骸骨皇子の王朝復活ハネムーン   作:SIS

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最終話 《新たなる夢》

 動画の最後をもう彼は見ていなかった。意気消沈した様子で、床に手をついている。

 

「旦那様……」

 

『……何故です。父上。何故そのような事を言うのです……』

 

 呟く彼の言葉は悲哀に満ちていた。

 

『私は、王朝によって生かされた。王朝によって命を与えられた。だからこそ、いつかこの揺り籠を出る日が来たら、それに報いたいと。与えられた事に対する責任を果たしたいと。私は、ただそれだけを考えて生き延びてきたのに……。何故、王朝などどうでもよいと、好きに生きろだなどと……。私の望みは、王朝の為に尽くす、ただそれだけだったのに……』

 

「……」

 

 ミスズはアストラジウスの嘆きに唇を噛む。

 

 ファウロウ王の言いたい事は分かる。彼からすれば、ただ第一皇子という立場だけで無理な延命を施し、その苦しみを長くし、揚げ句機械の体に封じ込めた息子だ。もはや王朝が存在しないのなら、それまでその命も体も縛ってきた分、自由に生きて欲しい、と望むのは分かる。

 

 だが。当の本人が、それをどう思っていたかは別の話だ。

 

 王朝の、家族の為に生きよう、それを願いに頑張ってきた相手に、もう自分達のために頑張らなくていいよ、と言い放つのは、ある意味では酷く酷薄だ。例えそれが善意から来るものであっても。

 

『私の願いは……王朝の復活は……望まれてなど、いなかった……』

 

「……旦那様」

 

 ここでそんな事はない、と励ますのは簡単であり、ひどく無責任だ。勿論、アストラジウスは紳士であり、ミスズがそう言えば、それにふさわしく振舞ってくれるだろう。心の奥底の傷をひた隠しにして。そもそも、今、彼がこうして弱さを見せている事そのものが、ある種のイレギュラーである事もミスズは分かっていた。出会った当初から、彼は王族の一員である事をアイデンティティにして、そのように振舞ってきた。何もかもが変わってしまった世界、そもそも初めて自分の足で歩く世界、心の底から堂々と振舞える訳もない。彼は、自分の望む、こうありたいと願う立派な皇子の姿を、これまでずっと演じてきたのだ。

 

 何をしてやれる。

 

 どうすればいい。

 

 仮初でも、契約によるものだったとしても、彼の妻として、ミスズに出来る事は。

 

 意を決して、ミスズは彼の前に跪いた。臣下が王に希うように、神官が神に祈る様に。

 

「……アストラジウス様。お願いがあります。どうか、私の言葉をお聞き届けください」

 

『……。ミスズ……?』

 

「ファウロウ王は賢王でいらっしゃいました。それに、疑う余地はありません。されど、神ならぬ人の身で、未来を全て見通すのは叶わぬこと。ご覧になったでしょう、今の宇宙の有様を。平和と発展を願った王の願いとは裏腹に、今、この宇宙は荒れ果てています。人心は乱れ、治世は腐敗し、良き先人として願われた機械者達は自らを偽神と驕り、王の思うそれとはあまりにかけ離れています。我々には導きが必要なのです。真に人類が理智の光に照らされていた時代を知る、貴き者の導きが」

 

『私に、民を導けと、そういうのか、ミスズ。だが、王は……父は、それを望まぬと……』

 

「いえ。既に滅び去った王朝の眠りを妨げよう、という訳ではありません。必要なのは、今、新しくこの宇宙を導く者です。過去の過ちを踏み越えて、未来へ民を導く、新しき王が」

 

 ミスズは冷え切ったアストラジウスの左手を両手で優しく包み込んだ。肉の身であるこの体の暖かさが、少しでも彼の慰めになるようにと願う。

 

「どうか、御立ち下さい、アストラジウス様。この宇宙における新たな秩序として、混迷に迷う我らを、導いてください」

 

『…………』

 

 じっと彼の視線がミスズに注がれている。

 

 どうだろうか、と彼女は内心不安に満ちていた。彼女の言っている事は、詭弁に他ならない事を自分が一番分かっている。王朝の復活が望まれぬなら、新しい王朝を立ち上げようなどと、言葉遊びも良い所だ。アストラジウスの心を折った絶望は、きっとそんな簡単な話ではない。

