つまらない夢の国、舌触りは砂糖。
外見と比べて、陳腐。
それ以上の感想はない。
「すいません。ふわふわパンケーキを2つ」
「おいおい、ぼくは食べないぞ」
ぼくの言葉に、安物のぺらぺらテーブルクロスの向こう側の友人は首を傾げる。
「そりゃそうだろ。どっちも俺のだ」
「嘘だろ?」
しかし本当らしい。店員がトッピングを聞いてくる。どうやら選べなかったからどっちも頼むことにしたようだ。
「トッピングは、チョコレートとハチミーで。飲み物はブレンドコーヒーと……ブレンドコーヒー2つ」
「かしこまりました~」
ぼくの顔を見て、それからコーヒーを頼む友人。相変わらずの甘党だ。パンケーキを2つも食べる? 味覚がおかしくなるんじゃないだろうか。
「それで、仕事はどうなんだよ」
「ボチボチ、だよ」
「
信じられないと言わんばかりの顔で眉をひそめる友人。
「ボチボチ仕事をやってるヤツが、研究会をすっぽかして遊びにくるもんか」
「懇親会だよ。参加は義務じゃない」
「じゃあなんで浦安くんだりまで来た」
「それは……」
ぼくの勤務先は西東京、つまり千葉の浦安とは、電車で一時間はかかる場所。
理事長が企てているというトレセンランド(仮称)の視察とかなんとか銘打った、東京近郊の『有名な遊園地』への小旅行。つまり社員旅行のようなものだ。断るわけにはいかない。
「……理由なくすっぽかすと理事長が泣くからね」
「なんだそりゃ。冗談ならもう少しマシなことを言えよ」
「本当のことだと言っても信じてはくれないだろう?」
「そりゃな」
それだけ言って、友人は持ち込んだノートパソコンを開く。
「おいおい、無二の親友を無視して仕事かよ」
「お前だって今日は仕事だろうが」
「言ってるだろ、懇親会だって」
「懇親会が仕事だろ。お前の業界は」
「……ああ、そうだね」
本当に、つまらない業界だ。
「つまらない仕事だよ。トレーナーは」
「そうは思えないがな」
「ああ、レースは楽しい。これは本当さ。しかしどうも、人間関係がね」
いかにレースが楽しくとも、トレーナーとしてトレセン学園に勤務する以上、待っているのは延々と人間関係である。
「どうせそつなくやってるんだろ」
「まあね。今日も自由時間になるまで付き合って、しれっと抜けてきた。しかし、ぼくは自分で言うのもなんだがコミュ障というやつでね」
「
「きみはコミュ障じゃないからそんなノンキでいられるんだ」
コミュニケーション障害は人間関係が構築できない障害だ。つまり、その場しのぎの当たり障りない会話は出来るが、それを持続させることが苦痛で仕方がない。
そして人間関係の構築、担当ウマ娘との信頼関係構築が一丁目一番地なトレーナー業において、それはとても辛いことだった。
「ふーん。そんなもんかね」
案の定、友人は興味をみせるそぶりもしない。
「お待たせいたしました。ふわふわパンケーキのチョコレートとハチミーです~」
「おっ、きたきた。ありがとうございます」
そしてパンケーキが来た瞬間、そちらに意識をもっていかれてしまった。目にも留まらぬ速さでパンケーキを切り分けると、フォークでパクつきながらノートパソコンのキーボードを叩く。
「いつか糖尿病になるぞ、きみ」
「これでも加減している方だ。なにせ全6種類だからな」
「6種類……パンケーキが6種類もあるのか?」
信じられないとぼくは思う。しかし次の瞬間、店員が後ろの席に大量のパンケーキを運んできた。
「おまたせいたしました。ふわふわパンケーキのチョコレートとハチミー、ピスタチオ、ベリー、バニラ、ハニーです~」
「……おいおい」
呆れるしかない。パンケーキに、6種類もトッピングが?
