砂糖細工の技巧、無味乾燥。
知らない場所にくれば、誰だって周囲を見回す。
高い天井に張り巡らされた配管と照明器具。クレーンみたいな装置の先端にはカメラらしき機材。床には太くて黒いケーブルが延びていて、足元を見ていないとつまずいてしまいそう。
そしてぼくの視線の先、撮影スタジオの中心。
「さて! 本日は開花まもなくに迫ったクラシック級ティアラ路線のウマ娘さんたちにお集まりいただきました!」
スポットライトに照らされたその場所。司会進行役らしい芸能人の発言と同時にカメラ横のスタッフがスケッチブックを掲げると、ワンテンポ遅れて競走ウマ娘たちが手を振る。
僅かにぎこちなく、もしくは慣れた様子で笑顔を作る彼女たち。ぼくの担当ウマ娘であるスティルは前者。
「大丈夫。リラックス、リラックス」
ささやくようにマイクに吹き込む。スティルは一瞬だけ視線を寄越してから、落ち着いた笑みを作る。そうそう、そういう感じで。
「いいよ、その調子」
お守りのような無線だったけれど、役に立ったようでなによりである。とんとん拍子に自己紹介が進み、スティルの順番もあっという間に終わる。
「さて、続いては毎年恒例このコーナー……」
そして、ここまで来ればスティルの出番はもうないも同然だ。なにせ今日の
そもそも、賑やかしにしても。スティルが選ばれたのは異常といえる。
「スティルインラブさんの担当トレーナーさんですね?」
聞こえたのは、周囲の迷惑にならない。もしくは周囲に気取られないような小さい声。
「そうですが、なにか?」
ぼくはスティルから視線を外さず、となりに現れたその記者に意識を割く。
「月刊トゥインクルの乙名史と申します。もしよろしければ、トレーナーさんにお話しを伺いたく」
やれやれ、ぼくは内心で溜め息。
向こうはこれで
「ぼくはメディアが嫌いだ」
まあ、知っていると思うけれど。トレーナーさんがそう仰ったのは、富嶽テレビに向かう自動車の中でのことでした。
運転席にトレーナーさん。助手席に私。つまり2人きりの
「たぶん、というかぼくの思い上がりでないのなら間違いなく。乙名史記者は接触してくると思う」
トレーナーさん曰く、今回の番組出演は私たちへの取材を目的としたものなのだそうです。
ですが、それは。ずいぶんと迂遠な手段のように思われます。
「直接取材を申し込む、ではダメなのですか?」
「うーん。それは多分難しいね」
縄張りの問題なんだよとトレーナーさん。
「ぼくらの
つまり別会社の
そこで私の頭には疑問が浮かびます。
「では、富嶽テレビに出演することは問題ないのですか?」
「そりゃもちろん。だってぼくらは目白にも富嶽にも所属してない。そうだろ?」
つまり
「そもそも自由に取材を申し込んでくればいいんだ。番記者が1人いるくらいで、ソイツに筋を通すとか横取りは不味いとか……」
まして、
ちら、と。サイドミラーを確認するトレーナーさんと目のあう気配。
「利用してるぼくが言うな、みたいな顔だね」
「そう思われるのは、他ならないトレーナーさんご自身が、そう考えているからではありませんか?」
「ふむ、そうかもね。そうだろうね」
あっさり認めて、トレーナーさんは車を走らせます。大きな吊り橋にさしかかり、いよいよ富嶽テレビが見えてきます。
「ぼくだって分かってるさ。メディアなくして
そしてきっと、トレーナーさんも恐れているのでしょう。
ええ。メディアには、無邪気で残酷な
「心配いらないよ。スティル」
ぼくがきみを守るから。
「……」
この気持ちを、私はなんとすれば良いのでしょう。
嬉しくはあるのです。感謝もしています。
ですが、そう。納得できないのです。
自分が引き受ければどうにでもなると考えるトレーナーさんが。
自分のことを顧みる気配のないトレーナーさんが。
『きみの悪夢に夢をみた』……そう言ってくれた、そう考えているからこそ。トレーナーさんは、
そして、今。
あの人に、乙名史記者が近づいている。
「VTRはいりまーす」
スタッフの掛け声と同時に、カメラには映らないよう設置されたモニタの映像が切り替わります。それはクラシック期の大本命とされるジュニア期チャンピオンの映像。
ワタシの待ち望んだ
今回の番組は、きっと彼女のために作られているのでしょう。対抗バとして何人か集めているとはいえ、VTRの作り込みやその長さを見れば誰が本命かなんてことは丸分かり。
『レースには、きっときみの居場所がある』
だから、きっと。トレーナーさんと私は、レースで
《スティル、スティル?》
耳元でトレーナーさんの声。ぞくりと震える脊椎に、イヤフォンの存在を思い出す脳髄。
《まずは深呼吸だよ。ゆっくり、気持ちを落ち着けて》
どうやら、私はバランスを崩してしまっていたようです。VTRが終わるまでに戻せばいいからと言うトレーナーさんに従って、深呼吸、深呼吸。目を閉じて。
けれど、ひとたび目を開ければ、眼に映るのはトレーナーさんの隣にいる
「……」
胸の奥から染み出る感情。それが、私の理性を浸食しています。
トレーナーさんは私のことをずっと見ていてくれるのに、私はその横の存在に気を取られ、まして心を乱されている。
「あなたの、せいですから」
あなたと出逢ってから、私は賎しく好まざるべきコトだらけになってしまった。いろんな感情が産まれて噴き出して、私の
そしてあらゆるイロが混じりあった最後に残るのは、きっと黒。
まだら模様の、歪なクロ。
そうして予定調和に、ぼくは乙名史記者のインタビューを受けることになった。
場所は学園近くの喫茶店。ぼくと記者の一対一。流石にスティルは付き合わせられない。彼女はまだ、その本性を暴かれたくはないだろうから。
「それではトレーナーさん。スティルインラブさんと契約に至った経緯をお聞かせ頂いても?」
「ええ、そうですね。あれは……」
事前にスティルと打ち合わせていた
「トレーナーさんが声をかけてくださったのは、私がロードワークをしている時でした」
乙名史記者が目を見開く。ぼくも驚いて隣を見る。
「スティルインラブさん?!」
「ええ、スティルインラブです」
「いつからそこに……」
「ずっと、お側におりましたよ」
え、怖いこと言うね。というかスティル、今日はぼくだけでいいと伝えたしきみも納得してたよね? なぜここに?
……いや、うん。まあぼくの疑問はどうでもいい、ひとまず乙名史記者を落ち着けて……。
「……す、」
「「す?」」
「素晴らしいです!!!」
「どんな時も片時も離れないという決意! そしてそれを受け入れ促し認めるトレーナーさんの度量! おはようからおやすみまで担当ウマ娘に捧げる覚悟! やはりあなた方は未来のスター間違いなしです! あぁ、早く記事にしなければ!!」
そして、喫茶店に残されたのはぼくらだけ。
「……プリンでも頼もうか?」
「…………はい」