翌日、二人は一色若葉が所属する研究所を訪れていた。
一流大学のキャンパスの端に佇む赤煉瓦の建物──「先端脳科学研究センター」と表札のかかったその場所は、古びた外観をしていた。
最上階の八階は、彼女が研究しているという認知訶学専用のフロアらしい。
出入りする人々は当然、白衣姿の研究者や院生ばかり。それぞれ仕事に忙しいのか、場違いな中学生二人を見ても気に留めることなく颯爽と歩いていく。
そう待たされることもなく、入り口のガラス扉を開いて白衣姿の若葉が現れた。
「おはよう、吾郎君」
首に職員証を提げ、白衣のポケットにペンを差している。大学のキャンパスという場所も手伝ってか、前日に見た彼女よりもその姿はずっと研究者らしく映る。
若葉は、隣にいる真理子に柔らかな笑みを向けた。
「妹さんよね、初めまして。一色若葉って言います」
「初めまして、明智真理子です。今日はお世話になります」
真理子は背筋を伸ばして、品よく礼をする。
その様子を見て、若葉はちょっと困ったように表情を崩した。
「そんなにかしこまらないで。今日は来てくれてありがとう。とりあえず、中に入りましょう」
若葉は施設の中を歩きながら、淡々と手順を説明していく。
反応速度や空間認識のテスト、標準的な心理検査、血液検査、MRI検査──基本的なものを行う予定だという。
「それから、ここでしかできない特別な検査も一つ。見たことのない機械だから驚かせてしまうかもしれないけれど、安全なものだから心配しないでね」
若葉の声は落ち着いていて、話の区切りごとに相手の反応を見る癖がある。自分の話が他者に伝わっているのか、常に強く意識しているのだろう。
「すべてを一日で終わらせようとすると、かなりの長丁場になるかもしれないけれど……疲れたら遠慮なく言って。必要なら、数日に分けることも可能だから」
そう若葉が言った通り、検査は丸一日を使っての長丁場だった。
階を跨いで施設の中を移動し、時には機器の都合で別棟まで足を運ばなければいけない。
若葉一人では対応できない検査も多く、何人もの白衣の研究員たちと顔を合わせることになった。
中には、「テレビで見たことのあるピアニストの女の子」を一目見ようと、野次馬にやってくる者もいたが──彼らは若葉にたしなめられて返された。
想像以上に大がかりな検査だったせいで、認知訶学について聞き出す暇なんてない。
その上、若葉当人も忙しい。彼女はこの研究所内で、相当頼りにされているようだ。たびたび部下らしき研究員に呼び止められては、席を外していた。
昼休憩を挟み、長時間にわたる心理検査を終えた頃には、さすがに疲労を感じはじめていた。
「二人とも、本当にお疲れ様。次で最後の検査よ」
そう言って若葉が二人を連れてきたのは、八階。
認知訶学の研究に使われているという、研究所の最上階だった。
案内された小さな部屋には、窓際にパソコンが乗ったデスクが一つと、その隣に小型のドリンク用冷蔵庫が置かれている。
平凡な部屋の中で目を引くのは、中央にある奇妙な装置だった。
光沢のある白い外殻の、卵を立てたような形状の機械。前面の蓋が開け放たれ、中はクッション素材で作られた椅子になっている。
ちょうど大人一人がすっぽり収まるくらいの大きさなところを見ると、ここに人を入れて検査を行うのだろう。
「これは、一般的に認知訶学で使われるものなんですか?」
吾郎が尋ねると、若葉は頷いた。
「これだけは病院でもテレビでも見ないだろうから、気になるわよね」
若葉はパソコンに手を伸ばし、プログラムを立ち上げながら説明をはじめた。
「この機械はね、認知世界に存在するもう一人の自分──認知体の正確な座標を特定するためのものなの。
その座標を、渋谷に設置してある広域センサー群が取得するデータと組み合わせることで、従来とはまったく違う方法で人の精神状態を把握できるようになる」
そう言いながら、若葉は机の上に置かれたクリアファイルを手に取る。
中から取り出したカラープリントを、一枚ずつ二人に手渡した。そこには、目の前にある機械の写真とともに、大きな見出しが踊っていた。
《次世代の精神分析を、CSTNで可能に》
