ペルソナ5 明智兄妹の事件簿   作:かっぱえびせん

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エピローグ ここにいる

 午後一時という時間もあってか、こぢんまりとしたビジネスホテルのロビーには人影がない。

 フロントから離れた端のソファセットに、吾郎は真理子と向かい合って座っていた。

 

 真理子の顔色は、今日も酷いものだった。血の気のない青白い顔に浮かぶのは、感情が綺麗に削ぎ落とされたかのような無表情。

 

 彼女が昨日も一晩中寝つけずに起きていたことには気づいていた。

 でも、吾郎は彼女に何も言葉をかけない。というよりも、かけられなかった。上部だけの慰めならいくらでも思いつくが、そんなものどれだけ並べても意味がない。

 

「二人とも、お待たせしました」

 

 静寂を破ったのは、電話を受けて席を外していた森岡だった。

 

「捜査が終わったから、もう家の方は帰れる状況にあるらしいです。といっても、警察の人が立ち入ったまま清掃されていないので汚れているかもしれないそうですが」

 

 吾郎は一瞬固まった。

 帰れる状況にある? もし真理子の兄の遺体が見つかったのなら、一日やそこらで捜査が終わるはずがない。

 

「何も、不審なものは見つからなかったんですか?」と、真理子が静かな声で聞く。

 

「ええっと……一応、啓次さんが口にした飲食物は調査するみたいです。でも警察の人も念のために調べているだけですから。二人が心配する必要はないですよ」

 

 予想外の質問に驚いた顔で、森岡は答える。

 

 もし警察が遺体を発見していれば、連絡が来たはずだ。それがないということは──警察は、あの箱を見つけていない。

 

 だけどあれは、事故現場に堂々と置かれていた。それなのに警察が見落とすなんて、どう考えても異常だった。

 

「警察の人がもういないなら、僕たち、家に帰ろうと思います」

 

 動揺を表に出さないように、吾郎は落ち着いた声音でそう言う。

 

 だけど、内心は急いていた。一刻も早く、家の状況を確認しないといけない。

 

 何も知らない森岡からしてみれば、事故現場に戻りたがる神経が理解できないのだろう。気遣わしげな顔になると、言葉を選ぶように話し出す。

 

「もちろん家に帰ることもできるけど、まだ片付いていないですし、ここが嫌だったらもっといいホテルに泊まることもできますよ。きっとそっちの方が二人にとっても……」

 

 難色を示す森岡の言葉を、真理子が遮る。

 

「──いえ、今は慣れたところにいたいんです。外だと、うまく寝れなくて」

 

 瞳を伏せて、辛そうな顔を作って真理子はそう言った。今の彼女がそんな表情を浮かべると、並々ならない説得力がある。

 案の定、森岡は痛ましそうに彼女を見た。

 

「真理子ちゃん……」

 

 目元をわずかに潤ませ、真理子は森岡を見上げた。

 

「お願い、もう家に帰りたいんです」

「そ、そうですね、余計なことを言ってごめんなさい。おうちに帰りましょう。すぐにタクシーを呼んできますから」

 

 森岡はフロントへ小走りで向かう。

 その後ろ姿を見ながら、真理子は無表情にスッと戻った。

 

「……あの様子だと森岡さん、うちまでついてきちゃいそうですね」

「まあ、未成年二人をこの状況で放っておいてはくれないだろうね。残念だけど、彼がいる間は地下の様子を確認しに行くのは諦めるしかない」

 

 少し眉を寄せて考えてから、真理子はため息をついた。

 

「駄目です。頭が疲れてて、あの人を追い払う言い訳は思いつかないです」

「いや、さっきので十分ファインプレーだったよ」

 

 少し、安心した。

 今の真理子はちょっとの力でも加われば折れてしまいそうに見えたけれど、まだ咄嗟に演技するくらいの気力はあるらしい。時々、彼女のこういう面には驚かされる。

 

 

 予想した通り、森岡は家までついてきた。

 子ども二人でいるのは危ないから、しばらくは一緒にここに泊まるつもりだという。

 

「えっと……吾郎くん、好きな食べ物とかありますか?」

「なんでも食べられますけど、僕は寿司が一番好きですね」

 

