ペルソナ5 明智兄妹の事件簿   作:かっぱえびせん

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第七話 メメントス

 血管のように赤い管が張り巡らされた、薄暗い地下トンネル。

 その中央を走る線路の上に、二体の敵シャドウがいた。

 

 それぞれの正体は、心の奥底に眠るペルソナを通して知っていた。

 

 グレーのたてがみに緑色の角を持つの馬のような獣が、バイコーン。

 ランプを手に持つカボチャ頭の精霊が、ジャックランタン。

 

 バイコーンが蹄に力を入れて、わずかに前傾姿勢になる。

 

 突進してくるつもりだ。

 吾郎は咄嗟に身を翻し、線路の外へと飛び退いた。

 

 それとほぼ同時に、立っていた場所へ、バイコーンの頭が突進してくる。

 二本の緑の角が風を裂き、吾郎のすぐ横を駆け抜けた。

 

「はっ、当たるかよ!」

 

 高揚した声でそう小馬鹿にすると、着地の反動を使って前方へと走り出す。

 狙いは、油断し切っていたもう一体のシャドウ。

 

 とつぜん眼前に躍り出てきた吾郎を見て、慌てた鳴き声をかぼちゃ頭が上げる。

 

「邪魔だ──!」

 

 サーベルを逆手に構えて振り下ろす。

 光の刃は、カボチャ頭をぱっくりと真っ二つに割った。

 

 あっけなく、ジャックランタンは霧のように拡散して消える。

 

 これで残り一体──そう思った瞬間、後方から蹄の音が響く。

 

 隙だらけの背中に、バイコーンが再び突撃してきたのだ。

 

 だが、焦る必要はない。

 

「──エポニーヌ!」

 

 吾郎が振り返った時には、すでに真理子が大傘を開いてバイコーンの攻撃を受け止めていた。

 

 黒色のフリルの大傘と、緑の角がじりじりと押し合いになる。

 

 バイコーンが弾き返されなかったということは、カウンタが発動しなかったことを意味する。

 

 そうなると、ただの力比べ。

 しかし、暴れ馬の突進を真正面から受けても、真理子は一歩も譲らない。俊敏性も攻撃力もほとんどないが、エポニーヌは耐久力に関しては極めて優れているようだ。

 

 真理子が作った隙を無駄にする手はない。

 

「ロビンフッド!」

 

 吾郎はペルソナを喚び、弓を引く。

 光の矢がしなるように放たれ、バイコーンの肩口を穿った。

 


 

 吉祥寺の家でメメントスというキーワードがヒットした後、すぐにナビゲーションが開始して三人とも異世界に吸い込まれる──なんてことにはならなかった。

 

 渋谷駅から離れすぎているという理由で、エラーが返されたからだ。

 

 三人は渋谷駅に向かって、改めて異世界アプリを起動した。

 

 足を踏み入れた瞬間に危険なシャドウでいっぱいなんてことも危惧したが、幸い、入り口から続くエリアはただの駅構内のような様子で敵の気配もなかった。

 いわゆる安全地帯なのだと、吾郎のナビゲーション能力が伝えてきていた。

 

 しかし下に降りると、そこにはプラットホームと、延々と続く入り組んだ線路が待ち受けていて、しかもシャドウが闊歩している。

 

 ひとまず若葉には確実に安全な入り口あたりで待ってもらって、二人は下の階層の安全を確かめているというわけだった。

 

「ん……なにかがビビッときました」

 

 戦いが終わって一息ついていたとき、ぽつりと真理子はそう言った。

 

「ビビッと?」

 

「ドルミナー……敵を一匹眠らせることができる技を覚えたみたいです」

 

「へえ、使えそうなスキルだね。やっぱりこの異世界って、ゲームみたいに敵を倒すとレベルアップするようになってるのかな」

 

 感心した吾郎の声に、真理子はこてんと首を傾げる。

 

「ゲームって、なんのゲーム?」

 

「RPGのお約束だろ。敵を倒して経験値を稼ぐっていうのは」

 

「あーる、ぴー、じー……」

 

 このとぼけ具合を見るに、本当に分かっていないらしい。ひょっとしたら、ゲームといってもビデオゲームの方ではなく、スポーツ試合まで含めた広義のゲームの方を思い浮かべていてもおかしくない。

 

「とにかく、なるべく多くの敵を倒した方がいいってこと」

 

「それなら、ここはうってつけですね。敵は弱いし、なによりあの黄色い目のシャドウがいないもの」

 

