(空振り。ごめん、今回に関しては信じきれなかった。なので内容も変です)
スティルインラブVSエアプスティルVS闇喰ライ
彼女の努力は称賛に値した。
「「ありがとうございました」」
模擬レース。
夏合宿期間での強化を名目に組ませて貰った、今後の脅威となるであろうG1級ウマ娘たちとの手合わせ。
「感触はどうだった?」
「トレーナーさん。わたし、堪えました」
「別に、我慢しきらなくてもよかったのに」
スティルはぼくの示した「折り合い」をつけるために努力した。
たかが併走されど併走。強者と併せるだけでも誘惑まみれであろうトレーニングに耐え抜いた。
「でも、耐えるだけじゃダメだ」
水道の栓をひねって、蛇口から糸のような水を流すように。
それでいて、彼女の持つ熱情の密度は変えずに。
「バレてなさそうだとは思わないかい?」
「……どう、でしょうか。自信がありません」
「きみがバレてないと思えば、バレやしないさ」
例えるなら、安全装具なしで勝負服を着るように。
例えるなら、肌へと直に制服を触れさせるように。
「はぁぁぁぁ……っ!」
きみは加減を見極めるように、その悪夢を乗りこなしていく。
順調だった。
だからこそ、ぼくは見落としていた。
一生の不覚です。
「そんなこと言ってたら一生が何個あっても足りないよ」
あはは、と笑うトレーナーさん。
気遣いとかではなく本当に気にしていないのでしょうけれど、これは大きな問題です。
それに……気にされていないのは、それはそれで複雑です。
気にしないのも気遣いの内であることは、もちろん理解はしていますが……。
「まあまあ、端から見ても分からないから。問題にはならないよ」
「本当に?」
「ぼくレベルできみのことを見ている人が他にいるなら、話は変わるけれど」
この方ときたら……。
今の私はきっと、怒っているのかよく分からない顔をしていることでしょう。
「ま、一応真面目な話もしておこうか」
そう言いながらトレーナーさんは応接セットの机の上に何枚かの紙を並べます。
「太……アスリートにおける
「言い換えても意味は変わりませんよ」
「ぼくにもデリカシーの欠片くらいはあr痛っ!?」
デリカシーの欠片しかないトレーナーさんはひっぱたいておくとして、現実は変わりません。
そう、私スティルインラブは……太り気味になってしまったのです。
「幸い、秋の大目標である秋華賞・エリザベス女王杯までは時間がある。基本的には食事制限は行わずトレーニング内容の調整で対応しようと思うけれど」
「…………あの。今週末の、
「ぼくの責任だね」
そういう話ではなくて。
いえ、そういう話なのかもしれませんが。
そういう話でしかないような気もしますが。
……やはり、模擬レースの度にお出かけをお願いしたのは良くなかったのかもしれません。
「ぼくもつい、手綱を緩めてしまった。スティルは本当に頑張っていてくれたからね」
思い出されるのは真夏の甘美なる思い出たち。
合宿会場近くの老舗和菓子屋さんや、電車で1時間のところにある絶品(しかも夏季限定!)パフェ、サマーシリーズの観戦やら地方レースの見学にかこつけた地方の名産品。
……ああ、思い出しただけなのに。
口のなかに幸せが溢れてしまいそう。
「スティル?」
「いえ。なにも」
「何を考えていたのかは、あえて聞かないけれど」
釘を刺すようにトレーナーさん。はい注目と机の上を指差します。
「2つのプランがある」
それは太り気味の解消プラン。
ひとつはエネルギーの消費が大きくなるトレーニングの比重を増やすことで贅肉の消費を図る積極策。
そしてもうひとつは消極策。
「一般人だったらなにもしないで解決することはないけれど、スティルは歴とした
むしろ下手にトレーニングを変えれば身体の筋力バランスが崩れて、不調を招いたりすることもありえるとか。