 リビングで、森岡と毒にも薬にもならない会話を続ける。

 ほとんど知らない子どもにどう接すればいいのか分からないのだろう。しかも、心理的外傷になるような大事件の後。沈黙を恐れるように、彼は話しかけてきた。

 

 別に素っ気ない返事をしてもいいのだが、こういう時大人に愛想よくするのは身に染みついた癖だった。

 

「そうですか。私は料理ができないから、デリバリーを頼もうと思うんだけど」

「ああ、いいですね」

 

 逸る心を表に出さないように、吾郎は相槌を打っていく。

 

 真理子は休むといって奥のソファで横になっているけれど、寝られるわけがない。兄の遺体の行方で思考が占拠されているはずだ。

 

 幸いにも、そんなに長い時間を無駄にする必要はなかった。一時間もしないうちに、森岡に電話がかかってきたからだ。

 

「またすぐに帰ってくるから、何かあったら電話をお願いします」とそう言うと、森岡は忙しなく出かけていった。

 

 後ろで、すぐに真理子が起き上がった。森岡が帰るのを今か今かと待っていたのだ。

 

 示し合わせたわけでもなく、二人とも自然に階段下の扉の前へ来ていた。

 

「下の様子は僕が見てくるから、君はここで待ってて」と、吾郎は間髪入れずに言った。

 

 事件の痕跡がどこまで残っているか分からない。真理子が何か目にして、啓次が廃人になった瞬間をフラッシュバックしては困る。

 

「……お願いします」

 

 彼女も思うところがありそうだったけれど、無理についてこようとはしなかった。

 

 吾郎は建て付けの悪い古びた扉を押し開けると、後ろ手に扉を閉める。

 

 階段を降り始めてすぐに、どす黒い液の跡が目に飛び込んできた。

 大量に吐き出された黒い体液が、一晩経って木の板をどす黒く染めていた。嫌でも、目の前で正気を失って壊れていった啓次の姿がチラつく。

 

 真理子を上に残してきたのは正解だった。ここには、啓次の死臭があまりに色濃く残っている。

 

 とにかく、早く目的のものを探さなければいけない。

 

 でも冷静に考えて、素足でこの体液の染みた板を踏みたくはなかった。吾郎は階段を降り切らずに、首を伸ばして下の様子を確認する。

 

 埃舞う地下室は、がらんとしていた。隅から隅まで目を走らせても、あの木箱がない。

 やはり誰かが何らかの目的で持ち去ったのだ。遺体を隠す理由なんて、まともなわけがない。その人物には間違いなく悪意がある。

 

「吾郎くん、どうでしたか?」

 

 上から、真理子の張り詰めた声が聞こえてくる。

 

 これ以上地下室のカビた空気を吸う理由もない。

 吾郎は階段を上がると、「ここにはなかった」と端的に答えた。

 

「そんな……」

 

 真理子の目が見開かれる。けれどすぐに首を振ると、

 

「誰かが上に動かしてしまったという可能性も、ありますよね」

「そうだね。地下室以外の場所も確認しよう」

 

 そう言いつつ、望み薄なことは分かっていた。地下の物置きから家のどこかに木箱を動かす理由なんて、誰にもないはずだ。それでも賛成したのは、思いつくすべてのところを探すまでは真理子が納得しないだろうと思ったからだった。

 

 一階から三階まで、手分けして二人は調べていく。

 でも家中を探しても、遺体の入った箱は見つからなかった。

 

「三階はダメでした」

 

 そう声をかけながら、真理子が階段を降りてくる。

 その瞬間──ガタン、と乾いた音がして、彼女の足が板を踏み外した。

 

 吾郎は反射的に駆け寄り、崩れ落ちる彼女の身体をなんとか抱きとめた。細い肩が、手の中にすっぽり収まる。

 

 真理子は、何が起きたのか一瞬わからなかったように、呆けた表情で吾郎を見上げる。そして数秒経ってから、ようやく事態を理解した顔になる。

 

「……ごめんなさい」

 

 そういう声にも力がない。

 リハビリでずいぶんよくなったとはいえ、真理子の足は完治していない。今のように極度の緊張と疲労が重なった状態では、いつ倒れてもおかしくなかった。

 

「これ以上探しても意味はない。ここで切り上げよう」

 

 いい加減、見切りをつけるべきだった。

 