この機械の正式名称は、”Cognitive Synaptic Thread Navigator”というらしい。
直訳すれば、「認知的なシナプスの糸筋を辿るナビゲーター」──そんな意味合いになる。
「といっても、まだまだ課題が山積みなの。残念ながら、正式に医療で使われるには程遠い状況よ。データから一定の正確性が示された今も、世間では眉唾もののオカルト科学だって揶揄されるくらいだもの」
若葉はそう言って、かすかに物憂げな笑みを浮かべた。
「どうして、この機械はナビゲーターと呼ばれているのですか?」
プリントを読みながら、真理子が首を傾げる。
「いい質問ね。その質問に答えるためには、まず、認知世界に存在する”集合的無意識”について説明しないといけないわ」
若葉は、昨日吾郎にしたのと同じレクチャーを始めた。
──認知世界では、数多の人間の認知体が集まって、集合的無意識を形成している。
そこから発せられる微弱なエネルギーを、地上に設置したセンサーで捉え、解析する。それが従来の認知訶学の基本的な手法だった。
だが、そこで得られるのは、あくまで集団としての精神傾向。
たとえば、不景気の時代には社会全体から「絶望」が、年末年始には「高揚感」が──そんな風に社会現象や季節によって人々の感情が空気のように変化しているのが読み取れる。
しかし、それはあくまで大きな流れにすぎず、「個人の無意識」までは掴めない。
「でも、本当に人を理解したり助けたりするには、個人の認知にアクセスしなきゃならない。そこで出てくるのが、このCSTN」
若葉は、そっと卵形の装置に手を置いた。
「中に入った被験者と、認知世界に存在する認知体──いわばもう一人の自分。これは、それを繋ぐ糸を捉え、ナビゲートするための機械なの」
人間の脳が体中に電気信号を送っているように、精神もまた、認知世界に繋がる微細な糸を伸ばしている。
CSTNはその細い糸を辿り、集合的無意識の海の中から、個人の認知体の座標を正確に特定する。そして、集合的無意識のデータを特定の座標に絞って解析することで、初めて個の認知に限定して、観察することができる。
そう若葉は説明した。
「ただ──この機械で正確な座標を割り出せるのは、全体の中のほんの一割以下なの」
一割以下。それはあまりに低い数字のように思えた。
そう考えたことを吾郎の表情から読み取ったのか、若葉は静かに頷いた。
「そう。正直、まだまだ残念な精度よ。CSTNで捉えられるのは、集合的無意識の中でもごくごく浅い場所……。本当に表層にいる認知体だけなの。私たちは便宜上、その限界点をセカンドフロアと呼んでいるわ。だけど、たとえば渋谷の地下に広がる集合的無意識の本当の深さは、その三十倍以上あると推測されている」
真理子が「あの、でも若葉さんが観察していたのはうちの周り……吉祥寺あたりだったんですよね?」と聞いた。
「ええ。あの日は、集合的無意識の外にある認知世界の領域を観察をしていたの。それも、私たちにとってもう一つの大きな課題」
若葉は落ち着いた口調で続けた。
「稀にね──そもそも集合的無意識の領域に組み込まれていない、個人の領域を持っている人がいるの。そういう人の認知体は、大抵、自分と深く関わった場所……自宅や職場、特別な記憶に結びついた場所がある方角に強い反応を示すわ。ただ今の技術では、そういうケースの座標特定も観察も、満足にできない」
自分と深く結びついた場所に、もう一つの自我がいる。
若葉の言葉を聞きながら、脳裏に浮かんだのは、あの"パレス"や"シャドウ"の光景だった。
気になって、吾郎は口を開いた。
「集合的無意識に組み込まれない人たちには、何か共通点はあるんですか?」
「とてもいい質問ね。私の被験者で、今まで集合的無意識の外に認知体がいたケースはたった四人だけ。だから断定するにはサンプル数が少なすぎるのだけれど……その四人は、いずれも反社会性やナルシズム──いわゆるダーク・トライアドと言われるような心理傾向があった。さらにいうなら、激しい認知の歪みを抱いていてもいた」
「認知の歪み?」と吾郎は返す。