というかよく見れば、6種類のパンケーキを注文した席に座っているのはひとりだけ。2人掛けの席で、反対に誰かがいる雰囲気はない……が。
「ああ、そうか。ウマ娘か」
その席に座っているのはウマ娘だった。パーカーを被っていて分かりにくかったが……確かにウマミミの盛り上がりがある。
なら不自然でもない。ウマ娘がよく食べるのは知られたことだ。
「はぁ? ひとりで6つも注文とか、ジョーシキがねえんじゃねーのかジョーシキがよ」
「おうおう、こちとらひとり1個ずつしか頼んでねぇのにまだこねえんだよ? お前のせいだろ、あぁん?」
ところが喫茶店の中に聞こえる不協和音。どうやらそんなウマ娘が気にくわない連中もいるらしい。
と、パンケーキをふたつ注文していた友人はしれっと二皿のうち一皿をこっちに寄越してくる。
「臆病者だね」
「君子危うきに近寄らず。お前が食え、俺の奢りだぞ」
「嬉しくはないね」
そんな会話を交わしつつ、友人を危険に晒すのは本意ではないのでパンケーキを口にする。トッピングが掛かっていない場所を口にしたはずなのに、甘い香りが口いっぱいに広がってくる。
「いいか、よく聞け。ここはアタイらの縄張りなんだ。この店がつぶれかけたときも買い支えたし、これからも未来永劫アタイらのホームなんだ。最近は『ふわふわ☆レビュー』とかいうので妙に人気になっちまったが……」
「ちなみに『ふわふわ☆レビュー』はここのパンケーキを非スフレ系では最高レベルと評してるんだぜ? これマメな?」
そしてその向こう、無関係ですとばかりに身を縮こまらせる友人の向こうでひとりのウマ娘が複数のウマ娘たちに取り囲まれ絡まれている。
そのウマ娘はパーカーを被ったまま、小さな肩を縮まらせるようにして、静かにパンケーキを口に運んでいく。
「とにかくだ! 一度に全種類のパンケーキを食べるその冒涜! お天道様が許してもアタイは許さねぇぜ!」
「そうだそうだ! ……おい、なんとか言ったらどうなんだよ」
しかしそのウマ娘は返事をしない。そのままパンケーキを口に運び続け…………完食。
「……ければ」
「あん?」
「許さないと申されるのでしたら、どうするのですか?」
そして、細々とした声が彼女の口から漏れる。
「んなこと決まってるだろ。レースだ、レースで勝負しろ!」
そりゃ暴論だとぼくは思う。
ウマ娘はレースで全てを決める。古代中華の推競を元に構築された冠位十二階以来、ウマ娘はレースに重きを置いてきた。そしてウマ娘は「走りたい」という本能に忠実な種族でもある。
しかしパンケーキを6つ注文しただけでレースを挑むとは……。
「おっ、おい」
立ち上がったぼくに友人が焦りの表情を浮かべる。とはいえ放っておくわけにもないだろう。
そう、ぼくはトレーナー。困っているウマ娘を助けない選択肢はない。
「きみたち――――」
「レース、ですね。よろしいですよ」
けれどぼくが割り込むよりはやく、パーカーを被った少女が答える。カトラリーが静かに、皿の上に置かれる。
そして、少女はパーカーをそっと脱いだ。ふわりと結われた栗毛が揺れて、小さな流星がぼくの目に入る。
「よろしいですよ。レースを、すればよろしいのですよね?」
「お、おう。分かりゃいいんだ」
「横にレース場がある。そこへ行こうぜ」
ぞろぞろと出ていくウマ娘たち。ぼくの足はそれを追いかけていた。
「どこ行くんだ」
「分かるだろ、勘定任せた」
そして、ぼくが追いかけた先で…………
彼女は、素晴らしい走りを見せた。
それは
「ふっ……はぁっ…………!」
「ひっ、うわっくる!?」
「ヤバイヤバイ、にげろにげろ!」
「くそっ、なんなんだよアイツ……!」
作られた夢なんかじゃない。
正真正銘、本物の走り。
「ああ、これだ。これこそ」
それがぼくと彼女の出会い。
「これこそ、ぼくの求めていた走りだ」
スティルインラブ育成実装はよ