ペルソナ5 明智兄妹の事件簿   作:かっぱえびせん

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第二十四話 昭和五十五年 清水邸3

「試す価値があるって、なんのこと?」

「さっき、『降霊の儀が完成した』って新しいページに書いてあったでしょ? だから初めに見た儀式の手順に変化がないか、確かめてみたんだ」

 

 言って、吾郎は開かれたページを見せてくる。

 

降霊の儀 必要なもの アリアか、吾郎か、真理子

一、 皿を割る音を立てる。降霊は確実に成功する。

一、 家から出ていきたいと仄めかす。降霊は確実に成功する。

一、 僕のことを嫌いなそぶりを見せる。降霊は確実に成功する。

一、 ガラスを割る音を立てる。降霊は確実に成功する。

一、 酒の匂いをさせる。降霊は確実に成功する。

一、 僕のことを怖がる。降霊は確実に成功する。

・・・

 

 吾郎の指が、パラパラと本を捲っていく。

 事細かなリストは、ページをまたいでどこまでも続いていた。もしこの通りだとすれば、日常生活でのあらゆる行動が降霊を成功させる──つまり、啓次の暴力に繋がるということになる。

 

「きっと、昔のトラウマを思い出させる行為はなんでもアウトってことなんだろうね」

「ええ……」

「このまま廊下を回り続けていても仕方がない。啓次さんのシャドウを引きずり出すために、ここに書かれたことをわざとやってみようと思うんだけど、いい?」

 

 わざと啓次を刺激して、シャドウを引っ張り出す。確かにそれくらいしかこのループから抜け出す方法はないかもしれない。

 真理子は息を吸った後、力強く頷いた。

 

「やってみましょう」

 

 吾郎は寝室のタンスの上に飾られていた花瓶に目を向けると、手に持って、床に叩きつけた。

 パリンと音を立てて、花瓶は破片に変わる。

 

 何が起きても聞き逃さないよう神経を尖らせる。けれど、しんとした静寂が続くばかりだった。

 

 失敗だったかと見切りをつけようとしたその時──しゃくりあげるような泣き声が後ろから聞こえてきた。

 

 振り返ると、廊下へ繋がるドアの前に啓次が立っていた。

 

「うぅっ……どうして一生(いっせい)を呼び出そうとするんだ? やっぱり、一生の方が必要なのか?」

 

 黄金の目からしどどに涙を流し、酷く傷ついたような顔でこちらを見る。

 仕立てのいいスーツを着ていて、目の色を無視すれば、外行きの時の父と何も変わらない姿だ。

 

「真理子、何か言ってくれ。どうしてそんな目で僕を見る……?」

 

 悲嘆にくれた声を啓次は出しながら、じりじりと歩み寄ってくる。

 

 吾郎が、戦闘に備えるように真理子を背に立った。けれど、まだその服は変化していない。

 

「吾郎と一緒に外へ出ようとしているのか? 父さんを置いていくつもりなのか? ああ、二人がそんなだから、僕は……」

 

 ゆらりと危険な光が啓次の瞳に見え隠れした。いつもの、バケモノのような人格に変わる前の兆候だ。

 手記にあった通り、恐怖を表に出す、逃げようとする──そういう行動がトリガーになるのだろう。

 

 啓次のシャドウを刺激するべきではないと分かっていても、脳裏に浮かぶのは、先ほどまで何度も見せられた兄へ暴力を振るう姿。嫌悪感を隠し通せるはずもない。

 

「そうだ。吾郎と真理子の好きな食べ物を買ってきたんだよ。家族みんなでご飯を食べよう、大丈夫、まだやり直せる。僕は二人を許すから。みんなで一緒にいよう、なあ……」

 

 すっかり暗くなった廊下で、啓次は俯きながら一人で話し続ける。

 

「ああ、かゆいな……痛いな……二人とも、なんとか言ってくれ」

 

 血が出るのも構わないように、バリバリと顔の左側をかきむしっていた。

 そして、ゆっくりと顔をあげる。かきむしられた顔の左側は、若い子どもの顔──先ほど写真にあった清水一生のものに変わっていた。

 

「あ、あれ……? 兄さんが、僕の中に入ってくる」

 

 そう呟いたあと、啓次はもがき苦しみ出した。

 

「い、嫌だ、来るなァ、やめてくれぇぇぇえええ!!」

 

 啓次の絶叫を皮切りに、燃え上がるような青い炎が吾郎の身体を包む。あの白い礼服に変わったのだ。

 