 真理子の言う通り、ここ──メメントスには、弱いシャドウの反応しか感じない。

 そのうえパレスと違って、主といえる存在がいないからか、黄色い目のシャドウとも遭遇しなかった。

 

 誰かの認知体がいないということはつまり、見ず知らずの人間を廃人化させるリスクもない。

 パレスを探索するよりもずっと安全な場所なのは、間違いがなかった。

 

 集合的無意識だから、外敵として認識されず、攻撃を受けない。

 元々はそう期待していたのだが、あては外れてしまった。けれど、ここには鍛錬場所としての使い道はありそうだった。

 

「そろそろ、若葉さんを呼んできてもいいかもね」

 

 一通りこの辺りの安全確認は済んだ。上で待たせている若葉を迎えに行く頃合いだ。

 

「そうですね。遅くなると心配をかけてしまいそうだし、行きましょう」

 

 真理子は先を歩きながら、ひそめた声でそう言う。

 本来なら先導すべきはナビゲーション能力のある吾郎なのだろうが、真理子には足の問題がある。彼女のペースで歩かせて後ろからついていった方がいいという判断だった。

 

「あっ……! 敵がいます」

 

 道を曲がった先に敵の姿を見つけて、真理子がひそめた声でそう言った。

 

 身体中に白い仮面を貼り付けた、筋骨隆々とした怪物。

 こちらに背中を向けているが、あいにくとここは一本道。避けて通ることはできなさそうだ。

 

 吾郎は銃を取り出すと、照準をぴたりと合わせて、引き金を引く。

 

「グゥオオォォ!」

 

 光線に貫かれた怪物は、大袈裟にのけぞって震える。

 

 そしてやがて液体に姿を変えると、ビシャリと水溜りのように広がった。

 

 中から現れたのは、ピクシー三体だ。

 青色の服を着た妖精は、辺り一体で遭遇してきたシャドウで、唯一吾郎たちが弱点をつける相手だった。

 

 運がいい。これなら銀太に言われた課題もついでにクリアできそうだ。

 

 吾郎は、左から順に撃ち落としていく。

 そうしてあっさりと、敵が三体とも地べたに落ちた。

 

 真理子と共にピクシーたちを囲うと、ホールドアップの体勢に入る。

 

「いきなり撃つなんてマジでサイテー……アタシをどうするつもりなのよ!」

 

 銃口を向けられている真ん中の一体が、焦ったように話し出した。

 

 さて、どう仲間になって欲しいと切り出したものか。

 思考を巡らせていると、真理子が横からアドバイスを飛ばしてきた。

 

「なんだか、気弱そうな子ですね。優しい言葉をかけてあげた方がいい気がします」

 

 見ただけでそんなことどうやって分かるんだ? と疑問に思う。

 けれど真理子に返事をする前に、先にピクシーが媚びたような声音を出した。

 

「あっ、じゃあさじゃあさ、チューしてあげる。それで許してよ……ねえ?」

 

 耳障りなハエだ。

 早くも撃って終わらせたくなるのを、吾郎がグッと堪えて、ひとまず柔和な笑みを顔に貼り付ける。

 

「そんなことしなくていいよ、もっと自分を大事にした方がいいんじゃないかな」

 

 女性受けするのはこういう言葉だろう。もっとも、いくら外見が少女のようだとはいえ、シャドウに性別があるかは定かではないが。

 

 床に這いつくばっているピクシーは、品定めするようにじっとこちらを見てきた。

 

「ふーん、ケッコー紳士じゃん。仮面でちょっと分かんないけどさ、もしかしてアンタってイケメン?」

 

 まったく予想外の返答に、吾郎は少し意表を突かれた。銀太の言っていた通り、シャドウは自由になんでも口にするらしい。

 

「……どうだろう、そんなに自信はないけど」

 

 とりあえず、謙遜してみせる。

 

 しかし、一人きりならともかく、真理子から注視されながらこんなナンパじみたことをしないといけないのは苦行だった。

 

 いつまでこんなことを続けるんだと憂鬱になり始めていたその時、

 

「──思い出したっ」

 

 ピクシーが嬉しそうな声をあげて、ふわりと宙に舞った。

 

「アタシはピクシー、ニンゲンたちの心の海にたゆたう存在だったんだ……いいよ、これからはアンタの中にいてあげる」

 

 ピクシーは青色の光を放ちながら、その形を仮面に変える。

 

 その仮面は、吾郎の方へとまっすぐ飛んでくると、ぶつかった。

 

 視界が、青色一色に染め上げられる。

 

 吾郎は、鈍い痛みを感じて息をつめた。

 自分の中に、無理に何かが割り入ってくるような不快な感触。

 

 これがペルソナを手に入れるということなのか?

