綺麗な蝶には毒がある   作:れいめい よる

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ドルーリーオオアゲハ

 

昨日、学校に戻れば侵入者騒動で人が出払っていて幸運にも誰一人すれ違うことなく寮に辿り着くことができた。先生達に用意されていた束の間の部屋は修復不可能なほどに蝶達に破壊されてしまったので本来の自室に戻ることにした。そして交流会二日目の朝、俺は腐った蜜柑の呼び出しを受けた。

 

今現在、俺は漫画で読んだ通りの不気味な造りの薄暗い部屋の中心に佇んでいる。背後の扉には偶然手の空いていた新田さんが控えている。如何やら俺が例の部屋から無断で自室に移ったことが拙かったらしくお目付け役を担うと申し出てくれたのだ。最初こそ乗り気がしなかったのだがあまりの真剣な面持ちで懇願されれば断れるはずもなく、一緒に総監部に挨拶に訪れたわけである。  

 

「して、そこの補助監督は何故ここに居る。」

 

仕切りの先から嗄れた声が届いた。返答に思い倦ねていると、新田さんが一歩前に出る。

 

「特級呪術師五条悟により今回の集いに参加するようにとの命を受けました。」

 

その言葉に軽い衝撃を受けたのは総監部だけではなかった。五条先生の腐った蜜柑嫌いがここまでとは思いもしなかったのだ。大した用事でもないのに態々補助監督を送り込む執念は感心半分、呆れ半分だ。

 

「俺に何の御用で?」 

「昨日、高専の寺社仏閣のにある蔵から特級呪物両面宿儺の指六本、受胎九相図一から三番、及び特級呪具一点が盗まれた。現場には先日登録された特級呪霊真人と貴様の残穢が残っていた。この場で申し開きの機会をやろう。」 

 

早速本題に入れば如何にも性悪そうな追求がきた。それに胡散臭い笑みで返せば老害の一人が催促してくる。まるで狸と狐の化かし合いのようだと我ながら思った。

 

「確かに忌庫番を眠らせたのは俺です。しかし、」 

 

旦言葉を区切り、息を吸い込む。

 

「全てはあの最凶(、、)の疫病神を屠る為…貴方方にとってもあの存在は忌まわしいのでは?何れ我が身を滅ぼしに来るだろうと、危ぶんでおられるのでは。」 

 

最凶とはいわずもがな脳味噌呪術師のことである。近い未来、渋谷事変後に東京が住めなくなれば一体彼等の内の何人がアイツに与したことを後悔するのだろうか。内通者の影を仄めかして言えば、案の定腐り果てた蜜柑どもは騒ついた。大いに狼狽える様に、俺はしたり顔で笑みを深める。

 

「ほう、最強(、、)の疫病神とな。言い得て妙よの。彼奴らと敵対するとお主は申しておるのか。」 

 

あまりにも開けっ広げなカミングアウトに次に動揺したのは俺の方だった。仲間だと暗喩しただけでこんなにも堂々と暴露するものなのだろうか。ここで俺ははたと考える。敵の敵は仲間。最凶と敵対。即ち、今俺に同意してる数人は腹黒さは違えど目標を同じところとする同志というわけだ。ならば潔く手を繋ぐのも一つの手だ。思い立って口角が歪んだ。 

 

「当然ですよ。あの一派は近い将来、大きな壁となり我々の前に立ちはだかります。」 

「貴様はそれで良いのか。深く知り合う仲であろうに。」 

「ご冗談を。俺の邪魔でしかありません。」

 

すると山姥でもしないだろう下卑たせせら笑いが仕切りの向こうから届いてきた。不気味な部屋と相まって余計に場の雰囲気を薄気味悪くさせていた。 

 

「では樹舞南斗、好きなように動くがいい。多少の不祥事なら揉み消してやろうぞ。」

「ありがとうございます。ではこれで。」  

 

如何にも腐った蜜柑らしい物騒な言葉を聞き流して礼を述べると、一刻も早く立ち去りたかった俺は即座に新田さんを伴い身を翻した。

 

 

廊下に出れば、先ほどの部屋とは一転して目を焼くように眩しい照明に一瞬視界が真っ白になる。

 

「新田さん。」

「はっはい!」 

 

