ペルソナ5 明智兄妹の事件簿   作:かっぱえびせん

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第八話 船着き場

 メメントスへ行けるようになってから、吾郎は渋谷駅へ連日通っていた。

 

 一刻も早く力をつけるためだ。

 岡倉がまたいつ動き出すかも分からない。次の手を打たれる前に、あの男のパレスを調べる必要があった。真理子の言っていた顧客リストを調べれば、現実世界でアイツを追い詰める手がかりがあるかもしれない。そう考えていた。

 

 だがあいにくと今の力では、とてもじゃないが岡倉のパレス探索なんてできそうにない。

 二度足を踏み入れて無事に帰れたのは、単に運が良かっただけのこと。そう幸運が続くとは思えない。

 

 力をつけるため、真理子を連れてメメントスの安全圏でシャドウを刈るのが日課となっていた。

 

 時間が合えばそこに若葉も加わり、データ採取に励む。

 現実世界に取り付けたセンサーで調査する集合的無意識と、異世界の中から直接計測するデータでは、質が雲泥の差らしい。認知世界の解明は目覚ましい進歩を迎えていると、若葉は瞳を輝かせていた。

 

 それと同時に、彼女は廃人化した啓次の目を覚ます方法の研究も進めていた。

「大丈夫、絶対にお父さんは目を醒ますから」という若葉の言葉に励まされて、一時は気分の浮き沈みが激しく不安定だった真理子も、希望を持つようになっているようだった。

 

 どこかに落とし穴があるのではと疑いたくなるほど、すべてが順調に進んでいるように思えた。

 

 そうして、十二月も終わりに近づいてきた頃──。

 

 その日、真理子は、リハビリの予約でほとんど丸一日潰れていた。

 長らく無断で休んでいたことを医師から電話越しにカンカンに怒られ、「足がどうなってもいいのか」と脅しの言葉もかけられ、渋々再開することになったのだ。

 

「一度休んだ後だと、すごく辛いんですよね」

 

 気落ちした声の真理子を見送った後、吾郎は一人で永田町へ向かった。

 

 メメントスの安全な階へ行くと、真理子には嘘をついた。なにをしに永田町へ向かうのか、理由を説明したくなかったからだ。

 

 雲ひとつない快晴の空を背景に、堂々と石造りの国会議事堂が佇んでいる。

 

「都議のくせにパレスは国会にあるとか、アホなのか?」

 

 と、こぼさずにはいられなかった。

 

 ここへ来たのは、獅童正義のパレスに侵入するためだった。

 

 アイツにパレスがあることは知っていた。異世界ナビを手に入れてからずっと、中へ侵入してやろうと画策していたのだ。

 

 だが、キーワードが当てられず、決行は難航させられた。

 

 若葉から認知訶学の研究について教えられ、パレスという存在が生まれる理由は予想がついていた。

 集合的無意識の中に存在できないほど歪んだ現実認識を持つ人間。それこそがパレスを生み出す者の条件なのだ。そして、その歪みが極まる場所に、パレスが生まれる。

 

 だとすれば、少なくとも獅童にとって関わりのある場所がキーワードのはずだ。

 そう考えたが、当てが外れた。パレスがあるのは、獅童とは縁もゆかりもない国会議事堂だったのだ。

 

 さらにいえば、国会を何だと考えているか。こればっかりは、ひたすらしらみ潰しで試すしかなかった。おかげで、ずいぶんと時間を無駄にさせられた。

 

 しかし、キーワードを当てた時は理解不能だと思ったが……こうして国会議事堂を前にすると、パレスが都議会になかったこともごく自然なことのように思えた。

 

 国会とはつまり、国の舵取りを担う、政治家にとっては頂点にある場所。

 

 演説や答弁を少し見ただけで、獅童が野心的かつ自己愛の強い人間であることは明白だった。国会こそがいずれ己がたどり着くべき場所──ここに執着している理由は、そんなところだろう。

 

 母にした仕打ちに少しでも罪悪感を抱いていれば、まず抱かないだろう大望だ。

 

 胸のうちの激しい苛立ちとは裏腹に、吾郎は静かにキーワードを口にした。

 

