綺麗な蝶には毒がある   作:れいめい よる

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とある補助監督の話

 

彼と話をするのは久しぶりだった。 

夜通しの任務の送迎を終えて高専に向かうと、事務員から呪術師までもがあくせくと働く様に瞠目した。聞くに昨日の昼頃、特級呪霊二体と呪詛師が侵入し数名の呪術師に補助監督が殺されたという。急いで手伝いに回ろうとすると、別の補助監督から連絡が来て仕事を変わって欲しいと頼まれた。 

 

樹舞南斗、このところ噂になっている一年の準特級呪術師。彼が消える前までは私も頻繁に任務に同行していたし、帰りは一緒に食事に行ったりと仲が良かった。といっても彼は誰とでも仲良くなれてしまうので、私も彼の数多くいる仲の良い一人でしかないのだろう。  

高専に戻ってきてから、彼が総監部のところに出向く姿を見た者は両の手で数えるには足りない。段々と皆の知る彼がどこか遠くへと消えてしまうような気がして焦っていた。だからこそ、今回の頼まれごとは私にとって好都合だった。 

 

「僕の名前を出したらアイツら絶対黙るから。舞南斗のこと、よろしく。」

「了解っス!ちゃんと見ておくんで心配いらないっスよ!」 

 

上に樹君が呼び出された旨を彼の担任である五条悟特級術師に伝えると、彼は良い機会だから私も入室して話を盗み聞きするようにとお願いしてきた。堂々と中に入る時点で盗み聞きもクソもないと思ったのは余談だ。だが当然その頼みを断るはずもなく、快く了承した私は樹君が隔離保護されてるという部屋に向かったのだが…。 

 

「いない…」  

 

いざ部屋に到着するとそこは既にもぬけの殻。ただ人がいないだけならまだマシだった。

散り散りに散らばった窓ガラス、粉砕された備え付けの家具、数百頭の蝶の死骸、破り捨てられた無数の札。背筋が凍るような思いで男子寮を駆け回ると、彼は自室で数頭の蝶と戯れていた。

 

「あれ、もしかしなくても新田さんじゃん!」 

 

私を見た瞬間満面の笑みを浮かべる樹君。けれど今の私には彼が別人のように見えてしまった。だって、あの部屋の惨状は間違いなく彼の仕業。それなのに何事もなかったかのように振る舞うその様子は異常でしかなかったのだ。上の呼び出しを伝えた時も、彼は分かっていたという感じだった。今日樹君に会ったことで、今までずっと大袈裟だと思っていた噂に現実味が増した。

確かに、彼はもう私達の知っている彼ではないのかもしれない。  

 

.............。

 

こんなことなら頼みなんて引き受けなければ良かった。結論を言ってしまえば、総監部との話し合いは最悪だった。 

 

「昨日、高専の寺社仏閣のにある蔵から特級呪物両面宿儺の指六本、受胎九相図一ー三番が盗まれた。現場から先日登録された特級呪霊真人と貴様の残穢が残っていた。この場で申し開きの機会をやる。」 

 

それはつまり、樹君が特級呪霊が高専に侵入するタイミングを示し合わせたかのようにあの部屋を破壊したということで...更に彼は衝撃の一言を言い放った。 

 

「全てはあの最凶を屠る為…貴方方にとってもあの存在は忌まわしいのでは?何れ我が身を滅ぼしに来るだろうと、危ぶんでおられるのでは。」

 

どこか楽しげに話す樹君はさっきまでとは違う雰囲気を纏っている。本気で言っているのだろうか。ざわざわとご老人達が騒ぎだすのを飄々とした笑みを浮かべて佇む樹君。 

 

「ほう、最強とな。…あの者達と敵対すると。」

「当然ですよ。…あの最強とその一派は近い将来、大きな壁となり我々の前に立ちはだかります。」

「貴様はそれで良いのか。深く知り合う仲であろうに。」

「ご冗談を。俺の邪魔でしかありませんよ。」 

 

最強の五条悟に夏油傑。彼の担任であり副担任。誰よりも彼を気にかけ、可愛がっていた彼等を裏切ると言うのか。分からない。もう何も分からない。 

 

 

五条さんにどう報告するべきか。部屋を出た後も私の頭の中はそれでいっぱいだった。 

ふと樹君に名を呼ばれて弾けるように顔を上げる。

 

「五条先生に言われて付いてきたんですよね。なら、さっきの部屋での会話は新田さんの方から上手く伝えといてください。」 

 

先程の会話内容をありのまま五条さんに伝えろと、自分は敵対しても構わないと言外に告げてくる彼。たった今まで豹変した樹君を見てしまったからか、頷くことしかできなかった。そして夜蛾学長の許可もなしに今日から任務に復帰すると言い出すので驚いて抗議すると、「上が融通利かせてくれるみたいなんで問題ないでしょ。」その言葉一つ一つに胸が引き裂かれるような思いになった。...それなのに。

 

 

重い足でグラウンドに向かっている最中、不意に隣を歩く樹君が空を見上げた。そしてこう言ったのだ。

 

「できるならずっと皆と一緒に居たいけど、仕方ないよな。」

 

憂愁を帯びた声音でぼそりと呟いた。

 

「それ、どういう意味っスか?」

「あ、いや…。」

 

私が聞いていたのに気づいていなかったのか、途端に焦りだす樹君。 

 

「んーと、皆んなの為にも俺が頑張らなくちゃなって。」 

 

その一言が全てを語った。樹君は敵対したわけじゃなかった。それは震え上がるほどの喜びで、同時に地獄に突き落とされるほどの絶望だった。 

彼は自らを総監部に差し出すことで、何かを成し遂げようとしている。自分を犠牲にすることで、彼にとって大切な人達を守ろうとしていたのだ。きっと本人が一番辛いはずなのに、なんでもないように笑うその姿に我慢できなかったのは私の方だった。 

 

「樹君は…樹君はそれで良いんスか!?」 

 

止めどなく溢れてくる涙に樹君が慌てる様に余計に感情が込み上げてきた。そうだった、彼はいつだって他人を思いやれる優しい子なんだ。だからこそ五条さん達には彼のしようとしていることを言わなければならない。たった一人で巨悪な何かに立ち向かおうとしている彼を独りにするわけにはいかない。

 

なのに、悲痛な表情で懇願してくる樹君に何も言えなくなってしまった自分が情けなかった。

以前、樹君が言っていた言葉が浮かぶ。

 

『新田さん。俺ね、新田さん達は勿論、両手に抱え切れないほど沢山の人を助けたいんだ。会ったことも話したこともないような人達をたっくさん!欲張りだって言われてもいい。それでも、試してみるだけでも価値はあるでしょ?』

 

あの無垢で清らかで、この世界にとことん似つかわしくない天使のような笑顔を思い出す。覚悟を決めた彼を止めることなど、もう誰にもできないだろう。ならせめて…

 

「…舞南斗君が意思を変えるつもりがないのは分かったっス。なら、せめて…助けが必要な時はいつでも私を呼んでください!良いっスね?」

 

せめて、私だけは彼の力になりたい。困ったときはいつでも駆けつけて、彼の支えとなろう。それがしがない補助監督にできる唯一の事だから。  

 

見上げた空には雲一つない蒼穹がどこまでも広がっていた。

 

 

 

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