骸骨皇子の王朝復活ハネムーン   作:SIS

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第十九話 《皇子様は辛い物がお好き》

 

 アストラジウスにスリを成功させた少年は、己が何を掠め取ったのかの確認もせず、路地裏を駆け抜けた。すれ違う相手に不審な目で見られながらも、人の目の届かない裏路地へと滑り込む。

 

 そこに、独りの男が待っていた。

 

 みすぼらしい恰好の中年の男性。頭にはターバンを巻き、表情に乏しい顔で佇んでいる。その細められた目が、腰を追って息を整える少年を鷹揚に見下ろした。

 

「ご苦労。して、どうだった」

 

「はっ、はっ……ああ、やってやったぜ。吃驚するぐらい無防備だったからな、懐にあったのを適当にかっぱらってきた」

 

「見せてくれ」

 

 言われて少年がカバンから盗んできた物を取り出す。が、そこで彼の動きが泊ってしまう。男は訝し気に覗き込んだ。

 

「なんだ、どうし……」

 

 男の問いかけも不自然に止まる。

 

 二人の視線は、カバンの中から取り出された奇妙な金属塊に注がれていた。楕円形で表面にいくつもの模様が刻まれたそれは、少年の手の中でブルブルと震えると、ほつれるようにして複数の手足と単眼を備えた頭を展開した。そのままぐるり、と少年の手の中で体勢を立て直すと、ぎょろりとその瞳で二人を見上げた。

 

「わあ!?」

 

 我に返った少年が毒虫でも掴まされていたように作業用ロボットを放り捨てる。乱暴に地面に投げ捨てられた作業ロボットは、しばらくひっくり返った状態でジタバタもがいていたが、やがて起き上がるとそのままカサカサ走って物陰に消えた。

 

「ふぅ、吃驚した……あ゛」

 

「あ゛、じゃないだろ、貴重な証拠を捨てやがって」

 

「すすす、すみません」

 

「まあいい。見た所、俺達の手に負えるような代物じゃなさそうだった。五体満足で済んだ事を感謝する事にしよう」

 

 男は言葉とは裏腹に納得いかなさそうにため息をつき、踵を返した。

 

「いくぞ。とにかく長老に報告だ。俺達の判断する事じゃない」

 

「わかりました」

 

「……ったく。何で今なんだ。フィリティウムはこれまで上手くやってきたのに……」

 

 舌打ちしながら男は空を見上げる。

 

 すでに日は傾きつつあり、青い空も赤い色に染まりつつあった。あと1時間もすれば、夜がやってくる。

 

 男と少年は急ぎ足で、街の中央……身分の確かな者しか住めないはずの城塞跡に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ミスズとアストラジウスが宿に戻ると、4番部屋の狼藉の痕跡は綺麗に拭い去られていた。破れたベッドマットも修復されており、一見するとここで何かがあったようにはとても見えない。

 

 すでに日が沈みつつあるが、他の部屋に客はいないようだ。5番部屋を軽くノックすると、中でチェーンを緩める音がした。

 

『留守番ご苦労』

 

「お疲れ様、ありがとうね」

 

 出かけている間部屋を守ってくれた作業ロボットにそれぞれ礼を言う。自我があるかも定かではないが、作業用ロボットは二人をまじまじと観察すると、一声鳴いて待機モードに戻った。

 

 楕円形の金属塊に戻ったロボットを回収し、買ってきた物をテーブルに並べる。

 

 メインディッシュは例の辛い鍋物。それにつけあわせのパンと、蜜を固めたような菓子。あとは持ち込んだミネラルウォーターぐらいだ。水だけは、現地だと合わない事があるのでいつもミスズはそれなりの量を持ち込んでいる。浄化した水が売っていない訳ではないが、基本的に割高だ。

 

『では、頂くとしよう』

 

「はい、いただきます」

 

