ぼくの愛バはむっつりさん【完結】   作:帝都造営

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秋華賞にむけて
帳はカンバス、逢魔が刻。


 

 京都レース場。

 クラシック級ティアラ路線の終着点。

 

 

 


 

URA

スティルインラブ

三つ目の戴冠

三度目の正直

アドマイヤグルーヴ

秋華賞

京都レース場・芝2000【G1】

京都市長賞・全日本ウマピヤヰ連合賞

 


 

 

 

「すごいね、きみの話で持ちきりだ」

「……」

 

 集客に余念のないURAに肩を竦めるぼくと対照的に、スティルは肩を縮こまらせる。

 確かに、きみは広告の写真みたいに王者然とはしていない。戴冠という言葉も、きっときみには似合わない。

 

 この広告は、世間がスティルインラブを知らない証拠。

 現にまわりは足早に目的地を目指すばかり。仮に足を止めたとして、視線は広告に囚われて隣の本物には目もくれない。

 

「誰も気付きやしないよ、スティル」

 

 パーカーを深くかぶって栗毛と流星を隠そうとする彼女。ぼくは手を引いて、ホテルへと。

 

「今のうちなら、生八ッ橋を食べ歩きしてもバレなさそうだ」

「はしたないです。それにレース前には、食べない約束でしょう?」

「ちゃんと覚えてたんだ、えらいね」

 

 適当な理由をつけて頭をフードの上から撫でておく。ウマミミに干渉しないよう、ほとんど上から重力に任せるだけの、軽いタッチ。

 

 ここにいる、ぼくに頭を撫でられて縮む彼女が二冠ウマ娘とは、まさか誰も思うまい。

 

「まずは移動の疲れを取ろう。夕御飯はいつも通りルームサービスだから、それまでくつろいで……」

「あの」

 

 ぴたり、とスティルが足を止める。

 

「ご一緒しては、いけませんか?」

 

 

 


 

 

 

 端末をティッシュ箱に立て掛ける。

 

 トークアプリのLANEを起動。

 

 更新履歴の一番新しい相手、画面の右上にあるカメラマークをタップ。

 通話を開始。スピーカーから呼び出し音。

 

 そして画面に、大写しになった白くて細い指。

 指の隙間から覗く彼女が、ぼくの顔を画面の中に見つける。

 

『トレーナーさん、こんばんは』

「こんばんは。スティル」

 

 と言っても、今しがた隣の部屋の前で別れたばかりだけれども。

 ぼくの冗談のようで真面目な発言に、きみは笑う。

 

『なんだか、おかしいですね』

「そうかな? そうかもね」

『ええ、とても』

 

 それからぼくらは互いのカメラで互いの料理を見せあって(当たり前だけれど同じメニューだ)、食事の挨拶と共に夕食会が始まる。

 

「(……それにしても)」

 

 画面の向こうで食事をするスティルは、少なくとも今は満足げ。

 一品一品、丁寧に口に運んで。

 取り留めのない話題を、細切れに挟みこみながら。

 

 いつもどおりの、ぼくときみの会話。食事会。

 

 

『ご一緒しては、いけませんか?』

 

 

 ただ、あの発言の真意を思えば。

 彼女がこの状況に満足していないだろうことは容易に想像がつく。

 

 状況を整理しよう。

 ぼくらは京都レース場へと移動するため、西東京は府中から遥々やって来た。移動は鉄道で3時間と少し。当日移動が不可能な日程ではないが、レース当日に東京から向かうことはまずない。前日以前に現地入りしてしまうのが普通だ。

 

 そして、現地入りをしたなら宿をとる必要がある。

 単純に宿泊施設という点であればレース場の調整ルームを使う手もあるのだけれど……あそこは一度入るとレース開始まで隔離されてしまう(離れ離れにされる)ので選択肢には入らない。

 

 その結果としてのホテル。レース前の最後の調整となる食事を指定通りのレシピで作ってもらい、ルームサービスとして頂く。それがいつも通りの遠征の形。

 

「(けれど、スティルがその食事を一緒にしたいとまで言ったのは初めて)」

 

 彼女は無論、ルームサービスの食事を(プライベートな空間で)共にすることの意味を理解しているだろう。

 だから()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぼくは嬉しく思うよ。スティル」

 

 きみがわがままを言えるようになったことに。

 そしてきっと、きみはぼくの今回の対応を予想しているのだろうね。

 

「だから、ぼくは謝らない」

『いじわる』

「そうとも」

 

 きみの言葉に、ぼくは信頼を感じる。

 だからこそ、きみに仄かな危うさを感じる。

 

 もちろん、それはぼくが解き放ったものではあるのだけれど。

 

「トリプル・ティアラを戴けば、きみは文字通り頂点にたつことになる。メジロラモーヌ以来の快挙だ」

『はい』

「そうして、きみの名前はレース史に刻まれる」

 

 きみは強くなった。

 己を解き放ち、自らを律し、夏を乗り越え、太り気味を解消して……正直、秋華賞で苦戦する姿がぼくには見えない。オークスで魅せたあの末脚を解き放ち、きみは勝利を掴む。

 

「将来の話をしよう」

『し、将来の話……ですか?』

 

 画面の向こうの瞳が見開かれる。

 勝負服の色彩(アカ)とは違う、通う血の(あか)

