芳しき写像。真のニアンス。
ぼくは会員制の大規模小売店にやってきた。
「おっと。ここに美味しそうなチョコレートがあるな」
ぼくは呟いて、それから振り返る。
スティルの気配は、ない。
どうやら今日はついてきていないらしい。
なにか用事だろうか……それとも、会員カードがないと入ることが出来ないというルールを律儀に守っているのだろうか?
ぼくは異国のチョコレートを買い物カートに突っ込むと目当ての棚へと向かう。
『ネコと和解せよ』
『そろそろちゅるちゅるを吸わないと死ぬぜ!!!』
『金缶ネコレイア』
そう、
理事長に渡す猫缶のストックが切れたので買い足しに来たのだ。
「(もっとも、今のスティルに『独りの練習場』が必要かは微妙なところだけれど……)」
とはいえ、トリプル・ティアラを獲ったから練習スタイルが変わるということはないし、そんな理由で変えていいものでもない。
だからこそ、ぼくは自作のトレセン学園猫リストを見ながら各猫それぞれの猫缶をカートに詰めていく。
「おや? あなたはいまをときめく三冠トレーナーではありませんか」
「……」
胡散臭いのがきた。ぼくは軽く会釈。
「こんにちは。メディア王と呼ばれるあなたも、買い物にくるのですね」
「貴方にも知られているとは。私はあくまで黒子に徹しているつもりなのですが……」
いやいや、警告してくる黒子もそういないでしょうに。
……なんて、正直に言うぼくではない。
今のぼくは単なる新人トレーナーではなく、スティルインラブの担当トレーナーという
「ところで。私の
ぼくは猫缶をカートに詰める手を止めない。
そんなぼくに封筒を握らせる胡散臭い人物。
「……そして我々としては、もっと『素敵な写真』が欲しいのですがね。よい返事を期待しても?」
「だから言っただろ。距離感には気を付けろって」
親友は溜め息をついて、猫缶たちの間に写真を置いた。
「いい写真だよ。そうは思わないかい?」
「……仮に思ったとしても、俺は口にはしないからな? なにせ俺は」
「ぼくらの『番記者』にして『メディア対策担当』。こんなスクープで先を越されたんだ、歯噛みしたい気持ちは分かるよ」
「からかうなよ。そんな悠長にしている場合か?」
応接セットのソファに深く腰を沈めると、彼はもう一度深い溜め息。そんなに大事かな。
ぼくは改めて写真をみる。秋華賞の前夜、ホテルのベランダでそっと手を重ねるふたり。
背中をみせる担当トレーナーをまっすぐ見据えた、スティルの美しい瞳。完璧な写真。
まさにスティルの注文通り、あの瞬間をきれいに切り取っている。
「正直、ぼくはこれを掲載してほしいくらいなのだけれど」
「おま、ホントまじで止めろ」
わかったわかった。そんなに顔を青くしなくても。
「いいか? お前が思っている以上にトゥインクル・シリーズってのは客商売なんだ、わかるか?」
「知ってるとも」
だからこそわからない。
こんな
「お前、俺らメディアを拝金主義者と勘違いしてないか?」
違うのかい? 唇まで出た言葉は一応呑み込んでおく。
目の前の彼はため息で済ませても、その後ろのお歴々は許さないだろう。
「
「……頷きにくい表現だが、その通りだ」
「ま、評価されているようで何よりだよ」
つまりスティルに求められるのは、もっと美味しくて毒のない黄金の林檎ということになる。
「じゃあ本題に入ろう。ぼくは
ぼくの虚勢に、親友はため息。
「強がるな」
スティルインラブさんを巻き込めるお前じゃないだろ。
「…………」
それは、違う。
ぼくはとっくに巻き込んでいる。
スティルインラブを。ぼくの勝手で。
「はじめて見る、お顔」
けれどきみは、そんな風に微笑む。
ヴェール型のメンコに、知性と本能を
えっいつの間になんて抜かす親友は放っておいて、ぼくは彼女へと向き合った。
「おいおい、被写体に許可は取るものだよ。スティル」
「だって。
そう言いながら古びたフィルム式カメラのファインダーを覗き込むスティル。ふたたびのシャッター音。
「ほら」
「……そりゃ、ぼくだって人並みには視線を気にするとも」
嘘つけ、という視線を寄越す
「それに、
それは造られたモノだ。
プロデューサーとカメラマンが寄って集って、何回何十回と繰り返して創った虚像。
「いいえ。
みたび、シャッター音。
「写された私たちは
「果たして、そうかな」
「ええ、そうですよ」
ほら、あなたもと手渡される写真機。
黒光りするそれ、滑り止めの質感。
カリカリとフィルムを巻いて、ファインダーを覗き込む。
そこに映るのは、スティル。
でもひとたび写せば、彼女は
…………ああ、そうか。
ぼくはカメラを下ろした。
「トレーナーさん?」
不思議そうに、心配そうにぼくを見るスティル。
ぼくだけを見る、スティル。
「もうきみは、トリプル・ティアラウマ娘なんだよな」
当たり前のことだ。
けれどそれが、あまりに重い。
ぼくはまだ、世間がスティルのことを知らないと思っているけれど。
こうしてスティルの虚像が創られるたびに、スティルの本当の姿が見えなくなっていく。
それがたまらなく、悔しい。
ぼくが覆い隠していた、ぼくだけが知っていたスティルが、霧散していく。
そうさせてしまったのは他ならぬぼくなのに。
「トレーナーさん」
添えられる手。細い指の感触。
「だからあなたが、残して?」
ぼくの腹の底を見透かしたような、声。
持ち上げられるファインダー越しの、眼。
「私はいつまでも、あなたのそばに」
そして、シャッターが切られる。
ぼくだけのスティルが、ぼくの知らないスティルへ変わる。
ああ、けれど。
その眼に宿した彼女の意思だけは、ぼくのもの。
育成開始時のスティルインラブは、きっと写真集になんて残りたがらないと思います。
強くなったね、スティルインラブ。
写真をいっぱい撮られて照れるスティルをみたかったのに……
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照れる場合も書こう
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スティルが立派になったことを喜ぼう
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とりあえず写真集を買いにいこう