 真理子はしばらくの間俯いていたけれど、やがて首肯した。

 

 

 

「こんなことをして得する人間は、岡倉くらいしか思いつかない」

 

 リビングに戻ると、吾郎は単刀直入にそういった。

 

「誰か見張りを家の前につけていたのか、警察の中に協力者がいたのか……。いずれにしろ、あいつ自身に聞けばハッキリする」

 

 ”あいつ自身に聞く”と聞いて、真理子はちらりと吾郎のケータイに目を向けた。

 

「そう、ですね。すべては異世界にいる黄色い目の岡倉に聞けばいい話です」

 

 真理子の口ぶりからして、自分もついてくるつもりらしい。

 だけど彼女が動きづらい足を引きずってまで、身を危険に晒す必要はない。

 

「岡倉のことは僕が招いたことだ。君のお兄さんの身体は、責任を持って僕が探し出す。……だから、君はこれ以上この件に関わるべきじゃない」

「どういう意味ですか?」

 

 真理子は不安を滲ませた声を出した。

 

「もう君のお兄さんがいないこと、お父さんが岡倉から代わりにする子どもを引き取ってきたことを、明日森岡さんに話すんだ。彼が信頼できないなら、日本にいる親戚でもいい。君はもうあの異世界のことは忘れて、元の生活を取り戻すことに専念するべきだ」

 

「そしたら、あなたは……。吾郎くんはどうするんですか?」

 

 そう問いかけながらも、真理子はほとんど返される答えを知っているかのようだった。

 

「僕はここを出ていく」

 

 そして、あの異世界のことを調べる。

 啓次が廃人になったことから、図らずも、あの世界には自分が想像していたよりも遥かに大きな力があることを吾郎は知った。

 

 あそこでより多く戦いを積み重ねて、より多くの可能性を模索する。

 そのためには、ここにいることも、真理子を連れていくことも、足枷にしかならない。

 

 しがらみをすべて断ち切らなければ、力は手に入らない。今までのすべてを捨てることこそが正しいやり道なのだと、心のどこかで導かれているようにすら感じた。

 

「ずっとここにいてはダメなの? どうせ、父はあなたが息子だともう一年もの間、嘘をついて回ってたんです。おじいちゃんだって、本当のことを話せばきっと解ってくれるはずだし、それに世間体のためには後戻りすることなんてできない。兄の代わりになってなんて言いません。あなたを引き取る正式な手続きができるよう、私がおじいちゃんに頼みます。あなたの目的だって手伝う。だから……」

 

 そう必死に言い募った後、真理子は瞳を伏せた。

 何も言っても無駄だと、彼女が話し終えるのを待つ吾郎の顔を見て痛感したのかもしれない。

 

 しかし、吾郎が断りの返事を口にするよりも早く、「一晩考えてみてから返事をください」と真理子は言った。

 

「分かった。このことはまた明日話そう」

 

 別にそれでも構わなかった。自分の答えは変わらない。

 今の彼女は限界まで疲弊していて、まともに話せる状態じゃなかった。

 

「はい……」

「だから、君はもう寝なよ。このままじゃ、君まで病院送りになる」

 

 不安そうにこちらを見てくる真理子を見て、吾郎は一言付け足す。

 

「心配しなくても、何も言わないで勝手に出て行ったりなんかしない」

 

 

 

 真理子を半ば押し込めるようにして部屋に返すと、一人きりになった。

 

 吾郎の足は、自然と再び地下室へ向かっていく。

 古びた階段下の扉を押し開くと、階段を半ばのところまで降りて足を止める。

 

 そして、床に色濃く残っている黒い体液の跡をじっと見た。

 

 そうしていると、尋常じゃない様子でもがき苦しんでいた啓次の様子が、コマ送りのように浮かんでくる。

 

 いままで誰かを殺したいと思ったことは数えきれないほどあったが、実際に人を殺めたことは一度もなかった。

 

 もし啓次のシャドウにトドメを刺したのが自分だったら、真理子のように激しいショックを受けただろうか?