 

「おっと、気が早かったかな」

『そうですよ。早すぎます』

 

 スティルは普段より気持ち速く言葉を並べる。

 

「早()()()、ということはないだろう」

『それは……ですが、いま話すのには相応しくないかと』

 

 まあ、確かにね。

 秋華賞を勝たないうちに次走の話をする(しかもぼくは勝つ前提で話をしている)なんて。気の早い話だ。

 

『…………』

「どうしたの? スティル」

『いえ、トレーナーさんはトレーナーさん(レース狂い)ですものね』

 

 知らぬフリは流石に気にくわなかったらしい。彼女の耳が倒れて臨戦態勢。

 それにしても、ぼくがレース狂いとは。ずいぶんと分かりきったことを言うね。

 

「スティル。レースが終わったら、きみはどうしたい?」

 

 きみこそ、もうレースから離れられないだろうに。

 

『……』

「いつかは、全部終わる。残念だけれど」

 

 メイクデビューは一度しか出走できない。

 トリプル・ティアラが終われば、もう二度とトリプル・ティアラに挑むことはできない。

 

 そして競走能力の低下(ピークアウト)を迎えれば、レースにすら出られなくなる。

 

「だから、きみは今日。珍しく一緒に食事をしたい(ぼくの部屋に入りたい)と言ったんじゃないのかい?」

 

 学園のカフェテリアで、トレーナー室で、喫茶店で……そういった公共の場で席を囲んだことならいくらでもある。

 けれど、ぼくの部屋に。プライベートな空間に彼女がやって来たことは、一度もない。

 

「スティル。きみはいま、焦っているんだね」

 

 きみの焦りは痛いほど分かる。

 きみにとってのレースは、トゥインクル・シリーズとは、まさしく夢だ。そして夢はいつか終わる。

 

 開いたゲートが閉じることはないように、ゴール板(おわり)のないレースがないように。

 嫌が応にも、レースは終わってしまう(ゴールインを迎える)

 

「大丈夫。きみが思うよりも、長いよ。レースは」

『私には、そうは思えません』

「そりゃそうだ。なにせきみは走り始めたばかり」

 

 今のスティルインラブは、まさに伸び盛り。これまでセーブしていたであろう、彼女を縛り付けていたあらゆる軛から解放されたことで、劇的に競走能力が伸びている。

 それこそ、このままのペースで成長を続けたなら、一年も経たないうちに世界記録だって塗り替えられてしまうほどに。

 

 しかしまあ、現実はそれほど簡単ではない。成長曲線が理論上の上限値を突破することはないし、強い競走ウマ娘は分析され、対策され、そして実戦での強み(勝ちパターン)を封じられる。

 

 もちろん。係数が変わって成長曲線そのものが書き換えられたり、対策のしようがない強みがレースを支配することもあり得なくはない。

 ……けれど、その最たる例として挙げられる世紀末覇王(ハナ差圧勝)ですら、大外をブン回すという攻略法が存在したのだ。

 

「きみは最強のウマ娘になれる」

 

 だからこそ、きみが最強である時代(ユメ)は必ず終わる。

 

「けれどね。そんな厳しい現実だからこそ、きみは楽しめるとぼくは思うよ」

『……とても、楽観的です。トレーナーさんは』

「もちろん。きみのことを信じているからね」

 

 ぼくはきみの返事を待つ、つもりはない。

 

「スティル、バルコニーにおいで」

『……まだお食事が』

「持ってくればいい、一緒に食べたいんだろう?」

 

 サービスで選んだ宿だけれど、こういう施設が充実していて助かった。言うが早いが、ぼくはさっさとバルコニーへ向かう。

 サッシの上を扉が滑る。冬の迫る秋の夜がぼくを迎える。

 バルコニーは思ったより手狭で、屋根があるからベランダと呼ぶべきかもしれない。

 

 そして、隣から解錠の金属音。

 

「トレーナーさん」

 

 先ほどぶりの肉声だ。ぼくはそのまま口を開く。

 いつもなら、特段意味のない問答を挟むところだけれど……今のきみは、少しの言葉遊びもしたくはないだろうから。

 

「ぼくらは不自由だ。レース場の外ではね」

「ぼくはトレーナーで、きみは学園の生徒」

「ぼくは成人済み男性、きみは未成年女性」

 

 ぼくらを隔てる距離は、このベランダの仕切りよりも広い。

 ぼくらに貼り付けられた(ラベリングされた)社会的地位は、どんな正餐(フルコース)よりも重い。

 

「けれど、手は繋げます」

 

 伸ばされた彼女の手をとる。ふたりの異なる手相を擦り付けて、その細い指を一本ずつ丁寧に抱き締めて。

 

「だけれど。これが今の限界」

「……ええ、そうですね」

 

 彼女の指がぼくの手を縛りつける。

 彼女の視線は、遠くで光り続ける文明の灯に向けられていた。

 

「いまこの瞬間を、誰か切り取ってくれたらいいのに」

「……去年のきみが聞いたら、驚くだろな」

「ええ。本当に」

 

 理性の炎が揺れている。

 ゆらり、揺れて大きくなる瞳の中のそれ。ヴェール越しにも隠せない意思。

 

 うん、いいね。

 それでこそだよ、スティルインラブ。

 

 

 

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