ペルソナ5 明智兄妹の事件簿   作:かっぱえびせん

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第十四話 ロビンフッド

「真理子ちゃーん? 謝るなら今のうちだよ」

 

 倒れた真理子の細い手に足を乗せたまま、岡倉は首を傾げて残酷な声でそう問いかけた。

 

 真理子が涙を流して謝ったところで、岡倉が左目を傷つけられたことを許すとは到底思えない。だが、もはや残された選択肢はそれだけだ。

 

 せめて彼女が殊勝な態度を見せて時間を稼げば、何か状況が変わるかもしれない──そう考える吾郎をよそに、真理子は毅然と岡倉の顔を見上げた。

 

「お前みたいな人間が、私の名前を気安く口にしないで」

「おやおや、気が強いねえ。でもそれも、いつまで持つかな?」

 

 言って、岡倉は足を大きく上げた。このままじゃ、真理子の指は砕かれて二度と使い物にならなくなる。

 

 ──まただ。また、俺は負けようとしている。

 

 すべてが自分のコントロールの外で起きていて、できるのは為すすべなくそれを見ることだけ。

 反吐が出るほど、慣れてしまった感覚だ。

 

 

それで、どうするの

まさか、また歯を食いしばって終わりを待つだけ?

 

 

ハッ! 情けねえよなぁ、惨めだよなぁ

身体を縮こまらせてビクビク生きるってのは

 

 

 頭の中で、誰かが語りかけてくる。

 その言葉の通り、今までいつもそう自分に言い聞かせてきた。嫌われないように愛想笑いを浮かべて、どうにか与えられた居場所を奪われないように頭を下げて、そうして媚びへつらえば、今さえ耐えて生き残れば、大人になれば、きっと……。

 

 

なあ、本音じゃ飽き飽きしてんだろ? 

こんな世界、全部クソ喰らえだ

むしゃくしゃして、何もかもめちゃくちゃにぶっ壊してやりてえんだろ?

 

 

もう、心は決まってるだろ

君のことを信じてくれた人のことを助けるんだ

まさかこのまま頭を下げて見ないふりをするだなんて、言わないよね?

 

 いちいちお説教されなくたって、分かっている。

 

 目の前の理不尽から目を背けて、いつまでも都合のいい人形のように生き続けるなんて、クソ喰らえ。そんな生き方、願い下げだ。

 

 そう認めた瞬間、今にも溢れて暴れ出しそうな力が身体を駆け巡った。

 

 吾郎を拘束する鎖や手錠が、ちぎれちぎれになって弾け飛んでいった。体から放たれた大きなエネルギーの旋風が、自分を縛りつけていた全てのものを破壊したのだ。

 

 しっかりと足をついて、吾郎は手術台から立ち上がる。

 

「鎖が、どうして……!?」

 

 あっけに取られた様子で岡倉がこちらを見た。その慌てふためく様子が滑稽で、吾郎は不敵な笑みを浮かべた。

 

 心は決まった。あとは、この状況を切り開く力を喚ぶだけ。

 自分の中の力は二つ。どちらを喚んでもいい。さあ、選ぶのはどっちだ?

 

「吾郎くん……?」と、真理子の声が響いた。

 

 怪我している身体をどうにか起こして、彼女は心配そうにこちらを見ている。

 

「来い、ロビンフッド」

 

 気がつけば、勝手にそう言葉を紡いでいた。

 

そうだね、今度こそ本当のヒーローになろう

大丈夫、僕がついている

 

 満足そうな声が耳に届く。それと同時に、吾郎の顔には硬質な赤色の仮面が現れていた。手を伸ばし、それを顔から引き剥がそうとする。

 

「ぐっ……!」

 

 だが、仮面は皮膚に癒着したかのように離れない。

 

 咆哮を上げながら、無理に仮面を掴んで引っ張る。

 伸び切った皮膚が裂け、おびただしい量の血が視界を朱に染め上げる。構わず、仮面を肌から引きちぎって、上へと投げた。

 

 赤の仮面が、すっと空に溶けて消える。

 それと同時に、吾郎の背後には守護霊のような大きな存在が現れていた。

 

 振り向かずとも、その姿がありありと見える。

 大弓を持つ、強靭な身体。堂々と立つ様は、幼い子どもが夢に見るような純粋なヒロイズムに溢れている。

 

 名は、ロビンフッド。

 どうやってこの力を行使すればいいのか、生まれつき備わっている体の一部のように知っていた。

 

「真理子さんから離れろ」

 

 ロビンフッドの弓を、岡倉に向ける。

 それとともに、左手のなかに現れたおもちゃの光線銃の照準も、ピタリと岡倉に合わせた。

 

