ペルソナ5 明智兄妹の事件簿   作:かっぱえびせん

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引き続きR-15及び不快な表現があるので注意してください。


第十一話 トイショップ「慈愛の翼」2

 真理子は男の子たちと一緒に正面玄関から堂々と中に入ると、全面ガラス張りのエレベーターに乗った。

 この子たちについてきたのは正解だった。おもちゃ屋と看板を掲げているわりに、ここのセキュリティは厳重だ。会員カードのスキャンなしには、エレベーターを動かすことすらできないみたいだった。

 

「二十階はね、おもちゃのビデオが見れるところ」

「あのフロアはね、おもちゃの付属グッズが買えるんだよ」

「あと、今は通らなかったけど、地下にはおもちゃの改造部屋があるんだって」

 

 案内人を努める奇妙な男の子たちは新しいフロアが見えるたびに話しかけてきたが、おぞましい内装に辟易とさせられ、真理子は気のない返事しかできない。

 その間も、四人を乗せて、エレベーターは最上階までぐんぐん進んでいく。

 

「わあっ、ついたついた!」

「いっそげー、早い者勝ちだぞっ」

 

 おもちゃ売り場のフロアに辿りついた途端、男の子たちはワッと一斉に走り出して散り散りになってしまった。

 本当はもう少し情報を引き出したかったところだけど……。

 仕方なしに、真理子は一人で歩き出した。

 

 このフロアは、壊滅的な装飾センスに目を瞑れば普通のショッピングモールだ。売り場の案内やフロアの見取り図が壁に貼られ、値札のついた商品がずらりと並んでいる。ただ、よほど高級なものなのか、おもちゃはひとつひとつガラス張りのショーケースのなかに入れられていた。

 

 最初に思った通り、真ん中は大きな吹き抜けになっていて、はるか下の一階まで見下ろすことができる。でも実は巧妙にガラスの窓が貼られていて、転落する心配はないようだ。

 それでも真理子はガラス張りの窓からなるべく距離を取った。ここは下手なタワーよりもよほど高い場所にあるし、このガラスが割れないという保証はない。この訳のわからない建築物の安全基準を信頼する気にはなれなかった。

 

 これだけの階数をしらみ潰しに回るのには無理がある。

 誰かお店側の人間を見つけて吾郎の場所を聞き出すしかないなと、真理子は考えていた。

 

 でも辺りにいるのは真理子よりずっと小さい子どもの姿ばかりで、店員の姿はない。

 

「うぅ、ちょっと高いけどレンタルしちゃおうかな……」

「あ、この子ビデオに出てた子だ!」

 

 子どもたちは、その誰もが齧り付くようにショーケースのなかを覗き込んでいる。

 微笑ましく見えそうなものだが、正直気味が悪い。なにせ、みんな顔も服装もあまりに大人びているのだ。なかには警察官や看護師らしき恰好の子たちもいた。子どものためのコスプレというには服の質が良すぎて、小さいサイズを除けば正規品にしか見えない。

 

「はぁ……」

 

 少し、疲れてきた。大型ショッピングモールほどの広さのフロアを回るのは、足を怪我してからはまったく運動していない真理子にとってはひと苦労だ。

 ため息をついて下を向いたとき、足元に転がってきた一つのぬいぐるみが目についた。

 

 それは、水玉模様の恐竜のぬいぐるみだった。

 他の人形と違ってショーケースのなかに大切に入れられていないし、「二割引き!」「そこからさらに30%オフ」「廃棄寸前、涙の大特価!」などと値引きのシールがべたべた張られていて、なんだか可哀そうだ。

 

 けれど、それも無理もないかもしれない。ヘの字になった口とキッと睨むような表情はなかなか愛らしいけれど、生地がほつれてボロボロで、これじゃあ売り物にならない。よく見たら、額に焦げ跡までついている。

 

『よろしくね、ボク、リョータ。模様を押して遊んでみて!』

 

 と、ぬいぐるみのストラップにはセリフの吹き出しの形のカードがついていた。

 

 声が出たり歌ったりするタイプのおもちゃなのかもしれない。

 

 踏まれない場所に置き直してあげようとぬいぐるみを拾った真理子は、なにげなく、ぬいぐるみをもう一度観察した。顔や手足以外にびっしりと不規則についた色とりどりの水玉模様は、なにかを彷彿とさせる。

 

 服で隠れるところにまばらにある、歪な丸い形。濃い赤紫だったり、くすんだ青だったり、鮮やかなピンク色だったり……。

 

 ──痣だらけだった兄の姿が脳裏に浮かび、真理子は思わず手の中の人形を固く握りしめた。

 

『うぅぁああぁああ』

 

 もぞもぞと手の中の人形が身じろぎ、くぐもった声を出す。真理子の親指が水玉模様を押したせいで、仕掛けが発動したのだ。

 すると、頭上のスピーカーからドッと笑い声の効果音が流れてきた。

 