 ──それは、戦いが始まることを意味する。

 

 次の瞬間、鬼の形相になった啓次が、こちらにめがけて駆け出してきた。

 

「来い!」

 

 吾郎の呼びかけに応じて、筋骨隆々としたヒロイックな霊が現れる。

 

「射殺せ、ロビンフッド!」

 

 巨大な黄金の弓を、鋼のように引き締まったロビンフッドの腕が真っ直ぐに引く。

 空気を揺るがせるほどの勢いで放たれた矢は、眩い光を纏いながら、啓次の胴体を穿った。

 

「あぅっ……」

 

 短い断末魔を最後に、啓次の身体はベシャリと泥のように崩れ、絨毯の上に広がる。

 

 でも、それで終わりじゃない。真理子のシャドウの時と同じ。残された泥の中から、新たな姿になったバケモノが這い出てきた。

 

 ──それは、巨大な顔だった。

 

 真理子の背丈を超えるほど巨大な顔。

 左は卑しい笑みを浮かべる少年の顔、右は悲痛な表情で涙を流す父の顔。ピタリと二つの顔が合わさって、形容し難い嫌悪感を抱かせる醜い表情を形作っていた。真ん中の継ぎ目の皮膚は、火傷の後のようにブヨブヨに爛れている。

 

 そのバケモノのような姿を見て、でもどうしてか、これはパパの姿なのだと苦しいほどに真理子は感じた。

 

 半々の顔のバケモノには、短くてか細い四本の手足が生えている。あの顔の重量を支えられるようにはとても見えない軟弱さだ。けれど……。

 

「どうして、僕を傷つけるんだァアアアア!!」

 

 バケモノの四肢が、どしどしと音を立てて床を踏み鳴らし、部屋をぐらつかせる。

 

 尋常じゃない力だ。

 巨大な顔から生えた四本の小さな手足は、何一つ不自由なく身体を動かせるらしい。

 

 でも、攻撃はしてこなかった。

 ロビンフッドの光の攻撃を警戒しているのだろうか。じわじわと後退すると、そのまま廊下へと駆けていった。

 

 まさか、逃げたの?

 焦る真理子をよそに、吾郎はあくまで冷静だ。

 

「あれは絶対にまだ来る。真理子さん、隠れていて」

 

 警戒するように廊下側から目を離さず、仮面を手に取ったまま、吾郎はそう言った。

 

 真理子は頷くと、寝室の備えつけのバスルームの方へ向かった。

 

 その間も、バケモノがドタドタと暴れ回るように廊下を走る音が聞こえてくる。

 身体を隠しながらも、真理子はドアは閉め切らずに外の様子を伺っていた。

 

 やがて、バケモノの足音はまた寝室の前でぴたりと止まった。

 

 凍てついたような静寂があたりを包む。

 

 いつドアの向こうからバケモノが現れるのか、真理子は固唾を飲んで見ていた。

 

 だが──何の前触れもなく、吾郎の前の壁が爆発したみたいに吹っ飛んだ。

 

 まったく予想外の展開に、真理子は目を見開く。

 

 幸いにも、飛んできた瓦礫はすれすれのところで吾郎に当たらない。顔に当たる爆風を両腕で防ぎながら、吾郎はなんとか両足で立ち続けていた。

 

 舞い上がった埃の中、浮かび上がってきた敵の影は三つ。

 

 そんな、まさか敵が増えている?

 

 胸によぎった嫌な予感は的中した。

 巨大な顔のバケモノの両隣には、現実では見たことのない獣が二体。

 

 獣は、青みがかった灰色の狼のような姿をしている。細長い体躯で、ひらひらとした尻尾を床に降ろして立っていて、楕円形の緑の瞳からは思考というものを感じさせない。

 

 突如、左の狼がキュルキュルと甲高い声を咆哮を上げた。

 すると、朱色の光の輪が顔のバケモノを包む。

 

 もしかしたら、その技にはドーピングのような効果があったのかもしれない。

 巨大な顔から生えた短い四本の手足が、興奮したようにバタバタと跳ね回った。その度に、床が突き上げるように揺れる。

 先ほどまでとは比べるべくもない──生物の(ことわり)を超えた筋力だ。

 

「──厄介な力だな」

 

 そうポツリと呟くと、吾郎は仮面を取り去る。

 

「ロビンフッド!」

 

 白色の光の球が不規則にくるくると周り、右の狼に激突して弾けた。確か、吾郎がコウハと呼んでいた技だ。

 

 でも今までと違って、敵が痛みに呻く声を上げなかった。

 そのまま、コウハの輝きがフッと消える。中から現れた狼は、まるで何の攻撃も受けなかったかのように平然と立っていた。

 

 まさか、光の攻撃が無効なの?