「は……?」

 

 岡倉はきょとんとした顔で吾郎の姿を上から下まで見たあと、やがて、堪えきれないとばかりに笑いはじめた。

 

「くっ……く、は、はははははっ! あははっ、玩具が玩具を持って、何のつもりだい?」

 

 赤く塗りつぶされたくちびるを裂け目のように開いて、哄笑する。

 

「ああ、おっかしい……! 何を勘違いしているの? 君は王子様のお人形であって、お姫様を助ける王子様じゃないんだ。まさかただの使い古しの人形が、本物になれるとでも?」

 

 嘲りを存分に含んだその言葉は、少しも気に障らなかった。

 どこまでも、くだらない人間だ。吾郎は、あくま冷静に肩をすくめて答える。

 

「さあ、どうでしょうね……。試してみましょうか?」

 

 言って、間髪入れずにロビンフッドの弓を放った。

 力強い大きな弓から射出された矢は、岡倉の右腕をいとも容易く穿ち、吹き飛ばした。

 

「ぐぅあああああっ!」

 

 痛みに顔を引き攣らせ、岡倉は亡くなった右腕を庇いながら膝をついた。

 

 その隙に吾郎は走り出し、いまだに動けずにいる真理子を背に庇った。

 

 岡倉は腕を押さえながら、ジリジリと後ずさる。

 

「も、もう改造手術なんて、どうでもいい……ゴロウくん!」

 

 そして、脂汗をかきながら、そう叫んだ。

 その呼びかけに応えたのだろう。黒い霧が岡倉の前に突如生まれ、中から、吾郎と同じ顔のあの人形が歩み出てきた。

 

 先ほどと違って、身を包むのはおとぎ話の王子様のような白い礼服。腰には立派なレイピアを携えている。

 

「さあ、ゴロウくん、君の剣の出番だ」

「分かりました、岡倉さん」

 

 偽物の吾郎は一つ頷くと、レイピアを腰から抜いて、くるくると器用に回してからサッと構えた。その動きは熟練していて、隙がない。

 吾郎は剣の覚えなどまったくないのだが、相手は違うらしい。

 

「僕が相手だ」

 

 吾郎の偽物はそう宣言すると、空中に向かってレイピアを突いたり切りかかったりと、華麗な剣技を披露する。

 岡倉はそれを尻目に、エレベーターに向かってフラフラ走っていった。

 

「逃がすかっ!」

 

 それを追って走り出すと、目の前に偽物が立ち塞がった。

 

「邪魔だ、どけっ」

 

 吾郎は左手に持つビームサーベルで、思いきり斬りかかる。

 二人の武器が切り結んだ──そう思った時にはもう、手の中の獲物は、いとも簡単に敵を一刀両断していた。

 

「あれ……?」

 

 胴体から二つに別れた吾郎の偽物は、少しの苦痛も感じていないかのような様子で、不思議そうに首を傾げる。

 そして、ぽんと軽い音を立てて、あっけなく消えた。

 

 残ったのは、すっぱりと真っ二つに切られたレイピアだけ。遠目で見れば立派に見えたこれも、所詮は見かけ倒しのプラスチックの玩具だったようだ。徹頭徹尾、あの吾郎の偽物は観賞用の無力な存在とでも言いたいのかもしれない。

 

 しかし、それでも、囮としての役割は十全に果たした。

 

 すでに岡倉はエレベーターに乗り、ボタンを押している。

 

「今日はボクの負けさ。でも待ってて、次はもっと楽しく遊べるように、頑張るからさ……!」

 

 閉まりゆく扉から、ニンマリをくちびるを吊り上げて笑うピエロ。

 

 その顔に向かって、何度も銃を打つ。

 しかし、間一髪のところで間に合わない。レーザーは分厚い鋼鉄の扉にすべて当たり、傷一つ残せずに終わった。

 

「チッ……!」

 

 見る見るうちに岡倉の”反応”が急速に遠ざかり、感知できる域から外れた。

 どうやら、完全に逃げられたようだ。

 

 他に脅威になりそうな者の反応がないか感知しようと、集中力を研ぎ澄ませる。が、すぐにどっと疲労感が押し寄せ、吾郎は床に膝をついてしまった。

 

「吾郎くん、怪我はないですか?」

 

 真理子は動きづらそうに足を引き摺りながら、かけ寄ってきた。

 

「それはこっちのセリフだよ。足の感覚はある?」

「少し痛いくらいで、ちゃんと動きますよ。……それより、さっきのスタンドみたいなのは、あなたが操っていたんですよね?」

 