「あははははは、ハハハハハハ!!」

 

 まるでコントを盛り上げる観客のような大爆笑。

 

『痛い、痛いよ……』

 

 その楽しそうなスピーカーの音とはまったく逆の、痛々しい声を恐竜があげる。すすり泣くような懇願の声は、おもちゃの仕掛けとはとても思えない。

 

 嫌悪感で胸がいっぱいになって、もう限界だった。

 真理子は手に人形を持ったまま、残酷な笑い声が響くその場所から早足で逃げた。

 

 

 慣れない小走りになったせいで、足がひどく痛む。

 

「お姉さん、どうしたの?」

 

 息も切れ切れに歩き続ける真理子を、可愛らしい声が呼び止めた。

 声の主は、最初に案内してくれた男の子三人組のうちの一人だ。

 

「ココは走っちゃダメなんだよ」

 

 そう少し怒ってみせる彼の顔立ちは、相変わらず不自然なほどに大人びている。

 エラ張った頬骨に、神経質そうな細いまゆ毛や眉間の皺、薄くなった毛をごまかすみたいに撫でつけた髪型──その姿からは中高年の哀愁すら感じた。

 

 男の子は、真理子の手の中の恐竜に気づいて怪訝そうな顔をした。

 

「えっ、どうしてそんなの手に持ってるの? もしかしていいおもちゃが見つからなくて困ってる? なら僕が手伝ってあげる!」

 

 もうあんなに恐ろしい『おもちゃ』を見るのは嫌だったが、断ったら客人じゃないと疑われてしまうかもしれない。ひとまず様子を探るために、真理子は頷いた。

 

「あっちのエリアにいるのは、丈夫で大きなおもちゃが多いよ。乱暴なお客さんは、だからあっちに行ったほうがいいかな。おしゃべりな子が好きならあそこのエリアで、あと、うんと小さいおもちゃは高いんだけどあそこ。それから、壊れかけのおもちゃが好きなら、あっちでね……」

 

 そうしてしばらくエリアごとのおもちゃの特徴を説明した後、男の子は目の前のショーケースのなかを指さした。

 

「それでね、僕のお気に入りは……これ!」

 

 いったい、どんな恐ろしいおもちゃがいるのだろう?

 ショーケースの中を真理子はおそるおそる覗いて、そして、肩の力を抜いた。

 そこにいたのは、なんてことはない、ただの着せ替え人形だ。

 

「これを買いたいの?」

 

 不思議に思って真理子は首をすこし傾げた。

 中の人形は、はっきり言って安い量産型に見えるし、どことなく薄汚れていて中古のようだ。髪型もふつうのショートカットで、これまた安っぽい。

 しかも、可哀そうな状態だ。付属のお洋服がないせいで、女の子の人形は素っ裸。大きく足を開いたポーズで座っていて、表情は泣き笑いを浮かべている。

 

「この子……」

 

 どこか魅入られるように、真理子はまじまじと人形の顔を見た。

 顔だけは、なんて精巧に作りこまれているのだろう。本物の人間のような、苦渋の満ちた、生々しい表情だ。

 なにか得体のしれないゾっとしたものを感じ取って、真理子は後ずさった。

 

「これが、僕の大好きなリナちゃん人形! すっごく高くて、あんまり使えないんだ。でもそれでも、ここじゃ安い方なんだけどね」

「君は、このお人形を買うつもりなの?」

 

 出した声は、思わず震えてしまう。

 

「買うことはできないよ。ここはおもちゃのレンタルしかできないもん」

 

 男の子は、ショーケースの隣の台座を指さした。

 大理石の台座の上には、豪奢な装丁の本が乗っている。三方金に革表紙と、こちらの方がよほどショーケースのなかの人形よりも価値がありそうだ。

 

 本の表紙には、金箔で「リナちゃん人形 利用者名簿」と印字されている。

 手に取って一ページ目を開くと、こう記載されていた。

 

しょうひん はだかのリナちゃんドール

みんなのおねえさん、リナちゃん

おくびょうなせいかくと、みずみずしいはだがミリョクのおんなのこ

とうてんの、いちばんさいしょのしょうひんです

(おんせいきのうがこわれているのでおやすめ、おかいどく)

りよう りょうきん

 きねんさつえい ごまんえん

 いっしょにおフロ ごまんえん

 いっしょにおやすみ じゅうまんえん

 おくすり おねだん、ようそうだん

 

 これじゃあ、まるで人身売買──もちろん、そんなことが現代日本であるはずないのだけれど。

 

「なんですかこれ……頭おかしい」

 

 やはり、ここは異常な空間なのだ。売られているおもちゃも、ここにいる子どもたちも、まともじゃない。

 

「……どうしたの、お姉ちゃん?」

 