 

 それでも。それでもミスズは、彼に蘇った事を後悔してほしくなかった。ファウロウ王の遺言は慈愛に満ちていた。滅亡の果てに立たされ、王としての責務から一時解き放たれた彼が口にしたのは、残された子への、未来への愛だった。それが、絶望になってはならない。

 

 長い、一万年以上もの長い眠りを経て彼が目覚めた事は、素敵な運命でなければいけないのだ。ただ苦しみ、ただ絶望するために一万年もの眠りから目覚めた、なんて、そんな事は絶対に無い。

 

 どうか、どうか。ミスズは祈りを込めてアストラジウスを見つめる。

 

 一方、アストラジウスはただ茫然と、ミスズの事を見返していた。

 

 包まれた左手が温かい。

 

 ……思えば、人の暖かさなど知らぬ生を送ってきた。生まれた時から生命維持装置の中で、感染症の防止のために成長してからも人と触れる事はなく。そしてそのまま、人の柔らかさも暖かさも知らずに最後の時を迎え、金属の体になった。

 

 不思議な話だ。この硬く重たい鋼の体になってからの方が、よほど人に触れている。

 

 暖かいな、と正直に思う。

 

 同時に、変わった女だ、という感想が今更、本当に今更ながらついて出た。

 

 今のアストラジウスは、機械仕掛けの金属骨格としか言いようが無い姿だ。人が本能的に恐れる、その末路を強く意識させる姿。何故、設計者がこのような姿にしたのかはわからないが、正直悪趣味であると思う。普通、恐れられて当然だ……いや、恐れられていたのだろう。あの叛逆者達が、ゴシップ誌でどう扱われていたか。もしかすると、彼らが自らを偽神と驕ったのも、そうして人から拒絶されたからなのかもしれない。

 

 にも関わらず、ミスズはそんな恐ろしい容貌に一切頓着する事はない。もともとそういうのを気にしないから考古学者になったのかもしれないし、むしろ職種的にそういうデザインに好感を抱く変わり者なのかもしれないし、あるいは生身の人間に暴行されかけたから逆に機械仕掛けのアストラジウスに親しみを覚えたのかもしれない。

 

 ただ、どういう理由であっても。

 

 彼女の想いを、無碍にしたくはないとアストラジウスは思った。

 

 ああ、と遅れて納得する。そうだ。今、自分の心を満たす感情。この感情に、人はきっと、愛という名をつけたのだろう。

 

『……ミスズ』

 

「っ、はい」

 

『私は。どうやら、出来た妻を娶ったようだ』

 

 そっ、とアストラジウスは手首の無い右腕を伸ばし、ミスズを抱きしめた。全身で彼女の熱を感じようとするかのように、優しく、されど強く抱きしめる。

 

『一万年の眠りから目覚めて。出会えたのが君でよかった』

 

 何故だろう。哀しくは無いのに、ミスズは目尻に涙が溜まるのを覚えた。喜びによるものでもないだろう。考えて、ああ、とミスズは一人納得した。

 

 きっと、この涙は代わりに流れたものだ。

 

 鋼の体、涙を流せない彼の代わりに。

 

「アストラジウス様……」

 

『そう畏まった呼び方をしないでくれ、妻よ。これまで通り、旦那、と呼んでくれ。君を心配させてばかりの、頼りない男かも知れないが……君の夫である事は、私にとって喜びなのだ』

 

「……はい、旦那様」

 

『ありがとう』

 

 そっと抱擁が解かれる。対面するアストラジウスの金属の髑髏顔は、きっと何も変わっていない。それでも、先ほどまで彼が背負っていた悲壮感、絶望は鳴りを潜めている事が、ミスズにははっきりとわかった。

 

『君の言う通りだ。私には絶望している暇など無い。この宇宙には、秩序と安らぎが必要だ。私は王朝の一人としてではなく、この宇宙に生きる一人の人間として、これを正そうと立ち上がらなければならない。どうか、力を貸してほしい。私には、君の助けが必要だ』

 