「獅童正義、国会議事堂、船着き場」

 

 そして、異世界ナビが起動する。

 

 

 ぐらりと世界が揺れる。

 

 初めに感じたのは、潮の香りだった。続けて、近くで波の音。

 

 世界が瞬間的に切り替わるこの感触には、いつまでも経っても慣れそうにない。

 

 そんなことを考えながら目を開いた時、眼前に広がったのは、大きな船とその後ろに広がる海だった。

 

 キーワードの通り、船着き場へ出たようだった。

 辺りは閑散としていて、まっすぐに海へ伸びたコンクリートの岸壁には、吾郎の他に人影はない。

 

 停泊しているのも、目の前の一隻の船だけ。

 まるで豪華客船のような外観だが、上部の客室部分の正面には、議事堂の中央塔と思しき建築物が接合されている。

 

 つまり、これが獅童の思う国会議事堂ということだろう。

 

 船のエンジン音が低く響き、空気を震わせていた。

 

 いつ出航してもおかしくないと気づいて、吾郎は走って乗り口を探し始める。

 けれど、乗降用の梯子らしきものはどこにも降ろされていない。

 

 ボルダリングのようによじ登ることも考えたが、船の外壁には足場になりそうなところはなく、甲板は頭上の遥か高い位置にあった。

 

 ──どう足掻いても、あの高みに届くことはできない。

 

 不自然なほどにそう強く感じた、その時だった。

 

「間抜けめ……招待状もなしに乗船できると思うなよ」

 

 頭上から、しゃがれた老人の声が降ってきた。

 

 吾郎が弾かれたように上を向くと、甲板にひとりの老人が立っていた。

 まず目に入るのは、伊勢海老のように曲がった腰。深く刻まれたシワだらけの肌も相まって、まるで妖怪のような出立ちである。

 

「この船に乗れるのは選ばれた血を持つもののみ。お前のような下賤の民が乗れると思うな」

 

 それだけ吐き捨てると、くるりと老人は背を向けて去っていった。

 

 不愉快な態度だったが……思わぬヒントにはなったかもしれない。

 

 顎に手を当てて、考える。

 

 シャドウはあの船の上にいるはずだと焦ったが、その必要はないのか?

 

 獅童の歪んだ認知では、国会議事堂がこの船。だとしたら、アイツ自身立ち入りを許されていない場所だ。

 いかに歪んだ現実認識を持っていたところで、それくらいは本人も理解しているだろう。

 

 むしろ、断崖絶壁のような船の外板も、高すぎる位置にある甲板も、「この船に乗るには、正攻法では不可能だ」とでもいうべき認知を表しているように思えた。

 

 さらに言えば、先ほどの老人の顔にも見覚えがある。

 

 自由共栄党の有力な議員だ。

 八十代に近づいている古株の一人だが、さすがにあそこまで老いさらばえてはいない。声がしゃがれていたり腰が曲がったりしているのは、獅童が色眼鏡で見ている結果、悪意に満ちた脚色が加えられたと見ることもできる。

 

 先ほどの選民思想的な発言も、ひょっとしたら現実世界で獅童が突きつけられた言葉を元にしているのかもしれない。

 

 俺が上へ行くのを阻む死に損ないのジジイめ──そんな注釈でもつけたらしっくりきそうだ。

 まあ、そんなことはどうだっていい。シャドウがあの船にいないと仮定して、じゃあこの異世界のどこにいるのか。それが問題である。

 

 もう一度、吾郎は辺りを観察した。

 

 豪華客船の後ろに続く広大な海には、高層ビルや建物の残骸が浮いている。東京一体が水没したらこうなるであろうという光景だ。

 

 目を凝らせば、とりとめのない大海原の中に、ぽつりぽつりと陸地部分が残っていることが見てとれた。どうにか沈まずに残っている地域もあるらしい。

 

 いま吾郎が立っているのも、そうしてできた島の一つなのかもしれない。

 

 振り返って見ると、船着き場の奥にはまだ街が残っていて、人々も歩いている。

 とはいえ、まともな環境とはいえなかった。何度も地震に遭った後のように建造物は傾いていて、ところどころに崩れ落ちたビルの残骸もある。発展した都市の見る影もない。

 ここが滅びるのも、時間の問題のように思えた。

 