 少年は白けた声でそういうと、真理子の顔を見上げた。

 彼の顔に浮かぶのは、冷酷に品定めするような表情──まるで朝が一瞬で夜に変わるような態度の変化だ。神経質そうなしわがれた顔が、さきほどよりもずっと恐ろしく映る。

 

「お姉ちゃんは、どうして人形を見ても嬉しそうじゃないの?」

 

 緊張感が肌を刺すようだった。返事を間違えれば、途方もなくまずいことになる気がする。だというのに、喉が詰まったみたいに、なんの言葉も出てこない。

 

「もしかして」

 

 甲高い少年の声の後ろに、低い大人の男性の声が重なったみたいに聞こえる。

 

「お姉ちゃんはさあ、お客さんじゃないんじゃないの?」

 

 ──しんと、ざわめきに満ちたフロアが静まり返った。

 

 何かあったのかと周りを見渡し、真理子は恐怖に息を呑んだ。

 フロア中の奇妙な子どもたちが、揃ってこちらを向いていた。ただの一人も残らず、何の感情も浮かばない顔で真理子を見ている。時間が停止したみたいに微動だにせずに、じっと。

 

「あ……」

 

 恐怖に凍り付いたその時、誰かの手が真理子の肩に乗せられた。怖くて、身じろぎすることすらできない。

 

「っっっ!!」

 

 今にも叫び出しそうになった時、

 

「真理子ちゃん?」

 

 聞き覚えのある声が耳に届いて、泣きたいほどに安堵して振りかえった。

 

「吾郎くん……」

 

 思った通り、後ろには心配そうにこちらを見る吾郎が立っていた。

 

「よかった、無事だったんですね」

 

 そう言って飛びつくと、両手を広げて真理子を受け止めてくれる。いままでどこに隠れていたのか、吾郎の身体はすっかり冷え切っていた。

 ぎゅうっと抱き着いてくる真理子の頭を、吾郎は優しい手つきで撫でた。

 

「一人にしてごめんね」

 

 甘い声で囁かれて、ちょっと恥ずかしいというか、いたたまれない気持ちになってきた。

 真理子は少し名残惜しく思いながらも吾郎から離れた。

 

「もう大丈夫だよ、僕がそばにいるから」

 

 会ったばかりの頃を思い出させる王子様然とした笑みを浮かべながら、吾郎は言った。

 こんなにわかりやすく優しくされるほど、真理子は憔悴して見えたのだろうか? それならちょっと恥ずかしい。

 

「……いいです、もう無理して優しくしなくても。それより、さっきまでどこにいたの? というか、どうして着替えたんです? 包帯は取ってしまって大丈夫なんですか」

 

 そう、吾郎はいつのまにか仕立てのいい黒の燕尾服に着替えていた。しかも頬を覆っていたガーゼは取れていて、その下にあるのは傷ひとつない綺麗な肌。包帯の巻かれていた腕も同じだ。一晩で治るわけがないし、ファンデーションを使って怪我を隠したのだろうか……でも、なんのために?

 抱き着いたときは夢中だったけれど、多少なりとも落ち着いた今は気になって仕方がない。

 

 真理子の疑問に、吾郎は人好きのする笑みを浮かべながら首をかすかに傾げるだけで答えてくれない。

 彼らしくない仕草に、にわかに違和感を抱く。そもそも、あの子のことならいざ知らず、吾郎は自分を「真理子ちゃん」なんて呼んでいただろうか。

 色々と質問はあったが、今はそんな些細なことを気にしている場合でもなかった。ここにいては危険だ。

 

「やっぱり、話は後でにしましょう。早くここから出たい」

「分かったよ、真理子ちゃん」

 

 場違いなほど明るい笑顔でそう言うと、吾郎は真理子をエスコートするみたいに隣に立った。

 どうして前みたいにまたご機嫌取りしてくるのか追及したい気持ちを抑えて、歩き出す。

 

「よかった、お姉ちゃん。ちゃんと自分の好きなの、見つけられたんだね」

 

 のどかで優しい声でそう言ったのはあの少年だ。彼はまたショーケースのなかの『リナちゃん』を覗き込む。

 いつの間にか、真理子のことを気に留めている者はいなくなっていた。お客さんである子どもたちは、みな各々の好きなおもちゃに夢中だ。さっきの光景は自分の妄想だったのかとすら疑ってしまう。

 

「真理子ちゃんはここまで僕のために来てくれたんだね。ありがとう」

 

 吾郎は甘い笑みを浮かべて、真理子と手をつないだ。ひんやりとした綺麗な手の感触。

 

「え? は、はい。そりゃあ、あなたを置いていくわけにはいかないし」

「嬉しいな、僕もずっと君の隣にいたいから」

「……あなた、もしかして頭を打ちました?」 

 

 真剣に心配する真理子の腕を、吾郎は少し強引に引いて歩き出す。

 

「ついてきて。一緒に行きたい場所があるんだ」

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