 疑問に思いながら吾郎は自分の内面に集中して、その中に小さな影を見つけた。

 

「今のって、うまくいったんでしょうか?」

 

 真理子は、少し緊張した声で聞いてくる。

 返事の代わりに、吾郎は赤色の仮面を剥ぎ取った。

 

「ピクシー」

 

 呼びかけると、吾郎の後ろに、水色の羽を持つ妖精が現れた。

 ロビンフッドと同じ要領で、自在に操ることができるようだ。

 

 ピクシーを動かして、真理子の前をひらりと旋回させる。

 

 それを目でたどりながら、ヴェールの後ろで真理子はふんわりと笑った。

 

「すごい……! 本当に新しいペルソナが手に入ったんですね」

 

 けれど、吾郎の顔を見て、すぐに柳眉を下げる。

 

「大丈夫、ですか? 具合が悪そうですが……」

 

 依然として、異物を飲み込んだような不快感は続いていた。

 だけどあくまで喉に骨が刺さった程度の痛み、無視できないほどのものじゃない。

 

「大したことじゃない、行こう」

 

 そういうと、吾郎はスタスタと歩き始めた。

 

 

 

 上へ戻ると、そこには改札の前で熱心にメモを書き連ねる若葉がいた。

 

 彼女の周りには、大きなボストンバッグから取り出された調査に使う器具の数々が並べられていた。いつしか見たダウジング用の棒に見える計測器まで揃っている。

 

 よくあれだけの物量をバッグ一つで持ち出せたものだ。

 

「若葉さん、お待たせしました」

 

 真理子の声を聞いて、若葉は顔を上げた。没頭していた表情から一転、肩の力を抜く。

 

「二人とも、お疲れ様。怪我がなかったみたいで安心したわ」

 

「はい、パレスにいたシャドウと比べるとかなり楽な相手でしたから。若葉さんの方は、ここの調査が進みましたか」

 

 吾郎がそう聞くと、若葉は知的な印象を与える伶俐な瞳を輝かせた。

 

「上々よ。細かい発見はもっと整理ができてから話すつもりだけど、ここを調べるだけで十年分の研究以上の成果になりそう。夢みたいだわ、直接認知世界と接触できるなんて」

 

 大袈裟に言ったわけじゃないというのは、彼女の表情が物語っていた。

 メメントスに足を踏み入れた時は、呼吸するのを忘れてしまったのではないかと心配になるほどに感激していたほどだ。

 

 吾郎は微笑みながら、口をひらく。

 

「お互い収穫があったみたいでよかったです。下の方は、若葉さんが予想した通り、入り組んだ線路の道が続いていましたよ」

 

 線路の道、というのはCSTNに入った日本人の被験者が共通して見ている情景らしい。

 だから渋谷の集合的無意識は地下鉄の形を取っているに違いないというのが、若葉の建てた仮説だった。

 

「素晴らしいわ。やっぱり、認知世界には実態があるという前提で進めた、研究の方向性は間違っていなかった……」

 

 思案顔になった若葉は、小さな声で何か考えるように独り言を呟いた後、不意に顔を上げる。

 

「そういえば、二人はパレスやメメントスにいる時、当然話しながら進んでいるのよね?」

 

 首を縦に振ると、若葉は難しい顔をした。

 

「さっき考えていたのだけれどね……もしかしたら、お互いの名前を口に出すのは控えたほうがいいかもしれないわ。深層心理では、人はみな自分たちの認知体の体験を感じているの。だからこそ、その繋がりを辿るような研究もできる。自分たちの名前を集合的無意識の中で伝え続けたら、どんな結果になるか不透明だし、用心した方がいいと思うの」

 

 その忠告には、確かに一理あった。

 事実、啓次は現実世界で廃人になる前に「真理子、首を切ってくれてありがとう」と狂乱の中で口走っていたのだ。シャドウが見聞きしたことが、不完全ながらも現実の人間にフィードバックされることは実証されている。

 

「そうね、例えばコードネームなんてどうかしら?」

 

「コードネームって、スパイ映画とかであるようなもののことですか」と真理子が聞く。

 

「そう。本名の代わりに、コードネームを呼ぶの。それも、ハッキリとコードネームだって分かるような、これみよがしなものをね」

 

 若葉が口にしていることの意味に気づいて、吾郎は尋ねる。

 