 辺り一面の凄惨な世界の中で──ただ一つ、堂々と佇む豪華客船の姿は際立って輝いている。

 

 ここに乗れば助かる。乗れなければ、待っているのは悲惨な結末のみ。そんなノアの箱舟のような光景だ。

 

 日本が沈みゆく国だと考えるペシミズムの現れか。それとも、あの船に乗船できないことへの焦りが生んだ歪みか。可能性はいくらでも考えられるが、なにがこんな異世界を生み出しているかは定かではない。

 だけど、歪みの大きさでいえば、今までのどのパレスとも比べようがないことは確かだった。

 

 ひとたび戦闘になれば、岡倉のパレスなんて目じゃない強大なシャドウが現れてもおかしくない。冷静な声がそう警告してくるのも無視して、使命感に突き動かされるように、吾郎は歩き出した。

 

 

 

「やっぱり獅童さんみたいな人じゃないと今の日本を直せないって思うよ、僕は」

「灯台守なんて仕事はもったいない。船に乗るべき器を持っている方なのに」

「今の船員の舵取りは見ていられないわ。獅童さんみたいに未来を見ている人じゃないと、ダメだと思うのよね」

 

 かろうじて崩れおちずに残っている街の中、吾郎は通行人に聞き込みをしていく。

 

 すると彼らは口を揃えて、どれだけ獅童正義が素晴らしいリーダーになる資質の者かを熱弁してくれた。

 滑稽極まりない茶番だ。例え姿形は生身の人間でも、後ろで獅童が糸を手繰りながら腹話術をしているのだから。

 

 現実では、例えあの男の選挙区で話を聞いたところで、こんな賞賛の嵐にはならないだろう。獅童という名前を聞いても、誰か分からない人間がほとんどのはずだ。

 

 それに、おかしな点は他にもあった。

 惨状の中、街ゆく人々は普通に生活しているのだ。吾郎が試しに崩れかけたビルを指さしても、彼らは危機を認識することができない。このままなにも気づかないまま、街とともに海に沈んでいってしまいそうな有様だ。

 

 これが獅童の思う有権者の姿なのだろうか。

 どいつもこいつも、国が沈もうとしているのに、気づかない愚か者ばかり。そういう心象風景なのかもしれない。

 

 いずれにしろ、これでシャドウの居場所は分かった。

 船着き場の横にある、白い灯台。そこの管理を担っている一人が、獅童だという。この世界では、都議の仕事は灯台守というわけらしい。

 

 それさえ分かれば、これ以上自画自賛の一人芝居に耳を傾けてやる必要もない。

 吾郎は、足早に船着き場の方へ向かった。

 

 

 島に灯台は一つしかなかった。

 船着き場の近く──崖の上から海を見下ろすように立っている、白一色の灯台。そこにシャドウがいるらしい。

 

 遠くからはそれなりに綺麗に見えたが、近づいて見ると、壁が老朽化していてひび割れている。

 

 崩れかけた街よりはずっとマシだが、豪華客船と比べると酷い落差である。

 そもそも、大海の上を船で自由に航海するのと、その船のために沈みかけの陸で灯台を守るのでは、誰もが前者を選ぶだろう。

 

 これだけ見劣りするのは、獅童自身が国会議員に対して抱いている劣等感が表面化したものなのかもしれない。過去に衆院選に出馬し、二世議員に大差をつけられて落選した経験があることは、調べて知っていた。

 

 灯台の周りをぐるりと回る。

 中へ入れそうなところは、いくら探しても正面のドアだけだった。

 

 真鍮のドアノブに木製のドア、隣にはインターフォン。

 馬鹿正直に開けてくれと頼んでも警戒されるだけだろうと、呼び出しボタンは押さなかった。

 

 扉を押してみるが、当然固く閉ざされている。

 じゃあ壊すことはできないかと、今度は試しに数度強く蹴ってみるが、びくともしない。そう耐久性もなさそうな木の板なのに、サーベルで切りつけても、結果は同じだった。

 

 それならとレーザーガンで鍵穴を打ち始めたところで、苛立った声が聞こえてきた。

 