 自分でもよく分からなかった。そういう真っ当な感覚がないから、人として重要な何かが欠落しているからこそ、今こんなに冷静でいられるのかもしれない。そんなふうにも思えた。

 

 昨日から、ずっと同じ考えが思考を支配していた。

 

 もしシャドウを殺したせいで啓次が廃人になったのだとしたら、同じことをナビにヒットした人間にもできるはずだ。

 

 つまり、獅童正義を手にかけることだって容易にできる。

 

 想像する。

 啓次のように黒い液体を吐き出しながらのたうちまわって苦しむ、テレビ越しにしか見たことのないあの男の姿を。

 

 無意識に、左手でケータイを握りしめていた。

 

 ──異世界ナビ。神か悪魔か知らないが、何者かがこいつをくれたおかげで、すべてが変わり始めた。

 

 今この瞬間、あの男の命を掌握している。

 そう思うと、燃え上がるように燻っている復讐心が膨む。今日この日まで、あの男に惨めな最期を迎えさせることだけを胸に、ゴミを漁ることすら厭わずに生き残ってきた。それが今やっと叶おうとしている。

 

 だが、その裏で計算するような冷たい声もあった。

 

 それで満足なのか?

 あんな結末では、苦しむのはせいぜい数分。いままでの行いを懺悔するには、あまりに短い時間だ。

 

 対して、母は吾郎を身に宿してから八年余り生き地獄を苦しみ抜き、最後には自ら死を選んだ。到底、つりあいが取れるものではない。

 

 そう苛立ちを覚えた瞬間──鋭い耳鳴りとともに、あらゆる音が一度に響く。

 苦しいのを隠して無理に明るく振る舞う母の笑い声。寝付けずに起きてしまった夜に聞こえてくる啜り泣き。仕事の後に長々と浴びていたシャワーの音。弱い立場にあることを見越して母に怒鳴りつける客の罵声。近所の人間の、声を低めながらもわざと聞こえるように言う嫌味。放置されたゴミだらけになった部屋に響く、縄のギシギシと軋む音……。

 

 十分なはずがなかった。

 シャドウを殺され、訳の分からないままに狂死する。それはあまりに生ぬるい結末だ。

 

 だからといって、アイツを葬りたい、この世界から存在を消し去りたいという衝動も止められない。

 

 相反する意識がせめぎ合って、頭の中を引っ掻き回されるようにグラグラした。

 

 気がつけば、吾郎はいつの間にかケータイを握りしめて、家の玄関まで来ていた。

 

 まだ獅童の結末を決めたわけじゃない。だけど、あの男の心象風景が見てみたかった。

 

 ずっと疑問だった。

 政界で成功し、栄光の道を歩んでいるあの男。そんな人間がなぜ、もて遊ぶ相手に母を選んだのか。なぜ、妊娠させておいて手酷く捨てたのか。なぜ、少しも母に手を差し伸べようとは思わなかったのか。

 

 何より──なぜ、母はそんな男を愛してしまったのか。その子どもを中絶しようとは考えないほどに。

 

 外へ出るドアに手をかけようとしたその時、ふいに、背中に重みがのしかかった。

 切実な力が込められた指に、動きを止められる。

 

「──真理子のこと、置いていかないで……」

 

 振り向くと、そこには泣き出しそうな顔で、酷く不安げにこちらを見る真理子がいた。

 

 彼女が抱きついてきたのだと、遅れて気づく。

 

 細い腕が、しがみつくように吾郎の背中に回されている。

 

 吾郎が言葉を探している間に、真理子は喉を震わせながら必死に言った。

 

「お願い、傍にいて。私をひとりにしないで。あなたに置いていかれたら、私、死ぬしかない……」

 

 一息で吐き出すように言い終えたあと、その顔はすぐに悔いるような恥じるような複雑な表情になった。まるで、堰き止めていた本音の重さに自分で押し潰されそうになっているかのように。

 

 どうして彼女が突然取り乱したのか、吾郎は理解した。

 彼女の心には、いまだに母親に置き去りにされた時の恐怖が澱のように残っている。今、出ていこうとする吾郎の背中に、あの時の絶望を思い出したのだろう。

 

 けれど、自分は彼女の家族じゃない。

 縋りつかれても、与えられるものは何一つなかった。

 

 そう思って顔を上げると、吐息がかかりそうなほど近くで、彼女の顔が見えた。

 人形のように整ったその顔からは血の気が引き、透けるように白い肌には父親に刻まれた痣が浮かんでいる。目の下は、涙を何度も拭ったせいで赤く擦れていた。

 見るに耐えない、痛々しい姿だ。

 