「僕たちが自分の正体を隠そうとしているという意思を示すため、ですか」

 

「正解よ。例えば、真理子ちゃんのヴェール。吾郎君の仮面と違って実際に顔が隠れていなくても、ヴェールにある”アイデンティティを隠す”という認知に効果があると思うの。認知世界っていうのは、そういう場所だから。だからコードネームを使うことでも、同じような認知を与えることができるはずよ」

 

 自分たちでは辿り着かなかった発想だが、若葉の言うことには説得力がある。

 しかし、いきなりコードネームと言われても、そうパッと思いつくものではない。

 

「では、若葉さんのことはなんてお呼びすればいいのでしょう?」

 

 真理子もアイディアがなくて困ったのか、若葉に尋ねる。

 すると若葉は少し困ったような表情で、「そうね……」と顎に手を当てた。

 

「オラクルなんてどうかしら?」

 

 オラクル──神託、神の言葉を伝える巫女、賢者といった意味合いの言葉だ。

 確かに、コードネームらしさという点では満点だろう。

 

「オラクル、確かに若葉さんのイメージに合ってる気がします」

 

 真理子に褒められて、少し若葉は瞳を伏せた。

 

「ありがとう。言い出しっぺだけど、コードネームなんて、なんだか恥ずかしいわね。……真理子ちゃんはこう呼ばれたいとか、あるかしら?」

 

 うーんと唸った後、真理子は悩んだように自分のドレスに目を落とすと、

 

「ええっと、では、私は……ゴスでどうでしょう? 服がゴスですし」

 

「却下」と、吾郎がすげなく言う。

 

「どうして?」

 

 真理子はムッとしてこちらを見た。

 

「ダサすぎる。コードネームって感じも全然しない」

 

 戦闘中にゴスなんて呼びかけていたら、気が抜けそうだ。

 

「散々な言われよう……。そういう吾郎くんは、なにか思いついたの?」

 

 正直にいうと、吾郎は自分のコードネームがすでに浮かんでいた。しかしあまり乗り気だと思われるのも癪だし、どこか気恥ずかしい。悩むようなそぶりを見せた後、口をひらく。

 

「僕は、クロウでどう?」

「カラスってことですか。クロウ……本名と一文字違いだからか、なんだかしっくりきますね。仮面にクチバシもついていますし」

 

 納得したように頷いた後、真理子は閃いたように目を少し大きくさせた。

 

「決めました。それなら、私も吾郎くんの鳥シリーズに入ることにします」

 

 そんなシリーズを作った覚えはない。が、自信あり気な真理子を見て吾郎は黙っておくことにした。

 

「私のことは、オディールと呼んでください」

 

 オディール。聞き覚えがある名前だと考えてから、すぐに思い出した。

 

 バレエ作品「白鳥の湖」に登場する、黒鳥の名前だ。

 悪魔の娘であり、白鳥のフリをして王子を誘惑する妖艶な悪女という役どころ。

 

 クラシック演劇が好きな真理子らしい選択である。

 

「この服、背中に悪魔の羽みたいなのがついていますし、けっこういい線いってませんか」

 

 真理子はくるりと回って背中を見せる。

 そこには、彼女の言う通り小さいながら悪魔の両翼らしきものがついている。

 

「あら、可愛い。二人とも本当に素敵な衣装よね。真理子ちゃんは、ゴスロリ系のファッションが好きなの?」

 

 お遊戯会を見にきた母親のように、手を合わせて若葉は微笑んだ。

 真理子は珍しく照れたように頬を染めると、視線を明後日の方向に向けて、「……はい、好きです。ちょっぴり」と呟く。

 

 自分たちの格好に話題が回ってしまったことを、吾郎は苦々しく思った。

 最初にメメントスに吸い込まれた時、若葉は周囲の観察に夢中でこちらの服なんて見ている余裕がなかった。そのどさくさで紛れたと思ったけれど、甘かったようだ。

 

「ふふ、そうなの。じゃあ吾郎くんはアイドルみたいな服が……」

「好きじゃないです、まったく」

 

 若葉が誤解する前に、吾郎は満面の笑みのまま弁明した。

 この服を好んで着けていると思われるのはさすがに心外だ。




更新、お待たせしてしまってごめんなさい。
真理子のコードネームがオディールなのは、美少女怪盗ことノワールと雰囲気を合わせたくてこうなりました。
やっとペルソナを一体手に入れた明智ですが、他者への受容力みたいなものがジョーカーよりも低いせいで窮屈に感じているという設定です。
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