最初から最後まで俺と奴らの腹の探り合いのような耳障りな会話を聞いていた所為か彼女は白けた目で俺を見ていた。これ以上負担を掛けたくはないが、一応釘を刺しておく必要がある。未来の安寧の為とはいえ自ら危険に飛び込む俺と平凡な日々を望む彼女とは違うのだ。

 

「五条先生に言われて付いてきたんですよね。ならさっきの部屋での会話は新田さんの方から上手く伝えといてください。」 

「…了解したっス。」

「ありがとうございます。」 

 

一瞬悩ましそうに視線を彷徨わせた彼女が腹の底で何を考えてるのかなど知る由もなかった。その後、部屋まで送り届けてくれると言う新田さんに首を振る。 

 

「任務があるので結構です。ああけど、今日から任務復帰するって五条先生達に伝えておきたいんで交流会の会場まで一緒に行きません?」

「え!?でも五条さんや学長さんが許可しないんじゃないっスか!?」

「上が融通利かせてくれるみたいなんで問題ないでしょ。」 

 

わだかまりが残るといった顔をしていた新田さんだったが、もうひと押しと頼み込めば観念してくれたようだ。

校舎を出ればボールが打たれる甲高い音が聞こえてきた。直に試合終了の頃合いだろう。来年の交流会は俺も参加できるといいんだが。

 

けれど忘れてはいけない、俺はあくまでこの世界の俺に成り代わっているだけの代替品でしかないのだ。だからこそ、原作を知る俺がいる間に第一の山場だけは突破しておきたい。そうすれば例え全てが元通りになっても渋谷以上の脅威は訪れなだろうと信じているから。その為に日記だって毎日書き記してる。 

 

「できるならずっと皆と一緒に居たかったけど...」 

 

そんな小さな囁きは意外にも新田さんに聞き取られた。 

 

「それ、どういう意味っスか?」

「あ、いや…。」 

 

違う世界から来ましたなんて口が裂けても言えない。

 

「んーと、皆んなの為にも俺が頑張らなくちゃなって。」 

 

素直に意気込みを明かせば、何故か新田さんは瞳を潤ませて何かを堪えようとする。地雷を踏んだのではと狼狽えれば、「樹君は…樹君はそれで良いんスか!?」と詰め寄ってきた。それに困惑したのは俺だった。

 

「やっぱり五条さん達には本当のことを...」

「っ待って!」 

 

捲し立てる新田さんを咄嗟に遮る。依然として彼女の情緒不安定にはついていけないが、彼女が余計な気配りをしようとしてることだけは何となく察せられた。

 

「お願いだから先生達には言わないでください。」 

 

間違っても不必要なフラグを立てなくないと縋り付けば、新田さんは息を詰まらせる。念押しとばかりにもう一度お願いすれば、彼女は弱りきったとばかりに眉をへの字にした。

 

「…舞南斗君が意思を変えるつもりがないのは分かったっス。なら、せめて助けが必要な時はいつでも私を呼んでください!良いっスね?」

「わ、分かりました。」 

 

ここで頷かなければ複雑な事態になるような気がして、俺は一先ず首を縦に振っておいたのだった。

 

…………。

 

幾分か心を落ち着かせた新田さんと共に野球場に到着すると、既に試合を終えたのか全員が片付けに校庭を走り回っていた。ベンチの方に視線を向けると夜蛾学長と楽巌寺学長が座っている。早速俺の姿を捉えると学長は驚愕に目を見開いた。それにより、本来はあの札が貼られた部屋にいるべきことを思い出す。

 

「どうやってあの部屋から出た?」

「ちょっと色々ありまして…それよりも今日から任務に復帰するんでよろしくお願いします。」 

 

学長の隣に座っている楽巌寺学長を放置しているのは申し訳ないが、ここ一週間とちょっとの遅れを取り戻したくて要件だけ伝えると後方からやけに尖った否定が放たれた。

 

「残念だけど任務の復帰は許可できない。」

 

振り返れば、五条先生と夏油先生が悪夢に出そうなほどに怖そろしい顔をして佇立っていた。今日は機嫌が悪い日だと察する。

 

「許可なら先程総監部に頂きました。」 

 

すかさず反論すれば五条先生は俺の隣に立つ新田さんを見遣った。八つ当たりされた彼女を守りたくて前に立ち塞がれば睨めっこのような時間が始まる。

 

