ぼくの愛バはむっつりさん【完結】   作:帝都造営

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スティルインラブが育成実装されない理由として、古馬時代の不振があるのではないかと疑っているのです。

有馬記念は牝馬で三連複とか買ったら当たりませんかね……ついでにスティルインラブを実装していただけると助かります。
どうしてプボ君にリュージを乗せてくれないんですか


ぼくが満たそう、君のこと。

 

 

「トレーナーさん。ここが分水嶺ですよ」

 

 

 スティルの母親が口にする言葉は、もうぼくの耳には届いていない。

 ぼくは一心不乱に、ページをめくっていく。

 

 仮にもアルバムというだけあって、コレクションされた厚紙たちは日付に沿って並べられている。そこに刻まれたクレヨン画は、しだいにその線を、輪郭を確かなものにしていく。

 

 目が生まれ、口が刻まれ、体躯が形作られていく。

 太陽が昇り、大地が現れ、草木に満たされていく。

 

 それでもなお、混沌(カオス)はそこにある。加速していく。人々は笑顔でナニカを手に持ち、犬はひれ伏し猫は毛を逆立て、蛇たちは尻尾を喰い合い、痩せた牛のような動物が赤色の足跡を残す。

 絵心がない、ワケではない。むしろセンスすら光る絵。下手な絵だと断ずること(言い訳すること)ができない分、より不気味に、よりまざまざと突きつける。

 

 そして両親がアルバムに添えたのであろう日付は、その絵をスティルが物心ついた頃に描いたことを示している。

 

「最初は、私たちも無邪気に上達していく娘の絵を喜んでいました。けれど、ええ。この絵は、当時の娘には描き得ないものだった」

 

 母親の言い分については微妙なところ(恐らくは暴力的な表現を知り得ない=描けないと言いたいのだろうが、暴力すらエンタテインメント化する現代においてはテレビを付けていれば目に入るだろう)として……まあ実際、異常だとぼくも思う。

 

「そしてある時から」

 

 次のページを見ようとアルバムのページをめくると、そこには()()()()()()

 

「あの子の絵は『普通』になった」

「……普通に、なった」

 

 次のページも、その次も。

 

「なにか、あったのですか」

「なにもありません。私たちの知る範囲では」

 

 つまり、何かあったということだろう。それが何かは分かっていないけれど。

 

 

 

『あれは、その。悪夢、悪い夢なんです』

 

 

 

「……悪夢なんかじゃ、なかった」

 

 ぽろりと言葉が漏れる。彼女の言う「悪夢」というワード。ぼくはそれを抽象的な概念としての「夢」。つまり幻想のようなものとしてとらえていたけれど。

 そもそも彼女の「悪夢」は幻想(ゆめ)の類ではないのだとしたら?

 

「現実」

 

 アルバムのページを戻す。禍々しい光景を書き写したそれら。

 これらが、彼女の、視ている現実(景色)

 

 

「すみません。すこし、急ぎの用事ができました」

 

 ぼくの返事を分かっていたのだろう。スティルの母親は首肯。

 

「そうしてください。そうすれば、道化を演じた夫も少しは報われるというものです」

 

 

 

 


 

 

 

 

「スティル!」

 

 情けない話だけれど、スティルを見つけたのは陽も落ちかけた夕刻のことだった。

 

「トレーナーさん……? どうしたのですか。そんなに息を荒げて」

 

 心配そうに寄ってくるスティル。その表情に浮かぶのは心配と別のものに対する不安。

 きっと彼女の脳裏には様々な想いが浮かんでいるに違いない。今日の彼女は全休。そして彼女には、実家に対してクラシック登録の説明に向かうと伝えてある。

 

 そんなぼくが息を荒げて……しかも、携帯という文明の利器を使って連絡も寄越さずにやってきた。

 これで何もなかったと考える方がおかしいだろう。

 

「私にご用があるなら、連絡してくださればよかったのに」

「そうは、いかなかったんだよ」

 

 なにせ、それはきみに時間を与えてしまうことになるから。

 きみに身構えるだけの時間を与えてしまうことになるから。

 

 

「スティル、きみは噓つきだね」

「っ!?」

 

 ぼくの言葉に、きみの表情は真っ新な大地よりも平たくなる。

 

「嘘なんて」

 

 スティル。嘘をつきなれてしまったきみには分からないかもしれないけれど。

 嘘をついていない人はこういうとき、最初に「なんのことですか?」と言うんだよ。

 