「ええ。彼らはいずれも研究協力に立候補した受刑者だったのだけれど、正直、更生の余地がないと判断されるほど、現実認識が歪んでいた。……ごめんなさい。詳細を話すのは私もあまり気が進まなくて」
若葉は言葉をにごした後、壁時計に目を走らせた。
こちらとしてはまだ聞きたいことは数多くあったが、彼女のスケジュールが押しているのだとしたら、これ以上質問を重ねるのは控えるしかない。
「検査自体は、すごくシンプルなものだから、安心してね。リラックス効果をあげる薬を飲んだあと、この機械に入ってもらう。あとは、出てくる文字や音に身を任せて、自由にイメージしてくれればいいだけ」
若葉はそう言って、部屋の隅の冷蔵庫を開けた。
中から取り出したのは、小さなペットボトルが二本。透明な液体が波打つそれを、二人に手渡す。
「中身はごく微量の安定剤よ。少し心を落ち着けるだけで、副作用は一切ないわ。精度を上げるためのものだから、どうしても不安なら飲まなくても大丈夫」
何が入っているのか、警戒心を隠しきれずに吾郎はボトルを見つめた。
その隣では、真理子がもうキャップを開けていた。迷うことなく、一気に飲み干してしまう。
本当に、思い切りがいいというかなんというか……。呆れ半分感心半分で、吾郎は彼女を見た。
空になったペットボトルを真理子の手から回収しながら、若葉は微笑んだ。
「じゃあ、最初は真理子ちゃんでいいのかしら?」
「はい、お願いします」
真理子は促されるまま、卵型の装置のシートに腰を下ろした。
静かに、開いていた前面のカバーが上から降りて閉まる。そうすると、真理子の姿は一切見えなくなった。
若葉がパソコンに向かい、何か操作をする。
しばらくして、鈍いモーター音と、冷却ファンの送風音が響き出した。
「中は防音がしっかりしているから、外の音は一切聞こえないの。ほら、歯医者さんみたいに、あまり音が大きいと緊張しちゃうでしょう?」
と、若葉は付け加える。
この検査の行末は、非常に気になるところだった。
彼女の言う認知体が、シャドウのことなのだと仮定する。そしたら、真理子の認知体は今、いったいどこに存在しているのだろう?
真理子のシャドウは、かつて漫画喫茶のパレスにいた。けれど、あの場所はすでに崩壊している。
そんな状態でも、果たしてこの機械で認知体を検出できるものなのか。
それに──吾郎自身の認知体とやらがどこにいるのか。これもまったくの謎だった。
まさか、岡倉のパレスにいたあの人形が、自分の精神と繋がっているとは思えない。
だからといって、自分が集合的無意識の中にいるというのも想像がつかなかった。
若葉の話す「反社会性の強い人間は、集合的無意識から弾き出される」という仮説。それに該当する可能性があることは、自分でも自覚している。
考えあぐねている間に、軽い空気圧の音が聞こえた。
ぷしゅうっと音を立てて、装置の蓋が自動で開き、真理子が顔を覗かせる。
検査が終わったらしい。かかった時間は、わずか五分程度。真理子はまったくの無表情で出てきた。
「お疲れ様。どうだった?」
若葉がやさしく声をかける。
「リラックスして受けたら、あっという間でした」
「そう、よかった。最後に何かイメージが浮かんだりはしたかしら?」
真理子は少し首を傾げてから、答える。
「……そういえば、傘を手に持った女の人のような、そんな存在がぼんやりと見えた気がします」
それを聞いて、若葉の瞳が興味深げに細められた。
「あら、それは珍しいケースね。大抵の人は、自分自身の姿が見えるっていうのよ。後で詳しく聞いてもいいかしら」
もちろんです、と快く真理子は返事をした。
さて、次は吾郎の番だった。
よくわからない薬品を体に入れることに多少の抵抗はあったが、真理子は躊躇いなく飲んだのだ。少し対抗意識のようなものを感じて、吾郎はペットボトルの中身を飲み干す。
舌の上を通ったのは、無味無臭の水だった。
本当に何か入っていたのか? と疑いながら、吾郎は装置の中に足を踏み入れる。
「吾郎君、準備はいい?」
「はい」
そう返事をした直後、ゆっくりと前面のハッチが閉じられる。
密閉された薄暗い空間の中で、機械が静かに起動を始めた。
内部は、天井から足元まで一面のスクリーンになっていた。
起動と同時に、真っ白な光がふわりと広がる。
