶に触れる。

 

「あのね、舞南斗。悠仁たちは舞南斗が心配なんだよ。勿論僕も。」

「なんで?」

 

縮み上がりながらも尋ねれば、さも俺の脳味噌が足りないとでも言いたげに先生と虎杖は超嘆息を吐き出した。 

 

「例えば、舞南斗だって食事に誘って断られた相手が日に日に痩せていったら心配するでしょ。それと同じだよ。」

「成る程、そういうことか。」 

 

よく理会できた。長いこと任務と渋谷事変だけに意識を向けていたから、まさか他人のこんなにも仔細な気配りには想像も及ばなかった。確かに虎杖が憂慮を見せるのも無理からぬことで、申し訳さに素直に謝れば天使の笑みが返ってきた。 

そんな時、「小僧。」と聞き慣れない声が室内に落ちる。突然の第三者の声に周りを見渡してみるが誰もいない。そこで思い至る。

 

「両面宿儺...?」 

 

目線を落とせば、虎杖の頬に漫画を忠実に再現して宿儺が不気味な眼と口を空気に晒していた。実物に会うの初めてだと内心感嘆する。 

 

「勝手に出てくんなよ。」 

 

虎杖がポケットに入ったビスケットのように叩けば、左手の拳に現れた。 

 

「小僧、妙な気配がするな。名を申せ。」

「...樹舞南斗。」

「痴れ者め、そのくらい知っておるわ。」

 

理不尽だと思った。将来の上司にも同僚にも、教師にも欲しくない強圧的なパワハラ人間の鑑のような呪霊だ。助けを求めて担任を見遣るが、先生は先生で思考に没頭しているようだった。諦めて頭を捻らせてみる。やはり痴れ者呼ばわりされる謂れはないが、質問に対する唯一の心当たりが一つ。

 

「苗字の話?」

「ほう、言ってみろ。」

「うちは婿養子だから樹は母さんの苗字で...。」 

 

遠い過去の記憶を辿る。一度婿養子であることが気になって尋ねてみれば、父さんは複雑な面相を返しただけだった。それ以来深く聞いたことはない。

 

「父さんの苗字は確か...西洞院。」

 

刹那、空気の流れが変わるのを肌で感じ取った。漫画の効果音で表現するならば、ピリリと雷鳴轟くような剣呑な雰囲気が俺たちの間を流れ始める。普段の陽気な気配を潜めいかめしい面持ちをする五条先生、呵呵大笑する宿儺、虎杖と俺とだけが事情を把握できずに困惑していた。

 

「ケヒッ、ケヒッ」 

 

ケヒヒ、クククク。何がそんなに可笑しいのか、愉快げそうに笑い続ける宿儺。 

 

「そうか!生きておったのか!道理で適応したわけだ。」

「宿儺、適応ってなに。」

「ヒヒ、愉快適悦!伏黒恵に西洞院舞南斗ときたか!ケヒヒヒ!」 

 

五条先生が間髪入れずに問い糺そうとするも結局宿儺が応えることはなく、不気味なせせら笑いを室内に響かせて戻ってしまった。宿儺が消えても尚思考に耽る五条先生、だが虎杖が呼びかければ直様葛藤などなかったかのようにグッドルッキングガイが帰ってきた。

 

「何でもないよ。じゃあもう時間だから悠仁は準備しよっか。」

「え、もうそんな時間?」

「そんな時間。舞南斗、今日もここで大人しく留守番しといてね。」

「どこ行くの?」

「姉妹校交流会だって!先生の提案でサプライズ登場するからこれから準備しに行くんだ!じゃあまたな舞南斗!」

 

そうして二人は俺が引き止める間もなく出ていってしまった。

 

 

 

「…拙いぞ。」 

 

この上なく拙い。何が拙いかというと、俺には姉妹校交流会で成さねばならないことがあった。救済ではないが後の原作に繋がる重大なイベント、特級呪霊の高専侵入事件。真人に宿儺の指を奪われるわけにはいかないのだ。ハロウィンの日に虎杖が嚥下させられる指の数を少しでも減らすことが課題の一つである。無論、漏瑚と虎杖を会わせないのが最善なのだが。 

 

