ぼくの愛バはむっつりさん【完結】   作:帝都造営

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秋華賞:ワタシと、あなたの
ターフの炬燭。きみの冠。


 

 

 京都レース場の制限エリア。レース関係者でしか入れない場所に、プレスIDをかけた記者の姿。

 

「おはようございます。目テレG+です」

 

 目テレの子会社、オンラインコンテンツ担当の彼はぼくらの番記者。しょうもない小粒記事(ゴシップ)からぼくらを守るスクリーン。

 そして、レース直前の取材は彼の特権(が彼の報酬)だ。

 

「スティルインラブさん。いよいよトリプル・ティアラ目前ですね。レース前に意気込みをお願いします」

「はい。今日は……」

 

 事前の打ち合わせ通りの台本をスティルが読み上げる。

 即座に記事配信をするつもりなのだろう、彼の後ろにはラップトップ(膝上パソコン)を文字通りに右膝に乗せてタイピングする同僚の姿。

 

「(それにしても左足だけでバランスを取るなんて、まるでフラミンゴだな)」

 

 ぼくがそんな無意味なことを考える間にも、インタビューは淡々と進む。

 受け答えするスティルはというと……うん、いい感じ。御馳走を前にしているとは思えないほど落ち着いている。

 

「はい。ありがとうございました。……記事を確認してもらっても?」

「はい。トレーナーさん?」

 

 呼ばれてぼくもラップトップの画面を覗き込む。事前に見せてもらっている文章に、スティルの言葉が良い塩梅でくっついている。さすがはプロといったところか。

 

「問題ないですね」

「では、この原稿で」

 

 彼は同僚に指示を出して、控え室を先に後にさせる。

 

「それじゃあ、ぼくは彼を送ってくるよ。スティルは着付けの準備をしておいてね」

「はい。お待ちしております」

 

 扉が閉まる。彼はぼくと、それから扉の向こうを見て、ニヤリと下衆(ゲス)な笑みを浮かべた。

 

「着付けの『準備』だと?」

 

 流石はぼくが選んだ唯一の親友だ。ぼくが微笑むと、口角をひきつらせる彼。ぼくのことをトンデモないモノでも見るかのよう。

 

「おいおい、冗談のつもりだったのかい? それこそ冗談じゃ済まないよ」

「お前が言うな!」

 

 ふむ。

 

「しかし、あんなにそれらしく中身のない記事は初めて見たね」

「露骨に話を逸らすなよ。……こういうのは需要と供給だ」

「需要と供給?」

「例え中身のないインタビューであったとしても、レース当日に新鮮な記事が出れば消費者は飛び付く」

 

 それに、中身がないなんてのはお前が専門家だから言えることだぞと彼は言う。

 

「確かに。それもそうか」

 

 レース関連のインタビュー記事なんてほとんど言うことも聞くことも同じ、レース前なら意気込みと作戦の話で、レース後ならなぜレースに勝てたか、次はどんなレースに出るか。

 それでも、世の中に同じ内容の記事など存在はしない。なぜなら誰がどの状況で発言したかで味付けは変わってしまうから。

 

 それが意味することは、ひとつ。

 

 

 トリプル・ティアラになる前のスティルの発言。

 と、トリプル・ティアラを戴いたスティルの発言。

 

 この2つは、全く異なるということ。

 

 

「……それで。お前の要望通りカメラは用意させたが、あれを何に使うつもりだ?」

「最高の『撮れ高』を約束するよ」

「何を撮らせるつもりかは教えない、と」

「確かに言えることはひとつ。彼女はターフの上でこそ輝く存在だ」

 

 だからターフの上でインタビューするのが一番いい。理屈としては通っているので、彼も反論はできないだろう。

 

「俺としては、本家(テレビ)にいい手土産が出来るから構わんが……スティルインラブさんは、その。大きいレースの直後は()()()()()()()()()だろ? そこは大丈夫なのか?」

 

 うーん。いい感じに濁してくれるね。

 その配慮は大人には必要なものだけれど、そんな配慮が存在する社会が、スティルにとっては牢獄だ。

 

「大丈夫大丈夫。ぼくのクビで済むし、そもそもターフは勝者のモノだ」

「クビって大袈裟な」

「それが、そうでもないんだな」

 

 ぼくは夏前に「親切な助言」を貰っている。

 送り主か誰であれ……ま、ぼくを飛ばすことくらいならいくらでも出来るのだろう。

 

「一人のウマ娘に全部賭ける(オールベット)かよ」

「需要と供給さ」

 

 そう。スティルインラブは己を解放させたかった。

 だからぼくの口車に乗ったし、ぼくを利用してくれた。

 

 そしてぼくも、彼女を利用した。

 彼女の身体から溢れてしまうほどの炎を種火にして、つまらないキラキラの砂糖菓子で装飾されたトゥインクル・シリーズに火をつけた。

 

「……いや、火をつけるのはこれからかな」

「なんだって?」

「レース後が楽しみだと言ったのさ」

 

 

 


 

 

 

「とまーれー……」

 

 パドックアピールの終了を告げる号令。

 関係者席からぞろぞろ出てくる出走ウマ娘の関係者たち。

 

 それは家族であったり、恩師であったり、はたまた出資組合(シンジケート)の代理人……とにかく、競走ウマ娘の走りを応援する利害関係者(ステークホルダー)たち。

 

 G1は、特別だ。

 普段ならトレーナーとウマ娘以外には立ち入りを許されないパドックにも、こうして関係者が押し寄せる。

 だからこそ、彼女の両親にも来て欲しかったのだけれど。

 