 まじまじと吾郎の顔を見ながら、真理子はそう聞いてきた。

 

「悪いけど、あれについて聞かれても答えられないよ。さっきいきなり使えるようになったものだから」

「なるほど? それにしても……あの守護霊も映画さながらでしたが、吾郎くんの服装もいつの間にか変わっていますし、まるで変身ヒーローですね」

 

 指摘されて初めて、ずいぶんとおかしな格好をしていることに気がついた。

 嘴のように尖った赤の仮面に、純白の礼服、ビームサーベルと光線銃。仮装大会の出場者のような出立ちだ。

 振り返って見ると、背中には朱色のマントまでついている。

 

「うわ、だっせぇ……」

 

 露骨に顔を顰める吾郎を見て、真理子は取りなすように微笑んだ。

 

「華美がすぎる装いは好みの別れるものですが、私は素敵だと思いますよ。そのマスクは、イタリアのコンメディア・デッラルテを意識したものでしょうか。あっ、それにベルトはあのフェザーマンのブレスレットと同じロゴですね。なかなか凝っています」

 

 こんな状況で衣装の批評してくるとは、呆れを通り越して感心する。それとも、単に動揺からおかしなことを口走っているだけか?

 

「……僕の服装はさておき、早く出ようか。いつ敵がくるかわからないし、急いだほうがいい」

「そうですね」

「歩けそう?」

 

 真理子は頷いた後、「あっ」とヘーゼルの瞳を大きくさせた。

 

「どうしたの?」

「ちょっと待っててください」

 

 ”改造マシン”のアームから、真理子は釘とトンカチを選んで引き剥がしてきた。

 

「あなたも武器を持っているようですし、私も何か必要でしょう? これでも、何もないよりはマシのはずです」

 

 どうやら彼女は、吾郎が思っていたよりもずっと闘志があるタイプらしい。

 岡倉の目を刺したガラス片も、まだ血がついた状態で床に転がっている。火事場の馬鹿力とはいえど、よくあそこまで正確に人間の目を突いたものだ。

 

「次は、これで喉を狙います」と、真理子は大きな釘を掲げた。

「……そうだね。なるべく隠れていてくれたほうが助かるけど」

 

 正直、戦おうなんて考えられるとかえって邪魔だが、今はそんなことで口論する時間も惜しい。

 

 意識の海の底にいるもう一つの存在が、『まだ近くに敵の反応が数多くある』と訴えてきているのだ。あのピエロが逃げたからといって、ここが安全になったわけじゃないらしい。

 

 この場所がいったいなんなのか、岡倉の顔をしたピエロや自分の姿を模った人形が何者なのか。確かめたいことは山積みだったが、まずは無事に真理子と帰ることだけを考えなければいけない。

 

「行くよ、真理子さん」

「はい」

 

 後ろをついてくる真理子が、チラチラと仮面やマントを盗み見ていることに気づいたが、吾郎は努めて気付かないふりをした。

 


 

 エレベーターで一階に戻り、歩きづらそうにする真理子を背中に、おもちゃ屋を進んでいく。

 

 幸い、さきほど得た力のおかげで、辺りを彷徨く敵の反応をぼんやりとだが感じられる。敵を避けることはそう難しくなかった。

 

 とはいえ、この力には精神力の代償があるらしい。

 再び外の住宅街に出た時には、さすがに集中力の限界が近かった。

 

「なんとか、無事に出られましたね」

「……ああ」

 

 そう気のない返事をした後に、緊張が緩んだせいか、体から力が抜けてふらついた。

 

「吾郎くん!?」

「いちいち騒がなくていいよ。少し疲れただけだ」

「無理しないで、と言いたいところですが、またいつあのレゴ警官が来るかもわかりませんね……。今なら電波が通じるかもしれないし、警察を呼んで、どこかの家に匿ってもらいましょう」

 

 真理子はポケットからケータイを取り出した。

 

 常識的に考えれば、そうするのが正解だろう。

 しかし、どう考えてもここは現実世界じゃない。辺りにまともな住民がいるのかすら怪しいところだ。

 

「ナビを終了?」

 

 真理子は怪訝な顔をする。

 

「どうしたの?」

「警察を呼ぼうと思って吾郎くんのケータイを見たら、このアプリが開いてて」

 

 吾郎はケータイを覗き込んで、目を見張った。

 

 画面の上部には、「異世界ナビ βテスト版」と大きくあった。

 その下には、「キーワード:岡倉健吾、慈愛の翼、おもちゃ屋」というテキストと、「ナビゲーションを終了する」と書かれたボタン。

 

「こんなもの、見覚えがないな。一応確認しておくけど、このキーワードを入力したのって君なの?」

 