普通でいたい(お嫁さんになりたい)ってのは、嘘だろう?」

 

 目の前の彼女からの返答は、ない。

 いや正確には、数舜おくれてやって来たらしい状況への理解が、ようやく追いついたということろか。

 

 彼女は咄嗟に視線を走らせる。人混みというほどではないが、ここは東京の公園内。無人とはいえない、それなりに人目のある場所。

 

「ば、場所を」

「変えないと不味いのかい?」

 

 後ずさる彼女に、ぼくはずいと距離を詰める。視線を泳がせる彼女。

 

「いや違うか。場所を変えた方がいいんだよね」

「……ひ、ひとを呼びますよ?」

「助けを呼ばないといけないほど、ぼくのことが怖く見えるのかい?」

 

 まさか、そんなハズはないだろうとぼくは零す。

 

「スティル。きみが視ているぼくは、そんなに強い存在じゃないだろう」

「そんなことは」

 

 彼女が視ている世界。アルバムに写された世界。

 それは文字通りの弱肉強食、自然状態が広がる世界だった。

 

 それぞれの「個」は明確に分割され、あらゆる絆は否定される。そんな世界。

 

 ならば今のウマ娘(スティルインラブ)の眼に映るのは、容易に打倒しうるヒトミミ(ぼく)のはず。

 

「まあ、うん。怖いのは分かるよ。きみが恐れているのはこの法治国家という枠組み(ぼくを傷つけることを許容しない社会)だろう?」

 

 

 ぼくらの社会。

 

 

 自由と平等が保証され、世界トップクラスに強力で忠誠心の高い行政執行権(警察組織)を維持し、手厚い公的扶助と民間企業群の与える終身雇用により大半の市民が高い忠誠心を持つ強固な社会。

 

 恐怖に震える彼女の眼に映るのは、果たしていかなる脅威なのだろうか。

 彼女が恐れるのは裁判所の官報より週刊誌の車内広告だろうか。

 それとも道行く人々の送る、何気ない視線なのだろうか。

 

 

 そんな、取るに足らないモノたちが、彼女にここまでの恐慌を強いるのだと思うと。ぼくはそれが、恐ろしくて堪らなくなる。

 

「スティル。そんなに怯えないでくれ」

「近づかないで」

 

 消え入るような声。右手で左手首を、左手で右手首を掴んだ彼女。走ってすらいないのに息が荒くなり、上気した頬は赤く、血走ったようなふたつの眼がヴェールの下からぼくを睨みつける。

 

「いいんだ。怖くないよ」

 

 ぼくは背中に垂れる冷たい汗を押さえつけながら己に言い聞かせる。自分の存在が「社会」に受け入れられないと知って、ただひたすらに苦しみ続ける彼女を、ぼくは走らせようと(余計に苦しめようと)していた。

 ……少しくらい、ぼくには害される義務があるとすら、思う。

 

「ごめんよ。スティル、きみの本当の気持ちに気付いてやれなかった」

「ちがう、ちがう。ちがうんです」

「きみが『トレセン学園は婚活会場』と言った意味を、もっとよく考えればよかった」

 

 ネットの掲示板の戯言ではない。

 彼女は本気で、トレセン学園を婚活会場として活用しないといけないと考えていたのだ。

 

「きみ、本当はお嫁さんにはなりたくないんだろう?」

「そんなことはありません」

「じゃあ、言い方を変えよう。きみの結婚願望(お嫁さんになりたい)は手段であって目的じゃない」

 

 ぴたり、と震えていた彼女が止まる。血走っていたはずの眼から、血の気が引いている。

 

「きみの目的は、この社会に溶け込むこと」

 

 両親にすら気味悪がられる絵を描いた彼女が恐れた、社会からの放逐。

 排除されないように。厄介払いされないように。

 

 その目的を達成するために、なるほど「婚姻」は適当な「社会との契約」となる。

 

「あなたに」

 

 あなたになにが、わかりますか。

 彼女は、まだ怯えている。ぼくは彼女の肩を掴んだ。

 

「知っているよ」

 

 

 スティルインラブ、栗東寮の高等部。

 ぼくと専属契約中。学内でのレース出走記録は公式・非公式ともにナシ。

 お菓子が好き。一緒にコーヒーを飲むのが好き。コーヒーにはミルクを2対1の比率で。お砂糖はなし。

 