「舞南斗、さっき伊地知から報告があったよ。昨日襲撃された蔵で舞南斗の残穢が残ってたってね。一体何しに行ったのかな。」

「少し用事があっただ」

「樹ー!」

「...虎杖。」 

 

いつの間にか片付けを終えた虎杖達が駆け寄ってきた。 

 

「あれ、もう外出て良いの?」

「えっとね、朝お上に呼ばれたんだ。」 

 

皆揃いも揃って同じ質問をしてくるのは何故だろうか。上層部という単語に反応して虎杖達は先生達と同じように表情を険しくさせた。どうにも最近皆の当たりが強い気がする。

朝から近侍のようにべたりと付いてきてたドルーリーオオアゲハが俺の不安を感知したのか胸元にひらりと舞い降りてくる。片手で覆うようにしてドルーリーを撫でていると、順平がやってきた。 

 

「樹君、折角だから今日は皆で打ち上げに行こうって話をしてたんだけど…樹君も一緒にどうかな。」

「嬉しいお誘いなんだけど、今日から任…っ!」

「樹君?」  

 

やんわりと断ろうとした時だった。不意に体に異変を感じた。 

 

「あ、れ...。」

 

胸の辺りから漲ってくる強烈な力、呪力。突如として襲い来る激痛に思わず胸を押さえて蹲る。慌てて駆け寄ってきた虎杖と順平が肩を揺らすが、その振動すら痛みを悪化させて...。 

その手を退けようとした瞬間、意識が途切れた。

 

 

*  

 

 

監視名目で一緒に行かせた新田に視線をやると、彼女は少し青ざめた顔で目配せをしてきた。おおよそ、総監部と舞南斗の間で何らかの取引があったのだろう。片時でも目を離すんじゃなかった。  

戻した視線の先には糸が切れたように倒れ伏す舞南斗に声をかけ続ける悠仁達。

 

「悠仁、順平、危ないから舞南斗から離れて。」

「危ないって…!」 

 

後片付けを終えて戻ってきた真希達が状況を把握して二人を引き離す。心配なのは僕も同じだが今は近寄らないのが吉だ。舞南斗から溢れ出す呪力が、彼の身体を包むように渦巻いていく。僕と傑と学長二人が、いつでも対応できるように身構えるのを見て京都校と東京校の一年以外は同じように臨戦態勢に入った。 

 

「ケヒヒ、来おったな。」

 

悠仁の頬に現れた宿儺が愉快と笑い出す。そのまま様子を観察していると、次第に治まっていく呪力の渦。六眼で視れば舞南斗の呪力に混じった禍々しい何かを感じ取った。完全に呪力の渦が舞南斗の中に戻っていった次の瞬間、 

 

ドン!巨大な轟音を響かせて、とてつもない衝撃波が広がった。

強い衝撃でグラウンドネットどころか周囲の木々までもが薙ぎ倒される。 

 

 

暫くして風が収まり、中心に倒れ伏していた舞南斗がゆっくりと起き上がった。その一挙一動を見逃さずにいると、立ち上がって顔を上げた舞奈斗に息を呑んだ。彼の胸の模様と同様に灰簾石のように淡く光る双眸。表情を削げ落とした舞南斗は僅かに息苦しそうに顔を歪めると制服を破った。そこから現れるのは光り輝く蝶の模様。 

 

「樹…?」 

 

明らかに異常な様子に野薔薇が彼を呼ぶ。その声に惹かれるように足を進める舞南斗に、パンダが庇うように野薔薇の目に立った。無表情でパンダの目前まで近づいた舞南斗は二人を凝視する。彼が行動に出る前に止めに入ろうとして、しかし花が咲くような笑みを浮かべた舞南斗に足を止めた。 

 

「どうしたの、釘崎。」 

 

いつも通りの変わらない笑顔。いつも通りの人当たりの良い話し方に安堵したのは経験の浅い一年生だけだった。騙されてはいけない。 

 

「違う。」 

 

剣呑な雰囲気を纏った傑が即座に否定した。

 

「違うって…え、夏油先生も五条先生もそんな険しい顔してどうしたの!?」 

 

露骨にすっとぼけようとするソイツに苛立ちを募らせる。 

 

「お前は''何''だ。」 

 

そう問うた瞬間、舞南斗であり舞南斗でない何かは引き裂けそうなほど口角を上げて嗤った。

 

 

 

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