いわゆる
でも。
「
「おでかけ
「ということは、やはり」
「うん。さすがにね」
どちらのプランを選んだとしても、週末のおでかけに喫茶店はついてこない。トレーナーさんからの宣告に、私は肩を落とすしかありません。
「うーん……」
ちら。
そっとトレーナーさんの様子を伺います。どうやら愚かにも太ってしまった私のことを本気で考えてくださっているご様子。
…………。
「なんとか、なりませんか?」
「そうだなぁ」
とはいえ、太り気味なんて気にせず食べよう! とか厳しく追い込んで絞ろう! みたいな景気のよい話は出てこないことでしょう。
そんな、ほとんど成算のない、交渉と呼ぶのも烏滸がましい「おねだり」だったのですが……。
「保健室で休んでみようか」
「?」
「……っ、ここは?」
私は確か、学園の保健室で休んでいたはず。
睡眠程度で太り気味がどうにかなるとは思えなかった(トレーナーさん自身も半信半疑のご様子でした)のですが、ものは試しにと赴いて、それで……。
辺りを見回します。
おそらくここは、夢の中。
なぜなら、ここ生温い鉄の薫り。腐食した命の気配。
ここはきっと、
『けれど、悪夢も夢だよ』
すっと息を吸います。胸に手を当て、あなたの気配を脚に感じて……身体が勝負服に包まれていたことに気が付きました。
「走れ、と」
そう仰るのですね。
私の問いかけに、生温い風で答える世界。
「ティ~ルティルティルティルティル、ティ~ルティルティルティルティル」
その風に乗る、不気味な笑い声。
ぞわりと粟立つ肌。
「誰です!」
風上を向くも姿はなし。
振り替えるも影すら見せず。
「ティ~ルティルティルティルティル、ティ~ルティルティルティルティル」
ただ、セカイのあちこちに乱反射して聴こえる声。
まるで私の存在意義そのものにケチをつけるような、無遠慮で不愉快な笑い声。
「出てきなさい!」
私も悪夢の扱いにはなれております。
腕をさっと一振すれば、手のひらに現れるのは
「あら? おかしいですね……?」
普段は
「ティ~ルティルティルティルティル!」
いえ、そんなことを考えている場合ではありませんね。むしろここは
私は全方位へと意識を注ぎます。
もはや目前まで迫った
そして大地を飛ぶ寸前、蹴り上げた衝撃が芝を散らす音。
「そこっ!」
「ティル!?」
突きつけた先。そこにいたのは、やはり。
「……やっぱりワタシは鋭インラブねぇ!」
この私、スティルインラブと同じ背格好。
栗毛に流れる小さな流星。獰猛に見開かれた緋色の瞳。
私の、悪夢の姿。
「もう、貴女に用はないと言った筈です」
「ティル? そんなこと聞いてなインラブねぇ!」
「…………」
言われてみると、確かにそんな発言をした記憶はないですね。*1
というか、あの時の彼女とは雰囲気が違うような……?
『よく気がついたわね、さすがはワタシ』
鼓膜だけでなく魂までも
振り替えるとそこには、
『夏は随分と苛めてくれたじゃない、ワタシがいなければ走れもしなかったクセに』
「ごめんあそばせ、
とはいえ、今の私にとって悪夢など大したものではありません。トレーナーさんから学んだ皮肉をパッとぶつけておきます。
「あとは手頃な塩でも……あぁ、投げにくいですし岩塩でもよくて?」
『ちょ暴力反対!』
「怖いティル~!」
『こらこら、いけないよスティル』
そして、やっぱり
私は岩塩を地面に置きます。ほっと胸を撫で下ろす悪夢たち。
『夢には敬意と礼節を。きちんとレースで叩きのめすんだ』
『「えっ」』
「……ええ、そうでしたね」
私としたことが、あわや忘れるところでした。あなたに教えて貰った
「それでは、
「……」
「起きたようだね、スティル」
「トレーナーさん」
どうやら、夢をみていたよう。
せっかくなら、食べさせてくれてもよかったのに。