「真理子さん……」

 

 吾郎は華奢な肩に手を乗せると、体から引き離す。

 誰かに触れられることへの拒絶反応は、もはや骨の髄まで刻み込まれていた。

 

 別に真理子を厭う特別な理由があるから引き離したわけじゃない──そう考えてから、ふと気づく。

 彼女を嫌っていたことがあったのも、紛れもない事実だ。

 

 思えば、自分の真理子に対する印象は常に変化していた。

 最初会った時は、なにもかもを持って生まれた高慢な女の子に見えた。それなのに、自分の上っ面だけの優しさに簡単に騙される、愚かな女だと軽蔑していた。

 再会した時は、子どものようになって縋ってくる彼女を疎ましく思っていた。つき纏って愛を乞うてくるのに適当に合わせて、どうにか利用してやろうと考えていた。

 

 でも──それだけだったと言ったら、嘘になる。

 四面楚歌のおもちゃ屋で、岡倉の目を迷いなく突き刺した時。

 母親を信じて待っているのだと彼女のシャドウが純粋な目で言った時。

 その母親との約束の証である”宝物”の紙を、散り散りに破った時。

 啓次のシャドウに向かって、毅然と啖呵を切った時。

 

 まるで予想していなかった新しい面が顔を覗かせるその度に、真理子が少しずつ違って見えた。

 

 今この瞬間も、そうだった。

 目の前の真理子は、もし拒絶されたら壊れてしまいそうな、それでいて最悪の返事を覚悟しているような瞳で、静かにこちらを見ていた。こんな彼女を見るのは、初めてだった。

 

 吾郎は、ゆっくりと口を開く。

 

「……いいよ」

 

 意味を理解して、真理子の目が大きく見開かれた。涙に濡れた瞳が、戸惑いに揺れている。

 

 吾郎自身、自分がそう答えたことが不思議でならなかった。

 だけど、撤回する気はない。続けて、今度はもっとはっきりと言葉にした。

 

「──ここにいる」

 

 そもそも、吾郎は必死に求められるような存在じゃない。

 

 母が死んで以来、この世に自分を必要としている人間なんててただの一人もいなかった。いや、その母すらも結局は、息子の存在する人生に嫌気がさしてこの世を去った。吾郎を愛していると、必要としていると言ったのは、親子の愛という幻想に縋るための芝居だったのだ。

 

 結局のところ、自分が必要とされる場所なんて、この世界のどこにもなかった。

 

 でも、今の真理子は真実、自分を必要としている。

 一瞬でも、誰かに必要とされるのなら。必死に伸ばされたその手に応えることも、悪くないと思った。

 

「……本当に?」

 

 真理子がそっと問い返す。まるで、夢が弾けて消えるのを恐れるかのように繊細な声だった。

 

「君が僕を必要とする限り、ここにいるよ」

 

 必要とされるのなら、誰でもいい。それはきっと間違った考え方なのだろう。

 

 ──だけど、それは真理子だって同じだ。

 

 兄がいれば、兄に頼ったに違いない。

 例えどうしようもない親でも、親が生きていれば迷わずそちらを選んだだろう。

 肉親がいなくても、支えてくれるような友人さえいれば、それでよかったはずだ。

 

 でも、明智真理子という少女は正真正銘、一人きり。

 だからこそ、「傍にいて」というその言葉は、疑いようもなく本物だった。

 

 もしかしたら、そんな真理子の言葉だからこそ信じる気になったのかもしれない。そう考えると、嫌になるほど腑に落ちた。

 

 




第一章はこれで完結です。
これまでたくさんの応援を本当にありがとうございました。二次創作なのにオリジナル部分がほとんどでしたが、ここまで読み進めていただけて、そして感想や評価や推薦やここ好きを頂けて、本当に嬉しかったです。自分が読みたいものを書いているので需要があるか分からず投稿していた時に、頂いたコメントや挟まれた栞にたくさん励まされました。
重ね重ね、ありがとうございました。

第二章以降もお付き合い頂けたらとても嬉しいです。

追記:いちおう後書きがあります。興味ある方がいらしたら、よろしくお願いします。
あとがき
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