 早速アストラジウスは鍋に手をつけた。大きなスプーンで鍋を掻きまわすと、どろり、とした液体の中に、ごろごろと転がる具材の存在を感じる事ができる。その中から、とろとろに煮込んだ肉の塊を掬い上げ、彼は至近距離でまじまじとその様子を観察した。

 

 見た所、大分筋が多い。だが長時間煮込む事によって身が解れ、味が沁み込んでいるようだ。白い紙のような筋の多さを見るに、もともとは安く硬い肉だったのは想像に難くない。というか、何の肉なのだろうか。

 

 ちらりと対面に視線を向けると、ミスズは特に気にする事なく鍋をぱくついている。辛さにだろうか、ヒーヒーいいながらも次々に口に運んでいる。水には手をつけず、合間合間にパンをかじってやり過しているようだ。

 

 覚悟を決めて、アストラジウスもスプーンを口に含む。

 

 義体とはいえ、下手をすれば生身のそれよりも高性能な味蕾センサーが運ばれてきた食物を解析し、疑似的な味覚を再現して彼に伝える。

 

 ガタン、とアストラジウスが肩を震わせた。

 

「?」

 

 様子がおかしい夫の様子にミスズが気が付き、目を向ける。アストラジウスの方は妻の視線にも気が付かず、スプーンを口に含んだ状態でわずかにぷるぷる震えながら、そっとスプーンを口から引き抜いた。そしてたっぷり時間をかけてゆっくり咀嚼すると、ごくり、と口の内容物を飲み込んだ。

 

 しばしの沈黙が漂う。

 

 ややあって、金属製の骸骨皇子は絞り出すように言葉を口にした。

 

『あ……』

 

「あ?」

 

『味が……攻撃してきた……』

 

 プルプル震えながらアストラジウスは鍋を見下ろした。そこに並々と満たされた茶色い物体を、戦慄を込めて凝視する。

 

 口に含んだ時、まず彼が感じたのは甘さすら感じる爽やかな清涼感と、まったりとした旨味だった。それが肉や野菜から染み出したものだと理解するかどうか、という所で、突然強烈な痛みに彼は見舞われた。数秒経過してからようやくそれが辛味だと理解する程に、それは衝撃的なものだった。さらに辛味に隠れて、酸味や苦み、旨味というものが押し寄せてくる。それはまだ味覚というものを知って日の短いアストラジウスにとっては、突如繰り出された解答不能の難題であった。

 

 持て余すあまり、これ以上の刺激を避けて優しく形だけの咀嚼を行い、なんとか飲み込んだものの、口の中には辛い、と一言では表現不可能な余韻が残っている。

 

 辛うじて絞り出せた表現が、味に攻撃された、という一見意味不明な感想であった。

 

 ちなみにミスズに言わせると、所謂旨辛系の味付けである。味は濃いが繊細さに欠けるな、という一言も添えられるだろう。

 

「……そ、その、大丈夫ですか?」

 

『だ、大丈夫だ。処理しきれなかっただけで、不味かったわけではない。美味しい? のだと思う。ただちょっと私には早かったかもしれない……』

 

「そうですか……その、残りは、私が食べましょうか?」

 

『い、いや、これも勉強だ。もうすこし、頂こう』

 

 アストラジウスはキッ! と視線を鋭く鍋に向けて、再びスプーンで内容物を掬いあげた。そしてまるで今から毒でも口にするのかという覚悟を決めた顔で、あむっ、と口に含む。が、勢いが良かったのはそこまでで、再び固まってしまう。ややあってから控えめに咀嚼し、ごくりと飲み干す。

 

 ミスズは無言で水の入ったコップを差し出した。

 

『あ、ありがとう……』

 

 受け取ったコップを一息で飲み干し、再びスプーンを手に鍋に挑むアストラジウス。生身であれば額にびっしりと汗を浮かべているであろうその様子を見て、ミスズは辛さにはまっちゃったかー、と解釈した。

 

 旦那様は辛味がお好き、と心のメモに書き記す。

 