「せめて、観ていてくれればいいけれど」

「トレーナーさん?」

 

 スティルの声が聴こえる。ぼくは安心させるように頭を撫でようとして、手が空を切った。

 

「あれ」

 

 見ればスティルが顔を傾けて、結果ぼくの手が彼女のヴェールを撫でて肩へと着地。

 

「恥ずかしがり屋さんは卒業じゃなかったの?」

「それとこれとは話が別、です」

 

 昨日は切り取られても(盗撮されても)いいみたいなこと言ってたのに。

 どうやら、私的にぼくと懇ろにしているのをパパラッチに撮られるのはよくて、公的な場で不適切な距離感を匂わせるのはダメらしい。

 

「わかったよ。じゃあ、ウィナーズサークルで」

「……」

 

 ぼくは彼女の望み通りに肩をポンと叩くと、そのままパドックを後にする。

 

「スティル」

 

 と、その前に。

 

楽しんで(味わって)おいで」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一番人気アドマイヤグルーヴはどうやら……』

 

 実況の解説をイヤホンから取り入れつつ、ぼくは双眼鏡で第3コーナーあたりを覗く。

 色々な障害物の向こう、辛うじて見える淀の坂。スティルの位置取りより大事なのは、彼女の表情。

 

「ああ、うん。素晴らしいね」

「どういう感想なんだ、それ」

 

 横の親友がノイズを立てるが、せっかくだし説明してやるか。うん、今日のぼくは機嫌がいいからね。

 

「スティルはまさに()()()()ということだよ」

 

 そう、今の彼女は統制が取れている。

 本能を嵌めて押し込めるでもなく。本能に任せて爆走するでもなく。

 

 彼女の脚を包み込んでいるのは巨大な焔。理性の芯に滾る本能を燃料として燃える火柱だ。

 

「すまん、日本語で頼む」

「直線の走りを見ればわかる」

 

 ぼくは自信満々に言ったけれど、もしかするとこれの素晴らしさは伝わらないかもしれない。

 なにせ、レースとは「熱いもの」であることが前提だ。観客は想像以上に、レースを視ていない。

 

 なら、観客が求めているものは……なんなのだろうね?

 

 その答えのひとつがウイニングライヴなのだろう。その答えのひとつがレース場グルメなのだろう。その答えのひとつがイケメン・トレーナーで、ひとつがパドックで、ラウンジで、芝生エリアで、3連単なのだろう。

 

 

「けれど、レースの本質はそこじゃない」

 

 

 かつて、レースは神事であった。

 ウマ娘は神に捧げられる存在であり、また信託と吉兆をもたらす御使いであった。

 

 今のレースは、違う。そこには神のサイコロすらも存在しない。

 燃える、燃える。緑にもゆるターフがもえる。

 競走ウマ娘が最終直線へと差し掛かる。かつて在来のウマ娘血統を悉く駆逐した国外血統、この小さな島国が取り入れた血が燃える。

 

 その焔が、スタンドを焦がす。己が燃えていることにも気が付かずに声をあげる。

 

 レースは、熱いのだ。痛いほどに熱く、身を滅ぼすほどに強く。

 だからぼくは、きみに火をつけた。

 

 

「いけ」

 

 ひときわ大きく。

 

「いけ」

 

 誰よりも美しく。

 

「いけ!」

 

 どこまでも届くように。

 

 

「いけっ! スティルインラブ!!」

 

 

 この救いようのない世界(ぼく)に、火をつけてくれ。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 ぼくはウイナーズサークルには向かわない。

 そのまま緑の焔の中に足首を沈め、燻る大地を踏みしめる。

 

「スティル」

 

 燃えている彼女がぼくを視る。

 なあ、きみからみたぼくは、()()()()()いるかい?

 

「トレーナーさん」

 

 きみの瞳を見つめる。ぼくの姿を探すように、きみの視界を奪うように。

 

燃やしてくれ(あいしてる)

 

 痛みを、苦痛すらも。悦楽に変えるように。

 

「はい」

 

 焔がぼくを包む。熱さはない。温かみも。

 よかった、ぼくもきみと同じ温度だ。

 

 それからふたりで温度の等しさを確かめあって、ぼくらに注がれる視線を感じて。

 

「スティル。ご挨拶を」

 

 ぼくの言葉に、スティルが半歩分だけぼくから離れる。

 彼女の目の前には、ターフに踊りこんだカメラマン。ぼくが番記者に頼んで呼び出したテレビの生中継。

 

「スティルインラブさん!」

 

 今や、ターフと社会(現実)を隔てる外ラチは存在しない。

 記者、カメラマン、インタビュアーにテレビクルー。

 そして実況に解説、コメンテーターが奇妙な補足をして世間へと届けられる。

 

「素晴らしい走りでした!」

「次走はどのレースを?」

 

 やれやれ、言われないと分からないのかな。

 ぼくがさっと手で制すると、質問の嵐はピタリと止む。

 

 

 そして、彼女は静かに屈膝礼。

 

 

「みなさま、はじめまして」

 

 小さな流星の下、理性の炎を宿した眼でレンズを見つめる。

 

「わたくし()、スティルインラブです」

 

 

 彼らは気づくだろうか。

 彼女の宿した焔の色彩(イロ)に。

 彼女の蹄跡(みち)を飾る屍たちに。

 

 

 気づかなければ、あとは自然の摂理が語るのみ。

















???「あら、愛しているのね」
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