 そして、

 

 

「きみが自分を解き放ちたいと思っていることは知っているよ」

「ちがいます!」

 

 ぼくの目の前で、彼女が必死に首を振る。

 

「それは、許されません。許されないことです」

「誰が許さないんだい?」

「だ、誰でもです! こんなこと、この世界じゃ許されない」

 

 それは違うよ。スティル。

 

「世界が許さないんじゃない。きみが、許さないんだ」

 

 世界から爪弾きにされる行為を、きみ自身が許さない。

 そうしてきみの輝き(あの走り)は、世界に現れることもなく消える。

 

「こんな終わり、ぼくは認めないぞ」

「と、トレーナーさん。あなた、おかしいです」

「おかしいさ。ぼくは中央トレーナーだぞ。生命の輝き(尊い命)興行(金儲け)をやってるヤツだぞ?」

 

 きみは社会から狂人として放逐されてしまうことを恐れているのだろうけれど。

 そもそも社会が狂っていることは、きっと知らないのだろう。

 

 貨幣と人的結合(社会的地位)により差別が固定化され、相対的検証を喪った正義が執行され、組織化された少数の声がさも全体の声かのように叫ばれる。それがぼくたちの住んでいる。ぼくらが産まれたときから契約を結ばされている社会。

 

「レースに出よう、スティル」

 

 そんな社会で、レースだけは真っ当な下剋上が許される。

 純然たる肉体の勝負。忖度の一切ない、忖度を観客が許さない劇場(コロッセオ)

 

 ぼくらにとって、希望の場所、安息の地。

 

「レースには、きっときみの居場所がある」

「……いや、です。これは、これは隠しておくのがいいんです」

「隠しきれてないだろう。スティル」

 

 きみの欲望が、あちこちでドロドロと漏れているのは、もちろん彼女だって知っていること。

 

「いいんだよ、隠さなくて。ぼくは全部受け入れてあげる」

 

 彼女を社会から守るように被さるぼくに、彼女は小声でダメですと返す。

 

「だめ、そんなことしたら。トレーナーさんが」

「構わないさ。ダメなら逃げればいい。どこまでも」

「……私とあなたは、契約関係です。ただの、専属契約」

 

 ああ、そうもと。ぼくもそれでいいと思っていた。

 だからきみとの間に一線を引いていた。

 

「ぼくが契約関係だと思っていたら、身を引いたんだろう?」

「っ」

「勝負服の話がそうだ。ぼくに『ぼくが「こうあるべき」と思うきみ』をデザインして欲しかったんだろう?」

 

 勝負服は競走ウマ娘の鏡。走りを映すもの。

 そのデザインをトレーナーに投げることは、自身の走りの放棄に他ならない。

 

 ようはそういうことだ。

 彼女はぼくのトレーニング方針に不満だった。

 

 つまり、隠すように彼女の欲望を「発散」させる場所をつくり、正しい走りでも勝てる「選択肢」を「強制」するやり方が。

 

 

「ならぼくの答えは、こうだ」

 

 ぼくはきみを強く抱きしめる。

 

「ぼくはきみをもう逃がさない」

「やめて」

「こうしなければ、きみの走りが消えてしまうのなら」

「いや」

「嫌なら声をあげてくれ。ぼくを突き飛ばしてくれ……そしたら、きみのいう『社会』が適切に処理してくれる」

「いや、いや」

 

 弱々しい彼女。自然の姿ならあんなに強くして眩しいはずの彼女が、社会という檻に入れられただけでこうなってしまう。

 だからぼくが。彼女を守ってやらなくては、いけない。

 

 

「愛しているよ、スティル」

 

 

 これはぼくの、覚悟。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 その勝負服が描くのは、白と赤の輪舞曲(ロンド)

 張り巡らされた血の色に引き立てられた無垢には程遠い(予約済みの)白色。

 

 

 

「うん。やはり素晴らしい走りだ」

 

 ぼくはターフから戻ってくる彼女に賞賛を送る。

 

 ここは彼女の実家が運営する民間のレース場。もちろん貸し切り。

 まだ彼女は、この走りを明け透けには出来ないかもしれない。

 

 けれど。

 

「勝負服は、嘘をつきませんから」

 

 

 微笑む彼女の走りは、もう嘘を吐くことはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 






(やっべ、愛してるって言わせちゃった)
(もうこれで完結でいいっすかね……)
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