 真理子は首を振った。

 

「……そうだよね。でも、僕たちがここに来たことと、このアプリは間違いなく関係している」

「ナビゲーションを終了したら、ここから帰れたりなんて、しないでしょうか?」

 

 確かにそれ以外に打開策はなさそうだ。

 でも、またこの場所に再び帰って来れる保証はない。このおかしな世界のこと、手にした力のことをもっと知りたいというのが本音だった。それに、このボタンを押してもっと悪い状況になるということも考えられる。

 

 しかし、どうやら、悠長に物憂いにふける時間はなさそうだ。急速に敵が接近しているのを感じる。

 

「吾郎くん、あれ!」と真理子が焦った声を上げた。

 

 建物の中から続々と玩具の兵隊が出てきていた。あの数相手に、真理子を守りながら戦うだなんて現実的じゃない。残念だが、もうタイムリミットだ。

 

「真理子さん、終了ボタンを押して」

 

 これで状況が上向く保証がない。しかし、いずれにせよ、このままじゃ待っているのは確実な死。

 

 真理子は頷くと、アプリを開いて終了ボタンをタップした。

 

 そして──景色がぐにゃりと歪んだ。

 

 視界に広がるのは、緑豊かな明るい住宅街。先ほどとまったく同じだ。

 ただ一つ違うのは、目の前からあのおもちゃ屋の巨塔は消え、代わりにそこには慈愛の翼の白い建物があるということ。

 

「私たち、帰ってこれたのでしょうか……?」

 

 自信なさげにそう呟く真理子の手の中のケータイを覗き込む。

 そこには、「ナビゲーションを終了しました」とメッセージが書かれていた。あの怪奇現象の原因がこのアプリにあることは、もはや疑いようがない。

 

「あっ、これ、吾郎くんのケータイでしたよね。失礼しました」

 

 少し慌てた様子の真理子からケータイを受け取って、ぎゅっと握りしめた。

 岡倉に買い与えられたケータイなんて別に愛着のあるものでもなかったが、今はそれが全てに繋がる特別な鍵のように感じる。

 

「あの、吾郎くん……慈愛の翼のことで、お聞きしたいことがあって」

 

 言いづらそうに真理子が何か言いかけたその時、

 

「あれっ、二人とも外に出ていたの?」

 

 正面玄関から岡倉が出てきて、不思議そうに二人を見た。

 素早く、吾郎は岡倉の姿を観察した。五体満足で、左目にも傷がない。あの世界で起きたことは、こちらでなんら影響を与えないのだろうか。だとしたら、少々──いや、かなり残念だ。

 

「岡倉っ!……さん」

 

 そう言って複雑そうに眉根を寄せる真理子の肩に、手を置いた。

 今は合わせろとアイコンタクトすると、察したように彼女は小さく頷いた。

 

 吾郎はひときわ明るい笑みを浮かべて、岡倉に軽く頭を下げた。

 

「何も言わずに出て、すみません。真理子さんに外を見せたくて」

「窓から見た景色が綺麗だったものだから、吾郎くんに頼んで出てきたんです」

 

 そう話す真理子のポーカーフェイスも、さすがに板についている。先ほどの激しい嫌悪感を綺麗に覆い隠していた。

 

「はは、気にしないで。子どもが外に出るのは、健康的でいいことだよ」

 

 岡倉は少しの害意も感じさせないのんびりとした笑みを浮かべ、一人でうんうんと頷いた。

 

「何もないところだけど、景色だけは綺麗だからね。真理子ちゃんにも気に入ってもらえて嬉しいよ。でもそろそろ、中に入ったら? 温かいお茶を淹れてあるんだ」

 

 岡倉は、外は寒い寒いとおどけて、ふくよかな身体をさすってみせる。

 

 真理子はくちびるを引き結んで、それを慎重に見ていた。

 おおかた、あのピエロと現実の岡倉の乖離に戸惑っているってところか。どちらがあいつの本性なのか、彼女からしたら判断がつかないに違いない。

 

「……真理子さん、僕たちも中に戻ろうか」

 

 そう声をかけると、真理子は不服そうにしながらも、こくりと頷いた。聞きたいことは山々だけど、ひとまず我慢してあげたとでも言いたげに。

 しかし、それはお互い様。吾郎としても、離れている間に彼女が何を目にしたのか、根掘り葉掘り聞きたい。

 

 それでも、今はこうするしかない。

 岡倉に下手な疑心を抱かせるのは自殺行為だ。あの世界での出来事を岡倉は知らないようだし、それなら、このまま穏便に事を済ませたほうがいいに決まっている。

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