「今日は、いま話題の探偵兄妹、明智吾郎さんと明智真理子さんに来ていただきましたー!」
新人女性アナウンサーの斎藤遥は、今日は一段と気合が入っていた。
バラエティ色の強い昼の情報番組のための、パステルカラーの明るいスタジオ。
担当アナになってから見慣れたこのセットも、ソファに腰かける華やいだ容姿のゲスト二人のおかげか、どこか新鮮に感じる。
制服に身を包んだ若い男女は、若干十六歳の高校生探偵明智吾郎と、その実の妹であり助手の明智真理子だ。
二人の話題性を支えているのは、その芸能人をもしのぐその美貌。
蜂蜜色の柔らかな髪に王子様のような甘い容姿の少年と、ウェーブがかった艶やかな黒髪の神秘的な少女。
こんな美形兄妹が高校生探偵だなんて、まるで漫画やドラマの中の話のようで、嘘くさい。そう思っていた遥も、こうして目の前にしてみると、なるほどこの子達には特別な雰囲気があるなと頷きたくなった。
秀でているのは、なにも見た目だけじゃない。二人とも、年齢に見合わない成熟した落ち着きを持っている。これだけの台数のカメラに囲まれながら、自然体でいられる中高生なんて、そう多くはない。
落ち着き払った二人の様子を見ていると、十五、六歳にして警察から助力を乞われるほどの頭脳の持ち主だと聞いても、十分に納得できる。
これだけのスター性だ。当然どこの局も出演オファーをかけたが、多忙を理由にどんな条件でも蹴られたらしい。しかしどういうわけか、遥の担当するこの情報番組だけは二人のテレビ出演にこぎつけた。
おかげで視聴率はうなぎ登り。遥は、なんとしてもその期待に応える必要があった。
「テレビ出演はこれで初の吾郎くんですが、すでに新聞やSNSなどを通して、知名度は抜群ですね。たくさんのファンの方から、番組にお便りが寄せられています。真理子さんはピアニストとして番組に出ることはあったけれど、探偵としては今回が初めて。謎めいたお二人の素顔に迫ることができるのか、ドキドキしちゃいます」
「あはは、あんまり期待されると困っちゃうんですけど」
照れ笑いを浮かべ、困ったように頬をかく吾郎。
華のある外見に加えてテレビ受けしそうな性格だ、と遥は頭の中で加点する。
一方で、真理子の方はつまらなさそうだ。すでに飽きてしまったのか、ソファの隣にある造花の入った花瓶を眺めていた。
「では早速、一つ目のお便りです。お二人はお仕事では信頼し合える相棒だと聞きますが、プライベートでも仲良しなのでしょうか。……他にも、兄妹としてのお二人が気になるっていうお便りが寄せられていますよ。兄妹喧嘩をしたことあるのか、気になっている方も多いみたいです」
「妹と喧嘩……。記憶にある限りしたことないですね。頭が良くて優しくて、正義感の強い子なので、いつも頼りにしています。あ、でも、僕が知らないだけで妹を怒らせてた、なんてことならあるかもしれないです。うちの妹って無表情だし、なに考えているのか、わからないんですよね。……なんて、探偵としても兄としてもまだまだですね」
いたずらっぽく微笑む吾郎に、スタジオの観客が黄色い悲鳴をあげた。
やっぱり見立て通り、この子、テレビ映えする。
一方、真理子は無反応を貫くばかり。仕方ないな、と遥は彼女の方を向く。
「ふふ、お便り箱は、吾郎くんみたいなお兄さんが欲しいという声で溢れていますよ。どうです? やっぱり真理子ちゃんにとっても、自慢のお兄さんですか」
真理子は大きなヘーゼルの瞳でじっと遙の顔を見た後、「そうですね」とぽつりと言い、沈黙した。
これはダメだ、やりにくいったらありゃしない。
ピアニストとして一番旬だった頃、「メディア泣かせの明智真理子」などと揶揄されていたと聞くが、その異名は伊達じゃないようだ。
嘆息したくなるのをこらえて、遙は吾郎当ての声を中心に読み上げることに決めた。別に妹の方はそこに座ってるだけでいい。もともと、番組の視聴者層は女性が圧倒的に多いのだ。
「それでは続けて、吾郎くんに質問です!」
「休日は何をしていますか」「好きな異性のタイプは」などなど、どう考えても探偵業とは関係のない質問を、面白おかしくリアクションしながら続けていく。
吾郎はそのすべてに愛想よく答え、スタジオを沸かせた。
そうして、番組も終了間際となった頃──遙は覚悟を決めた。
「実は最後に、私個人からもひとつお聞きしたいことがあるんです」
今から聞くことは、デリケートな話だ。実のところ既にプロデューサーに提案して、炎上するに決まってると叱責を受けている。だが、うまく事が運べば、大きな反響を得られることは間違いない。リスクは大きいが、直感がやれと彼女に告げていた。
「警察関係者の方のお話によると、お二人は廃人化および精神暴走事件を中心に捜査されているそうですね。この事件がお二人が探偵になったきっかけだという話も、真偽不明ですが噂されています。この辺りのお話って、今日伺ってしまっても大丈夫でしょうか?」
「そうですね……。色々と憶測が出回っているそうですし、はっきりさせた方がいいと二人で話していたんです。ここで、ありのままの真実を話ししてもいいでしょうか」