スクリーンに広がるのは、平面的な映像ではなかった。チープな投影じゃない。まるで限りなく続く白い世界の中に、自分が放り込まれたかのような錯覚に陥る。
若葉が言った通り、防音は完璧だった。
外界の気配は一切消え失せ、音も、風も、温度すらも感じない。
ただ一人、世界に取り残されたような静寂。
そんな感覚に包まれていた時、ふいに、白い空間に文字が浮かび上がった。
「誕生」
「始まり」
「海」
「分裂」
「母親」
「アニマ」
視界のあちこちに、不規則に現れては消えていく。
それを追ううちに、耳に立体的な音が滑り込んできた。
遠くで寄せては返す波の音や、ぷつぷつと弾ける水泡の音──音に引きずられるように、意識は静かに沈んでいく。奇妙な感覚だった。
「橋」
「迷宮」
「列車」
「深層」
「元型」
「神話」
「円」
かすかに、列車の振動音が聞こえた。
白一色だったはずの空間に、ぼんやりと光景が滲む。
人影のないホーム。歪んだレール。血管のように網目状に広がる管。
「こころ」
次に現れたその単純な三文字に、朧げに形成されていたイメージが壊された。
「影」
今度は、世界が真っ暗に塗り潰される。
「自己」
鼓動が、ドクン、と重く鳴った。
魂の最深部に、誰かの手が無遠慮に突き入ってくるような、嫌悪感。
「ペルソナ」
侵入してきた両手が、精神を逆方向に引っ張り、引き裂こうとする。
自分が自分でいられなくなるようなそんな感覚に、息を呑む。
気づけば、汗がぶわりと吹き出していた。
「鏡」
その言葉をトリガーに、遥か彼方に鏡が浮かぶ。
曇りガラスのようにぼんやりとしたその鏡に向かって、抗う間もなく引き寄せられていく。
「鏡」
もう一度、同じ言葉が浮かんできた。
「鏡」
「鏡」
「鏡」
その言葉が繰り返し映るたび、心象風景への距離が縮まる。
自分の意志とは無関係に、前へ、前へと鏡が迫ってくる。
「鏡」
ついに鏡は、目の前まで迫ってきた。
──見るな、見るな、見るな。
理由はわからない。でも、本能的に、心の奥で警鐘が鳴っていた。
それでも、まるで磁石に引き寄せられるように、視線を逸らすことができない。
鏡には、自分の姿が映し出されていた。
そう思った刹那──ガラスの形状が熱に溶けたようにぐにゃりと歪んだ。映っていた自分自身の像までも、ちぎれるように歪んでいく。
身体中に引き裂かれるような痛みが走って、思わず声を漏らした。
立っているはずの足元がぐらぐらと崩れ、どこにも支えがない。
そして──バチン、と耳をつんざくような音とともに、強烈な光が走った。
視界が白く染まる。
……次に見えたのは、間近でこちらを覗き込む、若葉と真理子の顔だった。
「大丈夫!? 声がしたけれど、怪我はない?」
若葉の必死な声が耳に届く。
視界の端で、真理子が慌ててかけ寄ってくるのが見えた。
「吾郎くん……?」とひどく心配そうにする真理子を見て、やっと自分の状態に気づいた。
呼吸は乱れ、冷たい汗が額から流れて、指先は震えている。
弱りきった姿を人前でさらしていることに気づき、吾郎はぎりっと奥歯を噛み締めた。そしてとっさに顔を上げ、いつも通りの完璧な笑みを作る。
「少し痛かったから、びっくりしただけ。心配いらないよ」
若葉がいうには、痛みに叫ぶ声を聞いて、彼女がプログラムを強制終了させたらしい。
装置から出た当初は鼓動が落ち着かなかったが、数分も休めばすぐに調子は戻った。
その間若葉はずっと心配そうに様子を見守っていたが、どこにも異常がないと分かると、ようやく肩の力を抜いた。
ともあれ、検査はこれですべて終了。
三人は若葉の個室──手狭な部屋に集まり、検査結果の確認に移った。
二面スクリーンに結果を映し出すと、若葉は微笑んだ。
「安心して。二人とも、完璧な健康体よ。認知世界での爆発による後遺症も、何も見つからなかった」
続いて、心理検査や認知機能テストでも異常がないことを告げる。細かな数値については、希望すれば後日まとめてプリントで渡すこともできるらしい。
だが、知りたいのはそんなことではなかった。吾郎はなるべく柔らかな声音で、しかしはっきりと聞く。
「僕たちの認知体は、どこにいたんですか?」