 そう焦る真理子と同じことを考えたのか、吾郎はビームサーベルを構えて、物理的な攻撃に移ろうとする。

 

 だけどそれよりも早く──走り寄ってきた吾郎に向かって、右の狼が吼えた。

 

 その刹那、三本の爪痕が吾郎の前に現れる。

 

 危ない! 真理子がそう息を呑んだ時には、吾郎は後ろに飛び去っていた。

 すんでのところで直撃を免れたのだ。

 

 爪痕は、虚しく空を切る。

 

 次の瞬間、烈風がぶわりと真理子の長い髪を舞い上がらせた。空ぶった爪から生み出されたエネルギーの余波が、切り裂くような風圧に変わってここまで届いてきたのだ。

 もしあの爪が直撃していたら、人体なんて簡単に砕けていたに違いない。本当に、間一髪のところだったのだ。

 

 ──このままで、大丈夫なのだろうか?

 

 真理子の中で、悲観的な考えが首をもたげてきた。

 

 ロビンフッドが得意とする光の攻撃は、あの狼たちには無効らしい。対して、向こうは一度でも喰らったら即死級の技を連発してくる。

 このまま戦いが続けば、勝敗は火を見るよりも明らかだ。

 

 そう不安を抱いた通りに、吾郎の劣勢は次第に決定的なものになっていった。

 

 次に行動を取ったのは、あのバケモノだった。

 吾郎めがけて、巨大な顔が正面から突進する。それをどうにか避けながら、吾郎はサーベルで耳を切りつけた。

 

 けれど、その隙に今度は左の狼が爪の攻撃を繰り出す。

 バケモノを切りつけた後の不安定な体勢では避けきれず、爪の先端が吾郎の腕をとらえた。白い礼服が肩から切り裂かれ、鮮明な血飛沫が上がる。

 

 悲鳴をあげそうになるのを、真理子は両手で抑えた。

 

 ──どうしよう? どうにかしないと、このままでは……。

 

 そう焦っている間にも、めまぐるしい勢いで戦いは進んでいく。

 

 あまりにも多勢に無勢だった。

 それでも、吾郎は膝をつくことだけはないようにどうにか立ち回っていく。

 

 吾郎はひたすらに敵の猛攻をやり過ごしては、確実な一撃を加えることを繰り返す。

 どうにか銃撃で狼を一匹殺した時には、もはや満身創痍だった。全身が切り傷や打ち身で覆われて、立っていられるのが不思議なほどに。

 

「……潮時か。真理子さん、隙を作るから、ここから離れて」

 

 吾郎は背中を向けたままそう言った後、口の中に溜まった血をごほっと吐き出した。

 

「な、なに言って」

「──僕にはまだ奥の手がある。でも、その力を使ったら何が起きるか分からない。巻き込まれて死にたくなかったら逃げろ」

「でも……」

「いいから早く行け。邪魔なんだよッ!」

 

 苛立ちを露わにそう叫ぶ吾郎が正しいのだと、理性では解っている。

 

 真理子には戦う力がない。なら選択肢は一つだ。

 いつもと同じ、誰かに言われた通りに逃げるのだ。大切なものを見捨てて、どこまでも逃げて逃げて、何もできずに一人震えてうずくまる。

 

 だけど、それが本当に正しいことなの? そんなことをするために、私はここまで来たの?

 

 そう葛藤する真理子を待っていてくれるほど、敵は甘くはない。

 

「ダレ、モ……ダレモ逃がさない!!」

 

 まるで呪詛のように、巨大な顔の左半分──下卑た笑みを浮かべる少年の方が、くちびるを動かした。すると、あらゆる恨みを具現化させたかのように燃え盛る紅蓮の炎が、吾郎の体に絡みつく。

 

「ぐぁッ……!」

 

 ついに吾郎の体は崩れ落ち、片膝をついた。

 まったく無防備になった吾郎の方へ、半々の顔のバケモノはゆっくりと狙いを定めるように近づいていく。

 

「なにしている、真理子、早く……ッ!」

 

 吾郎がこちらを睨みながら、息も絶え絶えにそう言った。

 

 その姿を見て、真理子の足はやっと動き出す。

 