遙は大きく頷いた。貫くような好奇の視線を、観客からもスタッフからも感じる。真理子でさえ、今ばかりは静かに注意を向けているようだった。
「一連の廃人化・精神暴走事件の最初の被害者が、僕たちの父、明智啓次だという噂は本当です。僕たちは父の仇を探すために、兄妹で探偵をしています」
あちこちで、息を呑む声が上がった。無理もない。眉唾ものの噂と、本人の口から語られる真実では重みがあまりに違った。
十代の兄妹が、亡くなった父の仇を、自らの手で探し出す……。
まるでドラマの筋書きだが、その裏に、どれほどの痛みを背負っているのだろう。
遙も、いざこうして宣言されると、なんと返していいか分からなかった。
「今も、毎日考えてしまうんです。もしかしたら、犯人は、父の仇は、今この放送をどこかで悠々と見ているのかもしれない。僕たちのような遺族を増やそうと、次のターゲットを見定めているのかもしれない。……この場を借りて、一連の事件の犯人に言わせてください」
吾郎は立ち上がると、正義の探偵にふさわしい真摯な瞳で、カメラの方を挑戦するように見た。
「お前は手口不明の完全犯罪を繰り返して、死神にでもなったつもりなのかもしれない。だけど、必ず正義は下される。多くの罪なき人を殺した犯罪者が逃げ続けることは、僕たち兄妹が絶対に許さない」
堂々とした振る舞いに、決意に満ちた声。
この少年のカリスマ性に飲まれたみたいに、スタジオは静まりかえった。
観客と同じように見惚れていた遥は、ぼんやりと、この収録は大反響に違いないと確信していた。
探偵兄妹の悲劇的な運命の物語は、あっという間に即物的な消費物として日本中に広がった。
少ない情報を繰り返し馬鹿みたいに伝え続けるニュースを見ながら、真理子はため息をついた。
「ちょっとやり過ぎだったんじゃないですか? あれじゃ、お芝居みたい」
ソファからふりかえって、リビングで小説を読んでいる吾郎に文句を言う。
「あれくらい分かりやすい方がいいんだよ。事実、メディアを避け続けてから突然あんな宣言をしたことで、僕たちの知名度は急激に上がった」
テレビに映る探偵王子とはまるで別人みたいにクールな顔で紅茶を一口飲むと、吾郎は続けた。
「メメントスの奥に行きたいなら、今よりさらに有名にならないと」
「そうだけど……よりにもよって、探偵って言う必要あったのかな。まだもう一度ピアニストとして活動した方がマシだった気がします」
どう考えても、いつかボロが出る。恨みがましい目で睨むと、吾郎はフンと鼻を鳴らした。
「大衆は馬鹿で冷めやすいんだよ。例えば君のピアノで一時的に話題になっても、それが永遠に続く保証はない。だけど廃人化と精神暴走事件に関しては、少なくともあと数年は終わる話題じゃないこと、僕たちが誰より知ってるだろ?」
面白い冗談だとばかりに吾郎はニヤリと笑った。
事件は終わるはずがない、だって僕たちが犯人なんだから……。口にされずとも、言いたいことは分かった。
「新しい事件が起きるたび、僕たちの名前は日本中に広がる。事件解決に奔走する最初の遺族というドラマ性を最大限利用するんだ」
なるほど、確かに理にかなっている。悪巧みに関しては、本当に吾郎の右に出るものはいない。
「まあ、一番効率的なやり方だとは認めましょう」
真理子は、吾郎のことも自分自身のことも、つねに信頼してきた。その辺の人間よりは、ほとんどのことをうまくやり遂げる自信があった。だけど、どうしたって人間というものには限界がある。
「でも、やっぱり、自信ないです。この前みたいに、どうしたって異世界絡みじゃない事件の解決しなきゃいけない時もあるでしょうし。それにあなた、けっこうドジなところあるって自覚してます? 助けが必要になっても、私、刑事の真似事なんてする気ないですよ」
「君の助けなんて元から当てにしてないよ。それに、見ただろ? 刑事なんて目先にぶら下がっている手柄を追いかけるバカばっかり、僕らが解決した方が、よほど世の中のためってものだ」
確かに、今まで見てきた刑事達は出世争いに夢中になって、一部の人間にいたってはろくな捜査もしないで黒星を上げることに躍起になっている。先月、自分たちのおかげで、誤認逮捕されていた無実の人が救われたのも事実だ。
それでも、言葉の綾とはいえ、世の中のためだなんて言われると妙な気分になった。
そんなこと考えたことないくせに、と心の中で悪態をついたのがバレたのか、すっと吾郎は目を細める。
「それとも、まさか今更怖気付いたなんて言わないよね?」
この皮肉たっぷりの声と、口の端をちょっと吊り上げるみたいなニヒルな笑い方も、ずいぶんと見慣れてしまった。そのことをどこか誇らしく思いながら、真理子は「そんなわけないでしょ」と笑い返すのだった。
──そう、真理子に迷いはない。
この血の繋がらないただ一人の家族と、どこまでも歩んでいくと決めていた。
例えそれが血で塗り固められた道だったとしても。