「はい! それは、勿論です。私は、旦那様の妻ですから!」

 

 うむ、とアストラジウスは頷き、サーバーの端末に手を触れる。

 

 途端に、先ほどのように空中に映像が投影される。それも一つや二つではない、十を超える数が一斉に展開される。

 

 一応言葉は全て現代のそれに翻訳されているようだが、ミスズの目ではその全てを追う事は叶わない。だがアストラジウスには内容が理解できているようだ。

 

『見てくれ。この宇宙には、ここと同じようなサーバーが12、送り込まれている。そしてそれらに記録された情報には偏りがある。少なくとも、義体の再転換技術についての情報は、ここのサーバーには断片的にしか存在しない。戦争の混乱の中、十分な準備が出来なかったのだろう』

 

「……でも、逆に言えば」

 

『ああ。他のサーバーを抑えれば、我々は王朝の遺産を全て手にする事が出来る。そうすれば、今の頼りない政府に代わり、この宇宙に秩序を齎す事が可能になる。……サーバーがどこの星に送られたかは分からない。情報の精査が必要だ。その為にもまず、この星、フィリティウムを我が領土とする。地上の様子を見れば、叛逆者達がこの星でまともな統治をしていなかったのは一目瞭然だ。まずはこの惑星に万民が穏やかに生きていける国を築き上げ、それを以て宇宙に秩序を齎す則とする。付き合ってくれるな、ミスズ』

 

「はい、喜んで!」

 

 

 

 

 

『……では、ここから始めよう。我々の王朝は、今この瞬間から始まるのだ!』

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 宇宙の片隅で、新たな建国神話が産声を上げた。

 

 王の名はアストラジウス・ネティール。王妃の名はミスズ・K・ネティール。

 

 遥か過去から残された遺産の正当な後継者であり、この宇宙に新たなる秩序を齎す者達。

 

 新生ネティール王朝の始まりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







あとがき



 どうも。ご拝読頂き、ありがとうございました。これにて、骸骨皇子の王朝復活ハネムーンはエンドマークとなります。目的が復活じゃなくなっちゃいましたからね。

 あとはまあ、この後は山無し谷無しというのもあります。一つとはいえサーバーと星を丸ごと手に入れて現代社会での活動基盤も入手した以上、あとは超技術でどうとでもなってしまうので。勿論、ドラえもんがそうであるように超技術ありきでも面白い話を書く事はできるのでしょうけど。それに加え、叛逆者との闘いでミスズを危険にさらした事で今後、アストラジウスは鉄火場に絶対ミスズを連れて行かなくなるでしょうしね……。ひたすら安全マージンとった上で確殺、みたいな盤面をひたすら繰り返す事になってしまいます。それは少なくともこの作品で書きたい事ではないな、と。これからも登場人物たちの人生は続いていくけど、その全てを作品として観測する事はないな、というのが最近の作者の心境です。

 本作のテーマは『関係が人を作る』。当初は契約から始まった二人の関係が、夫婦なのだから、と互いに気を使って心を通わせる。皇子なのだからとアストラジウスがキャラ作って頑張ってたり、そんな彼を妻だからと支えるミスズだったり。願う自分になるというのは、自らを着飾る事。自らを曝け出すだけが幸せではない、という感じの話でした。

 もともと10万文字前後で一作書こう、といった感じの企画でしたので。ネット小説だと12万文字って短めですが、単行本一冊分ぐらいですからね。一つの物語としては過不足無いと思います。基本的に作者は6万文字ぐらいまで書き溜めて、推敲した上で「書ききれる!」と判断したら投稿を開始するスタイルで今はやっておりますので、物語密度は文字数に比して高い方、だとは思っています。

 とはいえそれは作者の所感ですので、読者の皆様方がどう思われているかは気になる所です。

 基本的に本作はSF考察で遊びたかったのと、イチャイチャ書きたい、という欲から書き始めて筆が乗った感じなので、物語としてはストーリー部分が薄味だったかもしれないなあ、という反省が少しあります。その分理屈をこねくり回してるので、SF好きの人に楽しんでもらえたらいいなあと思います。

 そういう訳ですので、よろしければご意見ご感想お待ちしております。



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