若葉は肝心の、あの最後の検査結果だけを説明していなかった。
異常終了した自分の分は仕方ないとしても、真理子の検査は滞りなく終わったはずだ。
そのことを指摘すると、若葉は「鋭いのね」と苦笑した。
「ごめんなさい。黙っていたのは、不安にさせたくなかったから。正直、この結果が意味することを、まだ私自身うまく判断できなくて」
真剣な表情で見つめてくる二人に気づくと、若葉は観念したように小さく息を吐いた。
「──結論から言うわね。二人とも、認知体が見つからなかった……あなたたちの認知体は、集合的無意識の中にいない。さっきも言ったように、そういう人は珍しいけど、ゼロじゃない。認知体が集合的無意識の外にいることは、稀だけど確認されているケースだもの」
でも、と若葉はさらに続けた。
「吾郎くんと真理子ちゃんは違う。方向性すら、わからなかったの。まるで、認知世界に繋がる糸そのものが存在していないみたいに」
若葉はだんだんと、その場で考えを巡らせながら話すような口調になった。
「機材のトラブル。いえ、それか……あの装置は、そもそも『認知体が外にいる』という前提で作られている。たとえば認知体があなたたちのすぐ傍にいたら。あるいは、あなたたち自身の中に内包されていたら。もし、そんなことが起こりうるなら、あの結果にも納得がいく」
内包されたもう一人の自分と聞いて思い浮かぶのは──ペルソナだ。
やはり、若葉の研究は単なるオカルトじゃない。確かに、あの異世界と繋がる何かを捉えかけている。
あの世界について解き明かすためには、彼女との接触を続けることは不可欠だ。
そして、自分だけが体験したあの根源的な恐怖。自己を歪めるような強烈な力。
あの正体がなんだったのかも、いずれ向き合わなければいけない。そんな気がした。
「……もちろん、分からないで済ますつもりはないわ。今回の結果をもとに、また研究を進めていくつもり。もし何か新しいことが分かったら、あなたたちに連絡する。協力をしてくれて、ありがとう。それから吾郎くん。怖い思いをさせてしまって、本当にごめんなさい」
若葉に悪気がないのは分かっていたが、震え上がったことを蒸し返されて少し癇にさわった。しかしそれをおくびにも出さず、吾郎は笑みを浮かべた。
「お礼をいうのは僕たちの方ですよ。こういう検査を受けたことがないから、楽しかったです。ほら、最先端の研究者に心理検査をしてもらえる機会なんて、そうそうないでしょう? たくさん質問してしまってご迷惑じゃなかったらいいんですが」
「ふふ、質問はいつでも受け付けているわ。学者として、研究内容に興味を持ってもらえるのは光栄なことだもの」
柔らかく笑った次の瞬間、若葉はふいに真顔に戻った。
「──ところで話は変わるのだけれど、二人とも、朝ごはんは食べた?」
まったく予想外の質問に、吾郎は瞬きした。
「朝食はあまり摂らないので、今朝は食べていないです」
「たぶん、兄が食べていないなら私も食べてないですね」と、真理子も答える。
少し呆れた顔になって、若葉は続ける。
「朝に食欲がわかない人はいるものね。……でも、お昼は?」
昼休憩の間に、下の購買でりんごを一個ずつ買って食べた。
そう言うと、若葉は今度こそ眉を顰めた。
「道理で血中ケトン体が高いと思った。もしかして昨日も食事を抜いていたんじゃないのかしら? 二人とも育ち盛りなんだから、それじゃあダメよ。今日の夕ご飯は、おうちで食べるの?」
吾郎は真理子と顔を見合わせる。
実のところ二人とも食事には無頓着なせいか、適当に済ませることが多い。昨日今日に至っては、キッチンに置かれていたフルーツをなんとなく口に運んでいる有様だった。
「今日は父が留守にしているので、たぶん何か外食することになるかと」と、真理子が言い訳するように言った。
若葉はすっかり母親モードに入った顔で、真理子を叱るように見つめた。けれど次の瞬間、ふっと表情を崩す。
「ねえ、よかったらうちでご飯を食べない? 今日はこれから帰って、娘にカレーを作るつもりなの。もう少し二人とお話したかったし」
認知訶学について妄想百パーセントで書きました。
SF小説は好きなのですが書いたことはないので、難しい……。