「いい加減にしろ」

 

 獅童だ、とすぐに気づく。

 こんなにあっさりと言葉を交わすことになるとは思っていなかった。

 インターフォンのカメラからこちらの様子を見ているらしく、レンズの上のランプが赤く点灯していた。

 

 吾郎は扉の先を睥睨する。言ってやりたいことは、一つしかない。

 

「獅童正義、お前に聞きたいことがある。十四年前、お前が傷つけた女性のことを覚えているか? 俺は、その息子……」

 

「──知らんな。女のことなんて、いちいち覚えていない」

 

 聞き終わることすらせず、獅童はうんざりした声を返してくる。

 

「お前みたいなガキに構っている暇はない、さっさと失せろ」

 

 いかにもアイツらしい態度だ。

 血か出るほど固く拳を握りしめると、吾郎は激情を押し殺しながら口を開いた。

 

「自分の立場を分かっていないみたいだな。……俺は、お前を殺しにここにきたんだ」

 

 もう昔とは違う。今この場で、この男を廃人にしてやることだってできる。

 本気でそうしてもいいと決意して言った言葉を、獅童は鼻でせせら笑った。

 

「勝手にしろ」

 

 それを最後に、話す価値もないとばかりにブツリと通信が切れる。

 

 吾郎は唖然とした。

 そのまましばらく言葉もなく立っていた後、完全に期待が裏切られたのだと、やっと気づいた。

 

 過去に醜聞だと切り捨てた息子の姿を見て、あの男が取り乱すものだと思っていた。

 己を害する敵だと、排除しようとするかもしれない。母にした行いを思い出し、少しは動揺を見せるかもしれない。

 そう信じていた。

 

 だけど現実は、人の心に直接干渉するという強大な力を手にしてなお、なにも変わらなかった。

 存在を認めず、ないものとして扱う。生まれた日と同じ答えを突きつけられただけ。

 

 もうインターフォンの赤ランプは点っていなかった。

 誰も見ていないカメラに写っている自分の姿は、さぞおかしい道化に違いない。

 先ほどまで「殺してやる」などと息巻いていた子どもが、おもちゃのレーザーガンとビームサーベルを手に、呆然と立ち尽くしているのだから。

 

 

 

 異世界ナビを終了させると、辺りはすっかり暗くなっていた。

 

 未練がましくパレスを調べたが、結局、無為に時間を使うだけだった。

 どれだけ暴れ回ったところで、服が変化することすらなかった。獅童にとって、自分は警戒する価値もない、歯牙にも掛けない存在だという証左だ。

 

 ふと、思い出す。

 中学生に上がったばかりの頃、ひときわ酷い家に引き取られたことがあった。

 いっそこのまま死ぬぐらいならと思って、保護者の目を盗んで家を抜け出すと、ナイフを隠し持って獅童の事務所まで行った。

 その時も顔を見ることすらできず、ビルに入った事務所を虚しく見上げるだけで終わった。

 なすすべもないまま空の色が変わり、一日が終わっていくのが、自分を嘲笑っているように感じたのを覚えている。

 

 あの灯台に入る方法が見つからないことには、アイツに手も足も出ないままだ。

 

 いや、違う。

 例えあのシャドウを手にかけて獅童を廃人にできたところで、同じこと。アイツはどこの誰に殺されたのか分からないまま、母への行いを悔いることもなく、生涯を終えるのだろう。

 それじゃあ、なんの意味もない……。

 

 ──ピコン、という通信音が、深い思考を中断した。

 

 ケータイをポケットから取り出すと、真理子からボイスメッセージが一件届いていた。

 機械音痴の彼女は、タイピングをしても誤字だらけで解読不能だ。だから連絡する時は、簡潔に要件を録音するよう頼んでいた。

 

「こんばんは。リハビリは終わりました。うちに帰る前に、若葉さんに差し入れをお渡しするので、遅くなります。夕飯は先にどうぞ。では」

 

 少し考えてから、迎えに行くと返信をした。

 久しぶりのリハビリの後だから、歩きづらいだろうし、一人で出歩くのは危険だ。それに、今は真理子の顔が見たい気がした。

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