 その間もアストラジウスはぎこちないながらも黙々と鍋を消費していく。早々に自分の分を食べ終えたミスズは、珍獣を見るような気持ちでその様子を見守りながら、ちぎったパンの欠片で自分の鍋の底に残った汁を掬うと口に放り込んだ。

 

 テーブルの上にはあと一つ、手付かずの蜜菓子がある。蜜そのものを練って固めたようなそれを手に取り、ミスズは口に放り込んだ。

 

 濃厚な、濃厚すぎて別の味にすら感じる甘味が舌の上に広がる。何ごともやりすぎはよくない、というのを体現している。顔をしかめてミスズは水を口にした。

 

 辛い食べ物と甘い物は大体セットだ。互いが互いを相殺し合う関係である上に、どっちも食中毒になりにくい。とはいえ、ちょっと極端だとは思う。

 

「辛いのばっかりだと辛いでしょう。これで口休めしてはどうです?」

 

『む、そ、そうだな。一つ頂こう………●■×▲!?』

 

 無警戒に蜜菓子を受け取り口に運んだアストラジウスが口を押えて悶絶した。時間をかけて蜜菓子を咀嚼、飲み込んでから、彼は信じられないといった顔でミスズに訪ね返してきた。

 

『……一つ聞いていいか?』

 

「なんでもどうぞ」

 

『甘いモノって……こんなんだったか……?』

 

「ここではそうらしいですね。甘いのは苦手でした?」

 

『いやそうではない。そうではないはずなのだが……いや、これは甘いの範疇なのか? もっと別の味なのではないか? うむ?』

 

 何やら彼の中で甘味に関するゲシュタルト崩壊が起きているらしい。見てて飽きないなあ、と思いつつ、ミスズは蜜菓子を袋につめた。一度に食べたら健康に悪い、万が一遭難した時の非常食として保存しておくことにする。

 

 これがもうちょっと宇宙進出に積極的な星だと話が変わってくるのだが。

 

 全体的な傾向として、地上だけでやっている所は極端に辛いか、極端に甘いか、あるいは極端にしょっぱいか、といった味付けになりやすい傾向がある。早い話が食中毒対策で、食べた人間の唇が腫れ上がるような辛さの中で生息できる病原菌というのは限られてくるからだ。甘いのとしょっぱいのも、水分を吸いつくされて雑菌が繁殖しづらいという理由からだ。まあ言うまでもなく、そんな細菌が死ぬような食べ物、人間にもあまりよろしくはない事が多い。

 

 一方で宇宙に進出しているようなところは、他の文化を知る機会があるし、宇宙食というのはそんな雑なやり方では長期間の保存を証明できない。自然と容器ごと煮沸消毒する、フリーズドライを行う、というやり方で食料の長期保存を行うようになり、それに合わせて極端な味付けも減っていく。場合によっては味が薄くなった結果単純に不味くなるケースもあるが、そういう場合はよその会社にニーズを奪われてしまう事になるので、地元企業も改善を試みる。

 

 やはり健全な食生活というのは、多様性と競争によってもたらされるものなのだ。

 

 なお極々例外的な話で、香辛料や砂糖、塩に頼らずに食品の長期保存を達成しつつ、繊細な味付けを達成した所も無い訳ではないが。彼らの販売する宇宙食は、言うまでもなく常に売上ランキングトップ10に入っている。その分お高い上に数が流通していないが、食育の為に取り寄せてみるのも良いかもしれない、とミスズは思った。

 

『……そうだ、この蜜菓子と鍋を混ぜて食べればちょうどいいのでは?』

 

「それはメシマズの発想ですよ旦那様。味というのは足し算であって引き算はありませんので」

 

『そ、そうか……』

 

 少し何を食べさせるか気を使った方がいいかもしれない。帰ったら通販サイトをのぞいてみようと、とんでもない事を言い出した皇子様にちょっと反省するミスズなのだった。

 

 

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