 だけど、それは逃げるためじゃない。

 背中に吾郎を庇うように立つと、真理子はバケモノ──いや、父親の顔と対峙した。

 

 右半分の啓次の顔が、悲痛な涙を流しながら真理子を見る。

 

「真理子……また震えているな。そんなに僕が恐ろしいのか? 僕は父親なのに」

 

 指摘されて初めて気づく。

 まただ。また、真理子の身体はどうしようもないほどに震えていた。

 

 狂った父を前にすると、いつもこうなった。

 ああ、お前はどうしようもない。もう逃げるしかないのだと、そう身体から命じられているように。

 

 その度に、自分に酷く失望させられた。

 

 ──だけど、違う。

 

「いいえ、怖くて震えているわけじゃないの」

 

 ああ、やっと理解した。

 心の奥底から湧き上がってくる震えは、恐怖からくるものじゃない──これは怒りだ。

 

 ここまで何をしにきたのかなんて、そんなの決まっている。

 

 ずっと父親の影に怯えながら生きていくことなんてできない。

 この身体中をわななかせる激しい怒りを、父に教えにきたのだ。

 

「そうか、やっと分かってくれたのか……。そうだ、僕が恐ろしいバケモノなんじゃない。お前が悪いんだ。お前さえ成功しなければ、お前が一生を呼び出すようなマネさえしなければ、アリアも吾郎も、みんな幸せな家族でいられたのに……」

 

 この後に及んでそんなことをのたまう父の顔を見ると、真理子はくすくすと笑い出した。

 

「本当に、不思議。今までずっと、こんなに怒っていたのに。どうして気づけなかったんでしょう……?」

 

 ああ、おかしい。パパの心を救ってあげたいって、ついさっきまで自分が言っていただなんて。

 

 堪えきれず、ほとんど狂ったように笑い出した時──ドクンと、心臓が大きく鐘を打つ。

 

「ぐ、うぅうッ……!?」

 

 身体中が締めつけられるような痛みに、真理子は身体を折り曲げた。

 

嗚呼、これでようやくお目覚めってわけね

どうすればいいのか、もうおまえは知っているのでしょう?

 

 頭の中に女性の声が響く。

 呆れ果てたような、叱りつけるような、でもどこか親しみの込められた優しい声音だった。

 

力が弱い? 子どもだから何もできない? そんなの全部関係ない

相手がどれだけ大きな怪物に見えても、恐れるかどうか決めるのはおまえ自身、他の何者でもない

 

「うぅう……っ!! うぁああッッッ!!」

 

 幾万の針を刺されたように痛む頭を地面に擦りつけて、喉が張り裂けんばかりに絶叫する。

 頭が鉛のように重く感じて、ほんの少し持ち上げることすらままならない。

 

おまえは私、私はおまえ

だから、愛するもののためなら、一歩も退いては駄目

武器を持たぬのなら手で、体が動かぬのなら声で、持てる全てで理不尽に抵抗しろ!

 

 そうか、この声の主の名は……。

 彼女は私自身の心の在り方なのだ。私には大切な存在を守る力がちゃんとあるのだと、伝えにきてくれた。

 

 そう気がついた瞬間、痛みは跡形もなく引いた。

 

 真理子は、悠然と立ち上がる。

 

 そして、顔を覆い隠す漆黒のヴェールを、いとも簡単に取り払った。

 

「──来なさい、エポニーヌ!」

 




エポニーヌ
(以下、レ・ミゼラブルのネタバレあり)
犯罪者の家に生まれた娘。子どもの頃は意地悪な性格で、両親と一緒になって、引き取られていた孤児コゼットを虐げる。しかし、成長するにつれ家庭の没落を経験し、父親の行いに疑問を抱いて反抗するようになる。
物語のクライマックスである六月暴動の際、エポニーヌはバリケードで愛する人を銃弾から庇って命を落とした。


エポニーヌ、やっと出せてよかった……。
レミゼでは報われない恋の女の子というイメージが強いエポニーヌですが、好きな男性を守るために父親含む犯罪集団の前に立ち塞がったり、武装蜂起中のバリケードへ男装して向かったりと、気が強くてぶっ飛んでいるところが好きです。
真理子のペルソナはエポニーヌしかいないと最初から決めていました。

しかし、真理子のペルソナ覚醒までほぼ二十万文字。長かった……。
ここまで来れたのも読者のみなさんの応援のおかげです。いつも応援してくださり、本当にありがとうございます!!
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