扉を蹴ったり窓を椅子で叩き割ろうとしたりするが前回の尋問会を機に強度を強化されたのかびくともしない。お札を外そうと試みるも結界のようなもので弾かれる。曰く、内側からの呪力と術式と破壊を封じる札らしい。それでも何としてでも交流会の裏側で進行する陰謀を防ぐ必要があって、試行錯誤を繰り返して脱出を目指しているうちに時間が経っていた。 

 

 

徐々になくなりつつある案を捻り出していると、突として呪力の気配を感じた。女性であれば肌に化粧水が馴染むような感覚に視線を動かしてみれば、窓の外に張り付く蝶の大群が。

 

「うぇ!?」 

 

常日頃より昆虫と接する俺以外の人間ならば卒倒するようなグロテスクさがあった。おしくらまんじゅうでもしているかのように、一頭一頭が羽ばたく度に窓がガタガタと振動する。蝶達の目論みに気付いて戦慄した。まさか...窓を割る気か?呪力すら纏ってない生身の状態で? 

 

「っ止まれ!そんなことすればお前らが死ぬぞ!」 

 

咄嗟に制止をかけるが術式を使っていない俺の命令を聞くヤツなど存在せず徐々に亀裂が入ってゆく。身の危険を感じた俺は机の下に隠れた。そして直後、  

 

ガッシャアン! 

耳を劈くほどの破壊音が響いた。窓ガラスが割れて、決壊したダムのように蝶達が雪崩れ込んでくる。室内の空気の密度が急速に増していく。平衡感覚を失うほどの耳鳴りに耳を塞ぐしかできずに縮こまっていた。

 

...程なくして、妙な浮遊感を感じた。

 

「ぇ」

 

恐る恐る目を開けてみれば、いつの間にか俺は子猫みたいに首根っこを掴まれて大空を舞っていた。背後から聞こえる羽音は蝶一頭のもので、だが呪霊でもない唯の昆虫が人間を持ち運べるわけがない。首だけをぐるりと回して翻る。ちらりと特徴的な青緑が映った。

 

「お前っ、ドルーリーオオアゲハ!」

 

俄然顔は見えないが、開長二五センチメートル以上もあるのは俺のドルーリーオオアゲハかゴライアストリバネアゲハかアレクサンドラトリバネアゲハだけ。脱出できたから自分で術式を使うと告げても聞く耳を持たずにドルーリーは飛び続ける。

 

「帳が下ろされてる…!」  

 

つまり真人は今頃蔵へと向かっているということで...以前一度だけ遭遇した真人らしき人影を上空から探る。

 

「逵滉ココ縺ョ蝣エ謇?遏・縺」

 

何処からか奇妙な言語が耳に届いた。周囲を見渡してみるがそもそもここは空の上。気の所為かと向き直る。

 

「閭悟セ後↓縺?繧」

 

再び、今度ははっきりと聞こえた。

 

「ドルーリー、お前喋れたのか!?」

 

驚きみかえればドルーリーは頷くように羽を大きく震わせた。こうして改めてみれば、ドルーリーは如何いうわけか呪力を身に纏っている。テレパシーというべきか、花御のように複雑な念通力を通して意志を伝えてくる。

どうやら真人の居場所を知っているようだ。 

前代未聞だがそれ以上に優先すべきことがあるので「頼んだ。」と云えばドルーリーオオアゲハはより一層加速した。

 

 

それから暫く、高専の敷地を飛行していると目的地と思しきガレージが見えた。真人の姿は見当たらないが帳が完全に下りた時間を鑑みればここに至るまで時間はかからないだろう。ドルーリーに急降下してもらいガレージの前に降り立つ。  

 

「この先に進めば忌庫番が二人。」 

 

思いの外ガレージは簡単に隙間を作れた。ムラサキシジミを使役して忌庫番を眠らせるように命じて隙間から送り込む。三十秒も経たないうちにムラサキシジミは戻ってきた。

堂々と中に入れば忌庫番は仲良く地面に寝そべって熟睡していた。真人が少しでも遅れるように閉ざしたガレージに工作をしておくと奥に進む。 

蔵に入ると禍々しい札が貼られた木箱や小物が棚に並んでいた。これでも準一級術師なので宿儺の指がどの箱に封印されているかくらいは一目で見分けられる。万が一もあるので中身を拝見しておくと六つの箱全てに高専保有分の六本が納められていた。幸先が良い。

 

問題はこの指をどうするか。仮に今回の襲撃で真人が宿儺の指を諦めてたとしても、この蔵にある限り黒幕は何度だってやってくる。何故ならヤツと通じてる裏切り者が高専内にいるから。受胎九相図に関しては原作通りで構わない。何れ脹相は虎杖の強い味方になるだろうし、そう簡単に原作を壊してしまえば救えたはずの命が救えなかったり...なんていう悲劇が起こるかもしれない。 

となれば俺が保管するしか選択肢は残されてないわけだが。ウルヴァリンのように指先に挟んだ宿儺の指を眺めてみる。されど眺めるだけでは解決方なんて浮かんできたりはしない。

そんな時、ドルーリーオオアゲハが近寄ってきた。

 

「どうしたの。」

「螳ソ蜆コ縺ョ謖?」溘∋繧」 

「はぁっ!?食べちゃ駄目だ...って言ったのに。」 

 

時既に遅し。俺の制止を無視してドルーリーオオアゲハは宿儺の指を一本飲み込んでしまった。呪力を操れる昆虫が宿儺の指を食べれば果たして如何なるのか。見当も付かずに見守っていると、体に纏わり付いた水を払う犬のようにドルーリーは全身を揺さぶって…巨大化した。 

身長が百七十九センチメートルの俺よりも大きくなったドルーリーは控えめに言わなくとも化け物じみていた。そして不思議なことに宿儺の呪力を感じなくなった。 

 

「もしかして」 

 

一つの考えに行き着いて宿儺の指残り五本を差し出す。暫く食事をしていなかったのかという勢いでドルーリーオオアゲハは貪り食う。視覚的に指でなければさぞ絶品なのだろうと羨むほどの豪快な食いっぷりだ。最初の一本で成長は止まったようでそれ以上大きくなることはなかったが、これで腑に落ちた。理屈は不明だが、コイツは嚥下した宿儺の指の呪力を吸収、若しくは隠滅することができるのだ。果たして吐き出せるかは謎だが、少なくとも虎杖の力になれることが判れば大儲けだ。宿儺の指を俺が半永久的に保管してしまえば虎杖の秘匿死刑の執行猶予を彼が寿命を全うするまで引き伸ばせるかもしれない。

 

いつの間にか元の大きさに戻ったドルーリーオオアゲハが俺の頭に乗ったことで思考から引き戻される。そうだ、目的は果たされたのだから引き上げなければ。 

 

そそくさと自室に引き返そうとして、だが些か悠長にしすぎたようで外に出れば真人が待ち構えていた。咄嗟にドルーリーオオアゲハを制服の裏に隠すと、真人は俺の存在を認めて歩み寄ってくる。

 

「あれ、舞南斗じゃん。」

「え...」 

 

渋谷でも里桜高校でもそうだった。コイツはさも俺が知り合いであるかのような親しい口ぶりで接してくる。ひらひらと呑気に手を振る真人に俺は確信した。彼等は成り代わる前の俺を知っている。

 

「最近連絡来ないから安達が怒ってたよー。」 

 

間延びした声音で真人は言う。安達って誰だよと突っ込みを入れたくなるのを堪えた。漫画に登場しなかった偽夏油一派の可能性もあるが、真人がそこらの呪詛師とまともに会話が成り立っていると思えない。となると... 

 

「…あの額に縫い目のある?」

「そうに決まってんじゃん。頭イカれたの?」 

 

酷い言い草だ。真人の反応で安達という人物が夏油先生の代替え的存在であることは分かったものの術式が気になる。けれど、それはまた別の機会にして今は平静を装うことにする。 

 

「受胎九相図なら中にあるけど宿儺の指はなかったよ。」

「マジ?帰ったらドヤされんじゃん、めんどくさ。」 

 

真人は俺の横を通り過ぎてから、思い出したように目線だけを送ってくる。 

 

「そうそう、今度ファミレスで落ち合おうって。漏瑚が燃やした後新しく改装したんだって。」 

 

じゃあまたねー。そう言うと真人は俺を取り残してガレージへと消えていった。最初から最後まで不審な奴だった。

 

 

 

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